2017年05月10日

メルク社の社長は秘密の生物兵器戦争プログラムを主導し、アメリカ国民を実験台にした

SOTT 秘密の歴史


メルク社の社長は秘密の生物兵器戦争プログラムを主導し、アメリカ国民を実験台にした
https://sott.net/en350171


カシウス・メチル
「解放された心」サイト
2017年5月3日

(※タイム誌表紙の写真)
c Era of Wisdom,

メルク・アンド・カンパニーは、世界最大のワクチン製造会社であり、世界有数の製薬会社である。
https://en.wikipedia.org/wiki/Merck_%26_Co.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC
この会社は、新三種混合ワクチン(MMRワクチン)や、ガーダシルの商品名で知られる子宮頸癌予防ワクチン(HPVワクチン)を生み出した。

この会社は、接種した殆どの人々にダメージを与えることで知られるワクチンを供給する結果、西欧諸国のほぼ全員の生命に影響を与えてきたのであるから、我々はその歴史を知っておくべきである。
http://www.eraofwisdom.org/gardasil-fully-exposed-hpv-vaccine-being-tested-on-infants-has-killed-permanently-injured-thousands/

本稿においては、メルク・アンド・カンパニーの生物兵器戦争との繋がりおよび、その繋がりが持つ意味合いについて検討するとしよう。

メルク・アンド・カンパニーをドイツのメルク(Merck KGaA)と混同してはならない。だが、両社は元々、同じメルク(Merck KGaA)だった。(※日本語版Wikipedia:メルク・アンド・カンパニー(英:Merck & Co.)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州に本社を置く、世界的な製薬会社である。ドイツの化学・医薬メーカー、メルク(Merck KGaA)のアメリカ事業、及び資産が第一次世界大戦中に接収され、同国において独立したのが始まりである。そのため、ドイツのメルク(Merck KGaA)と区別して、「米国メルク」と呼ばれることもある。 ※※)

メルクは1668年にドイツで設立された。

メルク・アンド・カンパニーは1887年に、ジョージ・メルクによって、メルクのアメリカにおける拠点としてニューヨークに設立された。1891年、ジョージ・メルクはニューヨークに移り住んだ。
http://www.pmlive.com/pharma_news/this_month_in_1917_a_tale_of_two_mercks_560187

1917年4月、アメリカが第1次世界大戦に参戦すると、アメリカ政府はドイツ企業の子会社の接収を宣言した。

メルク・アンド・カンパニーは接収されたが、ジョージ・メルクは仲間たちと共に、メルクが公売に出されたら競り落とすため、「マッケンナ・コーポレーション」を設立し、何とか1919年にこれを買い戻すことが出来たが、ドイツのもう一方のメルクからはすっかり分離独立した企業となった(我々の知る限りでは)。
http://www.pmlive.com/pharma_news/this_month_in_1917_a_tale_of_two_mercks_560187

この時以来メルクは、アメリカによる戦争遂行の支援に務め、おそらくその影響で、アメリカは第2次大戦の最中に生物兵器戦争プログラムに関与することとなったようだ。

ナチスがドイツ化学産業の独占トラストIG・ファルベンを作ったのと同じ1925年、ジョージ・メルクは引退して、会社を息子のジョージ・W・メルクに譲った。
https://www.youtube.com/watch?v=3l4Bry2ls7A

ジョージ・W・メルクは、幼少期にトーマス・エジソンのワークショップに参加するなど、特権的な環境で育てられ、この会社の社長の座を受け継いだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

彼は第2次大戦期を含む25年間、メルクの社長だった:そして彼は、彼がメルクを率いていた間じゅう、アメリカの生物兵器戦争プログラムにおいて、中心となる指導的立場にあったのであり、彼が会社から引退したのは、彼が生物兵器戦争から引退したと思われる時期の数年後だった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

フォート・デトリック(※Wikipedia:アメリカ合衆国・メリーランド州フレデリックにある、アメリカ陸軍の医学研究施設である。アメリカ軍における生物兵器の使用や防護に関する研究の中心拠点となっている)
を管理していた、戦争調査局(War Research Service, WRS)のトップとして、生物兵器戦争の準備を指揮していたのが、ジョージ・W・メルクだったが、その間彼はメルク社の社長のままだった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck
https://en.wikipedia.org/wiki/War_Research_Service
ウィキペディア(英語版)から引用する:
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck


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第2次大戦中、彼は戦争調査局を率いていたが、この部局はフランク・オルソンと共に、アメリカの生物兵器戦争プログラムを開始した。
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マサチューセッツ工科大学出版局のサイトによると:
https://mitpress.mit.edu/sites/default/files/titles/content/9780262730969_sch_0001.pdf


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この年の盛夏までに、3人の候補がこの新組織の長への就任依頼を断っている:ロックフェラー財団の理事だった経済学者のウォルター・W・スチュワート、ジョーンズ・ホプキンス大学の学長だった地理学者のイザイア・ボウマン、コーネル大学の学長だった経済学者のエドモンド・エズラ・デイの3人である。ようやく8月に、製薬会社メルク・アンド・カンパニー社長の化学者ジョージ・W・メルクがこのポストを引き受けた。

当たり障りのない戦争調査局(WRS)という名が付けられたこの組織は1942年の半ばに発足したが、当初の予算は20万ドルだった。一流の生物学者や医師と広く接触した末にWRSは、8人の指導的メンバーを得、ハーバード大学、コロンビア大学、シカゴ大学、ノースウェスタン大学、オハイオ州立大学、ノートルダム大学、ウィスコンシン大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学等、アメリカの28の大学で秘密の研究を開始することができた。
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ジョージ・W・メルクが1945年に陸軍長官に提出した報告書を下のURLで読むことができる。
http://www.nasonline.org/about-nas/history/archives/collections/organized-collections/1945merckreport.pdf

そこで述べられている戦争調査局(WRS)の活動の歴史は、その「システム」がどのようなものであり、どんな風に全ての一流大学に広まっていったかをすっかり明らかにしている。

彼は後に幾つかの賞を授与され、タイム誌の1952年8月18日号の表紙にもなったが、彼が生物兵器戦争に関与しており、ましてや、アメリカ国民を実験台にするための基礎を築いたことは、一般には気付かれていなかった。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_W._Merck

フォート・デトリックは、アメリカ史上最も有名な生物兵器戦争センターの1つである:ここでは、サンフランシスコ上空からバクテリアを散布するという海しぶき作戦(Operation Sea-Spray)の計画が練られたが、
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/eiken/idsc/disease/serratia1.html
作戦が実行されたのは1950年代と1960年代で、メルクが戦争調査局(WRS)を離れた後だった。
http://www.businessinsider.com.au/the-military-tested-bacterial-weapons-in-san-francisco-2015-7?r=US&IR=T
メルクが戦争調査局(WRS)を離れた後、フォート・デトリックはアメリカ市民に対する実験の中心拠点となった。

ペーパークリップ作戦
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=78141827
でアメリカに渡ったナチスの科学者である、クルト・ブローメが、アメリカ市民に対してどうやって実験を行うか、生物兵器戦争の専門家たちにアドバイスを与えたのがこの場所だった。
http://www.globalresearch.ca/biological-warfare-and-the-national-security-state/14708
ブローメはそれ以前、腺ペストの人体実験を行っていた。

ここでは、フランク・オルソンも研究していた。オルソンは生物兵器戦争やMKウルトラの研究を行っていたものの、やがてその非道徳性に疑問を呈し始めて「自殺」した男なのだがで、これはまず間違いなく暗殺だった。グローバリゼーション研究センター(Center for Research on Globalization)の記事から引用する:
http://www.globalresearch.ca/mind-control-and-the-new-world-order/31569


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1953年11月28日の午前2時に、ニューヨークにあるスタットラー・ホテルの10階の部屋から、閉まっていた窓を突き破って、1人の男が転落死した。身元調査の結果彼は、メリーランド州にある、アメリカ陸軍の医学研究施設であるフォート・デトリックに所属する細菌学者のフランク・オルソンであることが判明した。彼はもう1人の科学者ロバート・ラッシュブルックとの相部屋から転落したのだった。これは自殺と判定された。

それから25年後の1975年になって、当時のCIA長官ウィリアム・コルビーが関係書類の機密指定を解除すると、本件は様子が違ってきた。オルソンが実は、フォート・デトリックに潜入していたCIAの秘密捜査員で、死の1週間前にメリーランド州の片田舎にあるディープ・クリーク・ロッジというキャンプ保養所で行われた科学者と高官たちとのミーティングの際に、コアントローを飲んでいたことが明らかになったのだ。このコアントローには、CIAでのオルソンの上司であるシドニー・ゴットリーブによって大量のLSDが混ぜられていた。それからオルソンは、これまたCIAの人間であるラッシュブルックと共に、精神科医に診てもらうため、ニューヨークに送られた。というのも、LSDは精神病を惹き起こすからだ。

オルソンが極秘プログラムに関与していたことも明らかになった。このプログラムはMKウルトラ・プロジェクトとして知られ、化学薬品やドラッグでマインドコントロールを行ったり、バクテリア剤で暗殺を行うことができるか、探るものだった。オルソン自身も、炭疽菌を霧状にして撒く兵器の研究に取り組んでいた。新証拠が明るみに出たのは、オルソンの息子エリックの粘り強い努力によるもので、この結果、オルソンの死が自殺だという判定は極めて疑わしくなった。
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フォート・デトリックは、この区分化された権力構造が「敵」と見做していると言われる人々に毒を盛り、滅ぼそうとする計画の秘密のセンターだった。彼らがどんな人々を敵と見做していたか知るためには、この時代に優勢だった学者たちの思潮を理解する必要がある。

当時の富裕者層の間では、優生学的妄想が依然として盛んにもてはやされていた。一般国民こそが「敵」だとしたらどうだろう?敵とは、貧しい白人やアフリカ系アメリカ人、「犯罪者」と噂される人々、反体制派であり、20世紀初頭の傑出したアメリカの研究者たちが、このような人々に対して、強制断種という攻撃を企んでいたとしたら?
http://www.sfgate.com/opinion/article/Eugenics-and-the-Nazis-the-California-2549771.php
http://www.akashi.co.jp/book/b64344.html

生物兵器の開発に協力したハーバードやスタンフォードのような学術機関は、既に数十年前から優生学や強制断種の研究を続けていたのであり、まさにこれが生物兵器戦争への取り組みにつながって行ったのである。
https://www.youtube.com/watch?v=GuTsbO66NKM
http://www.wakingtimes.com/2017/01/20/eugenics-population-control-save-planet-says-berkeley-professor/
彼らがようやく公然と優生学を唱導することを止めたのは、ナチスから非難された時だった。

このような学界の思潮をさらに詳しく物語る存在が、コーネリアス・ローズ博士である。この男は、マスタードガスによる「化学療法」の開発に従事していたレイシストであり、アメリカ優生学史を語る上では欠かせないだろう。ロックフェラーから資金提供を受けていた彼は、生物兵器開発にも携わっていた。「アメリカ政府が知られたくない歴史の真相(WHAT REALLY HAPPENED _ The History The US Government HOPES You Never Learn!)」サイトによれば:
http://www.whatreallyhappened.com/WRHARTICLES/vaccinate.html


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1931年:プエルトリコ人に対する癌実験がコーネリアス・ローズ博士によって行われた。ロックフェラー医学研究センターの援助の下、ローズは患者たちに故意に癌細胞を植え付けたのだ。患者たちのうち13人が亡くなった。この実験や、ローズが手紙で、プエルトリコ人は完全に根絶やしにされねばならないと述べていた事実が明るみに出たにもかかわらず、ローズはメリーランド州やユタ州、さらにはパナマに米軍の生物兵器戦争施設を設立し続けた。その後彼は、米国原子力委員会の委員に任命されたほか、最近明らかになった囚人や入院患者、兵士に対する放射能被ばく実験も主導していた(これらは米国ヘルスケアエグゼクティブ学会の報告書に載っている)。
http://www.seas.gwu.edu/nsarchive/radiation/
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1940年代の学問的思潮も俯瞰してみよう。これまた「歴史の真相」サイトから引用する:
http://www.whatreallyhappened.com/WRHARTICLES/vaccinate.html


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1940年代:第2次大戦中に行われた、マラリアに効く新薬開発の突貫プログラムにおいて、シカゴ地域の医師たちが、約400人の囚人をこの病に感染させた。シカゴの囚人たちは、戦争遂行を支援するためだという、一般的な情報を与えられてはいたが、後にニュルンベルク軍事裁判で定められた基準に合致するような十分な情報を提供されていなかった。ニュルンベルク裁判においてナチスの医師たちは、自分達の行動がドイツの戦争遂行を支援するためのものだったと弁護する際に、このシカゴでの人体実験を先例として引き合いに出した。
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生物兵器戦争の歴史において、これらは氷山の一角に過ぎない:彼らは自分の国に居て欲しくない人々に対して戦争を行おうとしていたのである。信じられるだろうか?

動かぬ事例証拠から分かるように、これらの実験は、ナチスやロシアの脅威に名を借りて、優生学や断種、人口抑制というアジェンダの遂行を正当化しようとしたものであろう。

歴史上、もう1つ注目すべき事例は、前述のセラチア・マルセッセンスというバクテリアをサンフランシスコ上空に散布したというものだが、2017年になってようやく論文で述べられた通り、これは本当に人々を不妊にするためだった。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28161359

ひょっとすると、サンフランシスコへの散布は、不妊を惹き起こすバクテリアの使用法をマスターするためだったのではないだろうか?


終わりに

こんにちの我々の到達点を述べた本稿は、もっとずっと核心的な情報に満ちた研究分野と呼べるものとするための、ほんの入り口に過ぎない。

この先もっと調査を行えば、メルク・アンド・カンパニーが、第2次大戦直後にポリオ・ワクチンのような治療薬を、アメリカ国民に対する生物兵器として開発したという強力な証拠事例に到達できるかも知れない。

何と言っても、イーライリリー/メルクのポリオ・ワクチン(生物兵器戦争活動開始から数年後に世に出た)には、不可解なことに、癌を惹き起こすSV40ウイルスがコンタミしていたのである。
http://ameblo.jp/64152966/entry-12129660495.html
彼らの主張によれば、SV40が寄生していたアカゲザルの腎臓の細胞を誤ってワクチン製造に使ってしまったのだというが、我々は、過去においても、同社と関係のある研究者が、何度も意図的に人々に癌細胞を植え付けたことを知っているのだ。

メルクのガーダシルという子宮頸癌予防ワクチン(HPVワクチン)が、接種による麻痺や死によって、何千という若い男女の人生をすっかり破滅に追い込んだことを知る人は多いが、彼らが疑うのは1つのことである:すなわち、メルクは、本稿で見てきたようなかつてのメルクの行いと同様に、故意に人々にダメージを与えることによって人口抑制を行うというアジェンダの一端を担っているのではないだろうか。
http://www.eraofwisdom.org/gardasil-fully-exposed-hpv-vaccine-being-tested-on-infants-has-killed-permanently-injured-thousands/
http://www.eraofwisdom.org/cannabis-oil-cured-girls-leukemia-hpv-vaccine-broke-body-hayley-willar/
http://www.judicialwatch.org/files/documents/2009/vaersdeathsALL_20090616.pdf

そして問うべき質問はこれだ:メルクはこんにちでも、人々に毒を盛るというアジェンダの共犯なのだろうか?故意であろうとなかろうと、彼らが何千という人々を傷害し殺しているという紛れもない事実は、ワクチン有害事象報告制度(VAERS、Vaccine Adverse Event Reporting System)
による報告その他を調べてみれば分かる通りなのだ。
http://www.judicialwatch.org/files/documents/2009/vaersdeathsALL_20090616.pdf

どうかできるだけ多くの人々に本稿をシェアして、調査を始められたい。


著者について

カシウス・カマランピは、カリフォルニア州サクラメント出身の調査研究者兼ライターである。彼は「智慧の時代(Era of Wisdom)」サイトの創設者であり、ドキュメンタリー『合成麻薬を打たれる幼児たち:ビッグファーマや一流企業の歴史』の脚本家/監督であり、
https://www.youtube.com/watch?v=5rZn1xccrig
2013年=17歳当時からオルタナティブメディアに寄稿している。彼が専ら取り上げるテーマは、人々を奴隷化しコントロールする様々な形態、特に化学薬品や、より陰湿な形での支配の下手人である団体や個人を見極めること:企業であれ、政府であれ、協会であれ、我々の健康にダメージを与えている張本人/そこからの独立に向けた努力を損なう張本人を見極めることである。
posted by たカシー at 15:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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