2016年04月12日

ザ・ウェイブ63章: 女性性の殺害

ザ・ウェイブ63章: 女性性の殺害
http://cassiopaea.org/2012/02/16/the-wave-chapter-63-murdering-the-feminine/


読者もお察しの通り、自分の行為の結果を想像できないが故に、結果を怖れない人間 ― あるいは、そうするための知性を持って居ながら、ふさわしい行動を選択するように強いる、結果に関する感情を持たない人間 − は、自由意志や他人の権利を侵害するための理想的な乗り物(物理体)である。

これがまた意味するのは、このような人間は他の「プレイヤー」に対して、彼/彼女の選択が全面的に妄想に基づいている気配を少しも見せずに、自滅することになりかねないような打ち手を自由に選択するということだ。ごく頻繁に、この連中は「勝利する」。というのも、感情から成る良心の制約なしに、全く大胆な行動に出るからだ。だが興味深いことに、この結果また、サイコパスは自ら完全な破滅を招く可能性がある。

それはまるで手札に何の役もないくせに、勝つことに汲々としていて、負ける可能性に動じないあまり、また、嘘がバレる恐怖や、そのような事態につきものの、恥や災難に対して、感情的に無反応なポーカーのプレイヤーが、あまりにもっともらしくブラフをかけてくるので、勝てる役を持っている他のプレイヤーが皆、降りて逃げ出すようなものである ― というのも、彼らはサイコパスの見せる自信のせいで、彼奴が空前絶後の良い手を持っていると信じ込まされるからだ。だが、彼奴はそんな手を持ってないのであり、これが意味するのは、サイコパスの強みはまた、彼奴のアキレス腱でもあるということだ。一たび正体を見分けられ、そうだと分かってしまうと、彼奴にはもはやブラフをかけるパワーはない。一たび知識がゲームに導入されると、サイコパスの正体は暴かれ、もはや他のプレイヤーを「騙す」ことはできなくなるのだ。悲しいかな:彼奴には、次回、もっとうまい説得力あるブラフをかける方法以外は、経験から何を学ぶ能力もないのである。サイコパスは決して発狂しない。というのも、彼奴は嘘に囚われているからだ;彼奴は他人を騙し続ける能力を保つという観点からの「ダメージコントロール」にしか関心がないのである。

アイラ・アインホーンが大胆かつ傲慢にも、クローゼットに置いたトランクの中にホリーの死体を入れたままにしておくことに決めたのも、まさにこうした理由からだった。それは愚行だったのではない;サイコパスならではの行動だったのである。明らかなのは、もしホリーの家族が、捜査を続けるために私立探偵を雇えるくらいに裕福でなかったら、アイラは永久に見つからずに済んでいただろうということだ。

私たちの世界では、そういうことなのである:経済は往々にしてサイコパスに対して大きな利益(payoff)を与え、そうでない者を罰するのである。

もちろんのこと読者は、社会をサイコパスが操作する上で、当該社会の構成員を「白痴化する」のが、有益である理由/度合いについても、容易に理解されることだろう。知識、あるいは、知識を得たいという性向を持たない(ないし、そうできることに気付きさえしない)人々は、「悪い手」しか持っていない指導者たちのブラフにた易く騙されてしまうのである。だが、ずっと陰険な事がここでは進行中である:「ゲームの理論」、「法と経済学」だ。法体系に最初に経済学的思考法が応用されたのは、法律が社会における行動に対して如何に影響を及ぼしているかをにらんでのことだった。こんにちの状況を際立たせるために、ここで最も単純な戦略ゲームを使って説明してみよう。

2人のプレイヤーが行うゲームで、各人が、相手のやっていることに関する知識無しで、自分の手を決めなくてはならないものを考えよう。2人のプレイヤーが、政府と一般国民である場合を想像して欲しい。以下のモデルで、各々のプレイヤーは、どちらか一方しか選べない:法律を定め、あるいは、それに従うに際して、倫理的に行動するかどうかである。

いずれのプレイヤーも全ての情報を持っているが、相手の行動の倫理的レベルについての情報だけは持って居ないと仮定しよう。どちらも、倫理的に行動するということの意味と、非倫理的であるとバレた場合の結果は知っているとする。このゲームには3つの要素がある。
1) プレイヤー、
2) それぞれが採用可能な戦略、および、
3) 各プレイヤーが採用可能な戦略の組み合わせに従って、各自が受け取る利得(payoff)である。

この法体制の下では、一定の状況になったことによるダメージについて、一方の当事者が相手に償う義務があるが、それ以外の状況については義務を負わない。政府が非倫理的な立法活動を行っても、一般国民が被る損失の責任を負わず;その代り、一般国民は、非倫理的行動をとって法律を守らなかった場合には、政府が課す罰金を支払わねばならないような法体制を想像して欲しい。

利得は一般的に貨幣で表わされる。すなわち、倫理的に行動するために、各プレイヤーがいくら投資しなくてはならないか?および、投資によって、各プレイヤーはいくらの利得を得るか?である。

本モデルでは、「法規範」と考えられている社会的価値の標準に従って倫理的に行動することのコストは、双方とも10ドルとする。国民にとって有害な法律が制定された場合には、国民に100ドルのコストが発生する。両プレイヤーが倫理的に行動しても、このような法律が制定され得るという前提を置く。

次に仮定するのは、国民も政府も倫理的に行動した場合に、有害な法律が制定される確率で、これは1/10だとしよう。

政府が非倫理的に行動しても責任を負わない、このような法体制の下で、政府も国民も倫理的に行動しなかった場合、国民にとって有害な法律が制定されると、政府の利得は0ドルだが、国民は100ドルの損失である。

どちらも倫理的行動に「投資」した場合、政府の利得は-10ドルとなる(倫理的に行動するコスト)一方、国民は-20ドルの利得となる。これは、倫理的行動に10ドル投資するのに加えて、有害な法律が制定された場合に被る100ドルの損失に、1/10の確率を乗じた結果の10ドルを加えたものだ。

政府が倫理的に行動し、国民がそうしない場合、国民にとって有害な法律が制定される結果、政府は倫理的行動のための10ドルの出費、国民は100ドルの損失である。

政府が非倫理的に行動し、国民が倫理的に行動した場合、政府の利得は0ドルで、公衆は110ドルの損である。これは「倫理的であることのコスト」に加えて、政府が有害な法律を成立させたことで損失を被るからだ。ゲームの理論で用いられる双行列で表わすと、図のようになる(対になった2つの数字のうち、左が国民の「利得」であり、右が政府の「利得」を表す):
利得行列.jpg

つまり、このゲームで政府は、非倫理的であるとき常に良い結果となるのであり、政府の選択する戦略は予測できよう。というのも、国民がどちらを選択しようと、政府にとっては優れた戦略が1つ(非倫理的であること)存在するからだ。これは「強支配戦略」すなわち、他方のプレイヤーがどんな戦略を選択するかにかかわらず、当該プレイヤーがより大きな利得を得られるベストな選択となる戦略である。

さらに悪いのは、国民が倫理的に行動しても罰せられるということだ。政府にとっては「非倫理的」に行動するのが支配戦略なのだから、政府は決して倫理的に行動しないのであった。それゆえ、国民の側でも、倫理的行動は非倫理的行動より高くつくのが分かる。

つまり、国民は非倫理的選択を行うように操作されているのだ。

ご覧の通り、国民は倫理的に行動することによっては、損失を最小化できない。倫理的である場合のコストが110ドルなのに対して、非倫理的である場合の方が、より少ない100ドルなのである。

さて、「政府」を「サイコパス」に、「国民」を「非サイコパス」に置き換えてみて欲しい。そうすると、サイコパスはどこまでいってもサイコパスであることが分かってくるだろう。もし「利得」が傷つけられることによる感情的な痛み、ないしは、バレることによる恥だとしたら、サイコパスの世界ではこれによる影響は存在しないだろう;上で仮定した法体制の下で、政府が非倫理的行動の責任を決して負わないのと同じである。サイコパスは、他人に有害な行動の責任を負わない政府と同じような世界で生きているのだ。ただそれだけのことである。上のゲームの利得行列から、どうして国民の中に居るサイコパスや、そしてまた、政府の中に居るサイコパスが、有害なのに国民に受け入れられる法律を制定させられるか分かるだろう。倫理的に行動するのは割に合わないのである。サイコパスに同調すると、負ける。サイコパスに抵抗しても、負ける。

倫理感と責任感を衰えさせるのが目的なのだ。経済とは、武器なのである。


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経済学者であることの本質とは。。。感情のスイッチを切る術を学び、「養子縁組や犯罪について、抽象的に考えよう」と言うことと関係があると思う。生まれつきこれが得意な人々に対する呼び名がある。それはサイコパス。罪の意識や良心の呵責、あるいはどんな感情的反応を行うこともできない人々だ。だから、経済学に長けた人が、幾分かイライラしながら人々を見るのには十分な理由があると思う。
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(Romer, 1983).
[ポール・ローマー。シカゴ大学大学院で経済学のPh.D.を取得]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC


アメリカでは、非常に沢山の家庭が、離職や離婚、あるいは両方の影響を被り、一方、または両方の親が一日じゅう、子どもたちとの交流から外されている。これは経済の結果である。両親とも居なかったり、片親が居ても、十分な知識や情報を持って居ない場合、子どもたちは同じような立場にある人々の善意に委ねられ、メディアが作った文化に浸ることになる。ジョイスティックとテレビのリモコンを握りしめた子どもたちは、『サウスパーク』や、
http://southpark.cc.com/
『ジェリー・スプリンガー・ショー』(=不倫、同性愛、三角関係など複雑な人間関係の渦中にある人々がステージに登場。観客の前で激しい口論をし、しばしば殴り合いのケンカにまで発展してしまうという番組)、
あるいはニンテンドー上のゲーム『モータルコンバット』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%88
を見て育つのである。これでは、正常な子どもでも、暴力に対して鈍感になってしまう。より影響を受けやすい子供達 ― サイコパスの遺伝子を受け継いだ子どもたち ― は、危険な、心の崖っぷちへと追いやられることになる。その一方で政府は、両親たちや心理学界の要求に答えて定例的に、年少者の暴力行為を処罰しない法律を制定し続けるのだ。

メディアに溢れる暴力に関して、テレビや映画の流血シーンが、観ている子どもたちに影響を与えると異議を唱え続けようとする研究者は殆ど居ない。今ではこれに混じって、狩りや殺しをモデルとして作られたテレビゲームが存在している。グラフィックに惹かれて、子どもたちは、「勝利」のスコアを獲得するという最初の喜びに「血しぶき」を結び付けることを習得するのだ。

またしても、経済が現実をコントロールしている。

私たちの世界の霊的ストレスは、まさに家庭にあるのだ。連中は、子どもにた易く働きかけ、子どもたちは「世界に虐待された」と心情を吐露する。生きることの現実、ゲーム理論を通して課された経済的圧力によって作り上げられた現実からの言葉だ。

解決策はあるのだろうか?

明らかな解決策は、せめて政府や社会の中に居るサイコパスが非倫理的な行動の責任を取るよう強制するような世界にすることだろう。だが、ゲーム理論のモデルが示すように、利己性こそが常に、子孫を残す上で採用しうる最も利得の大きい戦略なのである。どうやら何世紀にも亘って、サイコパス遺伝子を複製するよう仕向けることが、超次元のコントロールシステムのアジェンダの1つだったようである。この結果、こんにち、このとき、神々による秘密のゲームの駒は全て盤上に揃ったのだ。

生まれつき非利己的に振る舞うのが、進化的に安定な戦略であり得るだろうか?

総じて見れば、いかさまを行い、競争し、嘘をつく能力が、ずばぬけて適応的であると証明されてきた。それゆえ、淘汰圧によって清廉さが社会に広まるという考え方は、実際問題として信じ難いように思われる。それが、競争を促すような遺伝子を負かすことはあり得ないだろう。「善玉」は食われ、根絶やしにされてしまうのだ。気付きを得ない幸せな人たちは、食われ、根絶やしにされてしまう。幸福や優しい気持ちはこんにち、殆ど滅多に見られず、本当に感じることができ、他人に共感でき、良心を持つ人々が悲惨さと苦難に打ちひしがれているというのが、あまりにもありふれているのだ。超次元からの操作は、私たち全員をサイコパスにするよう仕組まれている。

とは言え、もし、最も深いレベルの利他性を導入することもまた可能であるなら、良心と倫理に対する遺伝的素因は広まり得るであろう。共感を、私たちの子孫を含む他人のために、抽象的な意味で自由意思を高めるという崇高な理想の対象にするのだ。つまり、私たちが持つ「自己利益」は、他の全ての人々もまた幸せで思いやりがあることを確実にするように、そして、私たちが世界に産み出す子どもたちが、生来幸せで、互いを慈しむという選択肢を持つことを確実にするように、集合的に委ねられるべきなのである。

つまり、もしサイコパスがグループの将来の幸福を脅かすのなら、連中によって自己を支配されないよう拒絶することによって、個人ベースで対処するしかないのである。実際的な意味で、自己の自由意思を侵害から守ることは、最終的には、他人の自由意思を守ることになる。自分自身の権利も、他人の権利も守る結果、全員が自由意志を享受し、幸福となり得ることが保証されるのだ。もし突然変異種であるサイコパスが、危険をもたらすのなら、サイコパスに対して予防セラピーを命じるのが真の共感 ― 真の倫理感、真の良心 ― だろう。

証拠から確かだと思われるのだが、大いなる霊的目覚めや、社会経済的な改革、あるいは、世界じゅうの人々の間で互いに優しくしようという願望が自然に起こることによって、人間の本性がポジティブに変容するというのは実現しそうもない。しかし、長期的に見た場合、悲惨さは安定的な戦略ではないので、苦難を味あわせようとするサイコパスによるプログラムが敗れるというのは、大いにあり得ることである。悲惨さが増大する状況においては、犠牲者はそれを逃れる方策を探求するものだ;この探求がゆくゆくは、自分達が本当は悲惨な状態にあることの解明へと人々を導くことだろう。そうなれば、それを集合的に行う能力を持った、知性ある人々の社会が誕生することになるかも知れないのだ。

そういう訳で、サイコパスを見分け、連中との付き合いを止め、連中を社会から締め出し、私たち自身を連中の「食料」や騙し、利用の対象にさせないことこそが、私たちが唯一採用可能な、最も効果的な戦略なのである。

これにはもちろん、もっと深い理由がある。そこで思い出されるのが、「母親」という手掛かりである。

*

1958年のニュー・イヤーズ・イヴ・パーティーでのジョン・ナッシュは、どう見ても僅かに奇妙で、正常な域から外れていたが、彼の家族や友人たちは、彼は元々こうだと知っていたので、これを受け入れた。聡明さのゆえに、彼の行動は相当程度大目に見られていたのだ。しかし、それから「2月末(まで)のあいだに、ナッシュは。。。不可解で恐ろしい変貌をとげる」(シルヴィア・ナサー『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』塩川訳348ページ)。

これは完全な心神喪失に陥る直前のことだったのだが、ナッシュは「ほとんど裸(の)。。。はだしで股におむつを付け」(同上)た格好で、「まだ幼いニュー・イヤー」の象徴であるかのようにして、ニュー・イヤーズ・パーティーに現れた。多分、これはさして奇妙な事ではなかったのかも知れない。だが、もっと奇妙だったのは、ナッシュが「ほとんどの時間を(妻)の膝で丸まって」(塩川訳349ページ)過ごしたことだった。他のゲストたちは、これにとても困惑し、後に、「人に不安を抱かせる光景だった、と述べている」(同上)。ある人達の前に居ると「落ち着かない」感じがしても、私たちの殆どは、そんな気持ちを往々にして隠し、大ごとではないと棚上げにしたり、無視してしまうものだ。だが本件の場合、何かがおかしいというのは、間違いなくジョン・ナッシュが深刻に具合が悪いことの兆候だったのである。

みんなが振り返って考えてみると、ニュー・イヤーズ・パーティーのずっと前から、「ナッシュは、すでに目に見えない境界線を越えていた」(同上)。しかし、彼の精神状態が悪化しているのは無視された。というのも、彼は元々、エキセントリックな性質で知られていたからだ。彼を知る人たちに言わせると、「もともとナッシュは、いくらか変わった話しかたをする人間だった。人々との会話で、いつ口をはさみ、いつ口をつぐむか、あるいはごくふつうの歩み寄りというものを知らないところがあった」(塩川訳350ページ)。長々と話しては、謎めいた、あるいは、的外れな終わり方をするというのが彼の癖だったのである。

パーティーの何か月か前、ナッシュはゲーム理論の授業を教えていた。「ひどい速度で授業を進めたり、講義中や学生の質問に回答している最中に、(彼が)急に夢想状態におちいったり」(同上)するのに、学生たちは気づいていた。「感謝祭も間近いある日、ナッシュは(助手と学生の1人)を散歩に誘った(のだが、そのうち彼は)長いひとり言を呟きはじめた。。。どうやら、世界の平和がおびやかされている、世界政府の樹立が求められている、という意味」(同上)らしかった。「そしてふたりの若者に、自分はきわめて重要な任務を頼まれている、と打ち明けようとしていたようだ」(同上)。年が明けて授業が再開すると、「ナッシュは(助手)に、遠くへ出かけるから2教科の授業をまかせる、と告げた。。。やがてナッシュは。。。姿を消してしまった」(塩川訳351ページ)。

「同じころ、(数学者であり、ゲーデルが提起した論理的難題を解いたことで有名なポール・)コーエンも行方不明となっていた」(同上)。2人が居ないことに、人々は数日後気付いた。「ところがコーエンは、たまたま女きょうだいの家をたずねていたにすぎなかった。。。いっぽうナッシュは、車で南へ向かい、ワシントンDCに立ち寄ってから、(母の家がある)ロアノークを目指したようだった」(塩川訳351ページ)

「2週間後、ナッシュはうつむきかげんで、おおぜいがおしゃべりに熱中している談話室へ入ってきた。手には『ニューヨーク・タイムズ』をたずさえている。やがて、(皆)が集まっているあたりへ歩みよると、新聞第1ページの左上欄(ニューヨーク・タイムズ紙で「オフリード」と呼んでいる欄)を指さして、誰にともなく言った。『地球の外からの目には見えない力が、あるいは外国政府が、「タイムズ」を通して自分に連絡を取ってきた。メッセージは自分だけに向けられたもので、暗号になっているから解読には慎重を要する。解読のしかたも自分しか知らない。自分だけが世界の秘密に関与することを許されているのだ』」(同上)。

ナッシュはラジオ局が彼にメッセージを送って来ると言い出した。彼は「大学院生のひとりに期限切れの車の免許証をわたし。。。これは『宇宙旅行用の車の免許証だ』と言った。。。『自分は宇宙調停委員会の委員だ。いまからきみをアジア地区の責任者に任命する』」(塩川訳352ページ)

「この数週間のことでナッシュ自身が記憶しているのは、湧き起ってはますます倒錯的となるイメージと、まわりの人にはまったくわからない秘密の世界に関するお告げが次第に激しさを増し、精神的に疲労困憊したことだけのようだ。そのうちに(彼は)。。。赤いネクタイをした人間に注意を奪われるようになる。これは1996年に当人が回想していることで、赤いネクタイをした男が自分に合図を送っているような気がしてきた、というのだ。。。『おそらく共産党の陰謀に関係があるのだろう、と考えたのです』」(塩川訳353ページ)

この時点で「ナッシュは、まだリーマンの仮説と取り組んでいた」。彼は被害妄想になって、コーエンが「彼の研究を盗み見ようとしている」と思ったのか、「僕のごみ箱をあさったりするな」(塩川訳354ページ)と言ったりした。「(あるフルブライト奨学生は)フランスの数学者クロード・ベルジェ。。。に、ナッシュからきたという手紙を見せられる。4色のインクを使って書いた手紙で、地球の外からきたエイリアンに自分の経歴を踏みにじられている、と苦情が訴えられていた」(同上)。

「あるとき、(ナッシュは)いつものとおり連絡もせずに、(天体力学者ユルゲン・)モーザーの研究室へぶらりと立ち寄った。。。ナッシュは黒板の前に立って、大きくてでこぼこな乾燥ジャガイモに似た模様を描いた。その右に、それより小さな円をいくつかならべた。そしてモーザーの顔をじっと見つめた。『これが』と言ってジャガイモを指さす。『宇宙だ』。モーザーがうなずく。『これが政府だ』。『これが天国。これが地獄』」(同上)。ナッシュは奇妙な手紙を書き始めた。「どれも各国の大使宛てのもので」、ナッシュは学内メールでそれらを送ろうとしたのだ。(塩川訳355ページ)。学部長テッド・マーティンの「秘書がそれをよりわけて(学部長)に見せると。。。マーティンはうろたえ、すぐにすべてを回収するように指示した。回収したもののなかには住所の記してないものもあり、ほとんどは切手を貼らずに大学近くのポストに投函されたものだった」(同上)。

さて、ここらでしばし立ち止まって、状況について考えてみる必要があるだろう。この男は、地球の外からきたエイリアンが彼の経歴を踏みにじっていると思っている;彼は明らかに深刻な問題を抱えていたのだが、周囲の人々は皆、これを隠ぺいしようと考えていたらしいのである!三つ揃いのスーツを着た、栄光に満ちた管理職の学部長は、ナッシュが投函した手紙を回収しようと夢中になってポストを探し回り、他の人々に、この男の頭がおかしいと悟られぬようにしたのだ。

思うのだが、少なくとも医学的理由から、これらの手紙はとっておいて、精神科医に精査させるべきだったのではないだろうか。しかし、シルヴィア・ナサーによると「手紙は1通も残っていない」という(塩川訳335ページ)。これは驚きだ。これらの手紙には、一体何が書かれていたのだろうか?

ナサーがインタビューを行った際、「ナッシュが世界政府の樹立を構想している、と(テッド・)マーティンから聴いたことをおぼえているものは少なくな」(同上)かった。「そんな折り、シカゴ大学の数学科長エードリアン・アルバート。。。(に)ナッシュから非常におかしな手紙が届いた、という。。。それは(就職と講演会の)申し出を断る手紙だった。。。わたしは南極大陸の皇帝となるつもりなので、厚意を受けるわけには参りません、としたためてあった」。(塩川訳356ページ)

ニュー・イヤーズ・パーティーの後、彼の精神状態は急速に悪化した。2月28日にジョン・ナッシュは、「米国数学会の主催した地方部会」で講演を行ったのだが、「およそ250人の聴衆が集まった」という(塩川訳358ページ)。始めのうちは謎めいた、未完成な数学学説という感じの話で、それはナッシュにすれば、あまり珍しいことではなかった。「ところがなかごろまでくると、何かが変だということに(誰もが)気づきはじめた。(数学者の)ドナルド・ニューマンは。。。語っている。『いま言ったことと次の言葉がつながりません。。。誰もが何かがおかしいと気づきました。それでもナッシュは話をやめません。もうとりとめのないおしゃべりになってしまいました。数学が実にくだらないものにおとしめられてしまったのです。。。めちゃくちゃだったのです』」
(Nasar, 1998).
(塩川訳360ページ)

別の証人は、「ナッシュはみんなの笑いものになりました。このときの聴衆(は)ナッシュをさんざんあざけってばかあつかいしました」と述べている(同上)。

プライベートでもナッシュは妻に対して、「『陰謀が進行している』、『自分は監視されている』などと訴え。。。ひと晩中眠らずに、国連宛てにわけのわからない手紙を書い(たりし)。。。ある晩など、寝室の壁一面をペンキで黒い斑点だらけにしてしま」った(塩川訳362ページ)。

ナッシュが初めて措置入院させられた詳細はよく分からない。ナサー他はMITの総長が何らかの方法で介入し、ナッシュは「連行された」のだろうと推測している。マクリーン病院の精神科に入院した後、彼は向精神薬のクロルプロマジンを注射されて大人しくなったものの、頭に現れる思考の流れは止まらなかった。「(MITでの友人である)アーサー・マタックには、軍事指導者たちが世界制覇をたくらんでいる、きみがその指揮をとっているんだろう、などと言ったらしい」(塩川訳377ページ)。「ナッシュの奇怪で手の込んだ思いこみは、誇大的であると同時に迫害的であり」、他の症状「のすべてが、精神分裂病を指示していた」(塩川訳378ページ)。

入院した途端にナッシュは、基地外のように振る舞うのを止める術を学んだ。彼はそこから抜け出したいと思い、ゲームのルールを学ぶことに精を出した。担当医たちは「ナッシュのいろいろな症状はほとんど『消失』したことは知っていたが、内心ではナッシュが隠しているだけに違いないと考えていた。事実そのとおりで、ナッシュはひそかに自分を政治的囚人と思いこみ」(塩川訳381ページ)、聞いてくれる相手にはそう語っていた。

いろいろあった末、ナッシュはヨーロッパに逃れた。パリで彼は頻繁にアレクサンダー・グロタンディクを訪ねた。「代数幾何学者で。。。70年代に入るや生存主義者の組織を設立して学会と完全に縁を切り、ピレネー山中。。。で世捨て人同様の生活を送るようにな」(塩川訳409ページ)った人物である。この時期にはもう1つ興味深い逸話がある。ナッシュはどうやら数学者のシン=シャン・チャーンと話す機会があったらしく、「そのときナッシュは、ヨーロッパの4つの都市を四角形のそれぞれの頂点に置く『興味深いアイデア』を示したという」(同上)。これがどの都市であり、何を意味するかは、どうやら記録に残っていないようだ。

その間ずっとナッシュは友人に電話をかけ、「数霊術のこと、日にちのこと、世界のニュースのこと(や)ガザ地区で起きていることについて語」(塩川訳421ページ)った。「ナッシュは。。。マジックナンバーや、危険な数があると信じてい(て)。。。世界を救おうとしてい」(塩川訳477ページ)たのである。彼は「絶えまない滅亡の危機に怯えていた。ハルマゲドン、。。。最後の審判」(塩川訳483ページ)等々にである。「しかも、そのどれかの起こる日は、まちがいなく5月29日であると、不気味なほどはっきりと意識していた」(同上)。最終的に彼は再び入院し、「インシュリン療法」を受けた。ナサーが述べている通り、「この実験的治療(インシュリン療法)は、ときには患者の最近の記憶をすべて破壊してしまうこともあり、特別にすぐれた点を見出すのが難しい」(塩川訳430ページ)。そう言われても、私たちが驚かないのはなぜだろう?

ナッシュは足を引きずられながら入退院を繰り返し、大西洋を行き来した。この歳月の間、彼の狂気は様々な程度を揺れ動いた。全般的に見れば、彼の病状と症状は、確かに診断通りだった:妄想型精神分裂病である。精神分裂病の常として、彼が抱いていた妄想は、彼の現実から切り離された断片だった。

私の疑問は:心の中の「暴力」を知りながら、ナッシュは本当に、彼がしたいと言っていたことを行ったのだろうか? ― 「観測できない領域をイメージする異なった方法を見出」(塩川訳320ページ)そうとしたのだろうか?ということだ。彼はヴェールの中に入り;その際に、とても暗くて恐ろしい何かに遭遇したせいで、彼のあまりに人間的な回路は過負荷となって、それが精神分裂病への転落を誘発したのだろうか?

ジョン・ナッシュとアイラ・アインホーンの共通点として、聡明であったこととゲームを「進める」のに魅せられていたこと以外に何が挙げられるだろうか?

彼らはいずれも「支配的な母親」を持っていて、この母親たちが、彼らの心を根気強く訓練し、彼らの達成した成果を誇りに思い、行動の結果を経験する機会を彼らに与えず、彼らがそれを深刻に欠いたまま、不断に彼らを世の中に突き進ませようとしたのである ― たとえ彼らの母親たちが、彼らの「異常」に気付いていなかったとしてもだ。非常に出来の良いサイコパスは、ごく早いうちに、連中の本性を隠す術を学ぶというのは本当らしい。

しかし、サイコパスと精神分裂症という問題に戻るとしよう。このテーマについて調べている間じゅう両方の状態に関して言われ続けていた事が2つある:感情的「つながり」の欠如と異常な単語の使い方だ。しかしサイコパスは、連中が欲しいものを手に入れる=連中の幻想を物質的に満たすために、他人を「魅了」しようとするようである。これに対して精神分裂症患者は、あたかも彼らの幻想が、外界よりも現実的であるかのように、他人を避けて、彼らの幻想に引き籠もるのだ。古いジョークの落ちを言い換えれば:サイコパスは空中楼閣を思い描いて、それを他人に売りつけようとするが;精神分裂症患者は空中楼閣を思い描いて、そこに移り住むのである。

2つの病気の症例
http://psych.brookes.ac.uk/handbooks/24170cw_2010.pdf
を読んでいて繰り返し気付くのは、「患者の言葉の中身と彼の感情表現との不調和が甚だしいことである」。しかし、精神分裂症患者の場合、それはひどく極端であり、他人を騙すために何かをでっち上げようとする試みはもはや看取できない。例えば、ある患者は、自分の母親が急性の病気に罹ったのを同情する言葉を述べている間じゅうクスクス笑っていた。別の患者は満面の笑みを浮かべながら、彼の子供の死を語った。もう1人の患者は、夜はよく眠れるかという簡単な質問に対して激怒するという反応を見せた。臨床的に見て、感情の不適切さの度合いは、しばしば精神分裂症の病状の深刻さを示している。しかし、サイコパスが人を騙すために、意識的に適切な感情を表す「フリ」ができるのとは大違いで、精神分裂症患者の場合は、彼の言っていることと、その言葉に関連する感情のトーンとの間に大きな食い違いが見られるのである。精神分裂症患者の語る言葉に伴って示される感情は、不適切かつ恣意的であり、隠されることは ― あったとしても ― 稀である。

にもかかわらず、精神分裂症患者とサイコパスのどちらも、主として幻想ないし妄想に基づいて活動しているのは明らかである。

このことは、サイコパスが、精神分裂症のバリエーションであって、それが何らかの意味で外に向かったものであり、「満足」を得るための対処メカニズム(◆精神的苦悩や問題に対処するために働くしくみで、さまざまな身体的病気や行為となって表れることもある)
が働いた結果であることを意味するのだろうか?精神分裂症の人々とは外界の刺激や満足の源がもはや必要でなくなっただけでなく、完全に望ましくないと感じるような存在のモードにどうにかしてシフトした人々なのだろうか?サイコパスが2本足の「捕食者」だと考えるなら、精神分裂症患者は、心の中に捕食者が棲みながらも、2本足で歩く「餌食」だと考えるのが適切なのだろうか?

ナッシュとアインホーン、2人の症例で興味深いのは、大きくなると2人ともが、よく似た、「独立的」かつ「反社会的」行動を示したことだ。権威を攻撃し、抵抗する点で似ていたのである。しかし、症状が始まる前には、「状況をわきまえ」、社交的、職務に忠実で、寛大だったと家族が証言する精神分裂症患者は間違いなく存在する。彼らの殆どとは言わないまでも多くが、子ども時代はシャイで、内向的だった − 「神経過敏」だったようだ。しかしこれが常に当てはまる訳ではなく、ジョン・ナッシュの場合には到底当てはまらなかった。


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ミーリーは、ソシオパスに関して、2つの異なる原因論を提示しているが、彼女のフレームワークにおいて、このような誇示的・慢性的な反社会的行動は同じ機能カテゴリーの中に含められている。これが意味するのは、それらは類似ないし同一の心理的メカニズムを持っているということである。他方、ブレア [ブレア・RJR『道徳性への認知発達的アプローチ:サイコパスの探究』(1995)] は、サイコパス的行動を促進するメカニズムに焦点を当てているが、サイコパスは機能不全の心理的/神経的メカニズムを持っていて、社会の他のメンバーに比べて異常であると結論付けている。。。

あるイギリスの専門病院で、50名の男性患者に「サイコパス・チェックリスト」を自己チェックしてもらったところ、サイコパスと精神分裂症の犯罪者の区別ができなかったという重要な研究がある [ハワード・R.C.『精神的に異常な犯罪者のサイコパス・チェックリストの得点』(1990)] これが示しているのは、反社会的行動の前歴がある精神分裂症患者の中には、状況依存的サイコパスと呼びうるものに罹っている者がいるかも知れないということである。。。

サイコパスにおいて実に顕著なのは、彼らが自分自身に関して極めて気楽に感じているらしいことだ。彼らは考えをはっきり述べることができるし、しばしば知能が高く、通常、「魅力的」で「説得力がある」と言われる。サイコパスは低出生体重や、産科的合併症、お粗末な育児、貧困、乳幼児期の心理的トラウマ、あるいは治療の際の有害事象とは無縁で、実際、ロバート・ヘアもこう言っている。「サイコパスが、乳幼児期の社会的ないし環境的要因の直接的な結果であるという説得力のある証拠はみつからない」 [ヘア『診断名サイコパス』(1993)※邦訳は未参照]

神経構造上相互に関連するものがサイコパス的行動を生み出すという信頼できる証拠は見つかっていないのであるが、チェックリストによって評価された18人のサイコパス度と海馬の後ろ半分の大きさとの間には負の相関関係が見られたという興味深い(そしてとても重要な)研究がある。 [ラークソ・M.P.他『サイコパスと海馬後部』(2001)] 背側海馬が損傷すると、条件づけによって獲得される恐怖が減少する。恐怖を感じることが少ないのは、サイコパスの注目すべき特徴であるが、この神経解剖学的特徴がサイコパスの原因なのか、それとも結果なのかは明らかでない;ヘアのサイコパス・チェック・リスト改訂版で識別した69名の男性サイコパスを使った研究でも、サイコパスは、言語機能ないし大脳左半球の機能不全によって特徴づけられるという仮説は裏付けられなかった。 [スミス・S.S.他『サイコパスおよび非サイコパスの刑事犯人の神経心理学的相違』(1992)]

サイコパスにとりわけ顕著な特徴の1つは、ごく幼い頃から、極めて暴力的で反社会的な行動が現れることである。例えば、見え透いた・無分別な嘘をついたり、ちょっとした窃盗を行ったり、動物を繰り返し殺したり、年少時からセックスや盗みの実験を行うといったことだ。 [ヘア、前掲書] ハリス=ライス=クインジーが653名の重罪犯人を使って行った研究では、幼少期に問題行動を行っていたという証拠が、1つの分離した分類クラスとしてのサイコパスが存在する方向に収束したが、大人になってからの犯罪歴の多様性は各クラスに散在し、これらから分類を探し出すのには不適切だった」 [ハリス・G.T.、ライス・M.E.、クインジー・M.T.『分類としてのサイコパス;サイコパスが分離したクラス名であることの証拠』(1994)]

最近の研究では、サイコパスである男性の犯罪者は、産科学や対称性のゆらぎに関する問題では、非サイコパスの犯罪者よりも得点が低いことが分かっており、じじつ、サイコパスの最も厳密な基準を満たした犯罪者は、非対称性問題では最低ランクの点数だった。 [ラリュミエール・M.L.、ハリス・G.T.、ライス・M.E.『サイコパスと発達上の不安定』(2001)] 著者たちが述べている通り、この研究は、サイコパスが何らかの発達上の不安定に起因するという説を全く裏付けないのだが、生活史戦略モデルの正しさを部分的に裏付けている。

サイコパスがゆっくりとだが安定的に広まったという進化論的/ゲーム論的説明は、成功裏にモデル化されてきた [コールマン・A.M.、ウィルソン・J.C.『非社会性人格障害:進化ゲーム論による分析』(1997)] この研究は、サイコパスとなるのは出現頻度に依存する戦略であるというミーリーの提言を幾分かは暫定的に裏付けるものの、伝統的な社会において、安定な割合のソシオパスが存在していたという理論を確立するには、信頼できる評価法を用いた、異文化間での研究が必要となろう。 [アーチャー・J.『ミーリー・モデルを検証する:ESS(=進化的に安定な戦略)を実証しテストステロンの役割を確立することの必要性』] サイコパスは発達上不安定であり、脳に障害があるという証拠が少ないため、サイコパスが適応であるという説は、もっと深く研究を行う価値がある。子どものサイコパスの場合、ADHD(注意欠陥多動性障害)や、行動障害、あるいは、反抗的行為障害と診断し損なうおそれがあるので、特段の注意が払われるべきである。 [アメリカ精神医学会『精神障害の診断と統計マニュアル 第4版(DSM-IV)』(1994)] ヘアによれば、「これらの診断カテゴリーは、幼少のサイコパスには全く当てはまらない。行動障害的には極めて類似しているが、感情的特質、認知的特質、対人的パーソナリティーの特質を捕えられない。。。それがサイコパスの診断ではとても重要なのである [ヘア、前掲書]
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[ピッチフォード・I『暴力の起源:サイコパスは適応か?』(2001)]


上で述べたように、これは興味深い問題である:どうやら、サイコパスと精神分裂症との間には、なにやら特別な関連性があるらしいのだが、これは研究者にとっても、今のところ全くの謎なのだ。イアン・ピッチフォードは、「反社会的行動の前歴がある精神分裂症患者の中には、状況依存的サイコパスと呼びうるものに罹っている者がいるかも知れない」と提唱している。

さて、ご注意いただきたいのだが:こう言ったからといって、精神分裂症患者はサイコパスだと言っている訳ではない。私は個人的に何人か、精神分裂症となって、その恐怖を味わった人を知っているが、彼らにサイコパス的特徴が現れることは決してなかった。それどころか、この病気になるまでの彼らは、紳士的な愛すべき人々であり、シャイで寛大だったのである。罹患後でさえ、このような性質はなおも妄想の靄越しに現れていたのだ。確かに違うのである。私たちがここで論じているのは、全く違う何かなのである。

少し前の方で述べた通り、私がジョン・ナッシュの伝記を読んだ時、恐ろしくも不快な感じがしたのだが、これは、フランク・スコットがかつて語った彼の人生伝を彷彿させたからだと、私は気付いた ― 彼の場合は、「可哀相な僕を憐れんでくれよ」というスピンがかかっているだけのことだった。彼が随分と長い時間を掛けて、両親の虐待を非難したものだから、私は彼らに会ったとき、かなりショックだった。この人達が誰かを虐待するなど到底あり得ないと即座に感じたからである。その後、私は彼の姉に、こうしたことがあったかどうか詳しく訊いたことがあるが、彼女は、フランクが虐待されたことなど無いと請け合った。彼女が認めたのは、フランクが両親から叩かれ、姉から叩かれたと彼が繰り返し主張していること、そして、おそらく彼が「敏感」すぎるせいで、デリケートな感受性の彼にとっては、扱いが「荒すぎる」ように思われたのだろうということだった。最も出来の良いサイコパスは、相手が何かを行って、それほど悪い事では無いと ― サイコパスが言うほどには悪くないと − 分かっているときですら、「自分は何か悪い事をした」と相手に信じ込ませることができるのだ!フランクの姉から話を聞いてみると、彼がくどくどと述べていた、恐ろしい暴力を振るわれたという話は、とても彼が言う通りだったのだとは納得できなくなる。また注意すべきなのは、彼女は彼と多くの問題について「意見が合わない」ため、フランクが彼女を道徳心に欠けていると見ていることである。彼女が単に、彼らとは違った人生を送ろうと思っているだけであることが明らかだったのに、フランクはまた長々と時間を掛けて、両親に対し、彼女の振る舞いを上のように解釈してみせたのである。フランクはこの意見の違いを熱心に「膨らませて」、ついには両親に、彼の姉が、道徳心に欠けているとは言わないまでも、少なくとも、何かを行うには不適格なぐらい心を病んでいるのだと信じさせた。何ということだろう、彼女に会うまでは、私もそう信じ込まされていたのだ!その後も長い間フランクは、彼女が私の前で言った事やした事を全て悪しざまに解釈してみせたので、私は彼女に関して、混乱した感情以外残っていないのである。

いずれにしても、既に述べたように、多くの機会にカシオペアンが言っていた「テスト」は、普通の観方では明らかでない何かを「見る」能力に関するものであるに違いなかった。興味深い事に、私が導かれた数多くの学びの訓練の本質が、有名なサイコパスであるテッド・バンディに関する議論の最中に明らかになったのは、この点を強調するものだった!


960109
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Q: (L) どう質問したらいいのかしら。段々と明らかに思えてきたんだけど、[手掛かりがなく未解決だった地元の殺人事件の被害者である13歳の少女]に絡む何らかのコネクションが存在していて、その殺人と、私のいわゆる「目覚め」 − あなたたちがそう呼びたいならだけど − との間にはシンクロしているコネクションがあるんじゃないかと思うの。もう1つ気づいたのが、テッド・バンディの人生パターンというか人生パターンの変化と、あるUFOが目撃され、キャトルミューティレーションが、国のうち彼の居た地方で起きたこととの間のコネクションなのよ。その頃に私は初めてパムに会って、私自身他のリアリティへの目覚めを経験したの。そうしたら、もう一人の少女JOが居なくなったのが分かったんだけど、時を同じくしてパムと私は再びつながって、JOの事件について議論したの。この新しい事件は、前の事件と多くの点で共通してる気がするわ。これは問題だと思うので、真相を探ってみたいと思うのよ。私がJO事件に関与したこと [私は警察当局に頼まれて、占星術と霊感を使って、何らかの手掛かりを見つけようと試みていた] と、私の心の扉が怪現象、とりわけUFOやエイリアンに対して開いたのとは何か関係があるの?

A: おそらく。

Q: (L)これについて、はっきりと答えてくれないの?

A:学びなさい!

Q: (L) Okay. これについて夢を見たのよ。このケースについて私が占星術で調べたり、夢を見たり、霊感を得たりしているのは、私の天性の気付きが何らかの方法で始まったのかしら?

A:多分。

Q: (L) JOが殺されたのとエイリアンの活動との間にはコネクションがあるの?

A:ある次元と別の次元とが一つに収束する(plane convergence)ときには、常にこのような何らかのコネクションがあるものだ。

Q: (L)それじゃあ、JOが殺されたのは、ミニ次元収束なのね。

A: 私たちは今しがた何と言ったかな?

Q: (L) あなたたちがそう言ったと思ったので、はっきりさせようとしたんじゃない。。。このミニ次元収束というのは、ある個人のリアリティの次元が、もう1人の人のリアリティの次元と収束して、どちらかの人が消滅してしまうような場と言っていいの?

A:第4、第5、第3密度が関係している。

Q: (L)それじゃあこれって、これらの3つの密度の次元収束のようなものなのね。これって、全ての殺人に関して当てはまるの?

A:(前半は)自分で調べなさい。(後半は)yes。

Q: (L)私がそのリアリティとやり取りしたのは、言わば、次元収束地点に入ったの?

A:ヘリをもてあそんだ。

Q: (L)じゃあ、人が殺人事件の調査に取り掛かったり、それについて考えたり、能力や直観、その他なんであれ使って、この種のパズルを解こうとしたら、それは次元収束とやり取りしてることになるの?

A:これは第5密度に「帰還」したいと常日頃願っていることの1つの現れだ。

Q: (L) Okay. さて、ズバリ聞きたいんだけど。JOの事件についての私の結論は正しい?

A:「正しい」というのは多くの形、多くの表現をとるものだ。

Q: (L) (F) どういう意味?

(L) 分からないわ。

A: 学びなさい。

Q: (L) JOは知り合いの男に殺されたの?

A: 私達としては慎重なアプローチを取るよう言ったことを思い出してもらいたい。あなたが正しい学びを得るためだけでなく、痛い目に遭わないためにも。

Q: (L)軌道に乗れて「慎重な」質問となるようにアドバイスを頂戴?そうすればその後の質問はその模範に従って組み立てるから。

A:ここでの問題は、私達を誘導してあなたが望むような答えを引き出せるような質問の「組み立て方」ではなくて、あなたがいかに効果的に学ぶかだ。各回答から学ぶことが1つだけだという先入観を持ってはいけない。「無邪気に前提を置かずに問うてこそ学ぶものがあるということを、あなたは分かっていない」

Q: (L)テープを巻き戻して聴いてみたんだけど、雑音だらけだったわ。どうしてテープに問題が起きたのか教えて頂戴?

A:念波の転送。

Q: (L)その念波転送って何なの?

A:発達したエネルギー。

Q: (L)私達から放出されたの?

A:放出元と先の両方へ。

Q: (L)私達からあなた方へ?

A:あなたと他の人達で、私達ではない。
[その場にただ1人他に居たのは、フランクだった]

Q: (L)他の人たちって誰よ?

A:第4密度の盗聴者だ。パムの関与によって「事態が緊迫してきた」のだろう。

Q: (L) パムの関与は、このワークにとって有益になる見込みなの?

A: Yes, 異常も覚悟しなさい。

Q: (L) それは面白いわね。あなたたち、誰がJOを殺したか教えてくれるの?必要なら、私の結論を打ち明けてもいいのよ。

A: 学びなさい。私たちの前の答えをおさらいすること。。。

Q: (L) Okay. 学ぶことね。テッド・バンディには何かがあって、数多くのUFOが目撃されたのと同時に彼の人生は崩壊したというのが真相のようね?

A: Yes.

Q: (L)テッド・バンディはアブダクトされたの?

A: Yes.

Q: (L)テッド・バンディはプログラミングされたせいであんな事をしたの?

A: Yes.

Q: (L)そのプログラミングが行われた目的は何なの?

A:さしあたり、私達は答えを差し控えねばならない。

Q: (L) Okay. バンディは人を殺したところそれが「身体の中に蓄積されるプレッシャー」のように彼をせき立て、これを克服することができなかったと述べていて、思うにどうもそのせいで彼は「人間」であることを止めたんじゃないかしら。私にはどうもこれはインプラントが、反社会性を抑える個人の社会的行動規範ないしコントロールを圧倒した例のように思えるのよ。これがJOを殺した人間にも起きたの?

A:多分。

Q: (L)新たに行方不明になった少女CBとJOとの間にはコネクションがあるの?

A:本件に関する、あなた方の知識の調査はうまくいっていて、続けることを勧める。なんと言っても、学ぶことは楽しい!

Q: (L)でね、私、新たに居なくなった少女CBとJOの外見には関連があるんじゃないかと思うのよ。もしかして、彼女たちのどちらか、あるいは両方を殺した人間は、この特定のタイプの顔の特徴に反応するようプログラミングされていたんじゃないかしら?それがプログラミングの一部だったの?

A:本テーマ終了。

Q: (L)どういう意味?

A:私達はこの問題について、あなたにさし当り必要な支援は全て行った。自力で続けた方があなたの成長のためだ。

Q: (L)別の方向から1つ2つちょっとした事を聞かせて頂戴?ていうか、これじゃあ私は皆目見当がつかないまま置き去りにされたみたいじゃない!

A:そんなことはない!

Q: (L) 私は本件を解決したいの。だって、家族は苦しい思いをしていて、助けを求めてるのよ。

A: どうして自分の驚くべき能力を信じないのかな?もし今答えてしまったら、いずれそうなるように、年がら年中あなたがこの役割を果たす必要に迫られるようになったとき、あなたは自分でどうすることもできなくなってしまうだろうからね!!!!

Q: (L)正直言って、もうこれ以上、殺人の調査には関わりたくないわ。あまりに気が動転するんだもの。私はこんなことを定期的にやらなくちゃならないの???

A:同じ土俵ではないけど。

Q: (L)それじゃあ、どうして「役割を果たす」なんて言うのよ?

A: No, 見えざるものを見るんだ!
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精神分裂症の問題に関しては、次のセッションがある:


941025
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Q: (L) トカゲは妄想型分裂病に責任があるの?

A: 幾分。

Q: (L) 一般的な意味で、多くの場合、パラノイアや統合失調症(精神分裂症)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87
の原因とは何?

A: トカゲによるエネルギー操作。

Q: (L) どうしてそんなことをするの?

A: 結果生じるネガティブなエネルギーを食べるため。

Q: (L) それじゃあ、必ずしもアタッチメント(付属装置)のせいじゃないのね?

A: No.

Q: (L) トカゲは効果を高めるために、ダークエネルギーのアタッチメントを使ったりする?

A: Yes.

Q: (L) 多くの妄想型分裂病の症例では、アタッチメントが使われるんでしょ?

A: Yes.

Q: (L) 連中は精神分裂症を遺伝によって永続させてるの?

A: 可能だ。あるいは、精神面や感情面で。日常生活環境の操作だ。

Q: (L) それってどうして、普通、青年期までは発病しないの?青年期は、アブダクトされてインプラントされやすいから?

A: 必ずしもそうではない。
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次の引用に関してだが、この頃、私たちはフランクを参加させずにセッションを何度か行っていた。それらは一般の交信録には含めてこなかった。というのも、フランク自身について議論することに主眼があったし、そんなことを知らせてショックを与えないよう守るのが親切だと考えて、その間、彼には、役に立つようなポジティブなやり取りを勧めていたからだ。下のセッションの1つ前の回で、私たちはフランクに関して危険があると言われていた。それが、他の勢力によって無意識のうちに操作されているから、フランクが危機に瀕しているという意味なのか、それとも、彼が私たちにとって危険だという意味なのかは、必ずしもはっきりしなかった。この出来事に刺激されて、私は再び、フランクを救おうとしたのだった。以下の引用では、彼は再びグループに参加していたが、もし、彼が自らを守るために何かをするべきならばそうだと気付けるよう、私は彼の居る前で、この情報について尋ねた。


950415
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Q: (L) こないだの晩、フランクが居なかった時、フランクが政府によって危険にさらされていると知らされたけど、それは今でも正しいの?

A: 部分的には。

Q: (L) 危険の出所(ソース)は何?

A: 出所?

Q: (L) つまり、IRSなのか、FBIなのか、CIAなのか、あるいは何?

A: そういうイニシャルではない。

Q: (L) 身の危険?それともハラスメントの危険?

A: 自殺させるための心理攻撃。

Q: (L) この種の攻撃に対するシールドになるものはある?

A: Yes.

Q: (L) 何をすればシールドになるの?

A: 継続的な知識のインプット。

Q: (L) その知識はどのような形で取るべきなの?チャネリング情報?本?ビデオ?

A: それら全部と他のもの。

Q: (L) 他のものというのは特定できるの?

A: 情報のネットワーキング。そこで、警告だ!!! 他のみんなもすぐに、同じタイプの攻撃が大いに増すのを経験するだろう。あなた方のうち2人は、過去に同じソースから、同様の理由で攻撃された。だが、今やあなた方グループの置かれる危険は、これまでの範疇には収まらない!! いいかな、あらゆるチャネラー、および、それと似た成り立ちの人々は、見分けられ、追跡され、「始末される」

Q: (T) 似たタイプの攻撃を経験したのはどの2人かな?

A: 学びのため、見分けるのはあなた方だ。。。自殺を考えたかな?

Q: (L) あなた、自殺を考えた?

(J) No.

(T) 僕でもない。

(F) 僕はしょっちゅう考えてたよ。

(T) ローラ、あなたは?

(L) 私はかなりロウだったわ。自殺を思いつめてたわけじゃないけど、灯りを消して幻想を終わりにできたらどんなに素敵だろうとは考えてたわ。

(T) OK, それじゃあ、2人は誰か分かった。あなたとフランクだ。

(L) またはジャンね、悪化して行ってるみたいだから。。。

Q: (T) それじゃあ、僕らは知ってるんだ。嫌らしい攻撃を避けさえすればいいのかな?

A: あなた方は必要な気付きを全部持ってはいない!どうやっても無理だ!

Q: (J) フランクとローラの間にこうした事が起きた理由の1つは、とても弱々しくて、混乱していたとはいえ、フランクが居なくても、私達がチャネルによる接続を達成できると示すことだったのかしら?チャネルの完全性の1種の検証ね。それが副産物、あるいは、目的の1つだったの?

A: 副産物とはうまい言い方だ。いいかな、存在する全ては学びだ。

Q: (L) 攻撃は疑いという点では、より内心に向けられたもので、チャネルと情報に関してだけではなく、存在の基盤に関しても行われたわ。つまり、私たちが食物連鎖の頂点に居るのだろうという認識が打ち砕かれたのよ。

(T) 一旦対立が根付くや、雪だるま式に大きくなるんだ。

(J) 多分、これの観方としては:確かに私達はこうしたつまらないことの全てに耐え、あなたとフランクは苦難を味わったけど、多分1ついい事も生まれたのよ。多分、意図してではないんだけど、確かに分かったのは、私達みんなから切り離された別個のチャネルが存在しているということよ。それは、私たちの誰が居合わせるかには依存しないの。確かに、最適なコンタクトには、全員が揃わなくちゃならないけどね。。。

A: 誰でもチャネリングできるが、同程度のグルーヴィングを成し遂げるには練習が必要。だが、その派生的影響に気を付けなさい!

Q: (L) どんな派生的影響?

A: フランクをよく見なさい(※あるいは、「監視しなさい」)。

Q: (T) みんなキミを見守っているよ。

(J) Yeah. それで?

(F) 彼らが言いたいのは、キミたちが僕のようにチャネリングできるようになると、僕は殆ど始終チャネリングしてるから分かるんだけど、これには良い面と悪い面があるんだ。良い面は分かるだろうけど、悪い面をキミたちは知らない。悪い面とは、それをやりながら生きていくのがとても大変だということだ。心の状態を言葉で言い表せないくらいにだよ。
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フランクが、彼の行っている「コンスタントなチャネリング」がとてもネガティブで彼がコンスタントに自殺を考えていると示唆しているのは注目に値する。彼が「それをやりながら生きていくのがとても大変だと」いう「悪い面」とは何だろうか?そしてまた、フランクが「コンスタントなチャネリング」と呼んでいるものが、実際には「心理攻撃」であって、継続的に「知識のインプット」を行うのが癒しになるとカシオペアンが示唆しているのにも注目すべきである。フランクが言う「コンスタントなチャネリング」では、そのようなことは明らかに行われていなかった。これが意味するのは、フランクがグループと共にワークしていない時、彼は、カシオペアンが何度も「光」だと言っていた「ナレッジベース」にネットワークしていなかったということである。つまり、上の一連の言明から推察可能な多くの事は、フランク・スコットに関してこの本の中で既に提示してきた考えを単に強めるばかりだった。このテスト=大成功のうちにフランクがしでかしてきた騙しを見抜くことこそが、私が「合格」するよう挑まれていたものだったのである。

私たちは既に、サイコパスとのやり取り=カシオペアンが言う「ダンス」が、極めて危険となり得ることについて見てきた。この「ダンス」こそが、私が「見えざるものを見る」ことで違いに気付くよう挑まれてきたものだったのである。サイコパスのコントロール下にあるというのは、悪魔とダンスするのに似ていると言えよう。殆どの人たちが気付いていないのは、これが超次元的な意味でいかに深刻かということである。サイコパスにダマされ利用されるのを許すことは、まんまと彼奴の食餌「組織階層」の一部になることなのだ。サイコパスによる嘘を信じることは、彼の「命令」に従うことであり(彼はあなたに嘘を信じるよう命じ、あなたは不承不承従う)、この結果、あなたは自由意思を放棄することになる。

厳密に物質的な意味で、これは大した問題ではないのだろうか?結局誰かが私たちに嘘をついても、誰が気にするというのだ?連中に嘘をつかせておくと、私たちが傷つくことになるだろうか?連中が嘘をついていることを私たちが知っているか、あるいはそう疑っているとしても、平和を保つためにあえて連中に同調するとする。この結果、私たちが傷つくことになるだろうか?何と言っても、事実を調べ、サイコパスに真実を突きつけて、連中に向かって「ノー」と言うのは、概して非常に不愉快なのだ。私たちがサイコパスと行うゲームでは、私たちが倫理的であろうとすると多く負担するよう仕組まれていたことを思い出されたい。物質的な観点では、サイコパスに刃向うのは割に合わないように思われる。というのも、私たちはあらゆる類の攻撃を ― 言葉による/心理的な/さらには身体への虐待すら ― 受けているのだから、事を荒立てない方が楽ではないか。ここで私たちは再び、超次元のリアリティの領域へと入って行くことになる。

私たちが成り行きに任せ、サイコパスの1匹や2匹を受け入れ、連中と関わり合っても、物質界においては、大した意味は無いように思えるかも知れない。うまいこと「一線を画し」、事態が「手に負えなくなって」きたら、ダンス・フロアから退場すればいいのだ。あり得るかも知れないというだけの超次元のリアリティに基づいて、他人との付き合いを決めるのは「あやふやなやり方」だと思いたくもなるだろう。カシペアンが第4密度のリアリティについて論じるときに出て来るようなものは、結局私たちにはどれも見えないのだ。私たちには、私たちから「エネルギーを吸い取り」、気付きを高める能力を奪うような「感情の食餌」は見えない。私たちには、「コントロール組織階層」の一部を成す、私と他の人々との間に張り巡らされた「細くつながったフィラメント」は見えない。私たちにできるのはせいぜい、心理的リアリティのレベルに入り込んで、不調和ないし自滅的な行動を観察するくらいである。そうして分かるのは、「傷つくまで与えて助けなさい」、「うまく取り繕いなさい」、「愛想よく振る舞いなさい」といったスローガンによって、私たちが徹底的にプログラミングされているということだ。

こうした事の全て=実際レベルでサイコパスを受け入れることは、遺伝子プールの中に「サイコパス遺伝子を選択する」ことと見做し得る。しかし、膨大な量の証拠を考えれば、超次元のレベルでは、「人類の心をコントロールし」地球上の全ての人類に影響するような何らかの隠ぺいに関係した何か非常に謎めいた事が進行中と思われる。これは由々しき事態なのだ。サイコパスによる操作/策略の受け入れを拒絶することは、実際、地球がポジティブに変容する上で重要である。実はこの問題については、既にマイケル・トッパーが、今は廃刊となったサンダーバード誌に発表した『善と悪との大要』という論稿の中で徹底的に論じている。何とも興味深いことに、彼はこれを経済の観点から論じているのだ!かくしてここにもヘルメス主義的つながりが見出される:上の如く下もまた然り、そして、逆もまた然りなのだ。私たちは地上のダイナミクスを観察することで、天井のアジェンダを推測できるのである!(以下のトッパーの論稿からの引用は、簡潔明瞭にするため編集してあるが、彼の言葉使いがあまりに難解であるため、編集は容易でない。)


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第4密度のポジティブな存在とネガティブな存在の場合、彼らが取引を行う際の通貨は、バイオ・サイキック・エネルギーである;両者のモードは利殖なのだ。どういう意味かというと、このようなバイオ・サイキック・エネルギーの資本を蓄積し預け入れて、より大きな統合的/機能的統一を目指すセンターに動力を与えたり変容させたりするのに役立てるのである。

我々の伝統的な霊的/エソテリックな教えの性格ゆえに、上位密度の存在が何らかの基本的な心的発達を遂げずしてその地位を手に入れ得たというのは、概念として理解が難しいだろう。

第4密度のポジティブな存在は、彼らにとって識別可能な聖なる法則の抽象性の認識に基づいて意識的決定を行うことによって、必要不可欠な強さと発達上の連携を達成してきた。。。このような存在は、霊的配慮事項に対してそれと分かるぐらい「科学的な」アプローチを行う;彼らはオープンに、神の光を測定可能な大きさと見做す。。。彼らの「冷淡さ」すなわち客観性は見かけだけだ。彼らは他人の苦悩を記録にとどめ、それに合わせて自分達のアプローチを修正する。。。真にネガティブな存在との違いは比べてみさえすれば分かるものだ。ホイットリー・ストリーバーが行った有名な説明がその適例である。。。

ストリーバーの説明によれば、我々が目の当たりにしているのは、アブダクションという恐ろしい体験をポジティブなものに変えるために行われている驚くべき努力なのだという。それゆえ、ストリーバーは、殆ど極端なまでの透明性でもって、善悪の二分法は単純かつ古風に過ぎ、真実は常に、両極端の混じり合った「グレイ」なものである、という旨のスタンダードな「人道主義的」ことわざを引き合いに出す;こうして彼は、彼に試練が続いていることの明らかな意味合いから自分自身を守っているのだ。

だが、さらに重要な事に彼は、人がどんな風にネガティブな存在の「手に落ちる」かの手順と、人が第3密度心理特有の否定メカニズムを用いる結果、「そのような試練からも、良い事や発達途上の事がポジティブに生まれるものだ」という信念をどんな風に生み出すかの手順を完璧に実証してみせているのだ。

彼の結論=彼の学びの真髄は殆ど支離滅裂なもので、これらのビジターたちは何らのかたちで内心では「人類の幸福」を願っているに違いないのだが、全くこの世のものとは思われない外見の恐ろしさと、邪悪な行いのせいで、「宇宙のゼン(禅)マスター」のような働きを行い、我々の石頭を杖で叩いているのだという。。。ビジターたちが実際には解放のための作業を行っていることの「証拠」として、ストリーバーは彼の身に起こった実に嫌らしい体験のせいで、彼は「束縛を失ってしまい」意識あるままアストラル体旅行を試しに行うことすらできたという事実を引き合いに出すのだ。

ストリーバーが「ポジティブな副次的影響」としてリストアップして述べているのは、征服および究極的な魂の捕捉というネガティブなプログラムの中でも、明確な襲撃として特徴づけられるものである。ストリーバーが迂闊にも描いているのは、悪魔の「宇宙生命体」がチェスを指すようにして、ストリーバーの徹底的に苦悩する精神を操り、苛めて、彼が暗黙裡に宇宙生命体によって包囲されているという仮説を自発的に選ぶ様子だ。

更なる苛めに対してストリーバーが「防御」を行うなかで、ビジターたちの戦術が、厳格ながらも究極的には慈悲深い修練であると解釈した彼は、我々に対してネガティブな戦術が頼りにする共通の脆弱性の1つ=魂が確かに捉えられる一種の鉤針を有益にも示している:すなわち、助言があまりに真相に迫っているような時に助言を拒む、執拗な知的プライドである;というのも、彼を追い回すビジターたちが明らかに邪悪な存在で「あなたは騙されているかも知れない」という忠告を受けても、却って彼は自分の体験により強くしがみつこうとするだろうし、真相を暴くような事を言う人から油断なく自分の解釈を守るだろうからだ。彼は、彼が体験したことを彼に対して説明できる人など居ない、と繰り返す。というのも、それらは彼独自のものなので、他の誰かが、違った解釈をすること自体が、その人の思惑が加えられている証拠なのだという;最終的に彼は、彼の知性の優位性故に、この分野でユニークな特質を示すことになる。そのため彼は、他の「アブダクティーたち」と情報をシェアしたところで、大して良質の情報が得られないのは推して知るべしだと認めるのだ。
[つまり、彼の言い方から思い出されるのは、ごく一般的に行われている、「これは私だけの真実だ!」という言葉なのである。]

このタイプの合理化と自己防衛はネガティブな計画に跳ね返ってくるので、重要である。第3密度の意識のこのような特質こそが、全く予想通りに、完全な暴力の受け入れの強制というシナリオ [ストックホルム症候群]を素晴らしいものであるかのように、換骨奪胎する上で役立つのだ。ストリーバーは、恰もテリア犬が、ありついた骨に誰も寄せ付けないよう見境なく噛み付くようにして、ビジターの来訪を心底受け入れ、擁護するので始末が悪い。というのも、彼の巧みな説明と、彼が公にしている経歴のために、彼が親切で慈悲深い性分であるように見えるからだ。。。

「カルマの法則」や「類は友を呼ぶ」という格言等を考慮した場合、当然疑問となるのは、見たところポジティブな傾向のパーソナルティーを持つストリーバーのような人間が、彼の詳述しているネガティビティーの蜘蛛の巣に、どうやってかかったのか?ということである。彼は傾向的に「善良さ」が十分でなかったのだろうか?こうしたことの背景として、「善良な人間」を取り巻いている筈の保護が崩壊したらしいことを説明するような、何か未知の要素が関わっているのだろうか?。。。

『宇宙からの啓示 -異星人遭遇記録』(※直訳は『変容』)においてストリーバーは、ビジターから甘いものを食べるのを禁じられたことについて詳しく述べている。「声」が、彼の唯一の悪習である甘いものの摂取を今後控えるよう命じたのだ。ビジターが、飛行機での事故死を暗示して攻め立てたにもかかわらず、すっかり中毒になっていたストリーバーは、甘いものをやめることができなかった。この結果、ある晩、悪意を持った存在が彼のもとを訪れた。この存在について、いつもながら適切にも、彼はこう述べている。すなわち、「途方もなく醜く、不潔で暗く悪意を秘めている。そう、それは悪魔だ。それに違いない」(成田訳、268ページ以下) 彼はこうも述べている。「踏みにじられたという思いに、圧倒されそうだった。虎ぐらいの大きさの不潔で嫌らしい昆虫が、家じゅうにあふれているみたいだった」(271) やがて「その恐ろしい昆虫が、ベッドの脇に、巨大な人食い蜘蛛のように立ち上がった」(269) 「額に何かが置かれ」、「軽い電圧の微かな振動を眉間に感じ」(269)たかと思うと、彼は「一瞬のうちに別の場所に送られたようだった」(269) そこは地下牢のようで、耐え難い拷問が行われている光景に、彼の眼は釘づけになった。犠牲者は、見たところまったくふつうの男だったが、裸だった。黒づくめの人物によって、すさまじく鞭打たれ引きちぎられそうな裸の男は、苦悩の叫びを上げていた。ビジターは彼に、こう説明した。「かれはおまえを従わせることができなかった。だから、その責めを負わねばならない」(270) この説明に続いて、実に興味深く、かつ、重要な「保証」の言葉が述べられた。「これは現実ではないよ、ホイッティー、現実ではないんだ」(270)

まざまざと拷問シーンを見せつけておきながら、結局は現実ではないと保証してストリーバーを慰めるのが何のためなのかは、バナナ共和国(◆バナナなどの果物の輸出への依存度が高い南米の国々)
で採用される拷問戦術について聞いたことのある人々にはお馴染みだろう(すなわち、犠牲者は、拷問によって耐え難いほどの痛みを味わわされる一方で、しばしば同じ陣営の連中から身の安全を保証されるのだ)これを行う目的は、監禁中の犠牲者に対して、「母親のような」愛撫まで行なうことで、訳が分からなくなった犠牲者が、暗黙の救済に対して本能的に引きつけられる結果、犠牲者から完全な協力を引き出すことにある。。。

じじつ、ストリーバーは、従順なモルモットぶりを証明した;これは全て想念形態だと告げられていたのに、失敗し鞭打たれた「命令者」に対する同情に固執した結果、ついに彼は自分を苦しめていた、当のゴキブリどもに対する後悔の愛へと崩れ落ちてしまったのだ。「だがまた、わたしは愛を感じていた。あれほど醜悪で、あれほど恐ろしい目に遭わされたにもかかわらず、かれらをなつかしみ、待ち焦がれていたのだ。そんなことがありうるだろうか?。。。その欲求や規則に対して、自分が軽蔑を示したことが悔やまれた。なんとか償いをしたいという思いに駆られた。。。わたしは罰よりも大きな痛みを感じた。それはかれらの愛情がもたらす心の痛みだった。。。かれらはわたしのために完全なる愛に背を向けた。それも、わたしを助けるためにそうしたのだという感じがしていた。。。前夜わたしが見た醜いものは、かれらではなく、わたし自身だったのではないかと思う。わたしは自分が恥ずかしくなり、吐きけを催すほどだった」(273-274)

このような存在を愛する結果、人はネガティブな要求に屈することになる。

この点につき承服しかねる、あるいは、ストリーバーがしばしば頼みにするような、リベラルな人道主義的提案を大事にしたい(すなわち、このような事が本当にネガティブないし邪悪だというのは、「単純化し過ぎ」である)という向きには、ラー文書の1節をお示ししたい。これは、ストリーバーが長年に亘って行ってきた説明に先立って示されたもので、ストリーバーが贔屓するビジターの行動を解き明かすカギをもたらすばかりか、われわれに、必要な評価の視点をもたらすフレームワークを提供するものである。『一者の法』第3巻21ページでラーは、第4密度STSによる「命令」というプロトタイプ的戦術の特徴を示している。「命令」は、ストリーバーの体験が、この現象の具体例の現れであることを明らかにするように述べられている。

「命令」とは、意志の争いであり、自らの自由意志によって奴隷化に従うような意識を表現している。それは、まさしくストリーバーの甘い物に対する欲求に対して説明無しに発せられたような服従の指令である。その唯一の目的は対象に、指令=実際は全く見当違いな中身の命令を受け入れさせることである。。。このようにして召使の一団を持つことは、第4密度のセンター/システムにとって真の滋養=「食物連鎖のピラミッド」の類を持つことに他ならない。。。

この結果分かるのは、ストリーバーのビジターが、先にラーが詳述したネガティブな存在ならではのやり口 ― 的確に服従し損なう結果、懲罰を免れない − を実質的に分かりやすく言い換えていることである。これは昔も今も、ネガティブな極性が、望み通りの服従を強要する ― その結果、愛を操作することによって、魂を捕える − やり方を描くものである。
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上位密度のポジティブな存在とは、光の存在である。上位密度のネガティブな存在とは「光を食べる者たち」である。愛は光であり、光は知識である。第4密度STSが、客観的真実に反する信念へと誘導するとき、連中は、事実を盲信することを選んだ人の光=知識を「食べた」のである!あなたが嘘を信じるとき、あなたは気付きのエネルギーを食べるのを許したのだ!あなたが、手間暇かけて、自ら状況を確認し、リサーチし、比較し、ネットワークし、合意を得ないならば、あなたはパワーを無駄にしたのである。あなたは、学びという創造的な行動に失敗したのだ。


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このような存在は、闇と関わりがある。というのも、光=知識は、本来的な空虚という「ブラックホール」の大洞窟に吸い込まれるからだ。。。万事に気配りし、壮大なスケールで、第4密度STS連中が従事する壮大な宇宙的プロジェクトの全ては、究極的には、エネルギーを「買い占める」手段であり、既知の光の場や光を生み出しうる場を独占しようとするものだ。連中が押し付けようとする、拡大する秩序=連中が、より多くの人びとを配下に収めようとする全体主義的支配は、連中のために働き、エネルギー貯蔵の畑を耕し、維持させ、有益なエネルギー、すなわち光の資本に変換可能な感情という、自己補充する、滋養の源泉の「群れ」を供給させる創造を何者にも強要する=空想的で、内部に矛盾を抱えたプロジェクトである。ネガティブな存在は重要な光エネルギー源を連中自身では生成できないため、連中は、手際よく捕えて繋ぎとめた存在の蓄えを利用するのだ。。。
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信仰によって生み出される刹那的な霊的紐帯がある。嘘を信じることを選んだ人との即座のつながりと解釈がある。上位密度の存在は、人間に固定された、繊細で垂直なフィラメントで出来た斧を持っている。このような繊細な神経ネットワークは松果体/脳下垂体によって表わされる、上位次元のシステムのエーテルで出来た「チャクラ」から吸い取った放射性エネルギー価を処理する。


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STSヒエラルキーの組織階層は、天上の星々の向こうに投げられた貪欲な網のように、専門特化したパワー、力、機能から成る、無数の霊的な蜘蛛の巣へと延び、合わさった全エネルギーは、コントロール・ピラミッドの頂点に立つ存在の基礎的な便益を高める。この頂点を成しているのは、最も永続的なネガティブ存在である ― 徐々に収益が逓減しているという全ての証拠にも耐えてきたのだ。こいつは、究極のネガティブな目的を直接に体現し推進している、孤独な1匹と呼ぶことができよう。
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この存在の意識は、自発的にネットワークに組み込まれた隷属的な人々の数と相対的な強さを、文字通り食い物にして増大する。吸収された人の霊的潜在能力が大いに発達しているほど、彼が全体システムに貢献できる「エネルギー」も多くなる。ネガティブな魂の組織階層の「司令官」にとって利用可能な霊的エネルギーが多いほど、より強力で捕まえにくい魂を吸収する彼のパワーも効力を発揮する。

「意識の貢献」は、さもなければ、1個の魂が客観的知識を網羅するのに利用できたであろうエネルギーからでも有効に成り立つ。連中が、真実へと調べ掘り下げるのに必要な努力、あるいは、自らの霊が真実に適合するよう調整するのに必要な努力についての嘘を選ぶ度に、「愛」のエネルギーは効果的に、自らはその真実性を確認せずに信じ込んでいる嘘を生み出している人間へと移る。


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貢献の流れは組織階層を垂直に流れるので、それは機械的な霊的「食料ポンプ」が育まれたように見えるかも知れない ― 戦地に展開する兵士の死命を決する霊的パワーの開通と発達である。このポンプは、司令官が占める「皮層の」ステーションへとエネルギーの総和を上方に運ぶのに貢献し、情報=智慧の効果的存在(この場合は、ネガティブな影響を受けているが)を文字通り増大させる役に立つ。意識をよりハイな状態にするのに化学薬品 ― 特に松果体に関係したもの − を用いるため、「流出弁」が、ネガティブな組織階層の教えにおいて強調される。

ネガティブな組織階層の隷属者は、いずれも巨大な構造体の階層のように結び付き、全てを睥睨する頂点=「ピラミッドの目」の組織化された外延や心身の器官 ― それぞれのレベルから、ネガティブなアジェンダに貢献する器官や生理プロセス ― として機能する。異なる階層に居る存在は、究極の目的の対象を知覚していない。というのも、下位の、「専門特化」した者たちからすると、より上位に居る、より理解力のある者たちを故意に覆い隠し歪めるのが、ネガティブな組織階層の特質だからだ。

ポジティブな領域では、下位レベルの者が最低限の歪みしかなしに上位レベルの目的と機能を知覚することも、本来的に可能である。というのも、ポジティブ領域の特性とは、いわば、トップへのエネルギーの一方通行のチャネルを作り出すということよりも、シェアし交換することだからである。
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STSの組織階層における、下位レベルの存在が気付く限りにおいて、連中の目的は、人為的な経済の圧力の下、地球人とエイリアンによるグローバルなパワーエリートの構造を具体化することである。この構造は地球およびその住人を完全に支配する結果、地球を、STSの組織階層に「食べ物を提供する」捕えられたネガティブな資源とすることである。

これこそが、第4密度STS生命体が知覚する内容である。これが連中の目標なのだ。これが連中の知る全てである:無慈悲と支配、パワーとコントロールである。だがもちろん、真の目標は、連中には隠されている。ネガティブな組織階層のより上位の密度層は、自分達の目標の性格を低階層の「隷属する役人たち」から故意に歪め、隠している。上位の連中からすれば下位の奴らは、征服というエンジンの歯車の消耗品である歯の役目を果たす、管理されたマシンに等しい。


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最上位レベルにおける目標は、ネガティブな部隊の全てのエネルギーと専門特化したパワーを、広範囲に亘るマトリックスという飲みやすい情報パターンに変換し、ピラミッドを成す、将軍・司令官・領主の知識の増大と気づきに貢献することである。これらの「歩兵」のエネルギーやパワーが生み出す果実は、実際に獲得した領土=真に征服した要素という観点で、ネガティブな組織階層の最高レベルが高度に統合された、進歩的な複合制御を行う役に立つ。これによってSTSの最高レベルは、管轄規制区域の場をさらに拡張することが出来、吸血鬼のようにしてエネルギーの滋養物を吸い取れる「農場」を、徐々にではあれ確実に増やすことができるのだ。

このような一方的な光エネルギーの取り込みがもたらす結果は、上位密度にのみ徐々に現れる。

第3密度において、知覚のプロセスは、松果体/脳下垂体に相当する場所を通じて、環境の認識パターンを送信する、光量の双方向の継続的循環である。自然の霊的刷り込みを帯びた、暗号化された光量は、届けられると、放射性エネルギー物質と「ミックスされ」、食物その他の感覚的印象と共に摂取される。このような光量は一般に、感覚系から取り込まれ、その人の「同一性の印象を帯びつつ」松果体から送出される。概して、心身の統合度合いが比較的に低いせいで、多くが無駄になる。

より効率よく、高度な段階にまで光を循環させ取り入れるには、より純粋な印象が必要となる。「より純粋」というのは客観的という意味だ。受けとる側の光の印象にかかる「ツイスト」や「スピン」が少ない程、純度は高まる。印象の純粋さ、すなわち客観性は、意識の深い、結合的な(unitive)理解に一致して最適化される。
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この「結合的」という言葉は、「他人」が自分自身として知覚されるという意味ではない。他の全てが、単一類型の一方通行の放出によって使い果たされることなく、全体構造の一部として保存され、連携され、バランスをとられるべき、光エネルギーのユニットとして知覚されるという意味だ。この「結合的意識」は、様々なあらゆるパターン/形態をとりつつ、「全体存在」の認知する場を押し広げる。それは意識的な自己同一性という軸を保ちつつ、存在/創造の際限なき形によって表現される、様々な同一性の総和を知覚する。かくしてそれは、「所有」したり「食べ」たり、存在に「一方通行の流れ」を強いたりする欲望も必要も無い、愛の調和に対する恍惚的な賛美なのだ。ポジティブ勢力=上位レベルのSTOの存在は、あらゆる状況/形態における「絶対的意識」による気付きである、ポジティブなロゴス(理性)の目的の達成に向けた、創造性の場を積極的に維持しようと努めているのだ。

しかし、ネガティブな組織階層は、放射する光のエネルギーを一方通行的な流れの中で使い果たすことを志向する。放射的な光の出所を「捕え」、取り込むことに依存する、漸進的なパワーは、意識の排他的主観性に給餌し、それを高める役目を果たす。というのも、そのような努力は、全てのものを熱心なエゴ意識に属する、拡大するナルシズムに隷従させようとする努力だからだ。


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上位レベルでは、自ら高めたエゴ意識のフレームワークの吸収が、深刻な機能の収縮および存在という創造された場への関心/関与からの効果的な撤退をもたらし、ピラミッドに接触した場合の最低限のやり取りを保つ。

かくして、上位密度のネガティブな存在は、不吉で孤独な存在の形をとり、天体物理学領域にある荒涼たる洞窟に潜むことになる。それは、第5密度の強力な知識を持った獰猛な思念体となり、言い伝えられているようなバシリスク(《ギリシャ神話》◆とさかのある爬虫類で、息を吹きかけたりにらみ付けたりしただけで人を殺すことができるとされる)
の眼力を持ち、創造された世界に対する、烈しくなった/収縮性の自己陶酔から、注意の流れを「逸らす」ばかりで、狭まった食料源を切り拓く必要性を形だけ重んじ ― 浪費と、創造された世界の愚かさを含む気晴らしから活力を吸い取り、「光のユニット」を吸収して、必要なパワー=想像も及ばない、彼奴が必要とする「ワット量」が途切れないようにしつつ、ネガティブなエゴの基礎条件=アンチ・ロゴス=意識の利己性という、山のような自己陶酔とナルシスティックな自己の輝きを保つ。

だから、アンチ・ロゴスも創造の世界から簡単には撤退できない
― それは、それらを自己の中に吸収しなくてはならない
― それは、創造を元に戻す必要性を感じている
― それは、限りない自省の燃料となるエネルギーを必要とする。

これが、食物連鎖のピラミッドの頂点に立つ、究極の目標的存在である。このような次第なので、これの抱くアジェンダは組織階層の低レベルから隠されている。このような低位レベルのネガティブな存在が、十分なエネルギーを ― 一種の臨界量である ― 使い果たすまで=このような異常な自己集中の爆縮が誘発されるまで、彼奴の支配に反抗する者たちを滅ぼし、現在の栄養分の供給が続くように、捕捉した資源の最低限を守ることにしか関心が無いのだ。連中は、知的生命体を技術によって従順な状態に保ち、良き「下僕」にするため、地球の破滅・崩壊の比率をコントロール/固定したいのである。
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ここでとても重要になって来るのがゲーム理論である。これはまた経済の問題であることに、読者も気付かれるだろう。第4密度STS生命体と配下の人間部隊は、完全に全滅させることでは得が得られないのでご利益が無いことに気付いているのである。連中は、最適比=収益逓減と見境ない殺戮 ― 「第3の選択」と「6度目の大絶滅」 ― との間のデリケートなバランスを達成しようとしているのだ。

真の目標 ― 頂点に立つ存在が望む、究極的かつ完全な破壊 ―  子分たちさえも完全に破壊すること − は、その下に居る上位密度のネガティブな存在からも隠されている。下位レベルの存在たちが階層を上って行くとき、彼らは完全な消滅というブラックホールがぼんやり近づいて見えてくるのを「感じる」かも知れないが、食餌の熱狂状態という当座の快楽にすっかり心を奪われているために、闇の中心をもっと深くまで覗き込もうという考えを思いとどまってしまい、自分達も食料にされてしまうという不安を感じないのだ!

STO部隊は、どんな状況下であれ、どんな形であれ、意識の実現を讃え、守るので、創造を維持する資源をより多く持っている。それは統合意識による決断や集合的な意図という、より強力な忠誠心にアクセスするので、ネガティブな組織階層は絶えず抵抗に遭うことになる。このSTOによる抵抗は、遥かに調和的で、論理的パターンに整合しているので、実行に移せるだけの量の創造性をSTOは持っているのだ。

しかし、ネガティブな組織階層は、その本性ゆえに、何はともあれ、敵方の誰からであれ、創造性の延長コードや目覚めているための道具を「借用」しなくてはならないのである!つまり、その本性は自己嫌悪なのであり、それから逃げ続けねばならないから、彼ら自身の「真実」から自分達自身を守るために、益々多くのエネルギーを必要とするのである。

しかし、こうした事の全ては、この地球上で超次元の神学的存在が指しているチェスのゲームなのである。ネガティブな組織階層が1つの惑星、あるいは1つの銀河の征服にさえ成功したとき ― 時折起こっていることなのだが ―、それは、指し手と反撃する手という長々と続く知的トーナメントによる、最も巧妙かつ密かなタイプのゲームでのみ達成されるのだ。このゲームの狙いは、常にゲーム盤上にある、特定のポジティブな要素と特質(=駒)を惹き付けることであり、徐々にそれらは吸収され、それらが持つポジティブな効力は狡猾に損なわれ、それら特有の動きは徐々に逸脱したパターンへと統合されて、ネガティブな潜在能力は密かに最適化される ― ポジティブな効力を無効化され、あるいは、ストレートかつ本当の連携を徐々に、感知できない程度に歪めることによって、実際に「支配して」、ついにこれらの駒は、戦略的装備全体に意識的ネガティブさという意図的な次元を加えることになる。

ネガティブ勢力は、著しく先見的な自省を示してみせることができる。もし、1つのグループが効果的に捕えられ、完全に滅ぼされたとしたら、その代わりに、そのゲームは自らの地位を無傷に保とうとする征服者たちによって続けられ、儲けた分を「銀河系征服」という、一層壮大なネガティブな栄光へと向けた戦いに注ぎ込む用意が整うのだ。これこそまさに、多次元宇宙の比較的大きな部分を瞬く間に消し去ろうとして、含められることはできるだけ多く含めようとする、優位戦略なのである。

こうして最終的に分かるのは、STSの意識は、等式から愛を引いたものに違いないということである。人が、他の人を抑圧したり、コントロールしたり、改宗させようという気にさせられるのは、愛が欠けている場合のみなのである。愛は「絶対」という無条件の本質の中にあって、全ての能力は、無制限の潜在能力という気前の良さによって可能となる、という外部的状況を表す。愛とは、STSの組織階層による明らかなアンチテーゼすら容認することによって、それ自らを絶対ならしめる、絶対にして無条件のパワーなのだ。

完全なリアリティとは、本性からして、究極的な意味でSTSの組織階層を凌ぐ。STO的観方は、愛と「無限の可能性」 ― 創造が持つ、あらゆる形態/態様に終わりなく増殖する特性 − とを組み合わせる。STO的観方は、意識における自己同一性を認めつつ、形態における違いを称賛する。STSの組織階層が愛に対して「辛く当たる」のはこの理由のため ― STSが独り占めにしたいと心から望んでいる、かの注目を、愛が許し、受け入れ、シェア可能にするからだ。

愛とは、幾筋にもなって流れ出す、創造的な潜在能力である一方、無限の可能性という黎明の状態 ― 予期しない状態 ― に気付きを保ち続ける。愛は、たとえ何度除され/乗じられようとも、ロゴスが損なわれないことを知っている。愛とは、選ばれ、境界を定められた属性に一時的にはフォーカスしていようとも、減少することもないと知っている意識である。

しかしSTSの組織階層は、この創造性の表現を、他の「神々」に媚を売る「ふしだらな淫売」と見做す。STSの組織階層は、所構わず増殖し、自由を認める気前のいい愛を「取り押さえる」のが自分の仕事だと考える。STSの組織階層は、母親を「捕まえ」、彼女を収監し、彼女のやり方を盗用し、彼女の行動と働きを真似して、彼女のパワーを利用する一方、そうした彼女のパワーの発現を戦略的に変え、STSの組織階層の目的に適した、制限された偽物に併合したいと願うのだ。

いいだろうか。STS勢力には、創造のパワーはない;連中は自分では創造的な活動ができないのだ。連中はそれを行う上で、母親のパワーが必要なのである。それがため、連中はパワーのある女性を捕え、創造的相互作用と適切な段階の生産を最低限続けられるように、生かさず殺さずの状態にしておくのだ。

愛の形の状況に応じた規制を通じて、STSの知性は、魂のエネルギーを無理強いして、抽象的な意識の資本を特定の霊的/感情的鋳貨に変換させる手段を導き出す。繰り返し盗み蓄えた霊的/感情的エネルギーによって、STS勢力は、肥沃な処女地、創造的生命が損なわれて居ない宇宙の部分を略奪し、収益特権が得られるような時限時計と宇宙回廊を開くエネルギーで出来たカギを手に入れたいのだ。


---
僕の母親との強力な関係は僕の魂に、絶対的な信頼を与えてくれた。僕は、母親がしてくれたように、彼女が面倒をみてくれるぐらいのところまですっかり1人の女性を征服したいのだろうか?

徐々にではあるが、僕は問題の大きさが分かってきた。僕の発達は女性との関係でなされるのだ。リタとの関係は、それがいかに難しいかの例だ。あの歳で、あれほど素晴らしいパートナーだったのに、最終的な結び付きが達成できたら、どれほど素晴らしかっただろうか。ジュディーは目を見張るような美貌の中に、常にさまよい歩く投影のリポジトリを提供していて、僕らの死の戦いの強さは、僕の探究がいかに不可能かを分かりやすく示していた。僕は不可避な事を受け入れるのを拒絶する ― 僕は女性(母親)なしでは生きられない。これを受け入れるまでは、夢中になるものが数えきれないほどありながら、散発的であるように、僕の生産性は強烈だろう。僕が直面している地獄は、悲しみよりも深い喜びを不断に生みだすことのできる、僕の信じられないエネルギーによって幾分かしのぎやすくなっている。
---
(Levy, 1988)


私たちは、STS組織階層(ヒエラルキー)の第3密度に現存する代理人としてのサイコパスの究極の狙いが、創造のエネルギーを征服することだと分かった。他人が嘘を信じるよう仕向けることによって、それを自らの内に取り込み、他人からそれを奪うのである。というのも、あなたがサイコパスの嘘を信じるとき、あなたは彼奴にあなたに自由意志のコントロール ― 創造性のエッセンス ― を与えるからだ。

惑星は心身が相互作用を行っている特別な密度の中心である。ある特定の宇宙的瞬間、すなわち「分岐点」で、このような惑星は上位密度へと極性化される予定になっているのだろう。ネガティブな組織階層は、この時こそが地球全体がポジティブなリアリティではなくて、ネガティブな第4密度のリアリティに参加するする「絶好のタイミング」と見ている。ネガティブな極性を持つ存在は、自らの役割を果たすため、ネガティブな極性を持つ惑星基地を必要とする。それは、高次密度のポジティブな存在がポジティブな極性を持つ惑星基地を必要とするのと同じだ。

またしてもヘルメス主義の格言で言えば:天上に光エネルギーの経済があれば、地上に心と意志のコントロールの経済ありだ。連中は、地球を連中の支配下に「固定」するために、人類の持つ創造エネルギーを利用したいのである。

目下私達が目の当たりにしている、強烈なUV(紫外線)照射をもたらす、オゾン層の枯渇は、「工業化がもたらした不幸だが不可避な副産物」ではなくて、
http://web.ccsu.edu/faculty/kyem/GEOG466_Africa/Economic_Development.htm
ネガティブな組織階層が故意にこっそりと、この惑星の生化学的/電気的組成をネガティブな極性の惑星のものとなるよう準備に励んでいる一環なのだ。

「邪悪な惑星」や闇の恒星というものが存在するのである。現時点での真の問題とはこれだ:母なる地球もそんなものの1つとなるのだろうか?

これも参照せよ:『隕石、小惑星、彗星:衝撃、災難、疾病、死、危機一髪の数々』
http://cassiopaea.org/2011/11/07/meteorites-asteroids-and-comets-damages-disasters-injuries-deaths-and-very-close-calls/

(本巻終わり)
posted by たカシー at 18:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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