2017年06月03日

痴漢冤罪保険への加入者、日本で急増

SOTT ソサエティーズ・チャイルド


痴漢冤罪保険への加入者、日本で急増
https://sott.net/en352718


チャンネルニュースアジア
2017年6月2日

c AFP/Kazuhiro Nogi
(※写真キャプション)
電車通勤者に女性専用車の号車位置を知らせる案内板。東京のある地下鉄駅で2017年6月2日に撮影。

日本の女性にとって、通勤電車はしばしば危険な試練の場となることがあるが、その一方で、身に覚えのない痴漢行為の疑いをかけられた男性のための保険に、加入者が殺到しているという。

契約が急増しているのは、年6400円の「痴漢冤罪ヘルプコール付き弁護士保険」だ。痴漢容疑者が線路に逃げてトラブルが拡大する事例が相次いでいることが背景にあると、東京に本社のある発売元企業の広報担当者はAFPに語った。

日本では、電車内にポスターを貼り出したり、テレビで広告キャンペーンを打つ一方、鉄道各社も混雑時間帯に女性専用車両を設けて、ラッシュアワーの痴漢問題に取り組んでいる。

しかし(この結果、上述のようなトラブルも増えたため)、ジャパン少額短期保険社は2015年、電車などで痴漢の疑いをかけられた人に迅速に弁護士を派遣し、相談費用も補償する保険を売り出した。

このサービスは元々、交通事故などの際、弁護士への相談費用を補償する保険に特典として付けられたものだったと、毎日新聞は報じている。
https://mainichi.jp/articles/20170529/k00/00e/020/175000c

契約者が痴漢の疑いをかけられた際、スマートフォンなどを通じて通報すると、近くの弁護士が駆けつけたり電話で相談に乗ったりするという、この会社のヘルプコール・サービスは大ヒットとなった。

この保険の契約件数は4月まで月50件以下のペースで推移していた。しかし都内で痴漢容疑者が線路に逃走する事件が相次いで報じられた5月、契約件数が数百件に急増したという。

「痴漢トラブルにいつ巻き込まれるか分からない」と、同社の杉本尚士社長は毎日新聞に語る。「不安に感じている人の手助けになれば」。

年間、約1800人が痴漢(迷惑防止条例違反)で逮捕されているが、
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/smph/kurashi/higai/koramu2/koramu8.html
2006年に痴漢行為をおこなったとして強制わいせつ罪で防衛医大教授が逮捕された事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%A1%9B%E5%8C%BB%E5%A4%A7%E6%95%99%E6%8E%88%E7%97%B4%E6%BC%A2%E5%86%A4%E7%BD%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
では、1審・東京地裁が懲役1年10カ月の実刑を言い渡し、2審・東京高裁もこれを支持したものの、最高裁は痴漢事件としては初めて2審の有罪判決を覆し、無罪としている。
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2017年05月20日

憂うつを感じることの精神的および心理的利益

SOTT 魂の科学


憂うつを感じることの精神的および心理的利益
https://sott.net/en351223


ジョセフ・ポール・フォーガス
カンバセーション
2017年5月17日

(※写真:悲しい顔)
c Shutterstock

ホモサピエンスはとても気分屋の生物種である。悲しみや憂うつは、人間が生活の一部として、これまでも常に経験してきたものだが、今、私たちは、これらの感情を無視ないし低く評価する時代に生きている。

私たちの文化においては、一時的な悲しみのような正常な人間的感情がしばしば、病気として扱われるのだ。
https://books.google.com.au/books?id=oWmtN3wSJmoC&pg=PA123&lpg=PA123&dq=sadness+pathology&source=bl&ots=8un00x_5LB&sig=Syb3V0v7J-ddktcwUu6Vb-cnIxw&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwjPvLvR59rTAhXCm5QKHa6eAhkQ6AEITjAH#v=onepage&q=sadness%20pathology&f=false
操作的宣伝広告/マーケティングや自己啓発産業は、幸福をこそ私たちは求めるべきだと主張する。
http://reliawire.com/happiness-illusion-contentment/
http://www.thenational.ae/business/retail/has-happiness-in-advertising-been-overused
だが、憂うつが私たちにとって欠かせないものであることに変わりはなく、それは私たちが日常的に味わう気分の正常な範囲内にある。

幸福と未曾有の物質的富に対する信仰(カルト、賛美)がほぼ世界共通となっているにもかかわらず、西洋社会における幸福と人生の満足度はこの数十年間向上していない。
https://medium.com/@dailyzen/the-cult-of-happiness-2d25cef37a7d
https://internal.psychology.illinois.edu/~ediener/Documents/Diener-Seligman_2004.pdf

今こそ、私たちが生活の中で憂うつを感じることの役割を見直すべきである。それは正常なことであり、私たち人間が日々直面する状況や難題の数々に対処する上で、有益かつ適応性を高める側面すら持っているのだ。


悲しみの小史

人類の歴史の初期においては、短期間悲しみや憂うつを感じること(軽度の抑うつ状態と呼ばれるもの)は、正常な日常生活の一部だと考えられていた。
http://www.guilford.com/books/The-Positive-Side-of-Negative-Emotions/W-Gerrod-Parrott/9781462513338/contents
実際、人間精神が生み出した傑作の多くは、ネガティブな感情を呼び起こし、リハーサルを行い、さらにはそれを助長することを扱ったものである。

ギリシャ悲劇は、人生における通常の一コマとして、観客が不可避な不運を受け入れ、対処できるよう、ネガティブな感情を白日の下にさらし、人々を訓練するものだった。
http://www.ancient.eu/Greek_Tragedy/
シェイクスピアの悲劇は、このテーマを繰り返したがゆえに古典なのである。そして、ベートーベンやショパンの音楽、あるいはチェーホフやイプセンの文学のような偉大な芸術作品の数々は、悲しみの風景を探るものだが、これは長きに亘って、教訓的かつ有用なテーマだと認められてきた。



古代の哲学者たちもまた、充実した人生を送る上では、憂うつな気分を受け入れることが必要不可欠だと信じていた。エピクロスのような快楽主義の哲学者でさえ、幸福な人生を送るには、賢明な判断と自制を行い、不可避な災難を受け入れることが必要だと考えていたのである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Epicurus

ストア派のような他の哲学者たちもまた、喪失、悲しみ、不公平のような不幸を予期し、受け入れるのを学ぶことの重要性を説いた。
https://en.wikipedia.org/wiki/Stoicism


悲しむことの意味合いとは?

私たちの感情や行為が時の経過とともに、どのように進化してきたかを研究する心理学者たちは、(気分や喜怒哀楽のような)全ての感情の状態には有益な役割があると述べている:それらは、私たちが反応する必要がある世界の状態についての私たち自身への警告なのである。
http://www.personal.kent.edu/~dfresco/CBT_Readings/keltner_%26_gross.pdf

実際、人間の感情の領域中には、ポジティブな感情よりもネガティブな感情の方が数多く存在する。恐れ、怒り、羞恥、嫌悪のようなネガティブな感情は役に立つ。というのも、これらは脅威となる状況や危険な状況を私たちが認識し、回避し、克服する上で有益だからだ。
http://reliawire.com/disgust-turn-on-ourselves/

だが、おそらくは最も一般的なネガティブ感情であり、殆どの臨床精神科医が取り組んでいる「悲しみ」の意味合いとは何だろうか?

絶望のような、激しくて持続的な悲しみは明らかに、深刻かつ衰弱的な疾患である。
http://reliawire.com/depression-information/
しかし、軽度で一時的な憂うつは、私たちが日々の難題や困難な状況に立ち向かう役に立つことで、適応性を高めるという重要かつ有益な目的を果たすだろう。
https://positivepsychologyprogram.com/negative-emotions/
これらはまた、競争からの離脱や撤退を周囲にコミュニケートする結果、保護となる覆いがもたらされるという、社会的な信号としての役目も果たしている。私たちが悲しみに暮れ、憂うつな表情をしていると、人々はしばしば心配してくれ、快く助けてくれるのだ。
http://psycnet.apa.org/journals/psp/53/1/94/

メランコリー(うつ病)やノスタルジー(過去への郷愁)のような、ネガティブな気分の幾つかは、心地良くすらあり、未来の計画とやる気を導く上で役に立つ情報をもたらすもののようである。
http://www.contempaesthetics.org/newvolume/pages/article.php?articleID=214
http://www.wildschut.me/Tim_Wildschut/home_files/Nostalgia%20JPSP.pdf

悲しみはまた、共感や同情、連帯感、そして、道徳的/美的敏感さをも高める。悲しみは昔から、芸術的創造性の誘因であった。
https://www.wired.com/2010/10/feeling-sad-makes-us-more-creative/

最近の科学実験も軽度の憂うつがもたらす利益について実証している。すなわち、憂うつな気分は、自動的かつ無意識なアラーム信号の役割を果たし、より注意深くてきめ細かな思考スタイルを促進するのである。
http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0963721412474458
つまり、憂うつな気分は私たちが、より注意深くなって、困難な状況に集中するのに一役買うのだ。

これとは対照的に、(幸福感のような)ポジティブな気分は、気楽で安全な状況を示す信号として働く結果、きめ細かさと注意が欠けた処理スタイルとなるのが典型的である。


悲しみの心理的利益

悲しみのようなナガティブな気分には心理的な利益があるという証拠が今や増えてきた。

これを実証すべく、研究者たちはまず、被験者の気分を(例えば幸せな、あるいは悲しい映画を見せることで)操作しておき、次に様々な認知的/行動的作業をさせて成果の変化を測定するのである。

悲しい気持ちや憂うつは数多くの利益をもたらす:

・記憶力の向上
ある研究では、(悪天候により)憂うつな気分となった結果、被験者たちは出て来たばかりの店の詳細な点までより良く記憶していた。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022103108001649
憂うつな気分はまた、不適切な、誤りの、あるいは誤解を招く情報のような、様々な邪魔による影響を減らす結果、目撃者の記憶力を向上させる。
https://experts.illinois.edu/en/publications/mood-effects-on-eyewitness-memory-affective-influences-on-suscept

・より正確な判断
軽度の憂うつはまた、人々が印象を抱く際の偏向や歪みも減少させる。例えば、僅かに悲しい状態で行なわれる判断によって、他人について、より正確で信頼できる印象が形成されるのだが、これは細部をより効率的に処理するせいなのだ。
https://www.researchgate.net/profile/Joseph_Forgas/publication/241071358_Can_negative_affect_eliminate_the_power_of_first_impressions_Affective_influences_on_primacy_and_recency_effects_in_impression_formation/links/5424f0020cf26120b7ac4b5b.pdf
憂うつな気分はまた、都市伝説を評価する際にも騙されにくくなり、懐疑心を高め、さらには正確に騙しを見破る能力を向上させることが分かっている。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022103108000693
https://www.researchgate.net/publication/222401249_On_being_happy_and_gullible_Mood_effects_on_skepticism_and_the_detection_of_deception
軽度の憂うつ状態にある被験者はまた、単純化されたステレオタイプを信頼しにくくなる。
http://faculty.wcas.northwestern.edu/bodenhausen/HASC.pdf

・やる気
他の実験では、幸せを感じている被験者と悲しみを感じている被験者に難しい知的作業を行ってもらったところ、憂うつな気分の人たちの方が、より一層努力してやり抜いたのである。
https://books.google.com.au/books?id=XftkAgAAQBAJ&pg=PA21&lpg=PA21&dq=negative+mood+improves+perseverance&source=bl&ots=sYypDVB1kH&sig=F0mkA-IlQX9hITLnDsPhgRZC-7U&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwiTmfCF8trTAhVFFJQKHZXEA74Q6AEIPzAF#v=onepage&q=negative%20mood%20improves%20perseverance&f=false
彼らは作業により多くの時間をかけ、より多くの質問に挑戦して、より正確に解答した。

・より良いコミュニケーション
憂うつな気分は、より注意深くて、きめ細かな思考スタイルを促進する結果、コミュニケーションも向上させる。悲しい気分の人々は、他人を説得しようとして、より効果的で説得力ある議論を行い、会話においても、他人の不明瞭な言葉を理解し、自分たちの言葉もうまく伝えられることが分かっている。
https://www.researchgate.net/publication/222692572_When_sad_is_better_than_happy_Negative_affect_can_improve_the_quality_and_effectiveness_of_persuasive_messages_and_social_influence_strategies
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejsp.1950/abstract

・公正さの向上
他の実験では、軽度のうつ状態にある人々は、社会からの期待や社会的規範に対して、より注意を払い、他人に対しても利己的でなく振る舞い、相手をより公平に扱うことが分かった。
http://guilfordjournals.com/doi/abs/10.1521/soco_2012_1006


幸福信仰(カルト)に抗する

幸福感を称賛し、悲しさの美徳を否定する結果、私たちは自らに達成不可能な目標を課す。この結果、さらに失望することともなり、中には絶望に陥るのだと言う学者も居る。
https://www.psychologytoday.com/blog/give-and-take/201305/does-trying-be-happy-make-us-unhappy

良い気分で居ることには、幾つかの利点もあるものの、どんな場合でも望ましい訳ではないという認識も高まっている。
https://global.oup.com/academic/product/positive-emotion-9780199926725?cc=au&lang=en&

うつ状態で悲しく感じることで、私たちは自らが置かれた状況に、より注意を集中でき、監視能力が高まる結果、もっと厳しい状況にもうまく対応できるのである。

こうした発見が示すのは、幸福をたゆまず追求して行くと往々にして自滅する結果に終わるということだ。良い気分と憂うつな気分のコストと利益をもっとバランス良く評価すべきだというのが、長年の懸案なのである。


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SOTT編集部コメント:これらも参照のこと:
・悲しいのは本当に悪いことか?
https://www.sott.net/article/173158-Is-it-really-bad-to-be-sad
・絶望は良いことか?
https://www.sott.net/article/150112-Is-depression-good-for-you
・悪い気分は良いものだ
https://www.sott.net/article/262658-Feeling-bad-is-good
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2017年05月10日

メルク社の社長は秘密の生物兵器戦争プログラムを主導し、アメリカ国民を実験台にした

SOTT 秘密の歴史


メルク社の社長は秘密の生物兵器戦争プログラムを主導し、アメリカ国民を実験台にした
https://sott.net/en350171


カシウス・メチル
「解放された心」サイト
2017年5月3日

(※タイム誌表紙の写真)
c Era of Wisdom,

メルク・アンド・カンパニーは、世界最大のワクチン製造会社であり、世界有数の製薬会社である。
https://en.wikipedia.org/wiki/Merck_%26_Co.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC
この会社は、新三種混合ワクチン(MMRワクチン)や、ガーダシルの商品名で知られる子宮頸癌予防ワクチン(HPVワクチン)を生み出した。

この会社は、接種した殆どの人々にダメージを与えることで知られるワクチンを供給する結果、西欧諸国のほぼ全員の生命に影響を与えてきたのであるから、我々はその歴史を知っておくべきである。
http://www.eraofwisdom.org/gardasil-fully-exposed-hpv-vaccine-being-tested-on-infants-has-killed-permanently-injured-thousands/

本稿においては、メルク・アンド・カンパニーの生物兵器戦争との繋がりおよび、その繋がりが持つ意味合いについて検討するとしよう。

メルク・アンド・カンパニーをドイツのメルク(Merck KGaA)と混同してはならない。だが、両社は元々、同じメルク(Merck KGaA)だった。(※日本語版Wikipedia:メルク・アンド・カンパニー(英:Merck & Co.)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州に本社を置く、世界的な製薬会社である。ドイツの化学・医薬メーカー、メルク(Merck KGaA)のアメリカ事業、及び資産が第一次世界大戦中に接収され、同国において独立したのが始まりである。そのため、ドイツのメルク(Merck KGaA)と区別して、「米国メルク」と呼ばれることもある。 ※※)

メルクは1668年にドイツで設立された。

メルク・アンド・カンパニーは1887年に、ジョージ・メルクによって、メルクのアメリカにおける拠点としてニューヨークに設立された。1891年、ジョージ・メルクはニューヨークに移り住んだ。
http://www.pmlive.com/pharma_news/this_month_in_1917_a_tale_of_two_mercks_560187

1917年4月、アメリカが第1次世界大戦に参戦すると、アメリカ政府はドイツ企業の子会社の接収を宣言した。

メルク・アンド・カンパニーは接収されたが、ジョージ・メルクは仲間たちと共に、メルクが公売に出されたら競り落とすため、「マッケンナ・コーポレーション」を設立し、何とか1919年にこれを買い戻すことが出来たが、ドイツのもう一方のメルクからはすっかり分離独立した企業となった(我々の知る限りでは)。
http://www.pmlive.com/pharma_news/this_month_in_1917_a_tale_of_two_mercks_560187

この時以来メルクは、アメリカによる戦争遂行の支援に務め、おそらくその影響で、アメリカは第2次大戦の最中に生物兵器戦争プログラムに関与することとなったようだ。

ナチスがドイツ化学産業の独占トラストIG・ファルベンを作ったのと同じ1925年、ジョージ・メルクは引退して、会社を息子のジョージ・W・メルクに譲った。
https://www.youtube.com/watch?v=3l4Bry2ls7A

ジョージ・W・メルクは、幼少期にトーマス・エジソンのワークショップに参加するなど、特権的な環境で育てられ、この会社の社長の座を受け継いだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

彼は第2次大戦期を含む25年間、メルクの社長だった:そして彼は、彼がメルクを率いていた間じゅう、アメリカの生物兵器戦争プログラムにおいて、中心となる指導的立場にあったのであり、彼が会社から引退したのは、彼が生物兵器戦争から引退したと思われる時期の数年後だった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

フォート・デトリック(※Wikipedia:アメリカ合衆国・メリーランド州フレデリックにある、アメリカ陸軍の医学研究施設である。アメリカ軍における生物兵器の使用や防護に関する研究の中心拠点となっている)
を管理していた、戦争調査局(War Research Service, WRS)のトップとして、生物兵器戦争の準備を指揮していたのが、ジョージ・W・メルクだったが、その間彼はメルク社の社長のままだった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck
https://en.wikipedia.org/wiki/War_Research_Service
ウィキペディア(英語版)から引用する:
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck


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第2次大戦中、彼は戦争調査局を率いていたが、この部局はフランク・オルソンと共に、アメリカの生物兵器戦争プログラムを開始した。
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マサチューセッツ工科大学出版局のサイトによると:
https://mitpress.mit.edu/sites/default/files/titles/content/9780262730969_sch_0001.pdf


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この年の盛夏までに、3人の候補がこの新組織の長への就任依頼を断っている:ロックフェラー財団の理事だった経済学者のウォルター・W・スチュワート、ジョーンズ・ホプキンス大学の学長だった地理学者のイザイア・ボウマン、コーネル大学の学長だった経済学者のエドモンド・エズラ・デイの3人である。ようやく8月に、製薬会社メルク・アンド・カンパニー社長の化学者ジョージ・W・メルクがこのポストを引き受けた。

当たり障りのない戦争調査局(WRS)という名が付けられたこの組織は1942年の半ばに発足したが、当初の予算は20万ドルだった。一流の生物学者や医師と広く接触した末にWRSは、8人の指導的メンバーを得、ハーバード大学、コロンビア大学、シカゴ大学、ノースウェスタン大学、オハイオ州立大学、ノートルダム大学、ウィスコンシン大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学等、アメリカの28の大学で秘密の研究を開始することができた。
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ジョージ・W・メルクが1945年に陸軍長官に提出した報告書を下のURLで読むことができる。
http://www.nasonline.org/about-nas/history/archives/collections/organized-collections/1945merckreport.pdf

そこで述べられている戦争調査局(WRS)の活動の歴史は、その「システム」がどのようなものであり、どんな風に全ての一流大学に広まっていったかをすっかり明らかにしている。

彼は後に幾つかの賞を授与され、タイム誌の1952年8月18日号の表紙にもなったが、彼が生物兵器戦争に関与しており、ましてや、アメリカ国民を実験台にするための基礎を築いたことは、一般には気付かれていなかった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

フォート・デトリックは、アメリカ史上最も有名な生物兵器戦争センターの1つである:ここでは、サンフランシスコ上空からバクテリアを散布するという海しぶき作戦(Operation Sea-Spray)の計画が練られたが、
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/eiken/idsc/disease/serratia1.html
作戦が実行されたのは1950年代と1960年代で、メルクが戦争調査局(WRS)を離れた後だった。
http://www.businessinsider.com.au/the-military-tested-bacterial-weapons-in-san-francisco-2015-7?r=US&IR=T
メルクが戦争調査局(WRS)を離れた後、フォート・デトリックはアメリカ市民に対する実験の中心拠点となった。

ペーパークリップ作戦
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=78141827
でアメリカに渡ったナチスの科学者である、クルト・ブローメが、アメリカ市民に対してどうやって実験を行うか、生物兵器戦争の専門家たちにアドバイスを与えたのがこの場所だった。
http://www.globalresearch.ca/biological-warfare-and-the-national-security-state/14708
ブローメはそれ以前、腺ペストの人体実験を行っていた。

ここでは、フランク・オルソンも研究していた。オルソンは生物兵器戦争やMKウルトラの研究を行っていたものの、やがてその非道徳性に疑問を呈し始めて「自殺」した男なのだがで、これはまず間違いなく暗殺だった。グローバリゼーション研究センター(Center for Research on Globalization)の記事から引用する:
http://www.globalresearch.ca/mind-control-and-the-new-world-order/31569


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1953年11月28日の午前2時に、ニューヨークにあるスタットラー・ホテルの10階の部屋から、閉まっていた窓を突き破って、1人の男が転落死した。身元調査の結果彼は、メリーランド州にある、アメリカ陸軍の医学研究施設であるフォート・デトリックに所属する細菌学者のフランク・オルソンであることが判明した。彼はもう1人の科学者ロバート・ラッシュブルックとの相部屋から転落したのだった。これは自殺と判定された。

それから25年後の1975年になって、当時のCIA長官ウィリアム・コルビーが関係書類の機密指定を解除すると、本件は様子が違ってきた。オルソンが実は、フォート・デトリックに潜入していたCIAの秘密捜査員で、死の1週間前にメリーランド州の片田舎にあるディープ・クリーク・ロッジというキャンプ保養所で行われた科学者と高官たちとのミーティングの際に、コアントローを飲んでいたことが明らかになったのだ。このコアントローには、CIAでのオルソンの上司であるシドニー・ゴットリーブによって大量のLSDが混ぜられていた。それからオルソンは、これまたCIAの人間であるラッシュブルックと共に、精神科医に診てもらうため、ニューヨークに送られた。というのも、LSDは精神病を惹き起こすからだ。

オルソンが極秘プログラムに関与していたことも明らかになった。このプログラムはMKウルトラ・プロジェクトとして知られ、化学薬品やドラッグでマインドコントロールを行ったり、バクテリア剤で暗殺を行うことができるか、探るものだった。オルソン自身も、炭疽菌を霧状にして撒く兵器の研究に取り組んでいた。新証拠が明るみに出たのは、オルソンの息子エリックの粘り強い努力によるもので、この結果、オルソンの死が自殺だという判定は極めて疑わしくなった。
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フォート・デトリックは、この区分化された権力構造が「敵」と見做していると言われる人々に毒を盛り、滅ぼそうとする計画の秘密のセンターだった。彼らがどんな人々を敵と見做していたか知るためには、この時代に優勢だった学者たちの思潮を理解する必要がある。

当時の富裕者層の間では、優生学的妄想が依然として盛んにもてはやされていた。一般国民こそが「敵」だとしたらどうだろう?敵とは、貧しい白人やアフリカ系アメリカ人、「犯罪者」と噂される人々、反体制派であり、20世紀初頭の傑出したアメリカの研究者たちが、このような人々に対して、強制断種という攻撃を企んでいたとしたら?
http://www.sfgate.com/opinion/article/Eugenics-and-the-Nazis-the-California-2549771.php
http://www.akashi.co.jp/book/b64344.html

生物兵器の開発に協力したハーバードやスタンフォードのような学術機関は、既に数十年前から優生学や強制断種の研究を続けていたのであり、まさにこれが生物兵器戦争への取り組みにつながって行ったのである。
https://www.youtube.com/watch?v=GuTsbO66NKM
http://www.wakingtimes.com/2017/01/20/eugenics-population-control-save-planet-says-berkeley-professor/
彼らがようやく公然と優生学を唱導することを止めたのは、ナチスから非難された時だった。

このような学界の思潮をさらに詳しく物語る存在が、コーネリアス・ローズ博士である。この男は、マスタードガスによる「化学療法」の開発に従事していたレイシストであり、アメリカ優生学史を語る上では欠かせないだろう。ロックフェラーから資金提供を受けていた彼は、生物兵器開発にも携わっていた。「アメリカ政府が知られたくない歴史の真相(WHAT REALLY HAPPENED _ The History The US Government HOPES You Never Learn!)」サイトによれば:
http://www.whatreallyhappened.com/WRHARTICLES/vaccinate.html


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1931年:プエルトリコ人に対する癌実験がコーネリアス・ローズ博士によって行われた。ロックフェラー医学研究センターの援助の下、ローズは患者たちに故意に癌細胞を植え付けたのだ。患者たちのうち13人が亡くなった。この実験や、ローズが手紙で、プエルトリコ人は完全に根絶やしにされねばならないと述べていた事実が明るみに出たにもかかわらず、ローズはメリーランド州やユタ州、さらにはパナマに米軍の生物兵器戦争施設を設立し続けた。その後彼は、米国原子力委員会の委員に任命されたほか、最近明らかになった囚人や入院患者、兵士に対する放射能被ばく実験も主導していた(これらは米国ヘルスケアエグゼクティブ学会の報告書に載っている)。
http://www.seas.gwu.edu/nsarchive/radiation/
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1940年代の学問的思潮も俯瞰してみよう。これまた「歴史の真相」サイトから引用する:
http://www.whatreallyhappened.com/WRHARTICLES/vaccinate.html


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1940年代:第2次大戦中に行われた、マラリアに効く新薬開発の突貫プログラムにおいて、シカゴ地域の医師たちが、約400人の囚人をこの病に感染させた。シカゴの囚人たちは、戦争遂行を支援するためだという、一般的な情報を与えられてはいたが、後にニュルンベルク軍事裁判で定められた基準に合致するような十分な情報を提供されていなかった。ニュルンベルク裁判においてナチスの医師たちは、自分達の行動がドイツの戦争遂行を支援するためのものだったと弁護する際に、このシカゴでの人体実験を先例として引き合いに出した。
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生物兵器戦争の歴史において、これらは氷山の一角に過ぎない:彼らは自分の国に居て欲しくない人々に対して戦争を行おうとしていたのである。信じられるだろうか?

動かぬ事例証拠から分かるように、これらの実験は、ナチスやロシアの脅威に名を借りて、優生学や断種、人口抑制というアジェンダの遂行を正当化しようとしたものであろう。

歴史上、もう1つ注目すべき事例は、前述のセラチア・マルセッセンスというバクテリアをサンフランシスコ上空に散布したというものだが、2017年になってようやく論文で述べられた通り、これは本当に人々を不妊にするためだった。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28161359

ひょっとすると、サンフランシスコへの散布は、不妊を惹き起こすバクテリアの使用法をマスターするためだったのではないだろうか?


終わりに

こんにちの我々の到達点を述べた本稿は、もっとずっと核心的な情報に満ちた研究分野と呼べるものとするための、ほんの入り口に過ぎない。

この先もっと調査を行えば、メルク・アンド・カンパニーが、第2次大戦直後にポリオ・ワクチンのような治療薬を、アメリカ国民に対する生物兵器として開発したという強力な証拠事例に到達できるかも知れない。

何と言っても、イーライリリー/メルクのポリオ・ワクチン(生物兵器戦争活動開始から数年後に世に出た)には、不可解なことに、癌を惹き起こすSV40ウイルスがコンタミしていたのである。
http://ameblo.jp/64152966/entry-12129660495.html
彼らの主張によれば、SV40が寄生していたアカゲザルの腎臓の細胞を誤ってワクチン製造に使ってしまったのだというが、我々は、過去においても、同社と関係のある研究者が、何度も意図的に人々に癌細胞を植え付けたことを知っているのだ。

メルクのガーダシルという子宮頸癌予防ワクチン(HPVワクチン)が、接種による麻痺や死によって、何千という若い男女の人生をすっかり破滅に追い込んだことを知る人は多いが、彼らが疑うのは1つのことである:すなわち、メルクは、本稿で見てきたようなかつてのメルクの行いと同様に、故意に人々にダメージを与えることによって人口抑制を行うというアジェンダの一端を担っているのではないだろうか。
http://www.eraofwisdom.org/gardasil-fully-exposed-hpv-vaccine-being-tested-on-infants-has-killed-permanently-injured-thousands/
http://www.eraofwisdom.org/cannabis-oil-cured-girls-leukemia-hpv-vaccine-broke-body-hayley-willar/
http://www.judicialwatch.org/files/documents/2009/vaersdeathsALL_20090616.pdf

そして問うべき質問はこれだ:メルクはこんにちでも、人々に毒を盛るというアジェンダの共犯なのだろうか?故意であろうとなかろうと、彼らが何千という人々を傷害し殺しているという紛れもない事実は、ワクチン有害事象報告制度(VAERS、Vaccine Adverse Event Reporting System)
による報告その他を調べてみれば分かる通りなのだ。
http://www.judicialwatch.org/files/documents/2009/vaersdeathsALL_20090616.pdf

どうかできるだけ多くの人々に本稿をシェアして、調査を始められたい。


著者について

カシウス・カマランピは、カリフォルニア州サクラメント出身の調査研究者兼ライターである。彼は「智慧の時代(Era of Wisdom)」サイトの創設者であり、ドキュメンタリー『合成麻薬を打たれる幼児たち:ビッグファーマや一流企業の歴史』の脚本家/監督であり、
https://www.youtube.com/watch?v=5rZn1xccrig
2013年=17歳当時からオルタナティブメディアに寄稿している。彼が専ら取り上げるテーマは、人々を奴隷化しコントロールする様々な形態、特に化学薬品や、より陰湿な形での支配の下手人である団体や個人を見極めること:企業であれ、政府であれ、協会であれ、我々の健康にダメージを与えている張本人/そこからの独立に向けた努力を損なう張本人を見極めることである。
posted by たカシー at 15:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする