2017年09月21日

CassWiki:無限の本質

CassWiki:無限の本質
https://thecasswiki.net/index.php?title=The_Active_Side_of_Infinity


『無限の本質―呪術師との訣別』(結城山 和夫 翻訳、原題:無限の活動的な側)はカルロス・カスタネダの最後の本で、初版は1998年に刊行された。FOTCMはこの本がカスタネダの最高傑作だと考える。

この本は、「捕食者の心」等、非常に重要な概念を扱っている。この概念はさらに、「人類の落下」や、人類が上位密度の自己に奉仕する(STS)存在の食料、すなわち、グルジェフの言い方だと「月の食料」であるという考え方と結び付く。心理学の視点からは、「負の刷り込み」や、「トラウマを負わせること/心理的防衛」そして、「我々の生来的な自己に取って代わる偽の自己を我々の内部に形成すること」といった基本的な問題に関連するものである。

カスタネダはこの本を、「私の人生のなかでとりわけ印象深かった出来事を集めたものであ」(結城山訳10ページ)り、彼がそうしたのは、ドン・ファンの勧めがあったからだと述べている。人生における記憶すべき出来事を収集すること=「反復」(同180ページ)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=78324677
とは、「自分の内部に存在するエネルギーの貯蔵物」(同10ページ)を揺り動かすための本物の手段であり、そうすることで、そのようなエネルギーは利用可能となるのだ。

本書に載っているドン・ファンの教えを編集したサイトとしては、以下がある。
http://www.prismagems.com/castaneda/donjuan12.html
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CassWiki:悪い魔術師

CassWiki:悪い魔術師
https://thecasswiki.net/index.php?title=Evil_magician


ゲオルギイ・グルジェフによってもたらされた邪悪な魔術師の物語は、P.D.ウスペンスキーの『奇蹟を求めて』の邦訳書341ページに引用されている。これは、地球上での人間の境遇を巧みに描いたものだ。以下のような物語である:


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1人の邪悪な魔術師が居た。彼は奥深い山中の森の中に住み、数千頭の羊を飼っていた。だが問題があった。彼の朝食として1頭、夕食に1頭、という具合に毎日仲間たちが殺されるのを見た羊たちが、この魔術師を恐れるようになったのだ。このため羊たちは、魔術師の牧場から逃げ去ってしまい、広大な森の中から探し出すのが難しくなってしまったのだ。魔術師は魔術を使った。

彼は全部の羊に催眠術をかけ、最初にまずこう言った。お前たちは不死身で、皮を剥がれても何の害も無い。それどころか、それはお前たちのためになることであり、気持ちよくすらある;2つ目に魔術師は、自分が良い主人であり、大層羊たちを愛しているので、羊たちのためなら何だってするだろうと言った;3つ目に魔術師は、たとえ何かが羊たちに起こるとしても、それは今すぐは起こらないし、少なくとも今日は起こらないから、このことについては考える必要が無いのだ、と言った。

それから、魔術師はある羊に言った。「お前は人間だ。恐れる必要はない。殺されて食べられるのは羊であって、お前じゃない。お前は俺と同じような人間なのだ」。他の羊にはこう言った。「お前はライオンだ − 怖がるのは羊だけだ。羊は逃げるし、弱虫だ。だが、お前はライオンだ;逃げるよりも、死ぬ方を選ぶだろう。お前はあの羊たちとは違う。だから、羊たちが殺されても、お前にとっては問題ではない。羊たちは殺される運命だが、お前は森の中でも俺の一番の親友だ」。このようにして魔術師は、羊毎に別の物語を話して聞かせたので、翌日から羊たちは、牧舎を逃げ出さなくなった。

依然として他の羊が殺され、屠殺されるのが羊たちの目に入ったが、そんなことはどうでも良かった。ある者はライオンだったし、ある者はトラ、ある者は人間、ある者は魔術師、等々という具合だったからだ。殺された者以外に羊は居なかったのだ。こうして、番人を雇わなくても、魔術師は数千頭の羊を飼うことができた。食料を得たり、水を飲んだりするために、羊たちは森の中に入って行ったが、1つの事を信じて牧舎に戻って来た。すなわち、「殺されるのは羊であってお前ではない。お前は羊ではないのだ。お前はライオン − リスペクトされ、名誉ある、偉大な魔術師の友人なんだ」。魔術師の問題は解決し、羊たちは二度と逃げ去らなくなった。
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これは基本的に、自己への奉仕(STS)の思考センターの機能の仕方および、その影響が世界や人々の心の中でどんな風に形を変えるかを描いてみせたものである。この魔術師の物語は、映画『マトリックス リローデッド』に出てくるアーキテクトのコンセプトに似ている。アーキテクトは「マトリックスの生みの親」であり、人々を眠ったままにしておくプログラムの責任者である。

カルロス・カスタネダの著書『無限の本質』でも、よく似た概念が提示されており、捕食者が人類を取って食べているという。ドン・ファン・マトゥスはこのことを次のように説明する:


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(結城山訳272ページ)
われわれには捕食者がいる。そいつは宇宙の深奥からやってきて、われわれの生活の支配権を乗っ取った。人間はそいつの囚人だ。。。やつらは自分の心をわれわれに与えるのだ!おい、聞いているのか? 捕食者どもは自分の心をわれわれに与える。。。そこで心を通して、それはつまるところやつらの心なのだが、捕食者どもは人間の生活のなかへ自分たちに都合のいいものを注入する。。。
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魔術師の策略の核心は、人間の暗示されやすさ、危機感の無さ、ウィッシュフルシンキングする傾向にある。グルジェフの宇宙論は、このような「3脳生物の不健全な特徴」の原因が、「天使」によって植えつけられた器官クンダバファーだとする(浅井訳『ベルゼバブ』67ページ)。太古の昔に地球に彗星が衝突するという事故のせいで地球から分離した月を維持するために、人間は振動を送り続けねばならなくなったのだが、そんな自分達の運命を悟った人間が騒動を起こすことのないようインプラントされたのが、この器官なのだ。器官クンダバファーのせいで人間は、何事も快楽に感じ、些細な事が重大に、重大な事が些細に見え、自分だけは特別であって、まず自分の死を思い浮かべることなどできなくなったのである。この器官そのものは取り除かれたとされるが、その影響は慣性の力によって持続しているのだ。これは基本的に、カスタネダの「捕食者の心」と同じである。いわゆるクンダリニー(クンダリーニ)とは、魔術師が羊たちに、自分は魔術師だと考えさせるために用いた催眠術による空想の力の残滓である、とグルジェフは説く(『奇蹟を求めて』邦訳書342ページ)。


詳細文献

・P.D.ウスペンスキー『奇蹟を求めて』
・カルロス・カスタネダ『無限の本質』
・ローラ・ナイト=ヤズィック『ザ・ウェイブ』シリーズ
http://takapachi1962.seesaa.net/article/414985821.html
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2017年09月20日

CassWiki:ダメージコントロール

CassWiki:ダメージコントロール
https://thecasswiki.net/index.php?title=Damage_control


FOTCMはダメージコントロールという語を、好ましくないディスクロージャーに対してコントロールシステムが取る反応を述べる際に用いる。


概要

この概念を理解するには、自己への奉仕(STS)ヒエラルキー内の権力が基本的に、多数派の信念と知覚をコントロールしているという事実を前提として踏まえておく必要がある。コントロールを保つため、「エリート」は特定の情報を、そして何と言っても、そのような情報に誘発された特定の知覚を抑え込まねばならない。

ダメージコントロールとは、公衆の意識に新鮮な情報を送り込むことにより、ダメージを受けた個所に継ぎを当てようとするPR活動のことである。そのための方法は、操作一般と同様に様々である。この現象のスケールも様々で、個人同士の関係から、小さな団体の内部、更には比較的大きな組織体、あらゆる類の全体主義体制、そして最終的には「共同体」(それ自体は、より小規模なプレーヤーを道具として使う)というさらに大きなコントロールシステムによるものまでが存在する。

情報を広めることに成功し、現状を乱す脅威となった団体は、いずれも対処の必要がある。殆どの場合、これにはお馴染みのコインテルプロの戦術が用いられる。この際、単に一連のディスインフォメーションに脅迫のメッセージを潜ませるだけには留まらず、相手を取り込もうとするのが一般的である;取り込んでしまうことが不可能な場合には、引き続いて、行動を制限することを狙った迫害や、あからさまな破壊活動すら行われることがある。(ある団体に対して公然と敵対的行動を取ることが公衆の目に触れる場合には大抵、多数派に受け入れられるよう仕組まれた正当化のための策も併せて講じられる。)

ダメージコントロールの形態は常に流動的である。しかし、プロパガンダやディスインフォメーション全般と同様、感情的反応を惹き起こす(例えば、欺瞞的な見せかけの道徳論
https://thecasswiki.net/index.php?title=Paramoralism
を用いて)のが一般的である。この現象の巧妙さの程度は、聴衆の見抜く能力に比例する。だが、常に恐怖やストレスを感じる状態にある、情報を殆ど与えられていない公衆が最も操作し易い。




政治

もちろんながら、政治の世界ではダメージコントロールが至る所に存在している。比較的最近の例として、「911真相究明運動」が挙げられよう。クォンタムフューチャーグループが公開したフラッシュ動画
http://www.pentagonstrike.co.uk/
は、ネット上を駆け巡った。この動画の中心的メッセージは、ボーイング757機がペンタゴンに突っ込んでいないという証拠を示すことだった;残された証拠は、ドローンや巡航ミサイルのような、もっと小型の飛行機が建物に衝突したことを示していた。

その直後に、「911真相究明運動」に参加する人々の多くが、「ペンタゴンに航空機無し説」は「911真相究明運動」内部に対立抗争を惹き起こすもので、このまともな運動を、いい加減な過激思想と関連付けることを狙った、狡猾なディスインフォメーション戦術だと主張し始めた。このため、この運動は自らを守るために「航空機無し説」から撤退し、911の他の面に議論を集中させることになった。生憎、911に関する公式説明の一番の弱点が、初期段階のペンタゴンを写した写真に、ぶつかった筈の757が写っていないことだったようだ。またしてもダメージコントロールは、運動の論拠の全てを攻撃せず、反撃を加えるべき運動の最も強力な主張から注意を逸らすことに集中して行われたのである。ここではまた、反感を買うような写真が数多く利用されるのも見受けられた。


宗教的信仰

宗教は、歴史を通じて権力基盤を固める主要な手段の1つであり、不利な情報や知覚によって殊の外存続を脅かされるものであるがゆえに、その公的なイメージにテコ入れを行うためのダメージコントロールは自ずと目につくものだ。12-13世紀に行われたカタリ派の悪魔化と迫害は、大虐殺につながった大規模なダメージコントロールの例であり、全てはカトリック教会による独占に対する挑戦者となった、平和で霊的な信仰生活を志向した1つの運動を抑圧するためだった。このダメコン・オペレーションはおそらく、もっと昔のより本物に近い教え(受け入れられるキリスト教を作ろうという、社会政治的な目的のせいで歪められてきたられたもの)であるカタリ派が教会権力の至高性に挑んだために、同派を抑圧しようとして行われたものであろう。だが、敵となりそうな相手をまず悪魔呼ばわりしないことには、人々は十字軍に参加しないので、間引きや黒魔術等、あらゆる嫌疑がかけられることになった。

19世紀になって、主流派教会の教義や聖書の歴史的信ぴょう性に疑問が投げかけられるようになると、こんにちのニューエイジの創設者たちが、神智学のかたちで登場し、オリエントの神秘主義、降霊術、その他のオカルトムーブメント(運動)に対する興味をかき立てた。知識階級が、もはや旧来の宗教では知の枠組みたり得ず、全ての疑問に対する答えの源泉として満足なものでなくなったと判断したことが、「ダメージ」だったと言えよう。ダメージコントロールとして行われたのは、しばしば詐欺的で高潔さが疑われるような、にわか仕立ての降霊現象/ムーブメントの導入だった。このダメコン・オペレーションは、こうしたイカサマと多くの真面目なワークとを関連付け、後に20世紀初頭のオカルティストたちがさらに発展させることになるシナーキズム的エリートの概念も導入することによって、神智学の信用を落とす効果を発揮した。もちろんながら、これらのムーブメントを、教会が失った排他的な霊的権威に継ぎを当てることを狙った、宇宙からのダメコン・オペレーションだと見做すには、黒幕としてのコントロールシステムの類の存在が前提となる。しかし、こんにちの作品の多くは、この可能性を扱っている。


超次元の存在

1960年代以降の大衆文化に登場した「スペースブラザーズ」というミームは、UFOやエイリアン・アブダクション現象に対する真剣な関心が広がったことに対するダメコン・オペレーションと見做すことができよう。このことから、ダメコン策は必ずしも事実と一致する必要はなく、安心感を増進するだけで十分だということが看取できる。

より最近では、ずっと規模は小さいものの、カシオペア文書による裏付けによって、超次元のコントロールシステムに対する気付きが広まるのを直接的に狙ったダメコンが見受けられる。「ネガティブなエイリアン勢力」を含む、その概念の多くは、これらを論じる沢山のチャネリング等のソースが出て来て、ほぼ主流派を占めるに至った。ダメコンは、それが抑圧し、あるいは混乱させようとしている対象による全ての主張を否定するとは限らない。そうした教えの殆どを取り込んでおいて、若干の改変を加える方が、しばしばより効果的なのだ。例えば、「心を開いて」、「エイリアンを愛し」、「ダークサイドも一体化する」のが、そうした相手から身を守る上で役立つという考え方は、問題を混乱させる上で全く十分なものである。
posted by たカシー at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする