2012年09月09日

シーズのヒット・リスト03:歴史はごまかしだ

http://www.sott.net/articles/show/238372-The-Cs-Hit-List-History-Is-Bunk
シーズのヒット・リスト03:歴史はごまかしだ

ハリソン・ケーリ
Sott.net
Fri, 25 Nov 2011 21:15 CST


ストーンヘンジ上にさしかかったヘールボップ彗星
(写真)


その後のアップデート:
本シリーズの第1回で、我々は預言を取り扱った。
http://www.sott.net/articles/show/236777-The-Cs-Hit-List-Prophecy-Prediction-and-Portents-of-Things-to-Come
そこでは、カリフォルニアが「海中に没する」という考えが述べられていた。 すると、ほんの数日前、カリフォルニアの、もう1部がそうなった。
http://datefile.iza.ne.jp/blog/entry/2517773/
http://www.sott.net/articles/show/237972-US-Californian-road-slides-into-the-sea-after-heavy-rains
具体的に言えば、11月21日に起きた地滑りによって、サンペドロのパセオデルマール通りの一部が、太平洋へと崩落したのだ。
http://www.sott.net/articles/show/237959-US-Chunk-of-LA-street-cliff-slide-into-Pacific
我々としては、この地滑りがシーズの言っていたものだとは思わないが、これをここで取り上げたばかりである点を考えると、タイミング的に興味深いものがある。

科学の分野における新発見が、すぐさま、それまでの「コンセンサス」をひっくり返すのと丁度同じように (コンセンサスを推進している人々にとって、それはしばしば、驚きであり、意図的に信じないのだが)、 新たな歴史的データも、我々の頭の中にある、歴史上の出来事についての考えを変えさせるものだ。 我々はしばしば、出来事XがY年に起こったものと思い込むが、これらの変数の一方ないし両方が全くの誤りであるかも知れないことを忘れている。 当の出来事は、政治的なプロパガンダのために、当時の(あるいは後年の)写本筆記者あるいは指導者によって作り上げられたフィクションであったことが判明するかも知れない。 年代決定法が不正確であったり、あるいは、混同する可能性のある要因を含んでいて、一般に認められている歴史の時系列を滅茶苦茶にするかも知れない。 あるいは、新たな文書や科学データが発見されて、その出来事がどうやって起こったかに関して、我々が以前抱いていた考えとは似ても似つかぬ真相が判明するかも知れない。 新たな動機をもった、新たな登場人物が出現し、歴史書の改訂や、我々の最近あるいは遠い過去の出来事ないし偉人に対する見方を改めさせるのである。

さて、我々が知っているような「歴史」が出現する以前の、先史時代の研究には、固有の問題がある。 そこでは、我々が依拠すべき手がかりは極くわずかで、全てが諸科学の知見の上に築かれているのだが、それら自体も、物事の作用の仕方に関する、ある種の仮定の上に成り立っているのである。 考古学、古人類学、集団遺伝学、分子遺伝学、気象科学、地質学。。。 これら全てが、歴史家が我々のために作り上げた過去に関する物語に貢献しているのだ。 これら諸科学の多くが比較的に若いものであることを考えると、 我々が短期間の間に蓄積してきた情報の量は相当膨大なものである。 だが、歴史もまた作業中の未完成品であることに留意するのが重要である; 科学における新理論や進歩が、古い概念の根本的見直しを促すことがあるのだ。

先史時代に関する発言は、シーズとの交信記録のかなりの部分を占めている。 考古学者や人類学者は、人類の移住や遺伝子の混淆、営み、ボトルネック効果 等々に関して、細切れの情報を工夫してつなぎ合わせているが、 これは、見たところ、何らの文書記録も残っていない時期についての作業である。 従って、歴史的出来事の具体的な詳細を検証するのは難しく、この時期に関してシーズが語っている事の多くは、興味深い推測のままである。 だが、その多くが証明不能であるとは言え、 新たな発見; 化石の発見、気候研究、天変地異や滅亡の証拠、その他が明らかになったときにはまた、この文書を検証する機会も得られるのだ。


既に居なかった洞窟人


フランス南西部ラスコーの洞窟壁画
(写真)


2000年4月15日に、 地球のヒト化動物に関して、以下のやり取りが行われた:


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Q: (L)一時期、彼ら(ネアンデルタール人)は、ニューモデル即ち、クロマニョン人かなんかと同時に地球に存在し続けていたようね。

A:一部は。

Q: (L)どのくらいの間、ネアンデルタール人は、「ニューモデル」と並んで存在してたの?

A: 233年間。

Q: (L)ネアンデルタール人が地球上に居たのは、もっとずっとずっと昔のことだと思ってたわ; 現生人類が地球にやってきたのが、あなた方の言うように7〜8万年前だとすると、 その頃にはネアンデルタール人はもう、ここには居なかったんじゃないの?

A:時間基準が間違って計算されてきた。
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長い間、この言明は幾分信じ難く思われていた。 何と言っても、専門家によれば、ネアンデルタール人が存在していたのは、ほぼ20万年間であり、その後2万7千から8千年前頃に滅亡したとされているのだ。 例えば、歴史的に最も新しいネアンデルタール人の化石は、スペイン南部のザハラヤ洞窟
で見つかったものだが、 3万年前のものとされてきた。 (イアン・タテルサル&ジェフリー・シュワルツ). その一方で、解剖学的にも行動的にも最初期の現生人類の遺跡は、放射性炭素年代測定によって、およそ3万5千から4万年前のものとされてきたのであって、 数千年間オーバーラップしていたと考えられてきたのだ。 (ポール・メラース) この期間は、いわゆる「旧石器時代革命」の時期に一致している。 完全に「現代的な」人間行動は、この革命の間に爆発的な勢いで登場したとされ、 オーリニャック期の、目を見張るような洞窟芸術がその証拠とされてきた。

しかし、2011年5月、ある重要なネアンデルタール人骨化石の年代が直接測定された結果、この「一般に受け入れられた」年代解釈は根底から覆されたのである。 科学ニュースの報じるところによると、ロン・ピンハシ博士と同僚たちは、 「コーカサス北部にある、ロシアでも重要な洞窟遺跡で発見されたネアンデルタール人の化石の年代を測定したところ、 これまでの研究で言われていたよりも1万年古いものであることを発見した」
http://www.sciencedaily.com/releases/2011/05/110510153942.htm
この記事の続きによれば:


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この新証拠によって、ネアンデルタール人と現生人類は数千年に亘って交流していたという説は疑問視されることとなった。 そうではなくて、ネアンデルタール人と現生人類が共存していた期間は、もっと限られた、おそらくは2〜3百年間だったのだろうと、研究者たちは考えている。 ということは、解剖学的な現生人類がアフリカ大陸から出て行くより前に、ネアンデルタール人が滅亡していた地域すら存在していたと考えられる。
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この化石は39,700年前のものと年代決定された。 くだんの記事によれば; 「この発見は、後期ネアンデルタール人が、コーカサス北部で3万年前まで生きていたとする、かつての主張の正当性を疑わせるもので、 後期ネアンデルタール人と現生人類の共存期間には、さしたる重要性はなかったことになる」 この記事の著者が断言するところによると、かつての年代決定プロセスは、 「中期旧石器時代の後期と後期旧石期時代の最初期の埋蔵物、人工物、化石の本当の時期を最大で数千年も『全体的に新しく見積もってきた』」のであり、 誤りの主な理由の1つとして、サンプルの汚染を挙げている。 ピンハシ博士は述べている: 「ネアンデルタール人と解剖学的現生人類は、コーカサスで共存していなかったことが、今や一層明白となったのであり、 このシナリオはヨーロッパの殆どの地域にも当てはまる可能性がある」 交配(ネアンデルタール人のDNAが人間においても観察できることになる)があったとすれば、 十中八九、ごく初期に、おそらく中東において、この短期間の間に行われたのだろう、とピンハシは言う。
http://www.nature.com/news/2011/110509/full/news.2011.276.html

時間基準が間違って計算されてきたということに関しては、別の回にもっと詳しく論じたい。


挿入された(パレンタ的な)ヒューマノイド

連載初回で述べたように、「アトランティス」の伝説は繰り返し浮上してきている。 プラトンの記述に端を発するアトランティスとは、 シーズによれば、旧石器時代(すなわち、30万年前から1万年前の間)に存在した「進歩していた」文明のことなのだが、 留意すべきなのは、「進歩していた」と言っても、必ずしも我々が、テクノロジー/文明に対して抱く先入観には合致しない点である。 何人かの研究者(例えば、クラウス・ドナ や、また、最近では、クリストファー・ナイトやアラン・バトラー が挙げられよう)が、当時、このような世界文明が存在していたことを示す多くの調査結果を収集してきたが、 今、ここでは取り上げまい。 だが、1997年5月31日に、このテーマに関して、1度議論となったことがあり、 以下のやり取りが行われた:


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Q:私の理解しているところでは、アトランティスは当時[8万年前]既に、高度な文明に発展していたのよね?

A: Yes, だけど、繁栄していた地域は、相次ぐ入植ないし征服のために、移り変わって行った。。。あなた自身、転生する度、経験してきた筈だ。。。アトランティスというのは、巨大島国帝国のそれぞれ別々の地区を占めていた3つの人種から成る進んだ文明の本拠地の名前に過ぎない。 そして、このアトランティス帝国自体、あなた方の時間で10万年以上掛かって、3度の転生を経験したんだ。

Q:その3民族というのは、ケルト人[すなわちインドヨーロッパ語族]と。。。あと2番目と3番目は何人?

A:ないしはカンテック人。

Q:カンテック人はケルト人とは別なの?

A:カンテック人も地球に来てから長い時間が経つうち、他民族と人種的、遺伝子的に混淆してケルト人になったんだ。

Q:それじゃあ、アトランティス人というのは、カンテック人/ケルト人と、あと誰だったの?

A:あなた方が「ネイティブ・アメリカン」と呼ぶ人種と、それから、 3番目は、もはや存在していない人種で、幾分、今、オーストラリアあるいはギニアに住んでいるアボリジニに似ていた。 ただ、顔の色はもっと明るかったけれども。
[この人々は、このセッションのここより前の箇所に既出の「パランタ人」である]

Q:第3グループの人々は、他の2つによって滅ぼされたの?

A: 3度の彗星による大洪水のうちの1つで。。。

Q:それじゃあ、パランタ人というのは、オーストラリアのアボ の先祖なのね?

A: Yes, インド、パキスタン、スリランカ、オーストラリア、ニューギニアの原生種族に似ている。これらが遺伝子的に混じって薄まっている点には留意する必要があるが。

Q:ヴェーダはパランタ人が書いたの?それとも、ケルト人?

A:パランタ人の子孫が、「神の導き」を受けて書いた。
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コピーライトマーク Flickr user 710928003
ロシアのデニソワ洞窟から発見された4万年前の小指の骨から復元されたDNAによって、 絶滅した、ネアンデルタール人類似の人類の祖先種と 南太平洋のメラネシアの住民とを結び付ける説が新たに唱えられている
(写真)


2011年10月31日、ウェブサイト「ライブサイエンス」は、
http://www.livescience.com/16806-asian-ancestors-mated-denisovans.html
いわゆる「デニソワ人」に関して、 「アジア人の祖先はミステリアスな人類のいとことセックスしていた」というタイトルの記事を公表した。
http://www.sott.net/articles/show/236972-Asian-Ancestors-Had-Sex-with-Mysterious-
絶滅した、この系統の人類のものとして唯一知られている化石は、2008年にシベリアの洞窟で見つかったもので、 中には歯と指の(そして、今も研究中だが、おそらくは踵と思われる)骨が含まれていた。 遺伝子の分析結果は2010年になってようやく公表されたが、これによると、 デニソワ人のDNAは現生人類と385対で異なっており (ネアンデルタール人は202対、チンパンジーは1462対)、 ネアンデルタール人と共通の祖先を持つという。 彼らのDNAは、こんにちのメラネシア人やオーストラリアのアボリジニにも見られるものである。 ライブサイエンスの記事から引用する:


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現生人類が頻繁に交雑していた古代のいとこ種族は、ネアンデルタール人だけでなかったことが、 新たな研究の結果分かった。これによると、 東アジアの人々は、4万年前にシベリアに住んでいたミステリアスな、今は滅びた人類種と共通の遺伝子を持っているという。 デニソワ人はどうやら、人類種の系統樹のうちのネアンデルタール人の系統から、30万年くらい前に分かれたものと思われるが、それ以外の、彼らの容姿や行動、衣服については殆どわかっていない。 しかし、研究の末、古代人類とネアンデルタール人とが交雑していたことが分かったのと同様、 デニソワ人と同じ遺伝子が、ニューギニアやフィリピンを含む、太平洋諸島に現在住む人々からも見つかっている。。。

オセアニア人がデニソワ人の祖先種と5パーセントの割合の遺伝子を共有しているのに対して、 東南アジア人の場合は約1パーセントであると、 本日(10月31日)の全米国科学アカデミー会報は伝えている。 これに比べて、現代のアフリカ以外の人類が、ネアンデルタール人の祖先と共有している遺伝子の割合は約2.5パーセントである。

ヤコブソンは、いつデニソワ人と人類との交雑が行われたかを識別するのは難しいとしながらも、 ヨーロッパ人はデニソワ人と共通の祖先を持たないことから、 この交雑が起こったのはおそらく2万3000年から4万5000年前、 東南アジア人とヨーロッパ人が分岐した後のことだろうと言う。

ヤコブソンと彼の同僚たちは、初期人類の遺伝子について、そして、それが現代人類のゲノムに至るまでのステップについて、さらに研究を行っているところだ。 科学者が調べれば調べるほど、遺伝子の見取り図はさらに複雑になって行く、と彼は語る。 特に、遺伝子の小片は殆どが、デニソワ人のような、いずれかの古代人が残したものだ、と彼は言う。
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存在すると見込まれる、インド人とのつながりに関して、古人類学者のジョン・ホークスは懐疑的ながらも、以下のように記している:
http://johnhawks.net/weblog/reviews/neandertals/neandertal_dna/hla-parham-2011.html


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この点に関してだが、HLA(ヒト白血球抗原) のA*11型はパプアニューギニアではごく一般的であるものの、 これはまた、北部インドおよび中国でもごく一般的である。 これら2つの地域には、他の点では、デニソワ人を祖先に持つという顕著な証拠はない。 HLA-A型遺伝子はアジア人に著しく高いレベルで移入したと結論付けることができるかも知れない。これは、全体としてのゲノムには典型的なことではない。 確かに起こりうることではある。 だが、デニソワ人のゲノムと現代アジア人の両方に、HLA-A*11型に由来する相当数の変異が見つからない限りは、 これら地域の人々全てがHLA-A*11型を共有しているのが、単なる偶然である可能性も捨てきれない。
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つまり、これは複雑な問題であって、 デニソワ人の子孫である東南アジア人と大陸のインド人との間に見られる、特定遺伝子の類似性(このケースでは、単一遺伝子)が単なる偶然なのか、 それとも、デニソワ人の系統である結果なのかに関しては、確かな結論はまだ出せない、ということなのだ。 おそらく、シーズが 「これらが遺伝子的に混じって薄まっている点には留意する必要があるが」と言ったのは、この点に関するヒントなのだろう。


ネイティブ・アメリカンの移民の歌

歴史を少し先に進めると、次にヒットと考えられるシーズの言葉は、ネイティブ・アメリカンの1支族に関するものだ。 目下の通説によれば、北アメリカにパレオ・インディアン が最初に移住して来たのは、少なくとも1万2000以上前のことで、直近の氷河期の最中であったとされる。 ―だが、この時期については未だに論争がある。 例えば、多くの考古学者が最初の北アメリカ住民だと考えているクロービス人は、 ヤンガードリアス亜氷河期 の頃、北アメリカに居た巨型動物類共々全滅した人々である。 彼らが考古学上の記録に初めて登場するのは、大体1万3500年から1万3000年くらい前(放射性炭素による年代だと1万1500年前)である。 しかし、先クロービス文化に関する証拠は沢山あるのだ。 ウィキペディアに載っているリストを見られたい。中には、遥か3万年から6万年も昔のものさえある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Clovis_culture#Evidence_of_human_habitation_before_Clovis
つい最近、2011年3月に、 考古学者がテキサスで、人工遺物を発見したと報じられたが、
http://www.aaas.org/news/releases/2011/media/0324sp_clovis_jp.pdf
これはクロービス人が存在していた証拠のある最初の時期よりも、最大2500年古いものだった。 本研究の共著者の1人である、リー・ノルト博士は語る:
http://www.sott.net/articles/show/226832-Archaeologists-find-evidence-of-pre-Clovis-settlement


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この発見は、北・中央・南アメリカに最初に定住した人々に関して、いわば歴史を書き換え、我々の共通認識を改めるものだ。。。 この研究の際立った点は、地質学的方法を用いて、埋蔵されていた人工物が本来は先クロービス時代のものであることを示した点である。 これは、アメリカ諸大陸への定住が、これまで考えられていたよりもずっと前に起こったことを明白に示すものである。
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だが、北アメリカに住んでいたのは、クロービス人と先クロービス人だけではない。 ウィキペディアによれば、
http://en.wikipedia.org/wiki/Native_Americans_in_the_United_States
「ナ・デネ語族の人々は、BC8000年頃から北アメリカに進出し、 BC5000年には太平洋岸北西部に到着、 そこから太平洋岸に沿って、さらには内陸へと移住して行った。 言語学者、人類学者、考古学者は、彼らの祖先は最初のパレオ・インディアンよりも後に、別個に北アメリカへ移住して来たと考えている」

ナ・デネ語は、アラスカやカナダ、また、西海岸を下った、アメリカ南西部(例えば、ナバホ語やアパッチ語)で用いられているが、 中央アジアのエニセイ諸語(ケット語 を除いて、現在はいずれも死語)と同系統と見られている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Dené-Yeniseian_languages
これらの2つのグループの間にある距離は、一般に認められている、いかなる語族よりも大きい。 こうしたこともあって導かれたのが、シナ・コーカサス(デネ・コーカサス)超語族仮説である。 この仮説の一部、とりわけ、今述べたつながりは、近年主流派の認めるところとなり、2008年にはこのテーマのためのカンファレンスも開かれている。
http://www.uaf.edu/anlc/dy2008.html
そんな訳で、シーズの1994年10月7日の発言の登場となる:


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Q: (L)ネイティブのアメリカ人であるインディアンの起源は?

A:アジア。

Q: (L)ベーリング海峡を渡って来たの?

A: No. いや。救助されて運ばれてきたんだ。

Q: (L)誰によって?

A:グレイ。

Q: (L)何から救助されたの。

A:天変地異。

Q: (L)その天変地異っていつ起きたの?

A: 約7200年前。

Q: (L)どんな類の天変地異?

A:彗星。
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この絵はユタ州にあるホースシューキャニオン、別名バリアキャニオンで発見された。 7フィート(1フィート=30.48cm)もの高さがあるために、他より目立っている。 この絵を含む、ホースシューキャニオン内の大画廊 は、ほぼ等身大の大きさで描かれており、この絵の隣には、別のイメージが続いている。 大画廊に描かれた奇妙な像の解釈について、考古学者は苦戦してきた。
(写真左)


さて、この図をよく見てほしい。
http://starling.rinet.ru/images/globet.png
語彙統計学的分析によると、エニセイ語から、分岐元のデネ・コーカサス語(ナ・デネ語族もここから分かれた)までの時間はちょうど7千年余りである:


クリックして拡大
http://www.sott.net/image/image/s4/88280/full/globet.png


While we haven't been able to find any evidence indicating a comet encounter in the Yenisei basin at the time indicated (incidentally, this is where the famous Tunguska airburst occurred in 1908),
この時期、エニセイ盆地(偶然にも、ここは有名なツングースカ空中爆発が1908年に起こった場所である)で彗星との遭遇を示す証拠がなんら発見できなかったとは言え、
catastrophe has been a prime mover in mass migrations (no pun intended) throughout history,
歴史を通じて、天変地異は集団移動の原動力(※あるいは、最初の移民)であったため(洒落を言うつもりはない)、 これら2つの語族の分布地の間が、並外れて離れているのは不可解であり、これらの語族の分岐には、並大抵でない理由があることを示している。 だから、「移動」があったという説は、現時点では単なる憶測に過ぎないとは言え、それでもなお、この説は興味の対象となり続けるのである。 7200年の時を経た像を心に焼付けつつ、先へ進むとしよう。


まばゆい予兆がもたらした暗黒時代

彗星と言えば、歴史における、そして、我々の未来における、彗星の衝撃は、いずれもまた、 カシオペアン実験において数多く登場するテーマであり、 おそらくこの先でも、これについてしばしば議論することとなろう。 主流派のアカデミズムおよびメディアから、おおむね無視されてきたとは言え、 近年の新しい研究結果が示しているように、この現象は、我々が諸帝国の興亡といった歴史や、我々の未来につき理解する上で、大きな意味を持っているのだ。

もっと時代が下がるが、 1998年9月12日のセッションにおいてなされた、この発言は、 全くの大当り(ヒット)であることが、ついに判明した。


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Q: (L)最近の議論でわかってきたのは、古来3度の超新星爆発があったということね。 発見された名残りから推測されてるのは、いずれもカシオペアの近くで起きてたということで、それぞれどんな年代のことだったのか、とても興味深いわ。

A: Yes...

Q: (L)そんな年代の1つが1054年頃。 これが興味深い時期なのよ。 なんたって、この時期に関しては、ヨーロッパ側に記録が無いんだもの。 中国にも日本にも、おそらくは朝鮮にだって、この超新星爆発の記録があるって言うのに。 なのに、ヨーロッパには記録が残って無いのよ。 ヨーロッパの記録資料に何か起きたのかしら?

A:その「時」のヨーロッパは、「回復モード」だった。

Q: (L)何からの回復?

A: AD564年に起こった空中での彗星爆発によって、文明が壊滅的打撃を受けていた。

Q: (L)文明の構造にどんな影響があったって言うの? 物質的な面での直接的な影響だったの? それとも、何か間接的に、人々を未開ないし野蛮な状態に逆戻りさせるような効果だったの?

A:燃え盛る破片のシャワーが、 あなた方がこんにち西欧と呼ぶ地域の大部分を焼き払った。 結果は想像がつくと思うけど、 あなた方がこんにち「暗黒の中世」と呼んでいる、社会的な機能停止に陥ったんだ。

Q: (L)途方もない暗闇だわ。 1000年近くも、誰にもわからない時期があるんだから!

A:この時代の、アイルランド、ケルト、フランス、 ガリア の記録が手掛かりになる。 そこには一時的に「生存者が居た孤立地点」があって、かろうじて文書記録の不足を補っている。
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スタニラウス・ルビエニエツキ の『彗星劇場』より、AD4世紀のものとされる、彗星による壊滅的な影響を描いた木版画
(写真)


このセッションの翌日である1999年8月17日、 ナイト・リッダー
http://www.47news.jp/CN/200603/CN2006031101000442.html
のワシントン支局は、 ロバート・S・ボイドの著書 『地上の大帝国の数々は彗星のために滅びたのであろう』を刊行したが、 これによれば: 「最近の科学的発見は、エジプトやバビロニア、ローマといった大帝国がどうして壊滅し、 断続的に人類史を中断させた「暗黒時代」がこれに取って代わったか、という問題に新たな光を投げかけつつある。 過去6千年の間に、少なくとも5回、重大な環境的災難が世界中の文明を弱体化させた」という。

何メガトンもの爆発エネルギーによって、木星に衝撃を与えたシューメイカーレヴィ彗星の断片と、このような出来事とを比較した上で、 研究者たちは、地球の歴史において、このような衝撃が生んだ塵雲が太陽を曇らせ、 地球を寒冷化させて、イタリアや中国、中東に広がったような、大規模な穀物の不作、疫病や死をもたらしたと言う。 かつての秩序は崩壊し、このような時期は、歴史的、芸術的、文化的に面影の乏しいものとなった。


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このような全世界的危機が最後に起こったのが、AD530年と540年の間 ― ヨーロッパで暗黒時代が始まった時期 ― であり、 この時、地球は宇宙に漂うデブリの群れによって散々に打ちのめされたのだ。。。 年輪年代学者のマイク・ベイリーは、世界の様々な地方におけるAD540年の年輪データの分析結果から、気候が変化したことを立証した。 気温が低下したために、ヨーロッパ北部、シベリア、北アメリカ西部、南アメリカ南部にかけての広い地域で、樹木の成長が妨げられたのだ。

歴史的記録および神話の研究から、主張されているのと同じ期間に、空から襲ってきた破滅的な災厄があったことが示される。 540年から41年にかけて、「ゴール地方に現れた彗星はあまりに巨大だったため、空一面が燃えているように見えた」、とロジャー・オブ・ウェンドーバー も言っているのだ。

伝説によれば、アーサー王が死んだのも、およそこの頃であり、アーサー王関連のケルト神話は、まばゆい空の神が稲妻を投げつけたことを暗示している。

530年代、並大抵でない流星群が地中海とび中国の観測者の両方によって記録されている。 流星群の原因となったのは、大気圏で燃え尽きた彗星からの細かい塵である。 また、北アイルランドにあるアーマ天文台の天文学者チームは、 1990年に研究結果を公表しているが、これによれば、地球は、AD400年から600年の間に、彗星衝突の危険にさらされていたであろうという。
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興味深いことに、ベイリーが必要とした証拠は、「ケルトの記録」から得られたものだった: その当時の神話や伝説のみならず、アイルランドの樫に残された年輪年代学的記録 ― 7400年間に亘る、アイルランドの樹木から収集された、年輪の成長記録 ― である。 これに加えて、アイルランド史には、このわずかな期間に2度の「小麦の不作」が記録されている (飢饉やまた、エジプトからヨーロッパじゅうに広がった「ユスティニアヌスのペスト」 が中国で記録されている)。
(ベイリーの『出エジプトからアーサーへ』参照)
ここでは、パトリック・マッカファティとの共著『ケルトの神々』から、ベイリーの到達した結論のいくつかを見てみよう:


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聖人の偉業に関する物語の多くは、単に、より古いペイガンの物語に出てくるルー神を、守護聖人パトリックや コルムキルで置き換えた、 キリスト教化されたバージョンに過ぎない、ということができる; だが、別のオプションも考慮に値する: おそらくこれらの偉業のいくつかは。。。6世紀、聖人たちの生涯の間に実際に起こったのかも知れない。 ここでおそらく、読者に、アイルランド語で聖人を意味する”niamh”と空ないし天を意味する”neamh”とが似ていることを指摘しておくべきだろう。

以下の点を指摘しておくべきだろう。 540年には、いかにもケルトの彗星の神々と思われる聖人たちによって、アイルランドに数多くの教会が建てられたばかりか[建てられた場所は、もともとは空から物体が降ってきた場所として知られていた]、 ヨーロッパじゅうで、聖ダビデ、聖ミカエル、聖ジョージといった聖人によって教会が建てられたが、彼らはいずれも、ドラゴン[共通的な彗星のシンボル]に打ち勝つ技量でよく知られているのだ。 さらに言えば。。。アーサー王伝説の一切が起こったとされるのも、この時期なのである。。。

要するに、教会の発展と、聖人、王、魔術師たちによる、外見上神秘的な活動、そして、アイルランドのカシの木に起こった問題とを考え合わせると、当時、空は実際、騒々しかったのだろうという結論に達せざるを得ない。

ケルト人の神話には、彗星の比喩的表現が至るところに出てくる。 彗星のように描かれた登場人物が出てくるだけではなく (初期の学者たちは、誤って、彼らを太陽神と解釈した)、 その登場時期は1年のうちでも、地球がおうし座流星群を通過する時期であることが分かる。 主役の何人かが生涯のメインイベントで活躍する年代が、彗星が地球へと戻って近づいて来る時期を反映している形跡すら見られるのだ。 空に現出したイベントが、確かに神話に表現されているものと確信させられる。
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Just a Little Bit of History Repeating
歴史は繰り返すことにつき少々

上述の(ネイティブ・インディアンがグレーによって、彼らが原住民となった地へと運ばれたとされる時期の約)7200年(前)という数字におそらくは関係あるのだろう。1994年9月30日のセッションでシーズは以下のように語った:


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Q: (L)この彗星は、定期的ないし周期的にやってくるの?

A: Yes.

Q: (L)何年周期?

A:おおよそ3600年。
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それと、1994年10月5日の、この発言である:


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Q: (L)で、その彗星群が、最後に太陽系にやってきたのはいつなの?

A: 3582年前かな?

Q: (L)どのくらいの周期?

A: 3600年.

Q: (L)じゃあ、その彗星群が、再び、天の横道面に突入してくるのは、いつの予定なの?

A: 12から18年後。
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ベイリーから学んだこと ― 歴史上の数々の帝国の崩壊の主な原因の1つが、彗星の衝突であると考えてまず間違いないこと ― に留意すれば、 我々はこれを目印にして、彗星衝突の起こった可能性のある時期を探すことが出来よう。 ごく最近、2009年初頭に、以下の情報が、全米科学アカデミー紀要に公表され、 AP通信でも、「3600年前、初期ペルー文明は天災のために滅びた」というタイトルで報じられている:


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3600年前、自然がアメリカ大陸の初期文明の1つに対して敵意をあらわにした。 研究者たちによれば、この時、地震と洪水、さらには、風塵が起こって、現在のペルーにあたる地域の住民を一掃したという。 「この海に臨んだ農村は2千年以上に亘って繁栄していたのであり、彼らには村を捨てる動機はなかったのだが、突然、轟音とともに天変地異が起こって、その基盤が失われてしまったのだ」と、 フロリダ大学の人類学者マイク・モーズリーは、声明の中で語った。
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ベイリーは、おそらくは彗星による天変地異が全地球に影響を及ぼしたであろうとして、もう1つの年代、BC1628年を取り上げているが、上の時期と、これが符号するのも、さしたる偶然ではない。 ベイリーの年代は、氷床コアのデータ、ヨーロッパおよびアメリカじゅうの年輪、そして、バビロニアおよび中国の記録から浮かび上がったものであり、 (バビロニアと中国の記録はいずれも、塵のベールが空を覆って地球が寒冷化したことの証拠となりうるものだ) さらにはもう1つ、アイルランド年代記にも、天変地異に関する謎めいた言及がある。 この出来事が起きてから、文書に記録が残されるまでの間に遥かな時間が経過しているために、確実性を見極めるのは困難なのだが。 この出来事はまた、中国の夏王朝の滅亡とも時期が一致しているが、 この時は、中国に彗星が現れたことが記録に残っている。 マッカファティ&ベイリーは書いている:


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BC1600年頃 ー 中国で、空に2つの太陽が記録されている [古代の彗星の記録には共通して見られる記述である]。 1つは東に、もう1つは西に出ており、 この直後に、桀王 が倒され、夏王朝は終焉を迎えた。 桀はこう語ったと伝えられている。「あの2つ目の太陽が消えるとき、汝らも余も皆、死ぬことになろう」
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サントリーニ島を空から望む
(写真)


ベイリーは、サントリーニ火山が爆発した年が、実際はBC1628年だと論じている。 この結果、千年以上に亘って繁栄していたミノア島の青銅器文明は壊滅し、 またこの年はおそらく、エジプトの第2中間期(いわゆる「ヒクソス人」の支配下にあった時期)の始まりないし終わりと一致するのだろうというのだ。 1980年代の終わりに、最初にこの説が唱えられた時、賛否両論があった。 というのも、この論文は冒頭で、エジプト史の問題点をいくつか指摘し、その見直しを迫るものだったからである。 エジプト史は聖書に記された年代記に大いに依拠するものであるが、 後者は近年、大いに信憑性が疑われている。 それに引き替え、考古学はと言えば、「確立された」年代記に大いに依存しつつ年代を決めてきた。 古代史の年代決定には、これをしっかりと繋ぎ止める確たる錨もなければ目印もないのだ。 一般に用いられているのは、実際には曖昧な天文学からの出典であり、 それはいくつもの異なった年代を引合いに出すもので、何らかの確たる年代を提供するにはあまりに断片的なものだ。 考古学者兼歴史家として、コリン・レンフリューは、 ピーター・ジェームズ著『闇に包まれた諸世紀』の序文で、その辺りの事情を述べている:


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最初のステップは。。。我々の無知の深さを認識することだ。 地中海地方の様々な場所についての既存の「年代記」が、いかに循環論の上に成り立っているかを認識することなのである。 循環論というのは、領域Aの専門家は、領域Bの専門家が自分の議論している内容を確信しているに違いないと信じて、領域Aで使われる年代決定法と大差のないBの決定法をやみくもに利用し、以下同様ということだ。
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つまり、遥か昔の事となると、何も確かなところは分からないにも拘わらず、学校で我々が習った年代が一般に認められていて、それはプロでさえ同じなのである。 しかし、近年では、主流派の歴史家たちは、 不正確な、「聖書の年代記による」方法ではなく、よりしっかりした科学的証拠に基づきつつ、サントリーニ火山の爆発時期を決めている。 サントリーニ火山の爆発年は、歴史の時系列を測る上で役に立つ、このような錨の1つとなり得ようが、 歴史家たちが、一般に認められた年代記の見直しをどこまで進めるかは今後の課題である。 また今回は、歴史的文献から見て取れる経済不況や恐慌期を説明する上で、天候的要因を受け入れる歴史家たちが増えてきている。 このテーマについて、歴史家のトーマス・L・トムソンは、アカデミズムに典型的な、控えめな表現ながら、こう書いている:


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一連の時期 ― 初期青銅器時代第4期、中期青銅器時代第2期/後期青銅器時代第1期、鉄器時代第1期 ―のそれぞれは、 経済の崩壊によるマルサス主義的なドラマチックな人口の除去という運命に終わっている。 これらの時期こそ、最も歴史的説明が必要である。 というのも、これらの恐慌は予想に反するものだからだ。
(『神秘に満ちた過去』 )
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参考のため、トムソンが述べている各期につき、一般に認められている年代を掲げよう:
初期青銅器時代第4期 (2100 BC),
中期青銅器時代第2期/後期青銅器時代第1期 (1550 BC),
鉄器時代第1期(1150 BC).

このBC1550年という数字が、サントリーニ火山の爆発に関して、かつて一般に認められていた年代に近いものであり、これについて論争が行われていることに注意されたい。 (これに関連して、最近の放射性炭素年代分析によれば、エジプトの新王国の誕生年は20年も昔に戻されて、BC1570年となった。) これらの年代を念頭に置いて、ベイリーが年輪のデータ(そしてまた、氷床コアのデータや考古学的記録)から、彗星に誘発された地球規模の気候的大変異があったとしている年代を見てみよう:
2345 BC,
1628 BC,
1159 BC.
である。
何とも魅力的ではないか?


John Martin's 'Pandemonium'
ジョン・マーティン画『伏魔殿』
(写真)


『青銅器時代の終わり(前1200年のカタストロフ)』)(BC1150年頃)によって、 ミケーネ王国、 アナトリアとシリアのヒッタイト帝国、 シリアとカナンのエジプト帝国は崩壊し、 中東の沢山の都市が大量崩壊の憂き目を見た。 ベイリーは書いている:


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考古学および、古代の歴史的証拠を柔軟に解釈すれば、BC12世紀前後に、 古代社会の骨組み全体が崩壊したものと思われる。 ブリテン島の大部分で高地が放棄されたと言う学者も居る。 これは特にスコットランドにおいて深刻であり、その後は防御施設の建設が急増したという。 地中海周辺では、移住と崩壊は数え上げればきりがない。 非常に興味深いのが、ギリシャにおけるミケーネ文明の崩壊と、 その後4世紀間に亘る、地中海地方を襲った、「ギリシャ暗黒時代」である。 これは非常にドラマチックな衰退であって、 長期的かつ局地的な干ばつを含む、何らかの環境的な「出来事」があったという説が既に多数となっている。
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天候の悪化したBC1159年は一般に、ラムセス3世が統治した、第20王朝の終焉の兆しが現れた年とされている: 干ばつと飢饉に政治腐敗、さらには戦費がかさみ、市民の不安が増大した時期だ。 ウィキペディアにもこう記されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/New_Kingdom
「何らかの物質が空中に漂ったために、陽光が大部分遮られて地面に届かず、地球規模で樹木の成長も抑制されるという状態が、BC1140年まで、ほぼまる20年続いた。 アイスランドのヘクラ火山のH3噴火 が原因との説もあるが、これが起こった時期については論争がある」
あるいはひょっとして、彗星の塵/デブリだろうか?

歴史家のジョン・ヴァン・シィターズは、1966年の著書の中で、 歴史上のこの時期の分析に影響を与えた、天候や天変地異のインパクトに先立つ、中期青銅器時代第2期から後期青銅器時代第1期への移行の初期について以下のように述べている:


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中期青銅器時代の終わりについては明らかであり、異議はない。 ここでの断絶は文化的なものではなかった。 というのも、建築や陶器、美術における連続性が確かに見られるからだ。 断絶の特徴としては、パレスチナ南部の多数の遺跡が広範に破壊されていること、 そして、以前の形に加えて、新たな形の陶器が出現していることが挙げられる。 この破壊は、第18王朝のファラオたちの活動によるものであって、 中期青銅器時代が終わった時期は、およそBC1550年頃であると解するのが至当であろう。
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ヴァン・シィターズによれば、 この時期は、ヒクソスによる支配/第2中間期の終わりと一致するのであって、その始まりではなく、 おそらくは、この時代の正確な年代を固める上での錨(BC1628年)をもたらすというのだ。 エジプト史の年代は、調べるほどに混乱しているものだが。 エジプトの新王国は、ヒクソスによる支配の終了後に誕生し、 歴史家たちによれば、BC1550年から1069年までの479年間続いたとされる。 (偶然にも、これはまた、「イスラエル人による出エジプト」が行われた年月として伝統的に解されてきた期間とも同じ長さである。) この期間が、ベイリーが天候悪化のあった時期として挙げる2つの年代、BC1628年と1159年との間、すなわち469年間と一致するのも、おそらく偶然ではあるまい。 これはまた、中国で、夏王朝と殷(商)王朝がそれぞれ滅亡した年の間隔の計算結果とも近い(人によって様々だが、496年間から554年間の間となろう)。 ベイリーは付論まで設けて、この問題を論じているのだが、 これまた論争を巻き起こす問題ではあるが、諸王朝の存続期間は、先に述べた期間にぴったり合うだろうと言う。

初期青銅器時代第4期から中期青銅器時代第1期への移行(BC2100年)について言えば、 この時期は最初の「暗黒時代」すなわち、エジプト史における第1中間期の始まりにあたるのだが、 残っている証拠は比較的少ない。 これに関して、ヴァン・シィターズはこのように述べている:


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中期青銅器時代第1期の人々の、トランスヨルダンへの移住には、パレスチナへの際とは異なり、 それ以前の初期青銅器時代第3期文明が侵入され突然破滅したという意味合いはない。 そうではなくて、これは多くの場合、かつて人の住んでいなかった場所への移住と定着だった。。。 新規移住の第1段階は、しばしば、初期青銅器時代第4期として知られているが、 それは、パレスチナおよびトランスヨルダンに住む初期青銅器時代最後の人々と同時代だったからだ。。。 初期青銅器時代第4期と中期青銅器時代第1期の陶器のスタイルは混淆していて、トランスヨルダンの地層を調べても、容易に区別できるものではない。。。 トランスヨルダンおよびネゲブにおける、初期青銅器時代第4期と中期青銅器時代第1期の衰退は壊滅的なものだった。。。 実際、数百年に亘って、定住生活はすっかり失われてしまったのだ。 パレスチナにおけると同様、中期青銅器時代第1期の後には、住居に格差が生じたものと思われるが、それも長くは続かなかった。
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要約しよう。BC1600年頃に起こった彗星による大惨事の証拠は、少なくともベイリーに言わせれば、かなり有力なものである。 もし、シーズの言う3,600年周期が正しければ、次の衝突期限は過ぎていることになろう。 たとえ彼らの言う周期が間違っていたとしても、科学的証拠から、このような衝突は決してまれなものでないことが分かる。 先に引用した記事が述べている通り、 「過去6千年の間に、少なくとも5回、重大な環境的災難が世界中の文明を弱体化させた」のである。 逃げおおせる見込みはあまりないだろう。。。


地上の地獄という悪夢を描いた、フランドルの画家である大ブリューゲルの16世紀中ごろの作品『死の勝利』は、 中世ヨーロッパを壊滅させた疫病後の、社会の激変と恐怖を反映したものである。 これも宇宙からの彗星と関係があったのだろうか?
(写真)
posted by たカシー at 10:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シーズのヒット・リスト04:自然が育んだ我がサル遺伝子

シーズのヒット・リスト04:自然が育んだ我がサル遺伝子
http://www.sott.net/articles/show/239307-The-Cs-Hit-List-04-Nature-Nurture-and-My-Monkey-Genes


ハリソン・ケーリ
Sott.net
Mon, 26 Dec 2011 10:32 CST


おそらく今では読者もお分かりだろう: カシオペアン実験に対してソットドットネットが採用しているアプローチとはまさに、10%の霊感と90%の努力の適例なのである。 1つの質問あるいは回答があれば、データと結論をもたらす、一連の調査を思いつかせるのに大抵は十分なのである。 結果的に結論は元々の質問とは殆ど関係ないものとなっているかも知れないが。 発見こそが醍醐味なのだ: そして、その意味では、シーズとの交信で得られるデータは、「神託」の書というよりは、アリアドネの毛糸に近い。 与えられた手掛かりは、情報(インフォメーション)および「ディスインフォメーション」の広大な迷宮を巡る調査に着手することに興味を抱く人々を、 問題の核心へと導くと思いたい:このような研究領域は、人間の条件や宇宙の本質の理解へと至る上で、大いに適切であるだけでなく、 それらはまた互いに密接に関係しており、現時点で「常識」として受け取られている事の、常に一歩先を行っているようなのである。 つまり、1つの神秘が明らかになると、次の神秘が出てきて、以下同様なのだ。 これは発見の、終わることなき旅であり、これは思うに、科学と神秘主義の中心へと向かうものである。 「我々はついに、このテーマに関して知るべきことを全て知った」というような考えとは決して違う。 そんな考え方は知的停滞に陥り、好奇心を殺すものだ。 ここで言いたいのは、サービスランチみたいなものは無い。。。絶対間違いのないテキストも無いということなのだ。

知りたいという人々のため、シーズ実験にインスパイアされた調査の結果、SOTTチームは多くのトピックに焦点を当てることとなった。 彼らが居なかったならば、そして、このプロジェクトに加わっていなければ、きっと得られなかったであろう人生経験がなかったならば、 我々はおそらく、彗星による天変地異の歴史と危険性、宇宙の電気的性質、サイコパス、悪の発生学、抗体理論についても、 世に出ている膨大な数の「陰謀論」に関して真偽を選別する方法についても学ぶことがなかったことだろう。 あるいは少なくとも、それにもっと時間がかかっていただろう。 結局、これらの分野にはそれぞれの権威や唱道者が居て、 これらの科学界の異端者が、各自の研究分野で言われていることの全てが正しい訳でない、との結論に達していた。 それは、歴史においても、政治学、心理学、UFO学、天体物理学、あるいは他のどの科学分野でもそうだったのだ。しかしこれは通例、彼らの独力で行われているため、全体像からは切り離されており、それら全部をどのように組み合わせればいいのかに関する知識も欠いていた。 このため、生涯をかけた研究も、しばしばこの過程を辿ることとなり、結果不幸にも、他の見込みのある研究分野も箸がつけられないままとなっているのだ。 (超常現象の研究者が「陰謀論」をバカにしたり、「911陰謀論者」がUFO論者をバカにする姿はよく見かけられる。) だが、我々はこれらのピースを可能な限り数多くもたらし、できるだけ理解しやすい現実の姿を提供しようと努めているのである。 このようなエリアの1つとして、私が以下で取り扱うのは、遺伝学および、神秘的な生命の構成単位であるDNAに内在する可能性についてだ。


皆が持っているジャンクDNA。。。

DNAの構造が発見されてから、わずか60年程しか経っていないことを考えると、 我々が未だに、その神秘の全貌を解明できていないとしても何の不思議もない。 エピジェネティックス(後成的遺伝学、後生学。遺伝子発現時における変化)の機能がいくらか理解されるようになったのは、ここ30年程のことであり、 この分野が解明される結果やその応用範囲は計り知れない。 さらには、ヒューマンゲノムがある。この研究は緒に就いたのが10年前だが、3万5千に上る、驚くほどの無駄な遺伝子の存在を明らかにしている。 しかし、我々のDNAの中で、遺伝子が占める割合はごく僅かに過ぎない。 長い間、DNAの唯一の機能が我々の身体構造を作り上げているタンパク質のための単なる暗号であると考えられてきたことに鑑みれば、 この疑問は科学者たちにとって年来の謎だった。 「ジャンク」DNAという言葉は1970年代に考案されたもので、機能不明のDNAの各部を意味し、これらは、ヒトのゲノム中の約98%に達するのである。 こんにちでは、このDNAの少なくともいくらかは、制御的機能を果たしていることが分かっているが、 他の部分は依然神秘に包まれたままである。 2000年9月23日、ローラはシーズに、この「ジャンク」について尋ねた:


000923
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Q:あなた方前に、DNAの核は未だ解明されていない、炭素に関係したエンザイム(酵素)だって言ってたでしょ?

A: Yes.

Q:ここにある本にこう書いてあるわ: 「DNA配列のうち比較的わずかな部分だけが、いわゆる構造遺伝子にあたる、ということの証拠が蓄積されてきている。 構造遺伝子がタンパク質の生成に関与しているのであり、 平均的なサイズとしては、およそ5,000の塩基対 から成る、50,000の構造遺伝子が存在するものと推測されるが、 これでは、およそ30億と見積もられる全塩基対のうち2億5000万対に相当するのみである。 DNAの残りは何のためにあるのだろうか? DNAのある部分は、いわゆる反復配列であって、何千回も特定の配列が繰り返されている。 この機能は不明である。 このAlu(アル)と呼ばれる反復は、 例えば、同じ塩基対の300対並びが、30万回以上コピーされているという具合なのである。 このDNAは確かにジャンクなどではなく、 遺伝子を制御する染色体構造ないし染色体複製において、何らかの重要な役割を果たしているのだ。 1977年まで、遺伝子とはDNAの単一な連続であって、 それがコード化されてRNAとなり、さらにはタンパク質になるのだと考えられていた。 しかしながら、研究が進んだ結果、もっと複雑であることがわかってきたのだ。 現在では、遺伝子中にあってタンパク質に翻訳されない一部のDNAの存在が知られている。 この介在配列ないしイントロンは、幾分神秘的なものであるが、極めて一般的に見られる現象であることがわかった」 さて、ここで言われているイントロンが、 あなた方の言うDNAの核なんでしょ?

A:一部は。

Q:同じ塩基対が、30万回以上コピーされてるという、このALUって何なのかしら?

A:部族ユニット。

Q:部族ユニットって何?

A:重要なマーカー化合物から成る区画。

Q:このコードは何のためにあるの?

A:生理的なものと魂的なものとが合わさったプロフィール。
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イントロンとは、アミノ酸配列には翻訳されないDNA(塩基配列)のことで、全ての真核生物の遺伝子中に見られる。
(写真)


そもそも、1980年代にリボザイム(化学反応を触媒することができるRNA分子)が発見されるまで、 科学者たちはエンザイム(酵素)だけが生体内において触媒として機能するものと考えていた。 だが、特定のRNA分子にもこれが可能であるとなると、これには進化論的な意味がある。 (つまり、どちらが先か?ということだ。 RNAがエンザイムを作るのか、それとも、エンザイムがこの反応を触媒するのか?) このようなリボザイムは、あるイントロンRNA上に発見された。 彼らのDNA方のいとこであるデオキシリボザイム(あるいはDNAザイム)は1994年に発見されたばかりである。 この研究が公表されたのは、この年の12月、上の引用中で言及されていたセッションの直後のことだった。 だが、DNAには、同様の反応のための、特定の官能基 が欠けており、またそれは安定した二重らせん構造をしているため、 DNAザイムは研究室内で生成されねばならない ― これは未だ「自然中では」発見されていない ― のであり、 その場合にも、単一ストランド のDNAと作用するようにのみ機能する。 それでも、生成がたやすいことと、反応を触媒することができることから、 おそらく、上掲のセッションで言われていたDNAの「核」とは、自然発生的なデオキシリボザイムのことだろうか? リ・インフーとロナルド・ブレイカーが、このテーマについて、1999年の研究レビューに書いているように:


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残念なことに自然中では、DNA複製、DNA修復、遺伝子発現のような細胞プロセスに関して、単一ストランド構造はごくまれにしか標本が採取されない。 よって、何らかの生体内触媒の機能を持ったDNAが未だ見つからないことは驚くに当らない。。。 我々が考えてきたように、DNAが本当に不活性な分子なのか、 それとも、DNAはタンパク質やRNAが果たしているような触媒としての機能を志向したものなのか判断を下すには、DNAの機能に関する、いくつかの基本的な問題について、さらに徹底的な研究が残されている。。。 自然が触媒的DNAを殆どないし全く生み出そうとしなかったという事実はいくらか当惑的で、 DNAが触媒として機能するには潜在能力の点で不十分であることを示唆しているのかも知れない。 いくつかのデオキシリボザイムの運動特性が、自然中のリボザイムのそれに匹敵することからすれば、そうではないとも言える。 DNAのエンザイムとしての限界を確定するためには、その触媒としての潜在能力につき、さらに探求を重ねる必要があることは明らかである。
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おそらく、もう1つ注目すべきなのが、「糸巻状のタンパク質の一群で、非常に長い分子である DNA を核内に収納する役割を担う」ヒストンであり、 また、これらに作用してその機能を決めるエンザイムだろう。 2009年、科学者はこのような2つのエンザイムの構造を発見している。 サイト『R&D』の記事は、以下のようにこの研究につき伝えている:

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DNAがどのように収納されているか、という構造の問題は、 DNA自体に記録されている情報や、 この収納がきちんと行われているかを監督するシステムの一端を、エンザイムがどのように担っているか、ということと同じくらいに重要かつ複雑である。 このようなエンザイムは、ヒストン脱メチル化酵素と呼ばれている。 これらは、ヒストンからメチル基(タンパク質が化学修飾 されたもの)を取り除くからである [筆者注:メチル化とは、エピジェネティクスが働く際の作用の1つである。]

遺伝子によるコード化の際の変異によって生まれる脱メチル化酵素PHF8は、遺伝性の知恵遅れの原因となる。 多くの生物学者は、ヒストンに対する修飾は、暗号、すなわち遺伝暗号に似た意味を持つと考えている。 ヒストンの構造次第によって、核内のDNAへのアクセスは制限されたり、比較的自由になったりする。 原理はこうだ:エンザイムに対して修飾が行われる際、DNAに作用するエンザイムに対して、DNA自体にたどり着くための貴重な情報が与えられるという訳だ。

細胞内における、ヒストン脱メチル化酵素の役割を理解するには、 細胞が数千冊の蔵書を抱える図書館であると考えることだ、とチェンは言う。 「図書館で、特定の本を見つけるためには、本がどういう順に並んでいるかについて教える何らかの記号が必要だろう。 同様に、DNAを解読する機構にも、正しい場所にたどり着くための、何らかのガイダンスが必要なんだ」

ヒストンが持っている核を、DNAは包み込み、柔らかな尾部が核を越えて伸びて行く。 細胞のエンザイムは様々な付属品を ― メチル基もその1つ ― ヒストンの尾部に付着させ、細胞が関連するDNAを取り扱う方法を思い出させるのだ。

メチル基は、ヒストン上のどこにあるかによって違った意味を持つ。 加えて、修飾は細胞によって異なる。 例えば、脳では、ある特定の遺伝子に対する修飾は、「この遺伝子は頻繁に読まねばならない」という信号かも知れないし、 筋肉では、別の一組の修飾が「静かにしてろ」と言うだろう。
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ということで、DNAザイムとヒストンとはいずれも、 特定の遺伝子発現/エピジェネティクスや (どの遺伝子のスイッチが、いつ「オン/オフ」されるか)、 人工であれ「自然なものであれ」、見込みのある遺伝学技術(例えば、遺伝子栄養療法) と密接な関係があるのだ。 このような考え方については、将来の回でさらに詳しく述べる機会があるかも知れないが、 差し当たっては、ジャンクDNAが 「生理的なものと魂的なものとが合わさったプロフィール」を暗号化するための「部族ユニット/マーカー化合物」である、というコメントに移るとしよう。 まず最初は、2008年の『フィゾーグ』サイトのレポートからだ:


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進化が起こる程の時間が経過するうち、このような[アミノ酸配列には翻訳されない塩基配列の]反復は、様々な種の間に分散し、これらのゲノムじゅうに新しい調節部位を生み出した。 こうして、このような転写調節因子によって調節された一組の遺伝子は、 種によって有意に異なる率が高く、進化の主な原動力となったであろう。 この研究はまた、 このような反復は決して「ジャンクDNA」などではないということをも示している。 というのも、これらは進化における多様性の大いなる源泉であり、 他の全ての種から人間を区別する重要な身体的相違のいくつかを解き明かすカギを握っているものであるらしいからである。。。

「GIS(=Genome Institute of Singapore、シンガポール遺伝子研究所) のボーク博士と同僚たちによる発見は、 とてもエキサイティングであり、ここ10年来の、進化生態学および遺伝子調節における、際立った発見の1つと言えましょう」と、 カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経学部ルディ・シュミット・ディスティングイッシュトプロフェッサーで、GISの科学諮問委員会議長であるレイモンド・ホワイト博士は語った。

「かねてより、種同士が大きく異なっている様は、 ― 例えば、どうしてネズミはサルと異なっているのか ― ですが、 それらの遺伝子の発現が調節されているからであろうと考えられてきました: すなわち、体内のどこで遺伝子が発現し、 それは発育段階のうちのいつであり、 環境的刺激にどの程度反応した結果なのか、という風にです」 と彼は加えた。。。

ホワイト博士はさらにこう加えた。 「遺伝子内の調節DNAの配列が、族内で気まぐれに分布した結果、新種が形成された、という本仮説は、 とても強力なものであり、 今や多くの実験に指針を与えるものとなっていて、 このような調節DNA配列と遺伝子との機能上の関係が割り出されるまで あと一歩という状況です。 このような出来事に関する知識が増大することで、 遺伝子とタンパク質の総量が本質的に同じでありながら、ネズミはサルと、どうして、またどのようにして、かくもドラマチックに異なって行ったのか、という疑問に対する理解が進むことを期待しています。
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人間とサルとは、大部分が同じ遺伝子である。 それでは人間をして人間たらしめているものとは何か?
(写真)


遺伝の多様性は、ダーウィンが進化に関する彼の有名な本を出版して以来の謎であり、(シャレではないが)主な論争点(※直訳すると「争いの対象となる骨」)となってきた。 実際は、一般に信じられているところに反して、 ダーウィン自身は、「出鱈目な変異」の結果多様性が生じ、それによって自然選択が進行して、新奇な特性を備えた存在の誕生が可能となる、という考え方には与していなかった。 歴史における奇妙な逸話である。 こんにち、進化論の歴史について高校で習った人の殆ど誰に尋ねても、 ラマルクは愚かにも騙された人物で、 ダーウィンが登場するや否や、彼の説は論破されたのだ、と言うだろう。 ところがそうでもないのだ。 ダーウィン自身は、多様性の生じる源泉として、 「生命体が置かれた外的条件下における、間接的・直接的行動や、用・不用 [著者注:別名「使わなければ駄目になる」] 」を挙げている。 ダーウィンは、修正された遺伝物資が子孫へと受け継がれることを可能にする獲得形質の原因となる変化の最有力候補として、天候と食物を考えてさえいた (もちろん、彼は「遺伝物質」という言い回しを使っていた訳ではない。 − 彼は、仮説的な遺伝性の単位を「芽球」と呼んでいた)。 冷静な観察者である筆者(エヘン!)には、 ダーウィンが何かに気付いていたように思われる ― 当時の科学思想警察が認可しなかった何かに。 だが、これらのテーマの真相については、後に遺伝子工学を扱う回に、もっと詳しく取り組むとしよう。 (エヴァ・ヤブロンカ&マリオン・ラム著『進化の四次元:遺伝子、エピジェネティクス、行動、そして生命史上の象徴的バリエーション』を参照。) ジャンクDNAに話を戻せば、サイト『デイリー・ギャラクシー』の2011年のレポートにこうある:


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ジョージア工科大学の研究者たちは現在、 遺伝子付近にDNAの大きな断片[レトロウイルスと非常によく似た構造を持ち、RNAを介して転位するトランスポゾンで、レトロ・トランスポゾンと呼ばれる]が挿入されたり削除されたりということがあるが、 これが人間とチンパンジーとの間では大いに異なっており、 これら2つの種の間の大きな違いを説明するものであろう、との結論に達している。

ジョージア工科大学の生物学教授ジョン・マクドナルド率いる調査チームは、 人間とチンパンジーとの間で、遺伝子のDNA配列は殆ど一致している一方で、 遺伝子の「スイッチが入ったり切れたり」する程度の影響を及ぼし得るくらい遺伝子に近い場所に、ゲノム上大きな「ギャップ」が存在することを立証した。。。 「このような遺伝子上のギャップは専ら、レトロウィルス類似の転移(性)因子(トランスポーザブル・エレメント)の配列によって惹き起こされてきたのです。。。 トランスポーザブル・エレメントは、以前は殆どないし何ら機能を持たない「ジャンクDNA」だと考えられていました。 今やそれこそが、我々とチンパンジーがこうも違っている主な理由の1つであるらしいことが明らかになったのです。。。 私たちの発見は、人間とチンパンジーの形態や行動の違いは、遺伝子自体の配列の違いよりも、 主として遺伝子の調節の違いのせいである、という考え方と概ね整合しています」 とマクドナルドは語った。
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ということで、新たに見つかった、別の「調整場所」が、特定の遺伝子のスィッチをオンオフすることこそが、類似の遺伝子を持ちながら違いが見られる種の存在することの説明だというのである。 シーズが「部族ユニット」に言及したのは、この点で興味深い。 部族とは、普通、基本的な人間社会の単位であり、 それは、 ― 我々の社会構造に対する進化的「適合」というテーマからかなり脇にそれることになる。 食料の調達/供給はもちろんであるが、これは別のテーマである。 極言すれば、それは何十万年以上も生存し続けることを可能にするものだ: 部族という単位(ユニット)は、建設的な性格の発達や、 精神的健康、重要なサバイバルスキルの伝達、そして、真の文化的・環境的持続可能性を育むものだ。 我々の高度な脳構造は、まさに特殊なタイプの社会的交流が可能となる設計となっている: すなわち、社会的結合をもたらす行動を推進する、より原始的な哺乳類の構造に、 コミュニケーションのための高次のセンターが相まって、 我々は、人間行動という特殊なレパートリーを手にしたのである。 (詳細については、スティーブン・ポージェスのポリヴェーガル理論を参照のこと。) だから、ある意味我々はチンパンジーのDNAを持っているかも知れないが、その一方で、我々のユニークなプロフィールは、こころと身体、物質と意識を別世界と知覚するのである。 そして、特定のレトロトランスポゾン「マーカー(標識)」の位置および それらの遺伝子発現への影響は (他に何があるかは何とも言えない)、 何らかのかなり顕著な表現型変異 ― 我々のユニークな「形態上・行動上の成り立ち」 ― 我々を人間としてはっきり区別するような全てのカギなのだろう。 何とも言えないが。 それはさらに、我らの種内における違い、 例えば、部族テンプレート ― 社会化のプロセスを甘受し、他人と協調して生きる ― に自然に「適合する」人々 と、そうできない人々 ― サイコパス ― との違いをも説明するものかも知れない。


ソフトな仕事と母親代わり

遺伝子から学び、遺伝子について学ぶことが沢山あるのは疑いない一方、 人間の気紛れや立ち居振舞いの全てについて、遺伝子が一番大事とみなすような、一部の「科学者たち」は行き過ぎていると考えずにはいられない。 モンティ・パイソンのジョン・クリーズは私にその辺りを暴いてくれた:


http://www.youtube.com/watch?v=-M-vnmejwXo&feature=player_embedded


だが、熟練のイギリスのコメディアンではなく、本当の科学者による科学批判の方がお好みなら、 エヴァ・ヤブロンカ&マリオン・ラム(前掲)の言葉はどうだろうか:


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世に蔓延している遺伝子中心主義的アプローチは、 あらゆる生体構造や、人間行動を含む生物の行動の適応進化を、 機能に盲目な、機会的な遺伝子的多様性からの選択の結果とする上で、もはや欠くべからざるものではない。 あらゆるタイプの遺伝的多様性を考慮すれば、 進化においては、誘発的および後天的変化もまた一役買っていることが明らかとなろう。。。 単一の原因としての遺伝子という一般的な考え方は妥当ではない。 冒険心や心臓病、肥満、信心深さ、 同性愛、シャイさ、愚かさ、その他、心と体のどんな側面に関しても、原因となる遺伝子が存在するという考え方は、 遺伝子の講義ですら聞かれることはないのだ。。。 安定性は全体としてのシステムの中にあるのであって、遺伝子の中にではない。。。 遺伝子の効果は、置かれた背景次第なのである。
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だから私は、誰かが「みんな遺伝子に書いてあるのさ」と言うときには、疑わしく思うのである。 同性愛も、そのような、感情的な議論となりうる問題の1つで、 同性愛は「生まれつきそうなんだ」という意味の受け答えをしばしば耳にすることがあった。 つまり、それは単に「ライフスタイル」を選んだだけではないのだと。 まあ、結論には同意するが、遺伝子以外にも、人間の行動回路を「配線する」他の方法もあるのであり、 その1つが、行動の刷り込みである。 以下は2010年3月28日のセッションから:


オーストリアの動物学者コンラート・ロレンツと3羽のアヒル。 彼らの「母親が刷り込まれる期間」、彼自身が一緒に居ることによって、 ロレンツは幸運にも彼らの母親代わりとなった。
(写真)


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Q: (L)ある読者から質問が寄せられたんだけど、曰く: 「同性愛者になるかは、刷り込み が行われる人生の初期の段階で決定付けられるのですか?」

A: 場合によっては。 多くの理由がある。

Q: (L)質問の後半にはこう書いてあるわ: 「そうではないのだとすると、幼年時に性的志向を決めるのは何なのでしょう?」 彼ら、理由は沢山あるって言ってたわね。 他の理由をいくつか挙げて頂戴?

A: 過去生の影響や、より稀だが遺伝的なものも。

Q: (L)それじゃあ、これら3つの理由のどれが一番多いの?

A:初期の刷り込みが、わずかに他を上回ると言えるだろう。

Q: (Ailén)じゃあ、あなたが一番近かったわね、ローラ。

(Perceval) 初期段階での刷り込みというのは、虐待に関係あるのかな?

A:虐待は必ずしも、(刷り込みの条件である)多感な時期に適切なインプットを欠くものではない。 また、人によっては、刷り込みが起こる一連の時間枠が、大多数の人々のパターンと異なるか、あるいは同時期でない。 よってある意味では、これは遺伝的なものなのだが、その遺伝子を持つ人々が必ずしも同性愛者になるものでもない。

Q: (L)質問者が知りたかったのはこういうことよ。つまり、これになる前提条件は、本人が変わりたいと思えば変えられるのかしら?

A:普通は無理。

Q: (Ailén)適切なインプットを欠くということは、思うに何らかの点で発育がノーマルじゃないということでしょ。 ということは、同性愛者であることが霊的に発達する上で何らかの妨げになるのかしら?

A: No, そうは言っていない。

Q: (L)コンラート・ロレンツのアヒルの話は知ってるわよね。 あの物語によれば、アヒルの心理の基層には母親のイメージの刷り込みを受け入れるようなタイムウィンドウがあるのよ。 で、このアヒル達はこのタイムウィンドウが開いている間、母アヒルの姿を見せられず、ロレンツのブーツを見せられるのよ。 すると、子アヒル達はロレンツのブーツを母親だとみなすようになったの。永久にね。このアヒル達はブーツが「母親」だと思い込んだ訳。 この意味するところはつまり。。。わたしたちにも、恰も回路のようなものがあって。。。それが書き込み可能になっている期間=タイムウィンドウがオープンの状態なのよ。 この期間に書き込まれたものが、回路の初期設定になるんだわ。 わたしたちの成り立ちにおける、まさしく基本回路のようなものね。 思うんだけど、同性愛者というのは、この回路が過敏であるか、あるいは、書き込み可能なタイムウィンドウが開いている時期が他の人々と違うのよ。 おそらく、彼らのタイムウィンドウは、多くの人々と同じ時期には開いていないんだわ。

例えば、殆どの人々の場合には、母親に関する刷り込みが行われるタイムウィンドウは、おそらく人生の第一週に開いてるのよ。 養子に出そうと放置されるか、あるいは何らかの同情すべき環境に置かれていたために、母親のインプリントが行われない赤ちゃんは、 何も書き込まれないため、この刷り込みを欠いてしまうのよ。 もし、育児ベッドの中に放っておかれて、母親に抱かれて育てられるということがないまま過ごすと、彼らにはこの刷り込みが行われないんだわ。 やがてタイムウィンドウは閉じ、それが開いている間に回路に書き込まれたものが、何であれ永久に保持されることになる。 だから多分、ウィンドウが早く開き過ぎるか、あるいは、未だ生まれたばかりでごく小さい、病院に居るうちにそれが開いてしまって、母親の刷り込みが行われない人が居るのよ。 それか、過敏なためにウィンドウが開いてもごく短い間に閉じてしまうんだわ。 この人たちの場合、多分マスクをした医者の姿、あるいは通り過ぎる看護士だとか、コカコーラの自動販売機なんかが刷り込まれるのね。

(Perceval)多分、性的指向の刷り込みが行われる時期というのは、 大抵の人の場合、おそらくずっと後の、ある程度の年齢になってからなんだけど、 人によっては遺伝的な理由でもっと早かったり遅かったりし、 その時期に子供の周りに居る大人が、もっと小さかった頃とは全然違った振る舞いをするということなのでは。

(L) Yes. あと、刷り込みのような事を話題にするときには、 極めて特異な人物を取り上げて、 「オーケー、この人の場合は。。。」とか言って、 結論が出るまで特徴をイエス・ノー式に確認するものだけど、 人間の数だけ様々なパターンがあるのかも知れないわよ! 同性愛者の場合も同じよ。 皆違うの。 部分的には過去生が原因のときもあれば、 部分的には刷り込みを受けやすいことも、 さらには彼らが言ったように、遺伝が原因の事もあるかも知れない。

(Perceval)刷り込みとは、実のところ何なんだろう。 実際に刷り込まれるデータとは何だ? やり取りか、それとも、言葉、あるいは他人による扱われ方かな?

(L)聞いてみましょうよ。 一般的に、個人の性的指向を決定する刷り込みとは何なのかしら?

A:特定のホルモンと脳内化学物質が分泌されるのに合わせて、刷り込みウィンドウが開いている間に起こった、大人の模範との楽しいやり取り。

Q: (Perceval)じゃあ、(それは)男の子が生まれたとして、 ウィンドウが開いときには、母親の方からの女性的な世話を受けるような場合だ。 だけど、ウィンドウがもっと後に開いたとして、 父親の方のこの子に対する関心が増し、 彼に「男らしく」接し始めたような場合、 。。。つまり、「女の子みたいにメソメソして」とか、 「女の子みたいだな」とか「ドレスを着るか?」等々と言いだしたような場合、 この時期にウィンドウが開いて、このような扱いを受けたとしたら。。。

(L)つまり、刷り込みウィンドウが遅れて開くのね。

(Perceval)そう、脳内化学物質が生成されてるとき、このような扱いや、笑い物にされたり、自分が女の子だと思い込まされたりしたら。。。

(Burma Jones) でも彼らは、大人の模範との「楽しい」やり取りだって言ってたよ。

(Perceval)それは理想的な場合だよ。

(Belibaste) 普通何歳ぐらいで、このウィンドウが開くのかな?

A: 1歳半から2歳半までの間。

Q: (Burma Jones) それは大きなウィンドウだ。

(L) Yeah, 全部がウィンドウなんじゃなくって、この幅(の間に分布してるということ)なんでしょう。

(Ark)分からないのは、どうして性的指向が生来のものでないのか?その理由だ。 足の数のように生まれつき決まっていてもよさそうなもんじゃないか。それなら問題ないのに。 誰もがこんな風に二本足かつ異性愛者に生まれて、ただし、適応放散や突然変異等々の場合は別(ということでよさそうなものなのだが)。 きっとこれには理由があるに違いないんだが、どんな理由なんだろう? どうしてこんな変化の余地が残されているんだろう?お蔭で苦難を強いられる人々が出てくるというのに。 それか、多分私が人間の内部構造について何も分かってないのだろう。

(Burma Jones)この刷り込みは大人の模範と一緒にもたらされるんじゃないのかな。とすれば、性関係を持つ相手として求める相手のタイプも設定されるのでは?

A: Yes.

Q: (Burma Jones)それじゃあ多分、これも自分の「グループ」の中から性関係を持つ相手を探すように仕組まれてるのでは? 両親が人生の早い段階で決まっているみたいにね。

A:コントロール・システムによる改変があった。

Q: (Perceval)それはおそらく、あなた方が話していたように、大人の模範との楽しいやり取り、という部分だろう。 で、これが1歳半から2歳半の間より後に開いた場合には。。。

(L)それじゃあ、嫌なやり取りがあったりしたら、本当に台無しになってしまうのね。

(PoB)つまり、誰かからある種の扱いを受けることで、人が同性愛者になってしまうこともあり得るってこと?

A: Yes.

Q: (Burma Jones)それじゃあ、もし誰かが刷り込みされやすいということが分かれば、 その人達を誘拐(アブダクション)して、ペアにしたい誰かと一緒にすれば、刷り込まれる相手を仕組むことが可能みたいだね。

(L) Yeah, 可能ね。

(Perceval)問題なのは、通常のウィンドウが1歳半から2歳半の間なのに、 開くのがもっと遅い人々が居るということだ。

(L)それにおそらく、ウィンドウが早く開く人々もね。 じゃあこれは、シドニー・ベイカーが、 健康の観点からわたしたちが個人個人によって、生理的に全く異なっていると言っているようなものね。 大多数の人々にとっての一定のパターンというものはあるけど、それには幅があるのよ。 だから、皆全く個人で異なってるの。

(Andromeda)彼らが言ってるのは、同性の模範となる人物かしら、それとも異性?

A:一般的に異性。

Q: (L)それじゃあ、この刷り込みが起こる期間に、異性との楽しい経験があると、 異性のメンバに惹かれるように設定されるって訳ね。

(Perceval)それじゃあ、両親が揃った普通の家族で育った普通の赤ん坊や幼児ならば、男女両方とやり取りがありそうなものだね。。。

A:注意すべきなのは、幼児は刷り込みウィンドウが開く引き金になるようなフェロモンタイプの物質に敏感だということだ。プロセス中のこの部分は「生来のもの」だ。

Q: (Perceval)それじゃあ、女の子と男の子は、生来それぞれ男性と女性に惹かれるようになってるということでは。

(L)じゃあ、例えば女の子の場合、男性のフェロモンが存在する場合に引き金が引かれる、というのが生得のメカニズムで、 やり取りが楽しければ、回路に書き込まれるべきことが書き込まれ万事順調ということなのよ。 (でも)もしフェロモンによってウィンドウが開いても、やり取りの内容がすこぶる厭なものだと、万事失敗してしまう。 そしておそらく、この女の子に何らかの遺伝子上の違いがあると、 多分女性のフェロモンによってウィンドウが開くように育つのよ。 だから、これらの可能な組み合わせは多数ね。 明らかなのは、ウィンドウを開く引き金を引き、回路に書き込み等々を行うのは、他人とのやり取りだってことね。
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コピーライトマーク Axel Griesch
父親の容姿は娘の配偶者選択に影響を与えるものである。 このフィンチがさほど感銘を受けていないように見えるのもそれが理由かも知れない。 同様の性的刷り込みは人間でも起きているのだろうか?
(写真)


ということで、同性愛の考えられる原因として、(頻度の高いものから順に)刷り込み、過去生の影響、遺伝子、 そしてまた、刷り込み過程でのフェロモンやホルモンの放出といった視点を得た。 人間のフェロモンは、長い間存在するとされてきたが、 最近まで、それを支持するような得心の行く研究は出て来ていなかった。 面白いことに、最近の最も説得力ある研究の1つに、 性的魅力に関係した特定の体臭に対する、非同性愛者と同性愛者の男たちの(そして同様に、非同性愛の女性と同性愛の男との)反応の仕方の違いに関するものがある:


コピーライトマーク David Shankbone
最大限にフェロモンを振りまこうとポーズを決める、イスラエル人の匿名クラバー


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The two chemicals in the study were a testosterone derivative produced in men's sweat and an estrogen-like compound in women's urine,
本研究で取り上げる2つの化学物質とは、男性の汗の中でつくられるテストテロン 派生物と、女性の尿中にあるエストロゲン に似た化合物であり、 いずれも、長い間、フェロモンでないかと疑われてきたものである。。。 エストロゲンに似た化合物は、女性に対しては、普通の臭いに関係する部位を活性化させるものの、 男性の場合は、視床下部を発火させる。 これは脳の中央基部にある部位で、性行動を支配しており、 これが、すぐ下にある脳下垂体をコントロールすることで、 身体のホルモンの状態が管理されているのだ。

他方、男性の汗に含まれる化学物質はこれと反対の働きをする; これは専ら女性の視床下部を、そして男性の場合は嗅覚に関係する部位を活性化させるのだ。 2つの化学物質は二重生活さながら、一方の性にとっては臭いとして、他の性にとってはフェロモンの役割を果たすのである。 スウェーデンの研究者たちは、さらに実験を繰り返し、今度は第3のグループとして同性愛の男たちを加えた。 同性愛の男たちは、これら2つの化学物質に女性と同様の反応を示した、とセービック博士は報告している。 あたかも、視床下部の反応は生物学的な性ではなくて、持ち主の性的志向によって決まるということのようなのだ。。。

研究者の一部は、セービック博士の研究成果こそ、人間フェロモンの存在を支持する有力な証拠であると見る。 「人間にフェロモンは存在するかという疑問に答えが出た。それは存在するのだ」 と、ニューロンに関する論評の著者は、セービック博士の2001年のレポートを評している。。。

セービック博士が同性愛の男性の脳内に見つけた、異なる活動パターンは、 彼らの性的志向の原因か、または、その影響のいずれかであろう。 もし、性的志向の原因が遺伝子によるものであるか、あるいは、子宮内ないし思春期のホルモンの影響であるなら、 視床下部のニューロンは、どちらの性に持ち主が惹かれるかを永久的に方向づけるように配線されるだろう。。。 一部の研究者たちは、双子の間で一致が見られることを理由に、同性愛の遺伝的要素があるのではないかと考えている。 双子の両方ともが男性の同性愛者となる確率は、二卵性双生児では22%だが、一卵性双生児では52%に上昇するのである。
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問題の現象が帯びる性的性格を考えれば、 これらが視床下部に影響を及ぼし、結果、視床下部が、シーズが言っていたように身体の全体的なホルモン状態に影響を与えるということは、 少なくとも理論的には、断然ありうることだ。 幼児と養護者との間における、性特定的な可能性について、 2010年8月17日のイスラエル紙「ハアレツ」は、 「新米パパは赤ん坊との絆を固くするホルモンを分泌していた」と報じている。 このオキシトシンというホルモンは、妊娠中の母体内で分泌され、母と子の絆を固くする効き目がある。 これが、生後2か月から6か月の子供の父親からも検出されたのであり、 「父親であり、新生児と結び付いているという感覚」を高めることが分かったのだ。 実験に関する記述を見てみよう:


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大体43人の父親たちが、幼児とソーシャルゲーム で遊んでいる様子がビデオに記録されている。 このゲームは幼児たちの好奇心を煽るためのものである。 父親たちは、赤ん坊にバスケットの中にある6個の新しいオモチャを与えるよう言われる。 研究者たちは、父親と幼児との間のつながりを、 父親が子供を見やる視線、愛情のデモンストレーション、発する擬音語・擬態語、 そして、ハグやキス、赤ん坊の身体や手足へのタッチを含むスキンシップから探る。

プロラクチン のレベルが高い父親ほど、探索的なゲームを選ぶ傾向があるが、これは好奇心を喚起するものであることが明らかになった。 同時に、オキシトチンのレベルが高い父親ほど、赤ん坊と社会的な結び付きを形成しようとする傾向が高い。 「プロラクチンやオキシトチンのようなホルモンは、幼児の最初の発育段階において、父性意識を確立する上で重要な役割を果たしているのです」 とフェルドマンは語る。


愛ゆえに育児を行う母親、好奇心からの父親

フェルドマン教授が率いた初期の研究では、15分間赤ん坊と遊んだ母親と父親の両方で、オキシトチンのレベルが上昇することが分かった。 ホルモン・レベルの上昇が、112人の両親 ― 71人の母親と41人の父親 ― から、遊ぶ前後に採取された唾液サンプルで検出された。

この結果分かったのは、遊んでいる間、母親と父親の両方で、オキシトチンのレベルが上昇したことなのだが、 母親の場合、これが起こるのは、赤ん坊に対する愛情を込めたスキンシップが十分に行われた場合に限られたのである。 対照的に、父親の方のホルモンレベルは、探検するよう幼児を励ますために、刺激的なタッチを行いさえすれば上昇した。

フェルドマン指導の下、研究がさらに行われ、最近公表されたが、これは幼児のオキシトチン・レベルを調べるものだった。 これは、生後4から6か月の幼児の両親55人(母親36、父親19)に対して行われた。 この結果分かったのは、遊んだ後のホルモン・レベルは、両親、赤ん坊ともに上昇しているということだった。

「このように、共同的なやり取りを通じて両親は、他人と親密な関係を築き、同情を感じ、他人の感情や意図を理解し、他人を信頼することができるような子供の能力を形成して行くのです」
Feldman says.
とフェルドマンは言う。
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ミラーニューロンの働きによって、 人は文字通り、他人が経験することを経験する。 科学者たちは、ある人の行いが、 他人のホルモンの状態や将来の発達に影響を与えるようなメカニズム、 特に両親と子供との間でこれが起こる場合を、さらに発見しつつある。
(写真)


ということで、科学者たちは、ホルモンが性および、身体の全般的なホルモン状態に及ぼす効果につき理解するようになってきたのみならず、 科学者たちは、ある特定の時期に行われる養育的行為および、親子のホルモン的/学習的効果が、子供たちと両親の相互に影響を及ぼすことについても立証し始めているのである。 筆者の知る限り、将来の性的志向を左右するような、人生初期時点でのダイナミクスに関する研究はなかった筈だが、 人間においては、少なくとも1つのタイプの性的な刷り込みが見つかっている。 これは「ウェスターマーク効果」と呼ばれるものである。 いわく、この効果にとっての刷り込み期間(人生最初の6年間)の間、 ごく近しい仲で一緒に育った子供たちは、後に長じて性的魅力を発達させ始めても、互いに性的に惹かれることはないのである。 だが、たとえ近親の同胞、例えば兄弟姉妹であっても、 この間に離れて過ごせば、2人は大人になったとき、互いに性的に惹かれるようになるかも知れない。

例えば、キンカチョウ(ゼブラフィンチ)のような動物においても、性的な刷り込みが定着する。 この鳥は、それが育ての親であろうと、自分たちの面倒を最も見てくれた者に似ている相手に惹かれて番うことを学ぶ。 育ての親が、全く異なる種であってもだ。 もし若い動物が人間によって刷り込まれると、この個体は自らの種に全く無関心なままとなり、人間と番おうとさえする。 動物の性行為における刷り込みの強い影響を考えると、 人間の性に関しても同様の説明を求めることは不合理とは思われない。 無生物を対象とした刷り込みを行う動物の能力を考えると、 これはまた、いくつかの性的な特異性(例、フェティシズム)および逸脱(例、サディズム、小児性愛)をも説明するものかも知れない。 今後の研究が待たれるのは、このような刷り込みが起こる、精確な生物学的メカニズムについてである。

そして、もう1つの影響しうるとして挙げられていた「過去生」については、 カナダの生物学者兼精神医学者であったイアン・スティーヴンソンが、このテーマに価値を認め数十年来行った調査研究に基づき、かなりの可能性があると考えていたのだ。 スティーヴンソンの著作に不案内な向きは、彼の2冊の著作をチェックして欲しい。 『生まれ変わりの20例』と 『生まれ変わりの刻印』であるが、 これらの中で彼は、過去生が実在すること、そして、その現生への影響について主張している。 これらは事実に即した簡潔な語り口の本だが、このテーマについての最高水準の科学を求めるなら必読である。 以下は性に関連する彼の作品からの短い1節である:


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過去生の記憶を持った、これらの子供たちの多くは、過去生で持っていた能力や才能を示している。 過去生では別の性だった子供たちはしばしば、新しい性への調整に困難を感じている。 このような「性転換」に関する問題のために、長じてから同性愛者となる者も居る。 過去生で少女だった者が少年に生まれ変わった場合、少女のようにドレスを着たがったり、男の子より女の子と遊びたがったりするのだ。

今に至るも、人間の示す、このような奇妙な性質は、いずれも伝統的な精神医学にとってはミステリーとなっている ― 結局、いずれのケースにおいても、両親が子供たちの行動の原因ではなかったのだ。 そして、ついに、転生の研究が、このテーマに光明を投じつつある。 かつて医師たちは、このような特異行動は何らかのホルモンの不足ないし過剰が原因であるとしてきたが、彼らはいくらか考えを改めるべきだろう。 [筆者注:もちろん、人によって、どちらの場合もありうる。]
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イアン・スティーヴンソンは転生の科学的研究の先駆者だった。
(写真)


科学者はこの現象を「児童期性不一致(CGN)」と呼ぶ。ボストングローブ紙にニール・スウィディーが書いているように、「調査結果によれば、CGNを訴えた少年の約75% ― おそらくはそれ以上 ― が、ゲイあるいはバイセクシャルとなったことが分かった」。そして、スウィディーの記事に出ている最初のケーススタディに示されるように、一卵性双生児の片方が自分は女の子だと悟っていても、もう一方は典型的な男の子の特徴を示すことがあるのだ。この記事の要旨は、同性愛は出生前に原因がある― 身体的な男女どちらの特徴が発達するかと同様、性的志向も子宮内のホルモンで決まるというものだ。スウィディーはこう述べる:


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研究成果を総合すれば、前もって子宮内で、胎児の脳が男性あるいは女性のいずれかの方向に成長するに従って、性的志向の基礎となる何かが起こっているということになろう。その原因を確信している者はいない。だが、ここで遺伝子が関与していて、おそらくは影響を受けるホルモンの量を調節したり、視床下部にあるニューロンの中にある、カギを握っている一団のサイズを決定したりしているのではないだろうか。そんな原因を選別するため、まず研究者たちは、実際に「ゲイ遺伝子」は存在するのだろうか、という問いに立ち返る必要が出てくるだろう。
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このような影響によって、後に子供が、両親との特定のやり取りにおいてどんな反応を返すかが、そして、そのようなやり取りによって分泌されるホルモンの影響が決まるということもあり得よう。だが、科学者たちがそのような可能性を想定しなければ、それが研究される見込みもない。そしてもちろんのこと、この問題には政治が絡んでいる。多くの人々は(誤って)、このような研究が、同性愛とは「習得する」ものであり、よって「習得しない」ことも可能である、という考え方を裏付けるものと考え、結果的には、原理主義者や彼らの抱く反同性愛信仰にネタを与えることになるだろう。

だが、刷り込みということに関して、人間の成長が持つ可能性は非常に大きい。考えてみて欲しい。我々の生まれたばかりの環境の中で、後の人生に影響を与えうるものとして他に何があるだろう?我々が後の人生において、特定のタイプの人に惹かれる傾向を持つことは、上で簡単に触れた通りである。おそらく我々の一部は、本当は我々のためにならない人々との関係をスタートするような傾向を刷り込まれているのではないだろうか?これは、文学修士サンドラ・ブラウンが論じた『サイコパスを愛する女たち』という現象を説明するかも知れない。そしてもちろん、言語にも刷り込み期間があって、言語スキルを学ぶには適切な時期に、それが「書き込まれ」ねばならないのだ。我々の無知の結果、「書き込まれずに」時期が過ぎてしまうというような類の回路として、他にどんなものがあるか誰に分かるだろうか?人間には、我々が全く知らない可能性ないし、「オフ」の位置にセットされている遺伝子があって、その結果、我々は、本来発揮できる機能の単なる影に過ぎないような人生を送っているのだろうか?我々は、単にスイッチの入れ方が分からなかったというだけの理由で、埃をかぶって家の周りに置いてある機械のようなものかも知れない。さらに悪いことに、我々はそれが単なる飾りだと思っているのかも知れないのだ。


次回はマインドコントロールの番だ!
posted by たカシー at 12:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シーズのヒット・リスト 05:グリーンバウム博士と洗脳された人々

シーズのヒット・リスト 05:グリーンバウム博士と洗脳された人々
http://www.sott.net/articles/show/240587-The-Cs-Hit-List-05-Dr-Greenbaum-and-the-Manchurian-Candidates


ハリソン・ケーリ
Sott.net
Wed, 25 Jan 2012 11:00 CST


コメント: 今回の連載を読まれる前に、このゾッとするようなビデオクリップを観ることをお勧めする。 元は6部構成のドキュメンタリーで、タイトルは『変更の証拠』。MKULTRAプログラムとその適用例のいくつかについて、詳しく描いたものだ。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=DenWn8kfhYs


1992年6月25日、ユタ大学のコリドン・ハモンド博士は、ヴァージニア州のアレクサンドリアにあるラディソンプラザホテルで開催された「第4回 虐待と多重人格に関する東部年次会議」において講演を行った。 「多重人格障害(MPD)における催眠術の効果:儀式的虐待」と題したこの講演
http://takapachi1962.seesaa.net/article/276980161.html
http://takapachi1962.seesaa.net/article/276980463.html
で彼は、 奇妙な一連の症状について述べている。 これは、彼や、他の臨床医が(しばしば別個に)自分たちの患者から発見した症状であり、 大規模で全国的、十分に調整された、システマチックな虐待とマインドコントロールのプログラムが存在していることを示すものだった。 これは、必ずという訳ではないが、しばしば、NASAやCIA、あるいは軍人の家族に見られるものである。 催眠状態によって誘導された観念運動反応を用いて、 ハモンド博士と同僚達は、 虐待の繰り返し (実際には拷問に等しい)、 感覚遮断 、見当識障害、催眠術、幻覚剤やその他のドラッグによって、犠牲者に導入された、幾層もの「プログラム」を暴きだした。

様々なプログラムのレイヤーが数多く発見されたが、それぞれ別の目的を持っており、 例えば、セックスプログラム、自殺プログラム(すなわち、「自滅プログラム」)、 儀式プログラム、「霊的殺人」プログラム、 そしてまた、他のものに紛れ込ませた、組み込み式の運動停止コードがあった。 犠牲者たちはまた、回復し始めた場合には発狂するような、ブービートラップ・プログラミング(「グリーン爆弾」と呼ばれる)をも施されていた。 ちなみに、「逝ってしまって」理由も無しに殺人を犯す輩の現れる頻度が、 近年、増加してきているようだ。 2007年のバージニア工科大学銃乱射事件のチョ・スンヒ;
http://www.sott.net/articles/show/130645-Project-Paperclip-MKULTRA-Dr-Greenbaum-and-Seung-Hui-Cho-Was-the-VA-Tech-Gunman-Mind-Programmed-
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%83%92
2008年にカナダのグレイハウンドバス車中で他人の首を切り落とした李偉光;
http://www.sott.net/articles/show/166238-Programmed-to-kill-Second-Greyhound-bus-passenger-stabbed-in-Canada
http://www.dltcedu.org/index_5/html/91483.shtml
2009年の米テキサス(Texas)州フォートフッド(Fort Hood)陸軍基地で起きた銃乱射事件の犯人は、
http://www.sott.net/articles/show/196533-Reviving-the-War-of-Terror-Patsy-framed-in-Secret-Team-psy-op-to-generate-public-support-for-wars
http://www.afpbb.com/middle/1786
新聞の大見出しに取り上げられ、マインドプログラミングされていた兆候がうかがわれたうちの、ほんの数例である。

ハモンドが実地であちこちから得た情報を統合した物語の続きはこうである。 第二次大戦が終わった時、アレン・ダレス他、アメリカ諜報機関出身者はナチの科学者や医師をリクルートした。 このため、これら、強制収容所でマインドコントロール実験を行なっていた連中が、アメリカにこれを持ち込んだのであり、 連中はアメリカでも、軍病院において、軍の情報部のために、同様の研究を始めたのだった。 ハシド派ユダヤ教の伝統に従い、 カバラ的神秘主義を背景に持って育った、1人のティーンエイジャーが (プログラミングにおいては、カバラからのテーマが繰り返し登場する)、 死の収容所での実験に参加し手伝うことで処刑を免れていたが、 彼もまたアメリカに連れて来られた。 少年はアメリカ風の名を名乗り、医学位を手に入れて、 医師となってワークを続けたが、 これがどうやら、こんにちのカルトプログラミングの主流を成しているようである。 国じゅうの患者達が彼を「グリーンバウム」という名で知っている。 もちろん、これは単なる作り話である。 ハモンドにも、犠牲者たちの話からまとめ上げた内容を検証する手立てがなかったようである。

ハモンドによれば、このプログラムの目的は、洗脳された兵士から成る軍隊を作ることであった。 そのような兵士を、売春や児童ポルノ、麻薬の密輸、国際的な武器の密輸、その他の違法だが儲かる事業に従事させるのだ。 彼らのトップに居る人々が最終的に、世界を支配する悪魔的秩序を打ち建てるであろう。 繰り返すが、オカルト的虚飾を取り除けば、 これは過去数十年に亘って起こって来たことと非常によく似ている。 最近私が書いたように、 要職にある男女のエリート達グループの間で、これらの犯罪(武器密売、人身売買、小児愛者集団の組織化、麻薬密売)が紛れもなく同時に発生している。 そして、マインドコントロールが繰り返し暴かれているのである(例えば、フランクリン・スキャンダルやデュトルー事件を扱った文献を参照されたい)。
http://www.sott.net/articles/show/236161-Men-Who-Hate-Women-The-Franklin-Scandal-and-the-Truth-About-Our-Leaders
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=55086085&comm_id=2590126
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/nishida/dutroux.html



コピーライトマークParamount Pictures
2004年版の『影なき狙撃者』(『クライシス・オブ・アメリカ』)。主演はデンゼル・ワシントン。
(写真)
http://www.screenplay.co.jp/shitsumon/2005/0406.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%B1%E3%81%AA%E3%81%8D%E7%8B%99%E6%92%83%E8%80%85_(%E6%98%A0%E7%94%BB) 


「満州作戦の候補者」とは、催眠状態で人を殺すよう「洗脳された」人のことである。 この言葉は、リチャード・コンドンが1958年に発表した同名の小説から来ているのだが、 この小説は2度映画化されている。 小説でも映画でも描かれているように、 このような人々は理論上完璧なスパイを演じることができるのだ。 というのも、彼らは自分たちのミッションや上司の正体、「多重」人格の1つがやった事に、意識の上で気付いていないからである。 彼らは絶対しくじらない暗殺者、運び屋、情報屋といった道具人間として、 「国家安全保障」の名の下に、自分たちの気紛れを正当化する連中によって利用されるのだ。 だが、大抵の場合そうであるように、事実は小説よりも奇なりである。 他ならぬこのアイディアを実施しようとしたのは、中国や共産主義者ではなかった;それはアメリカだったのだ。

洗脳という概念が初めて世間の注目を浴びたのは1950年代のことであり、 毛沢東主義者による、アメリカ軍兵士に対する、教化および拷問をあらわすプロパガンダ的用語としてだった。 問題なのは、中国やロシアは、アメリカ軍兵士に対する教化や拷問を得意として、そればかり行っていたとされたことだ。 麻薬睡眠や「洗脳」といった一切の主張は出鱈目だったのである。 このプロパガンダを推し進めていた人々とCIAとのつながりを考えると (すなわち、CIAのエドワード・ハンター著『洗脳・中共の心理戦争を解剖する』)、 それこそまさに当時アメリカ自身が取り組んでいたことであるというのもうなずける。 (ウォルター・ボワート著『オペレーション・マインド・コントロール』参照。) 自分がやっていることは、敵の仕業だと言って非難するに限る。

という訳で、マインドコントロール「競争」に後れを取るまいとして、 アメリカの軍事および諜報機関は、一連のプロジェクトを開始したのだが、 そのいくつかは最終的には、1975年にチャーチ委員会が、CIAによる秘密裏の違法プロジェクトであるMKウルトラの実態を暴いた時に公となった。 このプログラムには、次のようなものが含まれていた。すなわち、人間の行動を操作する方法の開発 (脳電気刺激すなわちESBを含む)、 「被験者」を多重人格障害に仕立てる試み、 犠牲者の同意を得ずに行う、様々な向精神薬の投与、 催眠術、性的虐待、感覚遮断 (ハモンドの患者たちが被っていることを彼が暴いた、当の行為である)。原注1
フロントの組織や財団の広域ネットワークを使って、 そんなこととは思いもよらず、同意もしていない被験者たちを使った、大規模な研究プロジェクトに対して、CIAは財政支援を行っていた。 研究者本人が、CIAによって財政支援を受けているとは気付かないこともしばしばだったが、 彼らの研究は公表されている科学文献や定期刊行物に大々的に発表された。 このようにして、CIAは極めて大規模な研究基盤を利用することができたのであり (彼らが極秘プロジェクトだけを実施していたら、手に入れられなかったような規模である)、 心理学、精神医学の分野において最も高名で評価の高い研究者たちも活用できた。 このプログラムは公には1960年代に終了したことになっているが、研究者の多くは、他にも同じようなプロジェクトが存在していて、継続していると思っていた。


原注1
コリン・ロス著 『CIAドクター:アメリカ精神科医による人権侵害』および、 同書が参照している300を越える書籍や論文を確認されたい。 このような事が行われていたという証拠は文字通り圧倒的多数に上る。 これが殺人事件の裁判に証拠として提出されていたら、とっくに絞首刑が行われていただろう!


しかしながら、このようなやり方が実用化され始めたのは、1950年よりも前の事であって、 アメリカは単に、「遅れを取らない」ことに関心を抱いていたどころか、 実際にはこのような努力の先頭に立とうとしていたことが分かる。 ローズ奨学生の心理学者であるジョージ・エスタブルックスは、 催眠術の専門家であり、第2次世界大戦中は、軍の情報部で働いていた。 彼は「同意していない人に対して当人が知らないうちに催眠術をかけて、アメリカ国家反逆罪を犯すように仕向けることだってできる」と豪語していた。 彼はまた、被験者に多重人格障害(MPD)を起こさせることに成功「してきたし、今も行っている」とも書いている。 じじつ、子供たちのグループにMPDを起させるのに成功したという、公開されている文献記録がある (ジェリー・レオナルドの著書『完璧な暗殺者』が参考になる)。 デイヴ・マゴウワンは、著書『催眠術』でこう書いている:


ジョージ・エスタブルックス
(写真)


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。。。エスタブルックスは、自分が「専ら関心を抱いてきたのは常に、催眠術の軍事利用だった」とずけずけと認めている。。。 必要なのは、 かつて多重人格障害(MPD)と呼ばれており、 こんにちでは解離性同一性障害(DID)と呼ばれるものを患う被験者なのである。 この条件を既に被験者が満たしている場合もあれば、「セラピスト」によって作り出されることもある。 だが、いかなる場合でも、この条件は過酷なトラウマ ― コア人格の体験に統合し得ないほど過酷な、トラウマチックなエピソード ― によって生み出されるものである。

飛びぬけて最も一般的なMPDの原因は、幼児期の虐待であり、 これはしばしば ― 常にという訳ではないが ― 一方の親やその他の大人の後見人によって加えられるものだ。 その辺りの事情をフランク・パットナム博士は1989年に述べている: 「私は、殆どのMPDの犠牲者たちが報告する猛烈なサディズムの特質に強い印象を受けています。 多くのMPD患者が私に、一団の人々によって性的虐待を受けたこと、 家族によって、売春を余儀なくさせられたこと、 彼女たちの母親のボーイフレンドに対する性的な餌として提供されたことを話してくれました。 多くのMPD患者と話した結果、 MPDを生み出す要因は主として、過酷かつ継続的・反復的な幼児虐待であることが明らかとなりました」。。。

他の場所で、エスタブルックス自身が以前にこう書いたと認めている: 私がロシア方式と名付けたものによるよりも深い催眠状態に陥った者は居なかった。 どんな手段を使っても構わない。心理的拷問による故意の人格崩壊が一番だった。。。 被験者はたやすく精神的破滅に陥るだろう。戦争とは恐ろしいものだ」

。。。エスタブルックスはまた、「周知の通り、催眠に罹りやすい」ため、子供たちは特に良い被験者になるとも述べている。 これは、子供たちが殊更虐待に弱く、一層トラウマチックな体験を分離しがちであって、その結果、利用され、コントロール可能な多重人格が生まれる、ということの遠回しな言い方に過ぎない。
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私自身、最初にこのような概念に出会ったとき、 まるで出来の悪いSF映画の一部みたいだと思ったものだ: 少々突飛でバカバカしいなと。 しかし、調査を終えた今では、そう思わなくなった。 最初は基地外じみたように思われるかも知れないが、 このテの「研究」は、軍の諜報機関によって代々盛んに行われていて、相当の成功を収めているようなのだ。 考えてもみて欲しい。このような積極果敢なスパイを生み出すやり方を持っていることの優位性はいかばかりだろうか: 機密情報の運び屋を作るには、彼らが運んでいる機密情報に気付かないように、選択的健忘症にかかるように催眠術を施せばよい; 二重スパイには多重人格をプログラミングし、自分が本当に離反者であると信じさせて、 外国政府あるいは破壊的組織の指導者たちの信頼を得させておいてから、 そちらからも離反させて、今後はこのグループを「機能不全にするから」と釈明させればよい; 暗殺者や秘密調査員の場合は、以前や現在のミッションに気付かないようプログラミングしておいて、 拷問や尋問に耐えさせ、「国家安全保障」上貴重な秘密情報を漏らすことが無いようにさせればよいのである。 (本稿の展開スピードについてくるには、後掲の参考文献(※どれも邦訳なしか)をいくつかチェックされたい。 例えば、ウォルター・ボワートの本には、催眠術にかけられてCIAのための運び屋をやらされ続けた人々についての幾つかの興味深いケーススタディーが載っている。)

1999年7月31日、ローラはグリーンバウム文献に関する詳細につき尋ねた:


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Q:グリーンバウムに関する文献によると、 ユダヤ人の少年がアメリカに連れてこられて医師の訓練を受け、 悪名高いグリーンバウム博士になったというんだけど、本当かしら?

A: No. 「グリーン」とは通称であり、 より正確には、マインドコントロールの仕事に従事している複数人が用いている偽名だ。
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結局、礼服をまとったサイコパスどもの評議会が暗黒勢力に対して人類を統率するよう祈り求めている、というのもおそらくは途方もない考えでもないだろう?
(写真)


ジム・マースは、2008年の著『第4帝国の興隆』の中で書いている:


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2007年にマースが元アメリカ軍のスパイであるリン・ブキャナンにインタビューを行った際、ブキャナンが語ったところによると、 彼はかつて、アメリカ軍のリモートビューアーを訓練したことがあるといい、 また、ナチスは霊能力者(サイキック)のユニットを結成し、これを「グリーンバウム博士」と呼んでいたという。 この名前はサイキックプロジェクトのもので、個人を指すものではなかった訳だが、 グリーンバウムを装ったドイツ人サイキックがどうやら、 戦後アメリカに生きていたらしい。 グリーンバウム、すなわち、緑の葉を付けた木というのはどうやら、カバラにおける緑の樹のシンボルのことを指しているようであり、 これはエデンの園に生えていた「知識の木」に通じるものである。
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ブキャナンもマースも、ハモンドによる「グリーンバウム講演」 すなわち、マインドコントロールが儀式的虐待と関係している可能性を論じた研究につき言及していないため、 彼らがこのようなつながりの存在する可能性に気付いているかどうかは定かでない。 興味深いのは、グリーンバウムがサイキック/魔術研究に従事しているグループのことであると言われていることであり、また、 アメリカにグリーンバウムなる人物が実在したということであって、 いずれも、ハモンドの話と符合している。 このことを念頭に置いて、1996年10月5日のシーズ・セッションからの以下の引用について、考えてみよう:


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A: さて、いくらか歴史の話をする。。。 知っての通り、CIAとNSAその他の政府機関は、ナチスのゲシュタポの血をひくものであり。。。 SSはアンタレス星人の影響による実験だ。 アンタレス人は、第3密度ないし第4密度の地球にネフィリムを最後に連れて来た人々である。 「アンタレス人」とのコンタクトを始めたのはトゥーレ協会であり、 この協会こそが、騙されやすい被験者であるアドルフ・ヒトラーを前代未聞の、マインドプログラミングされた名目上の総統に育て上げたのだ。 さて、現代でも、同様の例は見たことがあるだろう。今のところスケールは小さいが以下がそうだ。 オスワルド、 ルビー、 ジョージ・デ・モーレンシルト、 サーハン・サーハン、 ジェームズ・アール・レイ、 アーサー・ブレマー、 ファラカーン、 メネンデス、 バンディー、 ラミレス、 ダーマー、 等々。。。
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ジム・マースは、シーズによってもたらされたこれらの情報の詳細について、そしてまた、他のコメントについて、示唆に富む詳細な裏付けを与えている。 例えば、トゥーレ協会とはオカルト/政治/人種問題に関する神秘主義に興味を抱くドイツ知識人のグループであった。 このグループはドイツの体制秩序のフロントとして機能し、いにしえのチュートン騎士団 を模して作られ、ドイツ労働者党の結成およびこれに対する資金提供に関与していた。 ヒトラーが最初にトゥーレ協会のメンバー達とコンタクトしたのは、彼が29歳のときだった。 マースは書いている:


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ジョセフ・P・ファレルは著書の中で述べている。 オカルト文献の出版者で、トゥーレ協会およびナチスのメンバーだった ディートリヒ・エッカート と、「将来の副総統」マルティン・ボルマン とが密かに通じていたことは以下の考えを裏付けるものである。 すなわち、「ヒトラーは故意に操作されて権力の座に着かされていたのであり、彼の行使できた権力よりもずっと強力な勢力により、密かに操作されていた。そして、用済みとなったとき、彼は故意に妨害され見捨てられたのだ」

このようなグループは「儀式を手段として、宇宙の邪悪かつ人間ではない知性に対して目覚めるまで意識を高め、その知性体とコミュニケートする手段を獲得することに携わっていた。 そして、このサークルのマスター・アデプトは ディートリヒ・エッカート (ヒトラーは彼を「国家社会主義の霊的創設者」と呼んでいた)だった」とトレバー・レーベンスクロフトは述べている。 ヒトラーは第1次大戦の際に兵士だった頃のこととして書いている: 『私はしばしば寒さの厳しい晩に、ひっそりとした低湿地にあるオーディン(ヴォータン)神の樫に出向き、暗黒勢力と同盟を結んだ。。。』 『トゥーレ伝説のより洗練されたヴァージョンは、 ディートリヒ・エッカートとカール・ハウスホーファー将軍の下で、何とか少しづつ作成されたものであり、 後に、帝国の指導者(ライヒスフューラー)であるSS隊長ハインリッヒ・ヒムラーの指揮下で磨きをかけられ、書き足された。 ヒムラーはドイツ学界の大部分を脅かして、ドイツ人の人種的優越性に関する神話を不朽のものとするよう学問的手腕をふるわせた』。。。 ハウスホーファーは。。。ミステリアスなヴリル結社のメンバーだったが、この結社はテレパシーとテレキネシスを行っていた。

それは推測するに、おそらく、人間ではない知性体とのサイキックなコンタクトを行う、このようなオカルトの実践を通して行われたのだろう。。。 ナチスのオカルト研究者であるニコラス・グッドリック=クラークは。。。 ヒトラーとヒムラーの周囲に居たオカルティスト達を動かした力の特徴として、それは、 肉体を持たぬ実体 (例えば、「暗黒勢力」、「不可視のヒエラルキー」、「知られざる優越者」)であるか、 あるいは、遥か昔ないし遠い場所に居る、ナチスがコンタクトしていた魔術的エリートであろうと書いている。。。
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著書『神秘学大全』(伊東編訳、学研M文庫、原題『魔術師たちの朝』)の中で ルイ・ポーウェルとジャック・ベルジェは以下のように書いている:


ヒトラーは結局のところ、こんにちのアメリカにおけるオバマ的役回りに過ぎなかった。
(写真)


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ヒトラーはある日のこと、ダンツィヒ市議会長であったラウシュニングに人間の変異の話をした。ラウシュニングはこのような奇妙な問題については皆目何もわからないので、ヒトラーのいうことをドイツの血を改良しようとする畜産家の言葉のように受け取った。そして問いかけた。(文庫邦訳p,225)

「しかし、結局のところ人間にできることといったら、自然を助けて、自然がたどる道を少々短くしてやることくらいしかないのではないですか。まず、自然から変種を授からないことにはどうしようもないのではありませんか。家畜を育てる人間にしても、人工的に変異を起こさせる、つまり新しい生物学的特性をつくり出すのに成功するのはごく稀なケースです」

「新しい人間はわれわれのただ中において、すでに存在しているのだ。彼は、ほらそこに実在している」とヒトラーは勝ち誇った口調で叫んだ。「まだわからないのかね。内密の話をしてあげよう。私は新しい人間にすでに会ったことがあるのだよ。彼はひどく沈着で、しかも残酷だ。私も彼と対面したときは恐ろしかったよ」

「こういいながらヒトラーは恍惚として、身を震わせていた」とラウシュニングは付け加えた。

ラウシュニングは、さらに応用心理学大学アキル・デルマス博士のいくら考えてもわからない奇妙な情景を報告しているが、確かにこういうことになったら、いわゆる心理学などというものは無力だ。 「ヒトラーの側近の一人から聞いたことなのだが、彼は夜になると身を痙攣させ、恐ろしい叫び声をあげながら目を覚ますことがある。ヒトラーはベッドの端に座って救いを求め、まるで体が麻痺してしまったようなのだ。そして、何かわけのわからないことを盛んにわめきたて、今にも息が詰まりそうに喘ぐ。とにかく情報源が、このようにしっかりしていなければとても信じられないような話なのだ。

ある晩など、ヒトラーは部屋の中で体をぐらつかせながら、迷ったような眼つきで周囲を見まわす。『彼だ、彼だ、彼がやってきたのだ』とわめいた。唇はまっ青で、玉のような冷や汗が盛んに流れ、早口で何の意味もない数字をまくしたてているが、やがて今度は言葉の断片のようなものをつぶやく。さらには奇妙な組み合わせの言葉を盛んに発する。何とも恐ろしい光景だった。やがて彼は再び黙り込んだが、相変わらず唇を動かしていた。そこで体をこすってやり、飲み物を飲ませた。と突然、彼はわめき立て始めた。『そこだ、そこだ、その隅だ!来ているのだ!』といいながら彼は足で床を踏み鳴らし、わめくのだ。

皆で、別に変わったことはありません、と一生懸命なだめているうちに、彼も落ち着いてきた。それから長いこと何時間も眠りこけ、ほとんど正常に戻った。。。」
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アレン・ダレス:彼はまた、「反セム人的文書」である、『シオン賢者の議定書』の存在を 「暴露」したことでも評価されている。 だが、現代史においてこの男が演じた、徹底した騙し屋としての役回りを考えると、 この文書は、 効果的に少数者が多数者である世界を支配するための青写真的内容のものであり、 陰で支配しているダレスのようなサイコパスが、これこそがさもユダヤ人の目論見であるかのように偽装した文書である可能性の方がずっと高い。
(写真)


マースはまた、プロジェクト・ペーパークリップについても、その内容を文書で十分に立証している。これは、統合参謀本部 による作戦で、戦後、ナチスの科学者をアメリカが抱き込んで国内に連行したものであり (例えば、NASAに移ったウェルナー・フォン・ブラウンが有名)、 その第1陣がアメリカの土を踏んだのは、ドイツの降伏後わずか2日後のことだった。 このプロジェクトは1973年になっても、依然、盛んに進められていた。 それから、アメリカ人エリート(ビジネスマン、実業家、政治家)とドイツ帝国それぞれのメンバーの間には結び付きがあることが文書で裏付けられている。 例えば、プレスコット・ブッシュ(ジョージ・W・ブッシュの祖父)と長男のジョージ・ハーバート・ウォーカー(・ブッシュ=第41代アメリカ合衆国大統領)はいずれも、ユニオン銀行株式会社(UBC)の役員を務めたが、 この会社は1942年、ナチスとの共謀による対敵通商法違反の廉で差し押さえられているのだ。 この2人はまた、外交問題評議会(CFR)のメンバーでもあった。 彼らの顧問弁護士だったのが誰あろう、 アレンとジョン・フォスター・ダレス の兄弟だったのである。 マースはこの点について、またそれ以外にも著書の中で証拠文書を挙げつつ論じている。

アレン・ダレスとはもちろん、中央情報局(CIA)の第3代長官となった人物だが、 CIA自体は、アイゼンハワーが1947年に国家安全保障法を制定した結果、アメリカ国防総省(DOD:Department of Defence)、国家安全保障会議(NSC:National Security Council)と共に発足したものである。 (その後、1949年には、DODの一部局が、国家安全保障局(NSA)の前身である、軍保安局(AFSA)となった。) ダレスはこれらのナチス・コネクションに再三に亘って浮上してくる。 例えば、彼はナチスの資金と戦争犯罪者達をドイツからこっそり運び出し、 戦争中、広範囲に亘るナチスのスパイ網を構築して操っていたラインハルト・ゲーレンを、 CIAのロシア・東欧問題担当部局の長に任命している。 実際、MKULTRAはダレスの発案によるものだった。 マースは書いている:


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文書証拠のあるCIAのマインドコントロールプロジェクト ― MKウルトラ計画、 アーティチョーク計画、ブルーバード計画、MKデルタ計画 ― を操っていた面々が、 ペーパークリップ作戦の医師達やその弟子から、ナチス医学を受け継いでいたとしても、何の不思議もない。 発足直後のCIAにナチスのマインドコントロールのスペシャリスト達を投入した結果生まれたのがMKウルトラ計画だったのだ。。。
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ダレスと、あと、シーズによってマインドコントロールの犠牲者として名前を挙げられていた中の3人 ― オスワルド、ルビー、デ・モーレンシルト ― はいずれもまた、 JFKの暗殺にも関与している。 古典となった(希少本でもある)1978年の『オペレーションマインドコントロール』の中で、 調査熱心だったジャーナリストのウォルター・ボワートは、マインドコントロールおよび洗脳被害者について、詳しく述べている。 彼は、これらの人々、そしてまた、サーハン・サーハン(ロバート・ケネディー「暗殺の単独犯」)やジェームズ・アール・レイ(マーティン・ルーサー=キング「暗殺の単独犯」)についても詳しく論じている。 シーズが述べた人々を一人ずつ順に瞥見してみるとしよう。 これらの人々に関する文献はかなり詳細なものである。 そこで、ここでは私が最も興味深いと感じるいくつかのポイントにフォーカスすることとし、このテーマについてもっと掘り下げたいと思う向きには、他の参考文献を挙げることにする。


Lee, Jack, and George
リー(オズワルド)、ジャック(ルビー)、(大)ジョージ(ブッシュ)


やらせの現場:オズワルドがルビーによって暗殺される間、ダラスの警察官は引き下がって見ている
(写真)


この3人の人物は、CIAおよびFBIと多くのコネを持つ点で共通している。 (1963年に)オズワルドを殺した直後、 自分が行っているのは上層部の人々が関与しているずっと大きな陰謀の一部に過ぎないと主張したルビーは、 1959年の時点では、FBIへのタレこみ屋であり(下院非米活動委員会で暴かれた。FBIのフーバー長官は、ケネディ大統領暗殺事件を検証するために設置されたウォーレン委員会報告には、どうにかこのことが載らないようにすることができた)。 マフィアや、バックにCIAがついている反カストロ・グループと密接な関係があった。 オズワルドのダラスにおける唯一の「友人」であったデ・モーレンシルトは (いろいろ考え合わせると、その可能性は殆どない)、 CIAと直接に関係があり (下院暗殺特別委員会で暴かれた)、 たまたま、大ジョージ・ブッシュ(彼もCIA長官を歴任)の名前と電話番号が彼のアドレス帳に載っていた。 デ・モーレンシルトは都合の良いことに、オズワルドとの関係について暗殺特別委員会で証言することになっていた前日、ピストル自殺している。 彼は『アメリカを撃った男 -オズワルドの謎』の著者であるジャーナリストのエドワード・J・エプスタインに対して、自分はCIAエージェントのJ・ウォルター・ムーアに指示されてオズワルドと接触していたと語っていた。

オズワルド自身は、彼がソ連に「亡命」した時以降暗殺を実行するまで、CIAによって常時監視されており、 手紙も読まれ電話も傍受されていた。 だが、アメリカに戻ってきた時、彼はCIAから事情聴取を受けていない。 厚木基地勤務時代に得たロッキードU2偵察機による工作に関する機密情報をソ連当局に提供したにも拘わらずである。 数ある中でもこの事実から、研究者のジョン・ニューマンが導いた結論は、 オズワルドは二重スパイとして活動していたのであり、 おそらくは、この件に関してソビエトが既にどれだけの情報を持っているか評価し、 既にU2機の機密をソビエトに提供していたスパイ容疑者の居場所を突き止めるのが目的だったのだろうとしている。 U2が撃墜された時、オズワルドは未だソ連に留まっていた。撃墜機から脱出して一命を取り留めたパイロットのゲーリー・パワーズは、 U2を撃墜するのに不可欠な情報をソビエトに与えたとしてオズワルドを非難しさえした。 (退役軍人であったレロイ・フレッチャー・プラウティ の著書『シークレットチーム』 に述べられた、本件の進展を考え合わせると非常に興味深い。 すなわち、パワーズ機が撃墜されたのは、アイゼンハワーとフルシチョフとの間で行われる筈だった平和会議を妨害するために入念に計画された結果だという。) ウォーレン委員会による調査を逃れた文書が、1976年、情報公開法によって公表されたが、これによると、 アレン・ダレスは「CIAに対して、CIAとオズワルドとのいかなるつながりも否定する方法につき、内密に指導していた。 1枚のメモによればダレスは、 当時CIA長官だったヘルムズに対し、宣誓した上で、 オズワルドとCIAとの関係を示唆するようなファイル文書など存在しないと供述するよう勧めていた」

オズワルドは海兵隊員として日本の厚木基地勤務時代にロシア語を学び、除隊後の1959年、ソ連に旅行に出かけ、そのまま亡命したが (彼が駐留していた基地は、CIAが海外に持っている主要な基地の1つであり、また、MKウルトラによるLSD研究のセンターでもある)、 同年、コードネーム「ウォールフラワー」 という二重スパイ(デイヴ・キャシディ)が、 かつて日本に駐留したことのある「退役」軍人から成る予備要員の中から選ばれ、 情報を収集し、ソ連にはディスインフォメーションを流し始めた。 亡命からアメリカに帰った時、 ニューオーリンズで、オズワルドは親共産主義的あるいは親カストロ的グループに関与したが、これは図らずも、CIAによる(違法な)国内でのスパイ工作を正当化した。 オズワルドのような、共産主義者との結び付きを持ち、亡命者として知られた者(その他彼と同様の人々)は、 CIAの警戒リストに載っている様々なグループ (例えば、ACLU (American Civil Liberties Union、米国自由人権協会)やFPCC(対キューバ公正委員会)) と連携する任務に就き、 アメリカ共産党との結び付きを文書記録として提供した。 これらを始めとするグループは、 後に、ベトナム戦争がたけなわとなって、これに対する抵抗や反戦感情の高まっている間、 FBIのコインテルプロやCIAによるメリマック計画およびカオス計画 のターゲットとなったが、 その目的は、既存の反戦および市民権グループに対してスパイを行い、潜入して信用を落とし無害化することであり、 そしてまた、同じ目的のため、コントロールされた敵対勢力をつくり出すことだった。 FBIはこのために、殊更悪名が高まった: 偽の「共産主義者」をこのようなグループに潜入させておいて、 そのような人間が居るからと言って、さらなる監視と潜入を正当化したのである。


あり得ない? いや、サイコパスの支配する世の中における標準作業手順書(Standard Operating Procedure)に過ぎない
(写真)


そろそろCIAによる工作の手口(モーダス・オペランディ) が分かってきたではないか? 権力に身を固めた腐敗エリートに批判的な国内のグループに対して違法なスパイ行為を行って、 合法に申し立てられそうな異議の出所や権力基盤に対する脅威を無力化したい時はどうするか? 単に手持ちの「共産主義者エージェント」をスパイとして送り込み、共産主義者が国内に潜入していると主張して、いまいましい共産党員を「根絶する」ための国内でのスパイ活動を提案すればよいのだ。 古典的な「問題捏造⇒大衆の過剰反応⇒都合の良い対策提示」という手口である。 もっと良いのは、おとり捜査官に違法な暴力行為をやらせておいて、 公衆の面前で当のグループの信用を落とし、手入れして当然と正当化することだ。 オズワルドはどうやら、暗殺の下準備として、スパイ目的で親キューバグループに潜入し、彼らの信用を傷つける任務についていたようだ。 ジェリー・レオナルドの著書『完璧な暗殺者』には、そのあたりが詳しく述べられている。 言うまでもなく、十中八九、オズワルドはCIA捜査官だったに違いない。単純明白だ。 問題なのは、彼はそのことに気付いてすらいなかったのでは?ということだ。

オズワルドの亡命後の行動に関する記述は、 MKウルトラ計画・研究と同様に、エスタブルックスが提案している「スーパー・スパイ」作りのシナリオに著しく似ているのだ。 レオナルドはエスタブルックスの言葉を引用している:


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まずは優れた被験者が必要だ。 彼は、 どんな忠告も受け入れ、躊躇なくやり遂げるという類まれな人物でなくてはならない。。。 そんな逸材なら、催眠術を使うことで、多重人格を発症させられるのだ。 通常の目覚めた状態の彼を、人格(Personality)A、すなわち、PAと呼ぼう。 この人格を過激な共産主義者に仕立てる。 彼は共産党に入党し、党の方針に従い、できるだけ権力に反抗しようとする。 彼が誠実に行動するように注意すること。 彼は共産主義者である。より正確には、彼のPAが共産主義者なのであり、そのように振る舞うのだ。 それから、人格B(PB)を育て上げる。第2の人格だ。 お好みなら無意識の人格と呼んでもいいが、これはやや矛盾した言葉づかいだ。 この人格は過激な国粋主義者で反共産主義である。 PBの方は、通常人格であるPAが持っている全ての情報も持っているが、 PAにはこのような強みはない。 我らがスーパースパイは、目覚めた状態では共産主義者の役どころを、アグレッシブに、毅然として、果敢に演じる。 だが、彼のPBは愛国主義者であり、しかも、PBはPAとしての記憶も全て持っている。 アメリカを愛する者として、彼はためらうことなくこれらの記憶を曝け出すだろう。 言うまでもなく、彼はいざとなったらそうする覚悟でいるのだ。。。 また、このような人々には普通の「タレこみ屋」よりも遥かに有利な点がある。 自分たちの潔白を確信しつつ、彼らは最大限の誠意をもって「第5列」としての役割を果たすのだ。 そして、既に述べた通り、このように自分たちの誠実さを確信していることがおそらくは彼らにとって最大の防御となるのである。 この場合もまた、疑いをかけられても、彼らからいかなる有益な情報を得られる者は居ない。 ごく僅かなキーマンだけが彼らを昏睡状態にすることができる。こうしない限り、情報を引き出そうとどれだけ頑張っても無駄なのだ。
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レオナルドはまた、ジョン・マークのMKウルトラに関する本からも引用している:


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CIAの文書によると、被験者は35歳の、教養のある外国人で、かつては友好的な諜報機関、おそらくはCIA自体で働いていた者がよい。 彼は決して他国政府に忠誠を誓うような鞍替えをしていないが、CIAにとってはかなり腹立たしい奴だ。 CIAの計画としては、彼に催眠術をかけ、暗殺未遂を行うようプログラミングする。 すると彼は少なくとも殺人未遂で逮捕され、「その結果、始末される」。
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このシナリオは、1954年に残された1枚のCIAによるメモの内容に酷似している。
http://nsarchive.files.wordpress.com/2010/04/project-artichoke-22-january-1954.pdf
JFK暗殺におけるオズワルドの役割と密接な関係があるかも知れない。 このメモは提案している: 「身元記録編集済みのある人物に、アーティチョークの影響下で、無意識のうちに殺人未遂を行わせてはどうか?」
[アーティチョークとは、マインドコントロールに関連した尋問テクニックの研究プログラムにCIAが付けたコードネームである。]


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より大きなプロジェクトのための「トリガーとなるメカニズム」として、 提案なのだが、身元記録******の、ある人物、 大体35歳で、教養があり、英語堪能、 社会的・政治的にも、*******政府で確たる地位を持つ彼に、 アーティチョークの影響下で、無意識のうちに 卓越した******の政治家、あるいは、必要とあらば、アメリカ当局者に対する殺人未遂を行わせてはどうか。
*印は「単なるシミュレーションである」

[手書きの脚注]
。。。暗殺未遂が行われた後は、 当然ながら「被験者」は***政府によって拘留され、「その結果、始末される」。
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エスタブルックスやMKウルトラの研究者達は、反カストロ工作のためにマインドコントロールによる暗殺を行うことすら提案していた。 すると偶々オズワルドがCIAの暗殺者で反カストロの亡命者カルロス・プリンギアに接触し、 元海兵隊、そしてまたCIAに雇われた、マフィア暗殺者としての経験を活かし、カストロ暗殺グループの軍事訓練にあたりたいと提案したのだった。

海兵隊員として、オズワルドはおそらく、海軍の援助の下で、トレーニング/プログラミングを受けたのだが、 この中には、暗殺者養成の猛特訓プログラムが含まれていたことを、 70年代に、アメリカ海軍の心理学者で少佐のトーマス・ナラット博士が暴露した。 (オズワルドは心理的評価の結果として、精神分裂気味とのレッテルを貼られていた;つまり、彼は暗殺者の逸材だった。) エスタブルックスは海軍情報部にコネを持っていた (また、ある海兵隊員を二重スパイにプログラミングするのに成功したとも豪語していた)し、 元FBIで反カストロのスパイに転じた、ガイ・バニスターもまたそうだった。 ガイの住所をオズワルドは彼の悪名高い親カストロ派パンフレットにリストアップしていた。 そして、オズワルドは元CIAのパイロットで催眠術愛好家のデビッド・フェリーとも関係していた。 下院暗殺調査特別委員会によれば、フェリーはしばしば民間空中哨戒部隊(CAP)の若い新兵に催眠術をかけており、50年代にオズワルドはCAPに駐在していたという。


De Mohrenschildt
デ・モーレンシルト
(写真)

ジャーナリストのウィレム・オルトマンスによれば (そして、デ・モーレンシルトの顧問弁護士であったパット・ラッセルもこれを認めている)、 モーレンシルトはオルトマンスに対し、 彼は暗殺が起きる前から、その計画について知っていて、自分の知っている内容を本にして公表する計画であると打ち明けたという。 オルトマンスは後に、モーレンシルトへのインタビューの一部を公表した。 断片的ながら、これによれば: デ・モーレンシルトはオズワルドのことを、「オズワルドが世紀の殺人を行うよう脳プログラミングを受けていた時期」から知っていた。 彼はまたオルトマンスにこう語っている。 「私は暗殺後に書いた本の原稿の中で、FBIやCIA関係者数人の名前を暴露したために、密かにヤクを盛られていた。 この結果、私は精神病院に入院させられた。 8週間入院している間に、電気ショックを与えられた結果、私はときどき特定の詳細事実を一時的に忘れるようになった。。。」 この「治療」の結果、彼は「5回、自殺を試みた。。。 いつかそのうち、私は自分の頭をリボルバーで撃ち抜くことだろう。。。」 これについては彼の予想が外れた。 使われたのはショットガンだったのだ。

下院暗殺調査特別委員会がオルトマンスからの情報を徹底的に究明しようと出向いた時、デ・モーレンシルトは死体で見つかった。 『アメリカを撃った男』(ハヤカワ・ノンフィクション)を書くために、エドワード・J.エプスタインが彼に対して行っていたインタビューの休憩の合間に自殺していたのである。 ボワートは書いている。 「デ・モーレンシルトの娘のアレクサンドラはエプスタインに対して、自分の父親が自殺したのは、彼の部屋にあった電話の向こうの声が、後催眠暗示のトリガーとなった(惹き起こした)からだと思う、と語っている」


後催眠のトリガーと言えば、このテーマに関して、上掲のセッションでシーズがさらに語った内容はこうであった:


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A:。。。では言おう。オズワルドは「はめられる」ようプログラムされていた。 だから彼は多くの矛盾した事を言っているのだ。 デモーレンシルトは、プログラミングもしたし、されてもいた。 ルビーは催眠術によって、音の刺激があるとオズワルドを撃つようプログラムされていた。それはクルマのクラクションだった。
[射殺場面のビデオ録画の中に、クルマのクラクションが聞こえる。]
http://www.youtube.com/watch?v=9vToUmb5r2A&feature=player_embedded
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ジャック・ルビーに関して言えば、オズワルドをルビーのナイトクラブで見かけたという目撃者が居る。 ルビーは、もちろん、オズワルドが拘留されている間に、そして、適切な捜査によって彼の有罪無罪が明らかになる前に、オズワルドを「始末した」のだった。 アール・ウォーレン委員長 に対する散漫な証言の中で彼は、 彼がオズワルドを殺した動機に関して一部始終を明かしたりすれば、彼の家族が拷問され不具にされる、と恐怖感を表し、こう語った。 「私はある目的のために利用されてきたんだ。もしあんたが私の証言を本気にしないなら、悲劇的な出来事が起こることになる」 彼はまた自分の信念を明かしてこうも言っている。「全く新しい形の政府が、我が国を支配しようとしている」 おそらくは、「より大きなプロジェクト」のための「引き金となるメカニズム」だろうか? 当時著名だったコラムニスト、ドロシー・キルガレンが、1965年、刑務所で服役中のジャック・ルビーにインタビューしたが、 その直後、親しい友人に「JFK事件の謎をすっかり晴らすような」証拠を手に入れたと話していた。 数日後彼女は亡くなった。一見自殺のように見えたが、彼女の部屋は荒らされ、インタビュー原稿は無くなっていた。


Sirhan Sirhan
サーハン・サーハン


「俺たちは彼を撃った、俺たちは彼を撃った!」とサイコパス達は嬉しそうにほくそ笑んだ。
(写真)


ロバート・ケネディーの暗殺後に隠ぺい工作が行われたことは殆ど疑いが無い。 (アレン・ブランソンによる徹底的なレポートをここ
http://www.sott.net/articles/show/157315-The-assassination-of-Robert-Kennedy-Part-1
から参照せよ。) ロス市警は目撃者たちを怒鳴りつけて証言を迫ったが、 その中に含まれていたサンドラ・セラーノは、 射殺場面で、もう1人の男および水玉模様のドレスを着た女性と一緒に居るサーハンを見た何人かの1人だった。 彼女の取調官は、ハンク・エルナンデスという人物だったが、 彼はCIAのフロント会社勤務から、この取り調べに間に合うよう戻ってきたところだった。 水玉模様のドレスを着た女もまた、射殺後に目撃されており、 目撃者のうち(セラーノを含む)最低2人は、彼女が大喜びで「あたし達が撃ったのよ。あたし達が撃ったのよ」と叫ぶのを聞いた。 ロサンゼルス市警察(LAPD)もまた、ケネディーが撃たれた、アンバサダーホテルの配膳室にできた余分な弾痕のいくつかについて、「食料ワゴンがぶつかって出来たへこみ」だと説明。捜査員が調査、撮影した余分な弾痕の写真を隠蔽した。 検死報告ではケネディーは背後から撃たれたとされ、至近距離からの銃弾(サーハンは銃撃が行われている間じゅうずっと、ケネディーの前、数フィートのところに居た)は、サーハンの裁判では証拠として用いることが許されなかった。 連中は自分たちのストーリーに合うように報告書を書き直させるため、検死を指揮した検死官であるトーマス・ノグチを捕えようとさえした。 言うまでもなく、当日発砲された銃は2丁以上であり、これらの余分な銃弾を撃った人々は処罰されることがなかった。

さて、サーハンはケネディーを撃ったことを決して否定しなかった。 彼は他人が言った、彼が犯人だと言う言葉を真に受けたのだ。だが、銃撃行為自体については何も覚えていなかった; 単にホテルに居たところ、それから銃撃があった、その後組み倒されたのだ。 検察側も弁護側も、彼が実際に銃撃を行った記憶を不可解にも消失してしまったという事実を作り上げた。 拘留中、彼は目まいと胃痙攣に見舞われており (ボワートの本に出てくる、キャンディー・ジョーンズやルイス・アンヘル=カスティーヨもそうだった)、 鏡に何時間も見入っていた。 彼はすぐ様完全に催眠術の被験者であることが判明し、 弁護側の精神科医は、サーハンが自分自身にプログラミングして、深いトランス状態になって殺人を犯したと考えた。 ただ1つ問題だったのは、彼には動機が無いことだった。 サーハンは政治的な人間ではなく、ケネディーの死を悼んだり、自らの行動を恥じさえした。いずれも彼の価値観に反することだった。 何冊かのノートがサーハンの住居から見つかった。 日記のある項目が、法廷で予謀の証拠として用いられた:


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‘68年5月18日、午前9:45。 RFKを抹殺しようという私の決心は、益々もって揺るぐことなく頭から離れない。。。 RFKは死なねばならない。 RFKは殺されねばならない。 ロバート・F・ケネディーは暗殺されねばならない。 RFKは暗殺されねばならない。 RFKは暗殺されねばならない。。。 ロバート・F・ケネディーは、1968年6月5日までに暗殺されねばならない。 ロバート・F・ケネディーは暗殺されねばならない。 これやあれのののののののののの依頼をしたからと言って、どうか支払いをするように、などとは聞いていない。 依頼に対して支払へとは。。。
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サーハンはこのようなノートを書いたことが思い出せなかったのであり、 日記のこの項が、催眠後指令に似ていることは明らかだろう。 本事件の状況の奇妙さから、 『ロバートケネディーの暗殺』の著者フィリップ・メランソン博士; 催眠術の専門家であるハーバート・シュピーゲル博士(コロンビア大学医学部); サーハンの現在の弁護士であるウィリアム・F・ペッパーおよびローリー・D・ドュセク他を含む研究者たちは (うち何人かは、ボワートの本で紹介されている)、 サーハンは自己催眠をかけていたのではない; 彼は、ケネディーを暗殺しようというはっきりした目的のために、他人の力で洗脳プログラミングを施されたのだ、との結論に達している。 本件に関する最近の記事から引用する:
http://www.sott.net/articles/show/238874-Could-Robert-F-Kennedy-s-Assassin-Have-Been-Hypno-Programmed-


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新たな申し立てによれば、 「サーハンは犯された犯罪に心ならずも加わったのである。 というのも、彼は洗練された催眠プログラミングおよび記憶植え付けテクニックを施されていたからであり、 このため、犯罪が犯されていた時、彼は自らの思考と行動を意識的にコントロールできない状態にされていたのだ」

「催眠プログラミング」という言い回しが、数多くの探究心にもたらす、懐疑の防火壁に先手を打つように、 申し立てもまた、「公衆の眼は、犯罪の闇に包まれた側面から遮られてきた。 普通の人間には、催眠術が人間に反社会的な行動を取らせることに使用可能で、現に使われていることなど気付かない」と主張する。

。。。テンプル大学の精神臨床学教授で、 かつての臨床・実験催眠学会会長だった、リチャード・クラフト博士によれば、 サーハンの弁護士チームが提出したシナリオは「確かに蓋然性の範囲内である」という。

一見突飛ともとれる理論に関連付けて筋道を通すべく、 クラフトは、これは明白かつただで手に入る情報であると述べる。 つまり、いわゆる「催眠状態での暗殺」や「催眠状態の運び屋」を生み出す可能性について、アメリカ政府の安全保障機関が徹底的に研究してきたものなのだと。 (催眠状態の運び屋は、理論的には、催眠術にかかっている間も、分類されたメッセージを記憶しており、 その後、メッセージの意図された受け取り手が、適切な後催眠の合図を与えたときのみ、その情報を取り出せるようになっており、 エージェントが捕えられ拷問されても、その情報を漏らす可能性は除去されるというものだ。) 秘密の組織が彼らの催眠術に関する研究成果を利用してきたかどうか、それはどのように行われたかに関する情報 ― 例えば、CIAが打ち切ったと言われる、人体実験プログラムであるMKウルトラで行われたような ― は、しかしながら入手困難である。

クラフトによれば、誰かに催眠術をかけても、明らかに彼の信念や願望に反するような事を行わせるのは不可能であるという。 だが、催眠術においては、背景が全てなのだ。 例えば、反倫理的な催眠術師が、暗示にかかりやすいベジタリアンにステーキを食べさせたいのだとしよう。 もし、催眠術師が、ただ単にベジタリアンを催眠状態にして、 彼または彼女にステーキを差し出しても、 それがステーキだと分かれば、食べるように言っても、催眠状態のベジタリアンは九分九厘拒絶するだろう。

だがもし、催眠術師がベジタリアンを催眠状態にしておいてから、 間もなくウェイターが、よだれの出そうな、まがいものの肉だが、実は大豆タンパク製の厚切りで、味も良く肉は使っていないものを運んで来るだろう、という誤りの暗示を繰り返し、 それから、正真正銘のフィレステーキを注文するようにすれば、ベジタリアンはおそらく、より従順に一かじりするだろう。

そこで、実に厄介だが深刻な問題は、 格別に暗示にかかりやすい人の脳を、丁度こんな風に操作したら、 妄想によって、食事に関する決まりを破るより遥かに悪い行為を犯すよう誘惑されるだろうか ― すなわち、天賦の才ある政治家を、アメリカ大統領選挙の幸先良い初期の段階で撃ち殺すように、ということである。。。
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この
http://www.sott.net/articles/show/238216-CNN-Hypno-programmed-RFK-assassin-Sirhan-Sirhan-seeks-prison-release
CNNの記事が述べているように、 ハーバード・メディカルスクールの心理学准教授であるダニエル・ブラウンは、 徹底的なインタビューをサーハンに対して行った結果、 彼は「今では、彼が配膳室で銃を撃った時、自分は射撃場に居て、円い標的を撃っているものと思っていたと思い出した」と主張している。 この記事は本件に関して、他にも新たな進展があったことを詳しく述べており、その中には、配膳室で集中砲火が浴びせられたことや、元々の捜査でごまかしが行われた証拠が含まれている。


James Earl Ray
ジェームズ・アール・レイ


マーティン・ルーサー=キング(MLK)。サイコパス支配者達のヒットリストに載っている次の平和論者
(写真)


JFKおよびRFKの暗殺に比べて、マーティン・ルーサー=キング・ジュニアの暗殺については、私も最近まで殆ど知識を持っていなかった。 似たような状況の読者各位に対して、私としては、『改変の証拠』
http://topdocumentaryfilms.com/evidence-of-revision/
を見て本論の展開について来ることをお勧めするばかりである。 他の暗殺事件同様、1968年4月4日に起こったことの真相は、公式の物語として伝えられているものとはあまり似ていない。 ここでもまた、当局による物語と食い違っている説明をした証人たちは、無視され、あるいは、「始末された」。 被疑者のライフルを犯行自体に結び付ける証拠はなく、これは明らかにジェームズ・アール・レイのせいにするために仕込まれたものだった。 他の仕込まれた証拠も、額面通りに受け取られているが、 これらに関する裏付け証言を行っているのは、ただ1人、この時、ベロンベロンに酔っぱらっていた証人だけであり、 レイの弁護士は本件の妨害工作に専念していたらしく、 強制的にレイに有罪を認めさせたが、後に彼はこれを撤回している。 レイとミステリアスな「ラウール」とのつながりは無視された。レイがカネや乗り物、偽造IDを手に入れた謎についても同様だった。 (偶然にも、サーハンの現在の弁護士であるウィリアム・ペッパーは、 1978年以来、キング牧師暗殺について調べており、またレイの弁護も引き受けている。 また、マーティン・ルーサー=キングの遺族も、ジェームズ・アール=レイは、はめられたのだという説を完全に支持している。

偽造IDの1つは、"エリック・S・ゴールト"になりすますもので、 この名前を用いてレイは、ロレイン・モーテルの部屋を取ったのだった。そして、当局によれば、このモーテルから運命の銃弾が発射されたという。 レイによれば、彼が街に居たのはラウールによって段取りされた銃取引のためだった。 彼はラウールからライフルを買うよう指示され、 付近をクルマで走り回っていたとき、警察が彼の人相書にマッチする男を探していることをラジオで聞き付けた。
彼はカナダ、さらにイギリスへと逃れ、その後の事は周知の通りである。 それにしても興味深いのは、ゴールトつながりである。 レイがとっかえひっかえ使った偽名は、4つとも全てトロント近辺に住む実在の人名であり、 彼らはみなレイそっくりだった。 ゴールトに至っては、外見的にレイに驚くほど似ているのみならず(彼は偶然にもローデシアで一級狙撃兵をしていた)、 二人ともに目立った傷跡があった: 額と、右手と、それに、整形外科手術によるものが鼻にである (レイはゴールトの偽名を使うため、暗殺事件の1ヶ月前に、鼻に整形外科手術を受けていた)。  そして、レイはゴールトの後をつけて、オタワ、モントリオール、といった様々なカナダの都市を旅して回ったが、いつでも、ごく近くに居たのだった。

それでは、レイはどうやって、こうもぴったりのゴールトの「情報」を手に入れたのだろうか? ゴールトは、レイには助力者が居たに違いないと考えたのだが、実はゴールトの情報は彼が交わした国防契約の極秘ファイルの中にあったことが分かった。 フレッチャー・プラウティによれば、これらのファイルには国防契約を結んでいた皆の記録が含まれており、アメリカの諜報機関ならたやすく利用できたという。 こうしたこと全てが示すように、レイ(と「ラウール」)には、何やら見た目ほど単純でないものがあった。 奇妙な事に、レイは以前、精神分析医マーク・フリーマンによって催眠術をかけられたことがある。 フリーマンは彼が催眠術の被験者に適していることを知っており(サーハンの場合と同じ)、 レイはまたオズワルドと同じく、内心と矛盾した行動を示すことがあった。 総じて彼はシャイで控えめ、受身的だったが、ロスに居た間は、社交的でアグレッシブ、外見についてもうぬぼれが強く、ジョージ・ウォレスの選挙運動を熱心に行っていた。


Arthur Bremer
アーサー・ブレマー


ジョージ・ウォレス
(写真左)


アーサー・ブレマーは1972年5月15日、遊説中の大統領候補である同じウォレス氏一人に4発の銃弾を打ち込んだ。 サーハンとRFKの場合と同様に、弾道やウォレスが負った傷の数、そして、周囲に見物人が多く居たことから、撃ったのは複数の人間であることが暗示される。 殺人研究者のリサ・ピースも、暗殺事件前および最中のブレマーの奇妙な行動を挙げ、催眠プログラミングが行われた可能性を否定していない。 彼もまた独房の鉄格子をサルのようによじ登っていたが、これもサーハンと同じだ。 さて、この一連の一致は何だろうか? ブレマーの兄弟がカリフォルニア州サンタアナにある厩舎で働いていたのだが、 それは、暗殺事件前にサーハンが足繁く通っていた厩舎だったのである。 (馬丁たちがほんの数日前に彼を見かけていた)。 証人のなかにはまた、サーハンが原理主義の説教師であるジェリー・オーウェンに会っているところを目撃したものもあったが、 彼はその厩舎の近くに農場を持っており、 厩舎のオーナーに対して、「サーハン」という男を知っているが、彼は馬の扱いがうまい、と話していたという。 (サーハンはカリフォルニア州アーケーディアにある厩舎で2年働いていた)。 さて、催眠術の専門家で、 『マンチュニアン・キャンディデート』の映画版(『影なき狙撃者』)の自称アドバイザーにして、 性犯罪者、原理主義の説教師、そしてまた時として、CIAによるMKウルトラのコンサルタントとしても知られるウィリアム・ジョセフ・ブライアン・ジュニアは、ジェリー・オーウェンと同じ順路で説教を行っていた。 彼はまた、催眠術によってアルバート・デサルヴォ(『ボストン絞殺魔』)の自白を引き出したことでも有名である。 そして、サーハンがトランス状態にされて書いた日記に、こんな1行があるのだ:「神よ、救い給え。。。サルヴォ、ディ、ディ、サルヴォ、ディー、サ、サルヴォ」 リサ・ピースは書いている。 「ロバート・ケネディが暗殺された数時間後、有名な催眠術師であるウィリアム・ジョセフ・ブライアンは、KABCラジオ局のレイ・ブリーム・ショーに出演中、 ぶっきらぼうに、サーハンは何らかの形で後催眠暗示にかけられていたんだろう、と述べた」 彼もまた、自らの力によって、サーハンに対してプログラミングを行ったことを自慢していた、と言われる。 ブライアンの経歴からすると、彼は典型的なMKプログラマーのようだ。。。


アーサ・ブレマーとサーハン・サーハンとが、カリフォルニア州サンタアナの厩舎に居たトーマス・ブレマーを通じてつながりを持っていたという内容の警察の報告書

(写真)


Farrakhan
ファラカーン


「教育は未来へのパスポートだ。今日その用意をしている者のために明日はあるのだから」
−マルコムX
(写真)


正直言って、私はネーション・オブ・イスラム の指導者であるルイス・ファラカーンについてあまり詳しく調べたことがなかった。 しかし、文献を漁ってみると、いくつか目についたことがある。 まず第一に、彼はマルコムXの暗殺に関与していたと言われている。 これに関して、彼はどうやらある程度の関与を認めたことがあるのだが、この話題については発言が揺れているようだ。 それから、彼がエイリアンにアブダクトされたと主張しているという事実に行き当たった。 これは厄介な問題を百出させるが、さしあたっては、 エイリアン・アブダクションの記憶はマインドコントロールによる隠蔽記憶であっても何の不思議もない (そしておそらく、逆もまた然り(そう、込み入った問題なのだ!)とだけ言っておこう。

もし、ファラカーンが洗脳されていたとすれば、別の方向でも辻褄が合う。 ジェリー・レオナルドが著書の中で示しているように、 CIAには、彼らのしゃくにさわるグループに潜入するのみならず; コントロール可能な敵対的グループをでっち上げてきた長い歴史がある。 共産主義的左翼団体の拡大に対抗するため、彼らは(国内外の)一連の非共産主義左翼団体を生み出した。 実際、彼らは左翼文化というものを丸ごと創り出し、資金提供したり、「左翼の」情報発信源や文化人、政治家、さらには、映画や絵画の分野におけるトレンドを作りさえした (ソ連の写実主義とは好対照をなす、抽象的表現主義)。 国外のグループはまた、CIAがクーデターを仕込みたいときにも重宝である; 彼らの息のかかった「反対派」が既に介入しているのだから。 その辺りをレオナルドはこう書いている:


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このような活動によって、CIAは諸々の団体や、国家政府すらもコントロールして、左翼的行動を行うよう操作することができ、 この結果、 彼らのコントロール下に無い、あるいは、ソ連によってコントロールされていると言われる独立派左翼の行動を鈍らせることができたのだ。 つまり、「真の」左翼をコントロールするために、CIAは自らがデザインした左翼運動を作り上げ、それを自らの影響下に置き続けたのである。
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ネーション・オブ・イスラムもこの部類に入るのだろうか? そして、マルコムXの暗殺も、彼らの仕組んだ「クーデター」の1つなのだろうか? アフリカ系アメリカ人としてはごく初期のFBI捜査官である、ジェームズ・ウォームリー・ジョーンズが、 マーカス・ガーヴェイを指導者に戴いた「全黒人地位向上協会」 に潜入する任務を帯びたのは。。。1919年のことなのだ!

こんにち「イスラム=テロリスト」のプロパガンダが殊の外盛んに行われていることを考えると、黒人のプライドを取り戻そうという運動は遥か昔にCIAに取り込まれていたように思われるのである。。。


Another Kind of (Lone) Nut
別の種類の(単独犯の)基地外

アメリカは何か変だ。 奇妙なことに、いわゆる「第一世界」の国にしては、暗殺された政界要人の数の多さで、他のどの国よりも抜きんでているのだ: 39人(うち4人が大統領)はダントツで、スリランカの32、インド29、ロシア28、アフガニスタン26と続く。 アメリカはまた、記録に残っている連続殺人犯チャートでも断然リードしている。 219人で、次のイギリスが52だ。 「自由なる大地 勇者の故郷」 にしてはどういうことなのだろう? もしこれが、正規分布を示す、完全な自然現象だとすれば、 インドや中国にはもっと多くのシリアルキラーが居ることになろうが、 2国の数字はアメリカに比べて取るに足りないもの:それぞれ9人、6人である。 それでは、どうしてアメリカでは、単独犯の基地外が突然人々を殺しだすのだろう? 単独犯の基地外が大いに新聞に書きたてられ裁判も注目されるのに対して、 どうして『ファインダーズ』カルト
http://www.sott.net/articles/show/236161-Men-Who-Hate-Women-The-Franklin-Scandal-and-the-Truth-About-Our-Leaders
やフランクリン・グループ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=55086085&comm_id=2590126
のような、組織化された小児性愛/拷問/殺人集団は、まんまと処罰を免れる傾向があるのだろうか (CIAの暗殺者や、そのような諜報機関が関与した「気晴らし」の下手人どもは言うまでもない)?

まあ、デイブ・マクゴーワン(それとあと、シーズ)が正しければ、これは、アメリカの際立ったマインドコントロールの伝統と関係があるのだろう。 著書『殺すようにプログラミングされた人々:連続殺人犯の政治学』の中でマクゴーワンは、 シリアルキラーとは、おそらく、また1つのタイプの洗脳された人々であり: 「偽旗作戦」 ででも行われるような、システマチックな威嚇によって、一般市民の間に「治安強化の心情」を植え付けることを企図した心理作戦であると論じている。 アメリカ世論を騒がせたフェニックス計画のようなものだ。 結局のところ、社会の混乱に対する唯一の解決法とは、強力な政府と警察力ではないか? そして、暗殺の可能性を隠ぺいする上で、彼らをいずれかの単独犯であるシリアルキラーの被害者リストに加える以上にうまい方法があるだろうか? そのような状況の中では、未解決の大量の殺人事件に同じレッテルを貼るのはそう難しいことではない。 それらは、同じくらい残虐な行為に勤しむ「仲間達の中心人物ども」から注意を逸らしがちなのだ。 おそらくは、それが目的ではないか?

マクゴーワンが著書で提示している証拠は、かなりのっぴきならぬものだ: 諜報機関、軍、政界の上層部とコネがあるシリアルキラーども (小児性愛愛好者ネットワークに参加している連中を含む)、 ある事件に関する、証拠に基づくMKウルトラの調査(ゲイリー・ハイドニックについてのもの) いくつかの裁判事件に見られる不可思議な情状酌量、 また別の裁判事件では捏造証拠による判決の詐取。 メディアが映し出す「単独犯の基地外ども」のイメージからは程遠く、 名だたる人殺しどもの多くには十中八九共犯者がおり、 異常なまでに頑なな手口(MO)というよりは、 たまたま手に入れた武器を用い、あるいは、苦しめるため、死刑執行スタイルで頭を撃ち抜く傾向がある。 シーズが挙げた人殺しどもそれぞれの詳細には立ち入らないが(本稿は既に十分長くなっている)、 その代わりに、是非、この本を読むことをお奨めする。 いくらか欠点があるものの、実にいい本だ。 (マクゴーワンはオカルト的角度からくどくどしく述べるきらいがあり、サイコパスを否定している)。 もう連続殺人者を同じ目で見れなくなることは言うまでもない。


最終結論


オサマ・ビン・ラディンことティム・オスマン
(写真左)


本稿の殆どの部分は、過ぎ去った時代のプロパガンダを取り扱ったものだ。冷戦は終わり、これに取って代ったのが『テロとのグローバル戦争(登録商標)』であり、漏れなくついてくるのが、正体不明のイスラム・テロリスト・グループ、「スリーパー組織」、「自爆テロ犯」、そして、国なき敵に対する終わりなき戦争という訳だ。何とも便利なことだ。だが、このような近現代史こそが、こんにち何が起こっているのか理解する上で切望される、何らかの視点を示していると私は思う。つい50年前、CIAその他は偽の敵対的グループを創造し、本物に潜入し、偽の「共産主義者の」暗殺者をプログラミングし、メディアを操作し、政治事件を演出し、その過程で沢山の人々を殺したのだ。何かが変わったなどと本当に思われるだろうか?

上に述べたシナリオのどれでも、単に「共産主義者」を「テロリスト」に置き換えれば、こんにち世界で実際に起こっていることにそっくりの見取り図が出来上がると私は思う。考えてみて欲しい。さきに述べた一節を言い換えてみよう:


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そろそろCIAによる工作の手口が分かってきたではないか? 権力に身を固めた腐敗エリートに批判的な国内のグループに対して違法なスパイ行為を行って、 合法に申し立てられそうな異議の出所や権力基盤に対する脅威を無力化したい時はどうするか? 単に手持ちの「[イスラム]エージェント」をスパイとして送り込み、[テロリスト]が国内に潜入していると主張して、いまいましい[祖国に巣食うテロリスト]を「根絶する」ための、国内でのスパイ活動を提案すればよいのだ。 古典的な「問題捏造⇒大衆の過剰反応⇒都合の良い対策提示」という手口である。 もっと良いのは、おとり捜査官に違法な暴力行為をやらせておいて、 公衆の面前で当のグループの信用を落とし、手入れしても当然、と正当化することだ。
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CIAの有力者達が突然良心に目覚め、彼らの自由意志で、ありとあらゆる、いかがわしく、全くもって非人間的な行為を止めることなどあり得ないだろうから、私は以下である方に賭ける:そもそも、諜報機関が国家の存亡に関わる脅威だと言っている、いわゆるテロリストグループとは、いずれも当の諜報機関が創り出したものか、あるいは、そのような諜報機関の事実上の傀儡と呼べる程に、当の諜報機関が牛耳っているものである。催眠プログラミングにかけられた大量のカモや単独犯の基地外が動員されている、あるアジェンダ達成のため、このような諜報機関は更なるコントロールの魔法をかける。それが、下着が発火し燃え上がるものであれ、ヤラセの「自爆攻撃」であれ、結果的に防衛費は増加し、厳罰を伴う法規制が増え、一般市民のヒステリーは増すばかりだ。反共産主義の秘密警察長官が知っていたように、もし彼らが共産主義者による闇雲な攻撃を演出すれば、人々は「これに呼応して」、治安対策の下に結束するものであり、これはテロリストによる攻撃でも同じことなのだ。それでは、人々に対し、このアジェンダに背を向けるよう脅す、煩わしい反戦団体はどうしたらいいだろうか?まあ、最近制定された『国防権限法(NDAA, National Defense Authorization Act)』のお蔭で、これは実に簡単になった。このようなグループに「オズワルド」を1人仕込んで、彼らに「既知のテロリストグループ」と手を組ませておき、テロリストを「支援した」廉で無期限に勾留すればいいのだ。「オズワルド」はと言えば、簡単に「始末」できるし、もしかすると自分が果たした役目に、全く気付いていないかも知れないのだから。何とも巧妙なやり方ではないか?恐ろしい事に、これがうまく行くのである。


出典(略)

posted by たカシー at 17:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする