2015年12月06日

ザ・ウェイブ53章: 奇妙な鳥たち

ザ・ウェイブ53章: 奇妙な鳥たち
http://cassiopaea.org/2012/01/21/the-wave-chapter-53-strange-birds/


既に述べたように、アークと私はついに使い古した石鹸の手掛かりを手繰り寄せることが出来たのだったが、私達はこれに大層ショックを受けたので、殆どその瞬間に、これ以上フランクとやり取りするのはすっかり止めにしようと決心した。この時私たちは、数年来もたらされてきた手掛かりがどういう意味だったのか、そして、カシオペアンが私に夢の中で直接コミュニケートして来て、私がフランクの将来の行動を「見通せる」よう、鳥たちの言葉による一連の手掛かりを与えてくれていたのだと悟ったのである。しかし、私の意識はまだそのことを受け入れるのには抵抗があったので、夢の中でのドラマには、フランクではなくてテリーとジャンが現れたのだった。こうして私は、将来の災難を実際にもたらすのがボードを囲むパートナーのフランクだと強く説得されていたのであり、その夢が私に示した重要な点は、フランクの真の役割だったのである。しかし、夢を見た時点の私には、フランクがスパイであると考える心の準備が出来て居なかった。

もちろん、これは現時点でフランクが「自分が居なかったらシーズ文書は無かっただろう」という主張に基づいて、違法かつ詐欺的に、文書の著作権を主張している事実と関係がある。シーズ自身がはっきり示した通り、これは明らかに正しくない。フランクはチャネルではなかったのだ。シーズはいかなる形でも、彼と繋がっては居なかった;彼が実際にはプロセスにとって二次的な存在であり、彼が居なくてもチャネリングでき、彼が居なくても続けられてきたことを明らかに示す圧倒的な証拠が存在していた。しかし永きに亘って私は、フランクに、ある種の達成感を得させ、彼の行動を刺激するポジティブな強化を行おうと努力し続けていたので、文書を投稿する際のヘッダーには「フランク・スコットと[私の旧姓名]によるチャネリング」と冠していた。私は常に自分は補助的であるとしてフランクに名誉ある地位を与えようとした。というのも、常々彼は、自分がいかに両親から完全無視され、窮地に追い込まれて来たのかについて大言壮語していたからだ。私が行っていた、この些細な儀礼的振る舞い=彼が自分のことを良く思えるように手助けしようという努力を、彼が自分こそチャネルである証拠と見做そうとは、私は夢にも思わなかった。だがシーズが既に認めているように、STS派の人々に対して「エネルギーを与える行為」は、彼らがSTSへと堕するのを煽るだけなのである。そうすることで彼らをSTOに回心させることは決してできないのだ。決して。

「フランク問題」について長いこと議論した結果、アークと私にはかなり明らかに分かったのである。すなわち、彼との付き合いを続けるのは、私達の2人ともが、それぞれ今は分かれたパートナーとの間で真の心の触れ合いはあり得ない、すなわち、お互いの魂が同一線上にはない
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と気づいていながら、それぞれの結婚生活を続けていたのと全く同じ状況なのだと。カシオペアンは、ある種のミッションが存在し、情報をシェアするだけでも遂行していることにはなるが、フランクが関与している限りは次のレベルには移れないのだと何度も繰り返し述べていた。フランクの辿る道は私達とは異なるばかりか、正反対だという証拠はふんだんに見受けられた。確かにそれは本物のツイストだった。

じじつ、ある読者が指摘した通り、操作と信頼への裏切りは人間の動学のなかに絶えず存在している。だが、別の意味では、それを経験するのもまた、私達の選択なのである。シーズはかつてこう言ったことがある。私たちは、ある入口へとおびき寄せられたのであり、一旦、第3密度での経験と言うお宝を手に入れることに魅せられ全力を尽くしてそれを手に入れようとすると、それは何らかの意味で、遺伝子を変えられるよう同意したことになるのだと。だがこれは突き詰めると結局、私達がオブライジ(受け入れる)しない限り、自由意思はアブリッジ(蹂躙)されることはない、ということである。

こうして私達は、操作や信頼への裏切りに対して無防備となるような未解決の問題に取り組むよう求められているという理解に至る。確かに私達は、純真無垢な子供の時分に、自分が取るに足りない存在だと感じるようプログラミングされており、この、自分には価値がないと思い込ませるプログラミングのせいで、私達は操作や信頼への裏切りも当然の事として受け入れてきたのだ。別の読者はこの事を雄弁に論じている:


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僕は人生のかなり早い時期に、世界中の人々はどうやら、同じような感情のもつれを体験するらしいことに気付いた。これは繰り返し起こるのだ。(僕はまた、この地球上で自分が如何に悲惨な存在であるかということにもまた、ごく早いうちに気付いて苦しんでいた。)僕は、これが何のせいで、なぜなのか、どうやって起きたのか、無意味で際限ないように思われるループを通りぬけられる出口はあるのか知りたかった。

当然ながら僕はまず「感情のもつれが起こる決まったパターン」を徹底的に理解できるよう、一通り経験しなくてはならなかったのだと思う。あらゆる類の虐待や、深刻で命に係わるトラウマ、難事と共依存によって出来上がった親密な関係等々である。これらが、僕の幼い頃に味わったメインコース料理だった。

いずれにせよ、暗くて痛みを伴う奈落の底で、僕は子どもが想像し得る限りの悲惨さに学んだのであり、それを克服して成長できたことは、これ以上はないくらいの嬉しい驚きだった。僕は、「闇のような、自己修練の日々」が、実際には素晴らしく「光と他者への奉仕」になるのであり、他を以ては代えられないと分かったのだ。これはもちろん、召命に注意する道を選び、経験から学ぶ場合の話である。
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カシオペアンはこう語った:存在する全ては学びであり、この問題について、深く自省して解決しない限り、私達はこの学びに直面し続け、それらは概して、私たちの注意を惹くようエスカレートするものだと。そして、この問題を未解決にしておくことはまた、捕食されやすくなることでもある。私達が自分には価値が無いという気持ちを、自負心で置き換えた時点で、今度は、エネルギーの適切な使い方に関する、ドン・ファンの言葉の意味が分かってくるだろう。

エネルギーの適切な使い方は、ドン・ファンによる、見る者の2つのカテゴリー分けの説明と関係がある:


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第1は、みずから進んで自制を働かせ、実際的な目標へ向かって活動の道を切り開いていく者。これは、他の見る者だけでなく、広く人びとに恩恵をもたらす。もうひとつは、自制や実際的な目標のことを考えない者。見る者のあいだでは、後者は自尊心の問題を解決しえなかった者という見方が定着している。
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カルロス・カスタネダ『意識への回帰 内からの炎』真崎訳、26ページ。


目下、私達が相手にしているのも小暴君の一団で、彼らはあまりに自尊心が高いので、彼らのひねくれた目的のために、ありったけの時間とエネルギーを使うことに余念が無く、私たちが行っている事に対してせっせと攻撃を行い、私達の成果を盗んで、他の見る者や人類に恩恵を与えるような実際的な目標のためにエネルギーを使うこともできなければ、その気も無いことをはっきりと証明しているのである。

彼らには、自分たちのウェブサイトを作って、自分達で生み出した有益な情報をシェアする気など明らかにないのだ。研究し、理論を生みだし、実際のワークを行うことでそれを実践して、さらには、オリジナルの、他人の役に立つような何かを公表するような時間の使い方をしないで、他人の威光を借り、他の人たちの業績やお金を盗み、他の人たちの作品を盗用し、信任状を偽造することによって、誤って魅せられた人々を攻撃し、彼らの自由意思を冒すことに精を出すのである。

ドン・ファンが言う通り「完璧というのは、エネルギーの適切な使い方以外のなにものでもない。。。これを理解するには、おまえ自身が充分にエネルギーを節約しなければいかんのだよ」(※真崎訳、27ページ。)ここで言っているのは、障害物競走をしたり、草を刈ったりするのに使うような普通の意味でのエネルギーではない。物理体で表現されるものの、これらとは異なるエネルギーについて論じているのだ。ドン・ファンが言っているのは、気付きのエネルギーなのである。

私は以前、カシオペアンが与えてくれた中でも最も重要な原理は、自由意思と「知識は守る」だと書いた。これら2つのコンセプトは不可分の関係にある。持っている知識が増えるほど、気付きも高まり;気付きが高まるほど、嘘や真実を受け入れて流布させるかどうかに関する意思の自由度も高まるのである。知識が増大するほど、気付きも高まる可能性はあるが、常にそうなるというものでもない。人は大量の知識を持つことができるが、子供向けの辞書で定義した知識である限り、「子供じみた気付き」を持ち得るに過ぎないのだ。

知識とは、あるテーマに関する情報を理解していることであり、経験や学習により得るものであって、一般には、人の心の中にあるか、人々が持っているものである。これに対して、気付きは少々異なる。それは、とりわけふさわしい物事に、殊更気付いて、意識しているという事実ないし状態である。それゆえ、その時々の事態の流れにおける「ふさわしさ」というものは、その人が宇宙について持っている知識、ないしは、宇宙に関する信念によって決まるのだということが理解されよう。社会によって一般的に受け入れられていることに基づいた大量の知識を持ち、そのような知識に基づいて、何がふさわしいかどうか決めるという人も勿論多い。既に見た通り、その結果陥るのがストックホルム症候群なのだ。

宇宙に関して、一般に受け入れられている内容を超えた、もっと深い知識を得られるかどうかは、リアリティを観察し、十分な数の事実が証明されるまで、辛抱強く仮説を立て続け、事実や証拠を仮説に無理やり合わせようとするのではなく、新事実や新証拠に基づいて仮説をコンスタントに変えて行くだけの心のオープンさを持っているかによるのである。このように、ふさわしさというものはドラマチックに変わることがある。たとえ、一般の人々が持っている知識の一部となっていなくても、上位の存在領域にふさわしい物事に気付き、それを意識することは可能である。ある読者は、知識と気づきに関してとても重要な点を指摘している:


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2つの言葉は似ているが、強烈さの度合いは同じではない。例えば、私がエイリアンについて気付きを持っているということはあり得るが、「直接的な」知識を持っている訳ではない。私が物理学について気付きを持っていることはあり得る(私に関してはその通り)が、物理学の知識を持っているわけではない。知識を持っているのなら、気付きは持っていよう。しかし、気付きは持っていても、知識を持っているとは限らないのだ。

こう言うと、枝葉末節にこだわるものだと考える人も居るだろう。だが、これは見逃すと、た易く堕落につながりうる重要な区別だと思う。私達の中には、気付きを得るや、知識の探究を止める人が多いのである。というのも、自分がそれを知っていると思い、これでもう十分だと思うからだ。
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という訳で、たとえ私が存在の上位レベルに関して、そしてまたサイキックバンパイアや小暴君に関して、気付きと知識を持っていたとしても、フランクの本性に気付いた時点の私が、彼についての十分な知識をまだ持って居なかったのは明らかである。私達はエネルギーを蓄えなくてはならないとは知っていても、完璧さの真の意味がエネルギーの使い方に関係しているというところまで深くは理解していなかった。「完璧というのは、エネルギーの適切な使い方以外のなにものでもない。。。これを理解するには、おまえ自身が充分にエネルギーを節約しなければいかんのだよ」

こうしてまたもや私達は、これは私達が経験している最中の学びなのだという考えに戻って来た;私達はある意味、小暴君による捕食に身を曝している。というのも、私達はある意味、そうされて当然と感じているからだ。確かに私達は、社会/家族によって、そうされるべきだと感じるようにプログラミングされているかも知れない ― エイリアンによる干渉など必要ないのだ。ましてや私達は、過去生でのプログラミングを持ち越して来ているかも知れない。私がそうであったように、おそらく殆どの人たちがそうだろう。こうした事全てはバッドニュースだが、グッドニュースもある:こうした要因に十分に気付いた瞬間に、人は心を変化させる権利を手に入れるのだ。その瞬間に、その場であなたは操作され裏切られるのを止める権利を手に入れるのである。ユング派心理学者のピンコラ・エステスが書いている通りだ:


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黒い男の夢は、外の世界。。。で何かが根本的に欠けていることに注意を向けろ、と鳴り立てる目覚ましでもあるのです。。。黒い男の脅威はわたしたちすべてにとって警告になります。もし宝をなおざりにしていれば、盗まれてしまうよと。こんなふうに、もし女が黒い男の夢を見るようなら、彼女の才能を再評価するチャンス、目覚めへの巨大な門が開かれているのです。そこを通れば、これまで女に対する破壊や強奪を重ねてきたものが何か認識でき、理解でき、処理できるのです。

青ひげの物語でわたしたちは女が掠奪者の魔力にとりつかれながら立ち上がって逃げ、今度こそ賢くなるのを見てきました。この物語は女の主張から映し出された影の4つの変形を語っています。つまり、完全なヴィジョンをもたない、深い洞察力をもたない、自分の声をもたない、きっぱりした行動をしない、の4つです。掠奪者を追い払うには、その正反対のことをしなければなりません。鍵を開けるかのぞき込むかして、中にあるものを見なければなりません。洞察力と能力を使って、目撃したものに立ち向かわなければなりません。明瞭な声で自分の真実を語らねばなりません。そして、頭を使って、目撃したものにどう対処するべきか、考えなければならないのです。本能の強い女は内部の掠奪者を鼻で、眼で、耳で直観的にみつけ出します。それが現れるのを予期し、近づく気配を感じ、策を講じて追い払います。本能が損傷を受けた女の場合、その聴力、感知力、理解力が主として、いい子であれ、行儀よくしろ、なかんずく、虐待されても気づかずにいろ、と叩き込まれてすっかり損なわれているので、気がついたときにはすでに掠奪者の手中にあるのです。

まだ若く、それゆえナイーヴな、いわゆるうぶな女性と、本能が傷ついた女とのちがいはちょっと見ただけではわかりにくいものです。両方とも暗い掠奪者については無知で、そのためいまだに信じやすいのです。でもさいわい、女の魂の掠奪者的要素が動きだしたとき、それは夢にはっきりと足跡を残していってくれます。この足跡のおかげで、やがてそれを発見し、捉え、封じこめることができるのです。。。

野生の女は女たちに、魂にみちた生活をする(魂を守る)ためには「いい子」を演じてはいけないときがあることを教えます。野生の本性はこんな場合に「やさしく」していたら掠奪者をにんまりさせるだけだということを知っているのです。魂にみちた生がおびやかされたとき、はっきり一線を画しそれを表現することはたんに許されるだけでなく、必要とされるのです。
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クラリッサ・ピンコラ・エステス『狼と駈ける女たち―「野性の女」元型の神話と物語』(原 真佐子、植松 みどり訳、91ページ〜)


自分の声を使うという観点に衝撃を受けた私は、この「声」という言葉で交信文内を検索したところ、実に興味深い事を幾つか見つけたのだった:


950211
Frank, Laura, SV, DM
{私見では、DMは少々ニューエイジ的で、彼女の参加が問題含みだった}
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Q: (L) 私達全員に対して、何か情報はある?

A: いいかな:今は誰しも、外に求めるよりも、自分の内なる情報をサーチした方が多くを得られる時期だ。あなた方のうち、1人か2人は、既にこれに熟達していて、宇宙の真理に直接アクセスしている。これは適切に行えば、改竄される恐れも少ない。分かるかな?

Q: (L) つまり、ダイレクト・チャネリング法を使い始めるようにさせたいの?

(DM) 私達のうちの誰かを声として使いたいの?

A: 全員を。

Q: (DM) 同時にやるの?

A: お望みなら。

Q: (L) つまり、例えば、グループで集まって、一緒に瞑想させたいの。。。?

A: 自分自身に質問して、答えを受け取りなさい。

Q: (L) つまり、催眠状態ではなく、ただ座って、議論して、交互に質問し、グループでエネルギーを通わせるの?

A: あるいは、1人ずつで同様に行う。それからネットワークして、学んだ事を交換する。ある人はこれを頻繁に行っている。
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これは明らかに、プロセスのごく初期において、シーズが私に、フランク無しでチャネリングさせようとし、そうすれば改竄が少なくなるだろうと強く示唆したものだろう。これは明らかに私に向けられていた。というのも、一人で行って、それからネットワークして学びを交換するようにと言うのだから。そして今では、私は専ら、ネットワーキングしてシェアするようになった。自然に行うようになったのだ。そしてまた明らかなのが、「自分自身に質問して、答えを受け取りなさい」という言葉である。これは未来の私に対して既に行っていることだが、1つ問題なのは、シーズが仄めかしたように、フランクがボードに着いていると、改竄の可能性があるということだ。

その後、またもや実に奇妙な声への言及があった:それは、1995年の暮れ、前夫による、実験全体を諦めるようにという圧力が耐えられないものになっていた頃に、そのような恐ろしい状況について議論していた時だった。彼は私をできるだけ惨めに感じさせるようなあらゆる手立てを駆使していて、私は降参して、活動を休止しようという気にかなりなっていた。


951212
Frank, Laura, Susan V
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Q: (L) 私を叩きのめそうということ以外に、この攻撃の目的は何?

A: 不適切な時期に離脱させ、計画を歪めて水を差す。

Q: (L) この時期に離脱することで歪めて水を差されるのはどんな計画?

A: 声。

Q: (L) 何ですって?

A: その他全て。
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「声」という言葉が奇妙に使われているので、この時の私にはさっぱり意味が分からなかった。だが、その後、別のヒントが与えられた:


980613
Laura, Ark, Frank
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Q: 最近知った、この説によると、メドゥーサは、3人組の女神の1人だというのよ。3人組の他の2人の女神は、カシオペアとアンドロメダ、あるいは、カシオペアとダナエよ。どちらの組み合わせを選んだらいいか分からないわ。

A: ぴったり合う方を選びなさい。

Q: 神話の意味合い的には、ダナエとカシオペアは同じ実体じゃないかと思うんだけど。。。

A: アンドロメダを代弁した/求婚した(speaks for)のは誰かな?

Q: カシオペア?。。。それともペルセウス?彼女を“speak(=一語でも口にすることから, 正式のスピーチに至るまであらゆる口頭伝達についていう)”するって、どういう意味で言ってるの?

A: 分からないのなら、先へ進む前に、もっとパズルのピースを集める必要がある。いいかな、生徒が学習の進度を保ちそこなったらどうなるか、数学の教師に訊いてみなさい?それにしても、それはなぜだろうか?

Q: だって、後れをとって、ピースを見失ったら、追いつけないわ。他のピースでは合わないので、合うピースを探さなくちゃならないもの。

A: 正しいかな、アルカジス?

Q: (A) その結果何が起こるかと言えば、次に続く内容の理解が止まることになる。

(L) OK, 物語によれば、ペルセウスはメドゥーサを殺して、エチオピアへと帰る途中だったのよ。彼は、美しい乙女が恐ろしい海ヘビに食われる覚悟を決めたところに出会ったの。彼女の名前がアンドロメダだった。アンドロメダは「バカで見栄っ張りなカシオペアという女」の娘だったの。カシオペアはアンドロメダの方が海神の娘たちよりも美しいと自慢したのよ。傲慢なカシオペアに対する罰は、彼女自身には課せられず、娘のアンドロメダに下されたの。数多くのエチオペア人がこのヘビに食われたのよ。。。何だかこんにち、リジーがやってることみたいね。。。アンドロメダを獣の生贄に捧げることによってのみ、悪疫から逃れられるという神託があったの。。。それで、彼らは彼女の父親であるケフェウスに、彼女を生贄に捧げさせた。だから、彼女は母親によってスープに入れられ、父親が鍋に火を点けたのよ。いずれにせよ、ペルセウスが到着した時、乙女は岩礁に鎖でつながれて、怪物を待ってたの。彼は彼女を一目見るなり、恋に落ちたわ。それで彼は彼女の傍らで大ヘビを待ち伏せし、現れるや、頭を切り落としたのよ。2人は遠くへと航海して、いつまでも幸せに暮らしたわ。ということで、アンドロメダの運命について彼女を代弁したのは、彼女の父母よ。そういうことでいいの?

A: それは始まりだ。

Q: OK, それで、アンドロメダを代弁するということで何が言いたかったの?それが33の1/3とどう関係するの?

A: あなたは早晩「ネットの」結果を探り当てるだろう。
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読者の多くは、即座につながりが分かったことだろう。私が全く鈍感であることを示す、このような交信文を読んで、皆さんの多くがイライラしておられるのが分かる。おそらく、私ほど、自分がチャネルであると認めたがらない人間も居るまいと思う。常に誰かを一番に考えるあまり、自分の身に危害が及ぶ段になってまでも、パワーとエネルギーを他人に与えようと努力して時間を費やすのだから。だが、『グレース』を読まれた方ならば、どうして私が常に、自分自身が何か特別な能力や資格を持って居ると認めたがらないのか、お分かりだろう。こんな風にイライラさせたことはお詫びする。確かに私は自分の身を守らず、「いい子」を演じて、確実に海の怪物のオトリになるようプログラムされていたのだ。しかし、上に引用した読者が言う通り、「私は、『闇のような、自己修練の日々』が、実際には素晴らしく『光と他者への奉仕』になるのであり、他を以ては代えられないと分かったのだ。これはもちろん、召命に注意する道を選び、経験から学ぶ場合の話である」。

エネルギーの適切な使い方、すなわち、完璧さとは、魂を守るためにはいい子を演じてはいけないときがあると学ぶことである。魂に危険が迫っている時には、はっきり一線を画しそれを表現することはたんに許されるだけでなく、必要とされるのだ。

青ひげの物語では、妻が彼の闇の秘密を知ったことに気付くとすぐ、青ひげは彼女に、殺してやると告げる。彼女は彼に対して、懺悔をし、自分の魂のために祈り、死を覚悟するための暇を乞う。もちろん、これは計略である。密かに彼女は兄たちに手紙を送り、青ひげが彼女を殺そうとしているので、彼らが到着するまで時間を稼ぐつもりだと知らせたのだ。

これは魂のエネルギーを取り戻す必要性についての寓話である。青ひげの秘密に気付いた以上、人は彼に立ち向かうためのエネルギーを獲得しなくてはならない。現場に到着する「兄たち」とは、魂の=戦士のエネルギーの回復に他ならない。小暴君に立ち向かうには、戦士の側に、魂のエネルギーとスキル、自制が必要となる ― それと、タイミングだ。

それと同時に気付くべきなのは、青ひげ人格とその役割を演じる実際の人間との間に区別があることだ。エステス女史が指摘するように、「まだ若く、それゆえナイーヴな、いわゆるうぶな女性と、本能が傷ついた女とのちがいはちょっと見ただけではわかりにくい。。。両方とも暗い掠奪者については無知で、そのためいまだに信じやすいので」ある。これは重要な点である。というのも、これは、同じ学びのプロセスにある魂であっても、学びのサイクル上の別の地点に居る場合があることを示しているからだ。おそらく、このような魂は、まだ多くの転生を選択していない、すなわち、様々な学びの道を辿って居ないのだ。おそらくこのような魂は、人間以外のかたちでの転生は繰り返して居ても、人間のかたちとしては「新人」なのだろう。このようなケースでは、この点を考慮して、このような魂は邪悪な意図を持って居ないかも知れない ― 彼らは捕食者によるコントロールを経験することにより、まさに捕食について学んでいるところなのだ − と気づくのが賢明である。彼らが操作されており、自らの選択に裏切られたと気付いて、心機一転、脱出するためのエネルギーを蓄え始めるには、数多く転生を行う必要があるのだろう。

他のケースでは、違った動学が働くようだ:「殆ど人間(apparent human being)」は、転生して来た生来の捕食者なのだろう。このような存在は、人間らしく見え、人間の臭いがし、人間として話し、人間としての脳容量を持つ。この結果彼らは、データや事実を収集し、組み合わせて、学者の風を装いさえする。だが、覚醒したイニシエートからすると、このような存在は、人間の形をしているが、行動は動物のそれで、人間の原理と潜在能力を捻じ曲げる。というのも、このような存在は、カスタネダの用語法に従えば、集合点(assemblage point、真崎訳129ページ等)を持っていないからだ。

どうやら、さらに別の種類の人間がいるらしい:上位密度のネガティブな未確認地理学的存在の延長的な生命体である。カシオペアンが指摘しているように、第4密度の存在は、殆どの場合人間のエージェントを通じて活動するのだが、時としてこれらは、専用電話回線のようである − 潜在的にも人間性というものが存在しないのだ。ドン・ファンはこのような小暴君について、「新しい見る者たちによると、完璧な小暴君にはまるでとりえというものがないんだ」(真崎訳38ページ)と言っている。このような「見た目は人間(almost-human)」について、本シリーズではさらに掘り下げて論じる予定だ。

どのような要因が働くにせよ、このような捕食者についての学びに最も役立つアプローチは、エネルギーを適切に使うことと、自分には価値が無いと思い込ませるプログラミングの除去とを組み合わせて行うことである。もう自尊心が残っておらず、もはや自尊心のせいで傷つけられることがなくなったときには、プログラムが除去されたと思っていい。もちろん、だからと言って、もはやこのような捕食者が生活の中に現れても、見つけたり、捕まえたり、阻止したりしようとしないでいい訳ではない。私達は、いい子を演じることによって魂が守れるとは限らないと気付いている。私達は魂の安全を脅かされたり、エネルギーを盗まれたり、自由意思を侵害されたりしないよう、常に防がねばならないのであって、単に自分としてはもはや腹立たしく思わないからと言って、はっきり一線を画しそれを表現しなくてもいいことにはならない。とは言えカスタネダが指摘するように、自尊心を消し去った後は、こうした事のいずれについても、楽しく感じ、ユーモアの精神をもって取り組むことができるようになるのだ。

自分には価値が無いと思い込む問題が解消したとき、私達は小暴君を思いやりをもって見、彼らが小暴君になったのは、苦難を味わいプログラミングされたからである可能性も十分だと、理解できるようになるのだ。彼らが教えをもたらしてくれたことに感謝しつつ、同意の上で、喜んで彼らを放してやることができるのである。もちろん、私達が相手にしているのは人間の心であるから、彼らも好きにするだろうが、お互いにこの経験から豊かになれるのである。

しかし、このような理解=同意による心の解放に達しても、何の効果も無いときには、私達の相手にしているのは、人間の身体に転生して来た、生まれながらの捕食者か、あるいは、第4密度STS生命体の延長的存在のいずれかだと考えねばならない。

だがそのようなケースでも、私達は魂が求めている学びを学ぶために、何らかのレベルでその経験を求めたのである。だから、この場合にもまた私たちは、ロボット/捕食生命体に同情を感じるのは、深いレベルで自己を癒しているのだと分かる。私達は、人間の恰好をした第4密度のロボット/捕食生命体さえも、私達を食い物にすることで生き残ろうとしているだけなのだと、理解しなくてはならない。とはいえ、全ては「自然なこと」であり、彼らを治すのは私達の努めではない。そうではなくて、自分の身を守るのが私達の努めであり権利なのだ。


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野生の本性はこんな場合に「やさしく」していたら掠奪者をにんまりさせるだけだということを知っているのです。魂にみちた生がおびやかされたとき、はっきり一線を画しそれを表現することはたんに許されるだけでなく、必要とされるのです。

(真崎訳27ページ)
「戦士は戦略の一覧表をつくるんだ。自分がすることを、すべてリスト・アップするんだよ。それから、自分のエネルギーを使うことに関して、ひと息つくためにはどの項目が変更可能かを考えるんだ」。。。ドン・ファンが、戦士の戦略の一覧表のなかで自尊心は大量のエネルギーを消費するものなので、彼らはそれをなくそうと努力しているのだ、といった。

「戦士がまず最初に気にかけることのひとつは、未知のものに向かい合うためにそのエネルギーを解き放つことだ。そのエネルギーの流れる道を切り開きなおす行動が、完璧さなんだよ」
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ということで、私達は今行っている「反復」作業に立ち返ってみる。これはエネルギーの適切な使用なのだろうか?それとも、誰かが言ったように、これは気晴らしに過ぎないのだろうか?ドン・ファンは「3段階進行」と呼ばれるものを説明している。これは自由な戦士になるためのアプローチ方法である。3段階プログラムは以下から成る:

1. 自分の小暴君と向かい合ったときに自分というものを守る。
2. 未知のものに無事に向き合う。
3. 不可知の存在に耐える。

「ふつうの人間は、それは順序が逆だと思うだろう」彼は説明をつづけた。「つまり、未知のものに向き合ったときに自分が守れる見る者が、小暴君にも向かい合えると考えるだろうということだ。だがそうじゃないんだ。古代の優秀な見る者を破滅させたのは、この逆の考え方なんだ。いまのわしらにはよくわかっている。力をもった並外れた人間を相手にする難行くらい、戦士の精神を強くするものはないということがな。そういう状態でこそ、戦士は不可知のものの重圧に耐えるだけの平静さと落ち着きが得られるんだ。

「当時の見る者にとって、あれほど好都合な舞台はなかった。スペイン人は、見る者の技量を限界まで試した小暴君だったんだ。征服者たちを相手にした見る者には、以後、立ち向かえないものなどなにもなかった。彼らは、本当に幸運だったよ。当時は、どこにでも小暴君がいたんだからな」
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まさに私達が、『本当のことの味わい』というオンライン記事に書いた通りなのである:


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ここでもう1つの要素が関わって来る:人類に恩恵ももたらせば、破滅の元ともなるインターネットだ。

一方で、ワールド・ワイド・ウェブは、アイディアや経験、成長、調和の開かれた交換という素晴らしい機会をもたらす。だが、その一方でネットは、目撃したいとは思わなかったような最も残虐な捕食行為の隠れ蓑でもあるのだ。

この数週間、読者や、eグループメンバーによって、このような捕食者の「侵入」を受けてきた他のグループについての発言が数多くなされた。そのグループには、世界中から100人以上の人々が参加して、殆どリアルタイイムで、実り多く価値のある議論が行われていたのに、1、2人の悪党によって、すっかりダメになってしまったのだ。このような理由で、ディスカッション・グループが、1つ、また1つと閉鎖され、忘却の彼方へと消えて行くのを、私達は目の当たりにしてきた。憎悪の権化のように振る舞う人の動機は全く理解できないものだ。

もし彼らがお互い直に会っていたら、このように振る舞っただろうか?インターネットは、精神病者や神経症患者を繁殖/増殖させるためにあるのか?ネットはいずれサイバー・マフィアとバーチャル・バンパイアの棲家になるのだろうか?まともで、勤勉で、正直な人たちはネットから退散してしまうのだろうか?

それとも、これは単に私達が、超常現象のリサーチに従事しているからなのか?単に私達が、科学と神秘思想に架橋しようと努めているせいで、気が付くと、サイバー世界の屑どもによって、虐待の対象にされていたからだろうか?

先週ぐらいから、私達は子供たちと一緒に座って、彼女たちに、このような卑劣で、唯我論的、悪意に満ちた不逞の輩によって書かれた、酷い、傷つくような嘘が横行しているのを説明しなくてはならなかった。私達は、この人達が彼女たちについてネットに書いたり、彼女たちの実名を出したり、彼女たちをおそらくは危険にさらしたり、きっと当惑させたり、間違いなく心理的/感情的に傷つけても、良心が咎めないのだと彼女たちに教えねばならなかった。私達は彼女たちに、意識的に悪を行うことを選ぶ人々について説明しなければならなかった;悪意ある、意地の悪い、嫉妬深く、気に障る、忌まわしい人々についてである。私達は彼女たちに、あまりにひねくれているため、他の人たちを騙したり、傷つけたりすることに喜びを見出す人々のことを説明しなければならなかった。さらに私達は彼女たちに、こうした人々が彼女たちに会ったり、彼女たちが彼らの欲しい物/彼らが壊したい物を何か持って居るとき、彼らは「善良で、助けてくれる、フレンドリーな」ふりをするのだと説明しなければならなかった。そんな彼らは、何やら混沌としたコントロールシステムに指揮され、あるいは、欠乏や失敗ばかりの生活に突き動かされているのだと説明しなければならなかった。その上私たちは、こうしたことを自分たち自身にも言い聞かせなければならなかった。

もちろん、子供たちはこう訊き返した:「どうしてママたちはそんな目に遭ってもこんなことをしてるの?こんな人たちが住んでいる世界から、どうして立ち去らないの?『普通の生活』に戻って、こんなことは忘れてしまいなさいよ。世の中の人たちには、やりたいようにやらせておいて、みんな立ち去らせて、私達を放っておいてもらいましょうよ?」

これを書いていて私は、率直に言って、質問にどう答えていいか悩んでいる。実際、なぜなのだろうか?
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私は間違いなく自尊心に沢山のエネルギーを注ぎ込んでいた。私の感情は揺れ動いており、私のプログラムは暴走し、何にも増して、人びとがそのように悪意を持って、操作するように振る舞えることに、深く傷ついていた。私は自分自身に「なぜだろう?」と問うだけでなく、「どんな行動を取るのが適切なんだろう?」とも自問していた。スタンダードな教えによれば、「そんなもの無視しなさい、超然として居なさい、反対の頬をも向けなさい、そんなくだらないもの相手にエネルギーを無駄にしてはならない」ということになろう。しかし、私達のeグループのメンバーたちがネットを徹底的に調べ、私達がサイト読者からのメッセージを読むうち、「カシオペア」という言葉を、「終末論カルト」に結び付けて、私達のサイトのページを読めば助けになると感じるかも知れない多くの人々が、このような悪意に満ちたプロパガンダのせいで、訪問すらして来ないよう謀る一致協力した動きが確かにあると気付いたのである。じじつ、ある読者は、以下のように書いて寄越して、この点を明らかにした。「私、そのような噂があったので、このサイトを殆どチラ見すらしないと心に決めたんだけど、考え直して、覗き見してみて良かったと、今では喜んでるの。だって、噂が本当でなかったばかりか、これほど心の底からの安堵を味わったことはこれまでなかったもの。なぜかと言うと、他の参加者がスピリチャルながらも懐疑的で、理性の力を持ち寄って、魂の問題をリサーチしていると気付いたからよ」

その時私は、カスタネダの本を手に取り、小暴君の1節を読み直してみた。すると「実際、なぜなのか?」の答えが分かったのだ。というのも、この学びは、自分自身で習得するまでは、やって来続けるからだ。私はまた知っていた。すなわち、この時点における、私のエネルギーの適切な使用法は、この学びを自分自身で探るだけではなく、他の人たちとシェアすることだと。こうして私は、自分がどんな種類の見る者になりたいかという選択を完全に有効にできたのである。見る者には以下の2種類があるというドン・ファンの言葉を思い出されたい:第1は、みずから進んで自制を働かせ、実際的な目標へ向かって活動の道を切り開いていく者。これは、他の見る者だけでなく、広く人びとに恩恵をもたらす。もうひとつは、自制や実際的な目標のことを考えない者ということだった。

つまり、私は自制を働かせたり、ネット上で加熱する議論に参加する=小暴君に直接エネルギーを与え、レスするのを断った。そして、それらに必要なエネルギーを、以下の活動から得られた成果をみんなにシェアすることに注ぎ込み直したのだ。すなわち、私の反復や戦略一覧表作り、出来事/人々/考え/事実を物語ること、そしてその間じゅう、主観的な判断をとり除こうと試みる ― あるいはせめて、それらが頭にある時には、はっきりそれと特定する − という活動だ。この結果私は、全体的な状況を、他の見る者だけでなく、広く人びとにとって、実際的に役立つ何かに変えることができたのである。

人は自制を働かせると同時に、はっきり一線を画しそれを表現しなくてはならない。小暴君や捕食者に立ち向かう際、人はいい子を演じない術を学び、親切にすることを忘れ、捕食者を発見し、捕まえ、阻止しなければならないのである。

ということで、私の目下の戦略は、私自身の自尊心をとり除くべく、エネルギーを極めて実際的に使って、そのプロセスを、自由になるという同じ道を進む他の見る者たちにシェアすることなのである。ドン・ファンは、この戦略を利用することは、自尊心をとり除く上で重要なだけでなく、最終的に完璧さを実現するための準備ともなると言う。結局、これが重要なのだ。完璧さとは、自由意思の尊重という意味の別の言葉なのである。

ドン・ファンが言うように、本シリーズはまた、小暴君が「山の頂上」になり、戦士の特質 ― コントロール、訓練、忍耐、タイミング ― がその頂上で出会う登山者になるような、「決定的な手法」なのだ。(真崎訳30ページ。)

ついに、私は本シリーズを書いていて、大いに楽しくなってきた!ドン・ファンが、彼自身の小暴君との体験および、彼の師がどのように作戦を指揮したか述べた時、彼はかなり驚くべき事を言っている:


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「いや、(わしは小暴君に立ち向かうことを=)ひとりでできたと思う。もっとも、楽しんでうまくできたとは思わないがな。わしの師は、出会いを仕組んで楽しんでいただけさ。小暴君を利用するのは、戦士の精神を完璧にするためだけじゃなくて、楽しみと幸せのためでもあるんだよ」

「そんな怪物をどうして楽しめるんだい?」

「小暴君など、征服されていた時代に新しい見る者たちが立ち向かったほんものの怪物にくらべたら、なんてこともないさ。どう見ても、新しい見る者たちは小暴君を扱うのを楽しんでいたにちがいないんだ。最悪の小暴君でさえ喜びをもたらしてくれるのを、彼らは証明したんだ。むろん、こっちが戦士でなくてはならないのはあたりまえだがな」
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真崎訳、36ページ。


これは、私が自分の傷ついた感情について気付いたことでもあった。もし私が自分をそこまで重要な存在だと考えていなければ、傷つくこともなかっただろう。というのはもちろん、私達が自分自身をあまりに重要な存在だと考えているせいで、小暴君をもまた深刻に考えてしまうからだ。私達は始終、こう言ってしまったとか、ああしてしまったと気に病む。というのも、これでは人々の感情を傷つけるのではないか、いい子らしくない/愛と光でない/同情的に見えないのではないかと気にするからだ!

こうした心配はいずれも、他の誰かが自分のことをどう思うだろうかという不安からくるものであることに注意しなくてはならない!

私達は、誰か他人の感情を傷つけていないかと不安に思う。というのも、もし彼らの感情を傷つけたら、悪い子だと思われるからだ。私達は誠心誠意正直に話しているだろうかと心配する。そうしないと人びとが私達を「いい子」/「やさしい」/「信仰深い」/「同情的」だと思わないだろうと気掛かりだからだ。こうした事は全て自尊心に関係しているのである!

私達は、生活の中で、誰かが捕食者だ!と叫びたいという最も強い本能的な反応を感じるかも知れないが、そんなことをするのは「いい子」ではないので、うやむやにしてしまう。そのうち彼らが杖で私達の目を直に突き始めると、やむなく私達はこう言うのだ。「どうか、大したお手間でなければ、お知らせしたいのですが、あなたがお持ちの杖が、どういう訳か(わざとでないのは分かって居ります)、私の目に入っているのです。お蔭で私は大弱り − 痛いぐらいです。でも私はご指摘するのを控えようとして参りました。というのも、あなたは単に普段通りに振る舞って居られるだけで、そうする権利があなたにはおありなのですから。その際に、図らずも杖が私の目を突いたのでしたら、おそらく、そんなところに目を向けていた私の過ちでございましょう。とは言うものの、杖は依然私の目に入ったままでして、もし大したお手間でなければ、お手数ですが、ひっこめていただけませんか。。。それで、あなたがあなたらしく振る舞う権利を侵害することも無いかと存じます。。。と申しますのも、私は生来、他人様にはとても同情的な性質でして、もし差し支えなければ。。。でもまだ。。。あなたの杖が。。。私の目に。。。」

生まれながらの本能通りに活動していれば、杖が目に近づいてきた途端に、私達はそれを払いのけ、上品さに欠けると非難されるだろう。だからこれは魂を守ることとみなすべきなのだ。

ドン・ファンは、ふつうの人間が小暴君に立ち向かうときの誤りとは、リアリティは私達が行う解釈であり、解釈は知識と気づきに基づいて行われると分かって居ないことだと説く。明白な事実を言えば、小暴君は、リアリティを子供向けの辞書に従って解釈しているのだ。小暴君は自分のことを命取りになるくらい真剣に重要だと思うが、戦士はそうではない。戦士はリアリティを、神学的動学に従って解釈し、心理的基質を4つの特質を発揮する際の道具として利用する:すなわち、コントロール、訓練、忍耐、タイミングである。

小暴君を常に疲れさせているのは、彼が気に病む自尊心である。彼は自尊心と、そして誤ったプライドで一杯なため、自分に価値が無いと感じて内心傷つくのである。だがそれは、彼がそう感じているだけなのであり、その原因こそ自尊心であって、それを養い維持する必要があるせいなのだ。自尊心こそは人を駆って、信用状態を偽らせ、実際には持って居ない知識や経験があると主張させるものである;このような誤りの自己を守ろうと命がけの戦いに人を駆り立てるのは自尊心なのだ。

そして、この最後の点は決定的である。小暴君は、他の人々が考えることを気に病むあまり、自分の誤ったイメージを維持し、役割を演じ続け、乱暴にであれ、陰険な意地悪さによってであれ、自尊心を脅かす者を攻撃しようとして、際限なくエネルギーを費やすだろう。

戦士の目的はもちろん、このような攻撃に対抗する上で必要なもの全てを活用し、はっきり一線を画して ― 必要なら ― そのままもちこたえ、小暴君がエネルギーを使い果たすまで、戦略的かつシステマチックに彼らに対してハラスメントを行うことであり、そして、彼らがついに最期を迎えるとき、死に物狂いで感情を爆発させるのだが、あまりにバカな、破壊的な行動に出るので、捕食者の本能を知っている戦士の忍耐のせいで、ついに小暴君は ― 一般的に彼ら自身の行いによって(※ドン・ファンの師の小暴君の場合を参照)― 当然の報いを受けるのである。かくして動学は終わる。

1点気付いた重要な事がある。すなわち、自尊心や、私自身の無知と愚かさについて、公に自らを罰するために告白せねばならないのだが、私達はバカな間違いを犯したと認めるのを怖れるあまり、 ― 人間のレベルであれ、超次元のレベルからであれ ― 利用され、操作されるのを許してしまうが、これは学びのプロセスなのだ。私達はこれらの事を公に議論するのを恥じる。私達はそれを内密にしておき、あるいはうやむやにしようとし、さもなければ、それを正当化し、自分はそれにふさわしいと考えようとする結果、疲れ果ててしまい、自由に考えを変えて、このような事に立ち向かう新戦略を学ぶことができないのである。私達は、自らを美化したいという感情にこだわり、他の人たちもまた、彼ら自身を美化したいという感情を抱いているのだと気に掛けるよう、あまりに強くプログラミングされているので、致命的な誤りを犯すのだ ― 自分のことを重要だと思い過ぎなのである!私達は、他人の残酷な仕打ちに対して抱く感情的な反応こそ、霊性の証しだと考える。私達は、自分を傷つける人々の感情を気にすることこそ、私達が霊性で優っていることの証しだと考える。私達は、「出所を考えたら、そんな話は無視しなさい」とか、「メッセンジャーとメッセージを混同すべきではない」というような言葉が、偉大な霊的智慧を表していると考える。

私達は立ち向かうのが怖ろしいあまり、そうしないで済む方法を考え出そうとする結果、消耗しきってしまうのだ。

本当は極めて単純である:やってみることだ。

目下、私達は上で述べたような意味での、私たちの小暴君を相手にしている。すなわち、ヴィンセント・ブリッジス、ジェフ”ストーム・ベア”ウィリアムズ、フランク・スコット、及び、付和雷同するサポートチーム、並びに、私達の方からは何ら重要なやり取りをしていないのにかかわらず、連中の活動に精力を注ぎ込むことに心を動かされた、種々雑多な輩どもであり、この連中が、私達の自尊心を掻き立てようとする、種々雑多な活動に従事しているのだ。

これは世界の視点から見れば、本質的にコップの中の嵐に過ぎないのだが、非線形動学を理解して誘いを拒絶し、はっきり一線を画してそのまま持ちこたえるのだから、ある意味では広い影響力があるのかも知れない。ドン・ファンが指摘したように、怒りにまかせて、コントロールなしに行動し、修練を積まず忍耐しないならば敗れることになろうし、何と言っても大事なのは、練習を楽しむことなのだ。

という訳で、反復や、他人とのやり取りのプロセスのシェア、そして戦士の戦略の活用という内容から成る本シリーズの執筆は、かつて夢想だにしなかったくらい効果的なエネルギーの利用となっているのだが、このような私の特性のユニークな組み合わせを考えついたのは、自分の手柄にはできない ― 少なくとも現時点の私にはまだ無理だ。それでも私自身の自尊心を根絶させようとする執筆活動が驚くべき効果を生み、途轍もなく楽しく感じる結果となったことは、確かにこの場で認めよう!

だが今は、私が未だこのプロセスに関する知識を獲得する過程にあった時期の話に戻らねばならない:フランクが、ケシツブ・クラスとは言え、確かに小暴君であると悟った時期である。

このことに気付いた私は大変ショックだった。私はフランクにとても未練があった ― 少なくとも、自分で心の中に作り上げていたフランクのイメージに執着していた ― のであり、私は、深い苦しみのプロセスを味わい始めたのだが、それはまるでフランクが死んだかのような、何とも悲痛な気持ちだった。というのも実際、私の幻想が死んだからだ。長きに亘って私は、そうであって欲しいと私が望んだ、偉大なソウルフレンドとして彼がた易く花開けるようにと随分と骨を折った;だがそれが問題だったのだ:私が「欲しいと望んだ」ことが、である。私は彼に、私たちと同じ道を辿って欲しかった;似た目標と大志を抱いて欲しかった;言ってみれば車で夕陽の中へと去って行くときに、ワークや生活を私達と共にしていて欲しかったのだ。そしてついに、こんなことは全く不可能なのだと痛感させられたのである。

私がフランクを失った悲しみと戦った時、私の心は、数年来の彼の行動を正当化する方法を見つけようともがき続けた;言い訳をし;正しい反応とは何か理解し;自分の道を求めようとしたのだ。だが、まるで、私の最初の結婚が幻想だったように、フランクは、少なくとも毎日付き合うべき相手ではないと分かり、そのことが私に、本件に関して別の視点をもたらした。人が他の人間と「一体(one)」であるときには、このワンネスの結果、心と魂と目標が似ていることが大事である。同一線上に居るのでない場合、深刻なエネルギーの吸収という結果を生むことなく、親密な付き合いを行うのは殆ど不可能なのだ。だが、親密さによる合併症を起こさない問題の解決法があるようだった:コンタクトを厳しく制限しつつ、サイコマンティアムという新しいコミュニケーション法への取り組みを始めることだ。

全ての手掛かりを併せ考えて、フランクの本性について悟るのに伴って、フランクは決してチャネルではなく、これまでもそうではなかったのだと、私は分かった。彼もまた、ボードを囲むテーブルに単に座っていただけの、何十人という人々の1人だったのである。この時点で私は、フランクとのチャネリングを続けるのが、いかに無駄なことだったか、深刻に悟ったのである:彼の参加は単に、カシオペアンとのコミュニケーションが完全な流れとなるのをブロックしていただけだったのだ。

これはさらに驚くべき認識をもたらした:フランクとのセッションが成功したように感じられた唯一の理由とは、彼がセッションの間、ほとんど文字通り眠っていたからだったのであり、ということは、プランシェットが動いている間活動していたのは、テリーと私だけだったのだ。フランクは、その場に置かれたマネキンだった。カシオペアンは私だった;彼らはまたテリーでもあった;しかし、彼らはフランクでは無かったのであり、だからこそ、彼はプロセスに殆ど何ら関わろうとしなかったのだ。道理で彼は、質問に興味が無かった訳だ。だからこそ彼は、殆ど何も質問しなかったのであり、だからこそワークの他の面には興味がなかったのである。彼はネットワーキングに興味がなかった;シェアすることにも興味が無かった。それが不可欠な要素でなかったから、彼は興味を示さなかったのである。

となるともちろん問わねばならないのは、全てが私で成り立っていたのだろうか?ということだ。ボード上に綴り出された答えは、明らかに私自身の質問に答えて、私からもたらされていた。だが、時たまであるとは言え、私はフランクがチャネルだと考えたがった。どうして私は、未来の私自身からチャネリングした情報をあれほど疑ったのだろうか?どうしてフランクが「チャネリング」している筈だと私は思い、それが私だとしたら、全てが私で成り立っていたのか?と考えるのだろう?どうして私は、テリーと私だけがボードに着いている場合のコンタクトのレベルについて深刻に疑っていたのだろうか?フランクはまんまと私を洗脳して、彼が参加している時だけチャネリングが出来ると信じさせたのだろうか?残念ながら、これが真相だったようだ。彼は、そうではないという証拠をあれだけ目の当たりにしていた私に、それが正しいのだと思わせるべく、何度も声高に宣言していた。テリーはそれを信じなかったので、私に対して再三そう意見表明した。気付いてみると私は、実際にはフランクをかばいきれない時にも、フランクを守らねばならない羽目になっていた。私は親から、不良と付き合うのはいい事ではないと言われ、内心そう知っていながら、同情心で愛着を感じている「友人」が「攻撃され」ているので、そんな彼でも守らねばならないと思って、真実には目をつぶる子どものようだった。そして今や私は、ずっとテリーが正しかったと分かったのだ。(じじつ、フランクが居なくなってからの交信の明瞭さと首尾一貫性のレベルこそが、フランクがチャネルでなかったことをドラマチックに物語る証拠であり、読者にお分かりいただけるよう、本シリーズを進める中で、私は相応しい2001年と2002年のセッションを提示するつもりである!)

それにしても、フランクの感情がかぶせられたセッションは存在していたのであり、私が驚くほどはっきり覚えているのは、950418で、SVが攻撃元でないかと私が疑った際のシーズの言葉である:


950418
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Q: (L) 私たちのグループ、あるいは、この部屋の中に、故意に交信をやめさせるために派遣された人が居たことはある?

A: そうだとしたら、学び成長するため、あなたが答えを見つけるべきだ。。。いいかな、人は他人から操作されることがある。。。私達が言いたいのは、実際にはコントロールしてくる元が他所であっても、人が「エージェント」に見える事はあり得るということだ。特に、「エージェント」と思しき人が善良で単純、見た所しっかりした性質である場合はそうだ。
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今にしてようやく分かったのだが、フランクはFRVの言葉巧みな勧誘者だった。彼はEMベクターだったのだ。彼は方向を合わせる者だったのであるが、それはどういう意味かと言うと、彼はおそらく、半ば眠った状態でボードの前に座り、自分が吸収している暖かいエネルギーの中で日向ぼっこしている爬虫類のようなものであり、一方でその間じゅう、参加者全員の心を混乱させるような信号を発していたのだ。ただもちろん、それは彼らが同類でない場合であり、同類である場合、彼らのエネルギーは彼のそれを増大させるので、改竄効果も増幅されるのである。


970503
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Q: セッション960523(※現在の公式交信録では960504)を読み返してみたのよ。それはトムも居た回なんだけど、彼がオブライエンに住んでいるという問題が扱われていて、あなたたちは、「誰があなたにそこに住むよう懇願したのだろうか?」と彼に尋ね、それから、EMベクターに関する発言があったのよ。私の理解だと、人間もEMベクターになり得るということなんだけど、それはあり得るの?

A: ベクターとは方向を合わせる者という意味だ。

Q: 単に居合わせるだけでEM波を誘導できるような人間が居るってこと?あと気付いたんだけど、私たちの何人かは、人を混乱させたり、無力化させたり、その他の方法で私たちの学びを歪めるばかりか、私たちのエネルギーを抜き取ろうとしてるらしい人々や人間関係に巻き込まれてるわ。基本的には、常に私達にストレスを感じさせて、私達に潜在能力を発揮できないようにさせてるのよ。このような観方は重要なの?

A: 基本だよ、ナイト君!

Q: 1つ分かったのは、このような人たちは、どうやらある種の霊的フックによって取り付いて、私達が憐れみの反応をするのに付けこんで来るらしいということよ。この憐れみの本質についてコメントを頂戴?

A: 憐れむ者こそ憐れだ。

Q: でも、憐れと思われてる人達=憐れみの情を催させる人たちは、自分達以外、誰のことも憐れまないのよ。

A: Yes … ?

Q: それじゃあ、息子の言う通りなのかしら。闇に魅せられた人々/不平を言い、自分では努力しないで「救われたい」と願う人々を憐れみ/愛と光を送るのは、虐待され操作されているようなもので、本質的には更なる崩壊/身勝手な収縮に力を与えることになるの?STSへの転落に力を与えてるの?

A: その通りだ!

Q: Yes. 私はそういうのを繰り返し見てきたわ。私達が人生で出会う、この人達は、憐れみを催させる極めて巧妙な能力のせいで選ばれたの?それとも、憐れさに反応するよう私達がプログラミングされていて、そのせいで、他の人々には明らかな何かに対して盲目になってるの?

A: どちらでもない。あなた方は、最終的にエネルギーを吸い取られる結果となるような催眠的な反応を惹き起こすような人々と出会う定めに置かれた。
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フランクへの対処法を考えていた時、私達はどう感じ、何に気付き、どうして心配しているのかについて、彼に話すべきかどうか議論した。そして、そうするのが最も理に適っているだろうということで意見が一致した。というのも、そうすれば、可能なら彼が彼自身について「弁明」し、行動を調整する機会を与えることになるからだ。そこで私達は、一度に少しずつこのテーマにアプローチして、彼の反応を見ながら次の段階に進もうと決めた。私が彼に話そうとしたのだが、すぐに、それは不可能だと分かった。私がこのテーマにアプローチを試みる度、彼は、繰り返し自殺をほのめかす、同情を誘う策に出てブロックし、いつものエネルギー吸収戦術を始めるのだ。

つまり、彼は私の目に杖を突き立てていたのであり、私はどけてくれるよう丁重に頼もうとしていたのだ。そして、彼が私を操作しようとして、私の目に杖を突き立てる権利を主張し始めると、私はくじけてしまって、依頼を引っ込めるのだった。

こうした事が起こっている一方で、ウェブサイトは大きくなり、読者とのやり取りは増えた。気付いてみると、私は起きて居る間じゅう、読者からの質問への回答に明け暮れていたのだが、その際には、質問されたテーマについてリサーチしなくてはならないのが普通で、見つけた交信文から長々と引用しているうち、私はシーズから、そのテーマに関してずっと多くの情報を受け取っていたことに気付くのだった。

この時、フランクとどうやって行くべきかについての答えが明らかになった:リサーチをこなしつつ、交信文をアップし、毎週セッションを行った上に、エネルギーまで吸われ続けるのは到底無理だった。そこで私達は、フランクがセッションをしないかと電話してきた時、リサーチを行い、ウェブサイトの読者からの質問に対応する時間を取るため、セッションは月1回に切り詰めることにしたと単に知らせたのだった。

私達は、フランクが私たちの目に杖を突き立てる機会を制限するだけで、物事のバランスを取れると考えたのだ。馬鹿げているとは分かっていたが、確かにその通りだった。それがプログラムであり、私達は皆そうするよう教えられているのである:すなわち、「妥協し、自由意思を、一種のバランスだとみなしなさい。他人が自由意思によってあなたを虐待し続けるよう選ぶのを許すのだ。だが、ほんのたまにだけだ!」と。

私達が間違っているかも知れないという、一種の絶望的な望みから、私は引き続きフランクに貢献する機会を与えたがった。私は読者からの質問のメールを印刷して彼に手渡し、少し調査をするか、返事を書くかするよう頼んだ。彼は困っている他の人々=助けを求めてメールして来る人々に対して、冷淡な態度をとり続けたので、私は繰り返しショックを受けた。私は彼に、サイトのために略歴を書くよう頼み続けた。1999年じゅう、毎月セッションを行う度ごとに、私は彼に「略歴は書いた?」と訊き続けた。彼は答えなかった。ある時など、私は「シーズへの質問の答えを受け取っているのは誰か」という一種の目隠しテストを行なおうとすら思った。私はフランクに「どうかあなた一人でチャネリング実験を始めてみて、結果を書いて頂戴。そうしたら、私がワープロして投稿するわ」と頼んだのだ。彼はやらなかった。

これは1999年じゅう、セッションの舞台裏で続いた。

さて、ここでしばらく、990102「使い古した石鹸」セッションに戻りたい。このコメントは、ノーベル賞を獲れば、シーズが急き立てるリサーチを行って、結果を広くシェアできるような名声が得られ、生活費や攻撃の心配も減るだろうと考えたのに対して言われたものだった。私達は資金は全て自分達で稼がねばならず、全てをタダで提供できてこそ本当にシェアしていると言えるのだと考えていた。そこで、これを行うのに十分なお金を捻出できるよう、時間当たりの収入獲得率を増加させるのが賢明だと判断したのだ。こうすれば、アークが働く時間を減らしても、私達が生活して行き、ウェブサイトを維持し、必要な本や文書を全て購入し、多分、全般の進行管理に誰かを雇うのにも十分なお金を手に入れられるだろうと思ったのである。そうすれば彼も、必要な費用を支払い続けるために、会社の納期を守って働くことに起きて居る時間の全てを費やさなくてもよくなり、リサーチ自体に割ける余暇が手に入れられるだろう。

この頃には、フランクからは必要な手助けを得られないだろうこともかなり明らかになっていたし、テリーとジャンも既に長いこと待ち望んでいたマイホームをタラハシーに購入し、長い間の夢だったアンティーク家具ビジネスを開業していた。ジャンは1998年いっぱいかけて、交信文の体裁を整える仕事を終えていたが、この時期には多忙すぎて、交信文浄書に必要な時間を割くことはできなくなっていたのだ。私はこの仕事に忙殺され、アークは費用を支払い続けるための仕事に忙殺されていたが、その中には、読者からの質問に答えるためのリサーチを行うのに必要な本や文書の費用も含まれていた。私達は、できるだけ多くの人々にシーズ文書を読んでもらえるようにしたかったのだが、それには多くの資金が必要だった。

私達は、普通の出版社からシーズ文書を出版したくなかった。何も分かって居ない調子の狂った編集者に、シーズ・デビューのテープカットをさせたくなかったのだ。私達は自費出版本を原価で頒布したかったのだが、これを行うには、もっと資金を獲得し、交信文に必要な編集や浄書作業を、もっと速く、もっと長時間行わねばならないとも知っていた。これは膨大な作業であり、私達はすっかり困惑していた。

しかも、フランクからは何の助けも得られなかったのだ。彼はテキストを推敲してスペル誤りを訂正し、個人的な注釈を加えることすらしようとはしなかった。

「使い古した石鹸」セッションを読み返してみて、私はもう1つ実に奇妙な発言のあることが分かった。


990102
Ark, Laura, Frank,
「青い共振の人」が途中から電話で参加
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Q: (A) 私達は公の活動において、正しい方向に向かっているだろうか?。。。

A: 本交信で受け取った情報をあまり広くシェアしようと熱心になり過ぎないよう注意しなさい。

Q: (L) 私達、注意してるわ。本交信に関する限り、私達は幾らか思想的な事だけを扱っていて、そんな事はしてないと思うけど。。。

A: 私達が心配しているのは、あなたなんだよ。バランスが取れるまでは、これは「名声と富」に通じる道とはならないだろう。

Q: (A) どのような交信をシェアすべきじゃないんだろう?カシオペアン文書だろうか?

A: Yes, だが、私達はシェアしないように、とは言わなかった。注意しなさいと言ったのだ。ヘビは草の中に潜んでいる。
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またしても私達は、難問を突き付けられた。あまり多く、広くシェアし過ぎないよう注意しなさいと警告されたのは、これが最初ではなかった。このような警告は交信文の至る所に散見される。だが、今やフランクは自分がチャネルだと称し、ヴィンセント・ブリッジスに対して違法にも、未編集の交信文を自由に公表/頒布していいという許可を与えたのだ。これは、彼がチャネルだという主張に真っ向から反するものだ!

ここでは、交信文は「バランスが取れるまでは、名声と富に通じる道とはならないだろう」という奇妙な発言も為されている。この発言は、殊の外奇妙である。というのは、アークも私も、超次元のリアリティをリサーチし、シーズ文書をシェアするという、私達が受け入れたミッションを遂行することしか考えておらず、名声と富など何ら考えていないからだ。しかも、私達のリサーチは知識の拡大に貢献するためのものである。読者には知っておいていただきたいのだが、私達2人のいずれにとっても、公衆とのやり取りは、意識的に苦難を味わう形での奉仕の行いであって、全ての条件が同じならば、私達はきっと他のことをする方を選ぶに違いないのだ。

ということで疑問なのは:どうしてこの発言が行われたのか?ということだ。フランクの願望がかぶせられたのだろうか?あるいはそうではなくて、これまたシーズが、フランクは仲間外れであって、彼が全体の構図からすっかり姿を消してしまうまでは、何事も進展しないだろうという事に関するヒントをくれたものだろうか?事態の展開を考えると、私としては後者の解釈を取りたい。「ヘビは草の中」という言葉が付け加えられていることを考えるとなおさらである。私が反射的に思い浮かべたのは、「懐の中でヘビを育てる」であり、
(※ http://dictionary.reference.com/browse/viper-in-one-s-bosom によると、この格言の起源は以下の寓話とのことです:『農夫とヘビ』
http://blogs.yahoo.co.jp/ynm0/65841985.html
ある冬の寒い日、農夫が雪の上に死にかけている蛇を見つけました。そこでそれを懐に入れると暖めながら家に帰りました。農夫は家に帰り着くとすぐ、その蛇を暖炉の前に置きました。息を吹き返した蛇は農夫の子供に噛み付き、死に至らしめました。すぐさま農夫は斧で蛇を二つに切り裂きました。教訓:『邪悪なものからは恩返しは期待できません』。 ※※)
これは確かに私達がフランクに対して、そしてその後も他の人々に対して行っていたことのように思われる。

1999年の初頭に懸念されたもう1つの要素は、私の上の方の娘2人が、カシオペアンに関わる全ての事を全くの不運だと感じていたことだった。自分達の母親が交信文をネット上で公表していることは、彼女たちにとって、深い困惑の元だったのであり、シーズの言っていることには一理あるかも知れないという気付きはあったものの、その後には言うまでも無く、拒絶が続いた。彼女たちは普通の生活が欲しかったのだ。これには確かに私も共感を覚えた。私も普通の生活がしたかったからだ。

私がやりたかったのは、読書と研究、それと気が向いたら少々の書き物であり、あとは庭いじりと、愛する夫と子供たち、我が家の世話ができればよく、身を粉にしての奮闘努力の歳月の後では、後生だから、少々平和が欲しかった。私は、エイリアンや超地球的生命体が食物連鎖の頂点に居るなどと考えたくなかった。私は、脳味噌さえあれば誰でも、この地球上を奇妙な捕食者が動き回っていることが理解できる筈だという事実を突きつけられたくはなかった。私は朝に目を醒ますなり、数千年来人類が味わってきた苦難のことなど考えたくなかった。そうした苦難が、超地球的生命体による操作のせいであれ、あるいは単なる人間の貪欲と無知のせいであれ、そう遠くない将来に来たるべきものの単なる前兆であるに違いないということなどもってのほかだ。私は単に泥土を掘り返して花を活け、リサイクルショップを綿密にチェックして、レア本や珍本、それに、大好きなあれこれの骨董品を買い、女の子たちを美容室やダンス教室、あるいは裁縫のレッスンに連れて行って、普通の人間らしく生きたかった。これは高望みのし過ぎなのだろうか?

私は自分が住みたい世界が欲しくて泣いた。私は娘たちのために、そして、同じ疑問に直面して彼女たちがきっと感じている痛みのために泣いた。私はやはり同じ問題に直面している知人たち全員のために泣いた。

しかし、泣くというのは戦士のやり方ではない。本当の状況に気付いていながら、泣き止むことができない人間には注意が必要である。というのも、彼らは何も気付いていないからだ(真崎訳67ページ)。ドン・ファンやグルジェフが言うように、平静な理解のない者にとって、知の道には膨大な危険がある。見る者は方法論を持った、理性的な存在でなくてはならない;平静さの手本でありながら、自由であり、存在の驚異や神秘に対して心を開いていなくてはならないのだ。

「恐ろしければ当然そうなる(=胃が気持ち悪い)し、恐怖心を抑えようとするのはまちがっているし無意味なことだ」とドン・ファンはいう(真崎訳105ページ)。恐怖は愛の反対であり、真にバランスを取るためには、人は継続的に、両者が等しく顕われるのを経験しなくてはならない。拡張された意識に対して真にコンタクトすれば、言いようのない悲しみがもたらされることもある。それは、知覚の深みへの純粋なあこがれと、それが生み出す身も凍るような孤独が混ざったものだ。(真崎訳109ページ)

ドン・ファンは述べている。戦士の生活を送っていて理由もなく寂しくなることがあるのはごく自然なことだ。。。見る者の表現でいえば、エネルギー場としての輝く卵は、既知の境界が破られるとかならず、みずからの最後の運命を感じとるのだ。私たちの一覧表の心地よさを破壊するには、まゆの外の永遠を一瞥するだけで充分だ。そこから惹き起こされる憂鬱は、時として死をもたらすほどに強烈なものだ。。。憂鬱をふり払う最良の方法は、それを茶化してしまうことだ、と。

永遠ほどの孤独は存在しないことに私は気付いた。これは人間の抱えるジレンマである。人間である以上に心地良いことはない。私達は幻想のヴェールの陰で、無分別なまま永く生き続け、無知のまま死んでいくことができる。人間の何らかの相が苦難と死をたらふく味わうまでは、永遠の絶対的な孤独に挑む望みはない。戦士になるという決定的な旅に出る覚悟のある人だけが、心も凍るような恐怖をあえて味わってまでも、未知のものに向き合う旅の言いようのない楽しみを得ようとするのである。恐怖をうまく扱えない者には、「上位」レベルの愛を知ることはできないのだ。

さて、続く数章で、私たちは、様々な人間、そしてまた、未確認地理学的/超次元的タイプのスパイ防止活動(コインテル)作戦の世界に入って行くことになる。1999年から現在に至る年月の登場人物を挙げて行くのだ。読者には、マトリックス・コントロールシステムの「内輪のサークル」というものが見えてくるだろう。

インターネットを始めたばかりの頃、私は、『密度4』というハンドルを用い、メッセージの全てに『青い共振の人』と署名しているウェブ・パーソナリティーと出会った。これは、マヤ暦の信奉者に対するユーモラスな皮肉の類だった。ブルーと呼び始めた彼と、私はすぐに意気投合し、1996年から1999年にかけて、私達はディスクが一杯になるくらい沢山のメールのやり取りをした。ネットを始めたての頃、私は思い切って「エイリアンは心底私達のためを思ってなどいないだろう」と発言して、マイク・リンデマンのISCNIディスカッションボードの常連たちから攻撃を受けたのだが、この時、ブルーが素早く防御してくれたのである。それにしても、あんな言葉の使い方は初めて見た − 文字通り剣の如く繰り出されるのだ。リンデマンボードの常連たちは恐れをなして逃げて行き、私はこの連中との議論に参加するのは時間とエネルギーの無駄だからもうやめておこうと決心したのだった。だが、私はブルーとのやり取りは続けた。彼が啓蒙的な投稿の数々を行ってくれたことには感謝の念に耐えない。私は極端に世間知らずだったので、彼が私を守り、色々と教えてくれたお蔭で、生き残って来れたのである。

ブルーは私の人生の奇妙な紆余曲折に非常な関心を抱いてくれ、アークが初めて私にコンタクトして来た時も、当然ながらブルーは、私がネット捕食者に痛めつけられるのではないかと心配してくれた。私達は電話でかなりの回数、長話しし、ブルーは電話越しに何度かシーズとのセッションに参加した。

1997年いっぱい、および、1998年の大半をかけて、ブルーは熱心に巨大なウェブサイトづくりに取り組んでいた。それは、シークレットガバメント計画、マインドコントロール、エイリアン、秘密結社および、それら全てと黒魔術ならびに悪魔主義とのつながりに関する情報のハブだったのである。ブルーはごく早い時期に、リン・ピクネット&クライブ・プリンス著『スターゲートの陰謀』(邦訳書名:シリウス起源の超知性との聖なる扉[スターゲート]の研究〜 火星+エジプト文明の建造者[ザ・ナイン 9神]との接触)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=31165967
に書かれたつながりに出くわし、全ての情報をひとまとめにしていた。私達は彼の発見した事や、あちらサイドの内部に潜入して、誰がファーストか解明しようという彼の計画について、長々と議論した。ブルーが殊の外興味を持ったのは、一般に『鳥類飼育場(Aviary、アヴィアリー)』
http://hihumikai.blog.fc2.com/blog-date-20120323.html
という名で知られている組織に属する数多くのメンバーたちだった。

「鳥類飼育場」については、北米ミステリーサークル研究所の所長であるダン・スミスとローズマリー・エレン・ギリー
http://web177.net/index.php?Myths
による『アクアリウムの陰謀』という記事の中で、次のように述べられている。「『鳥類飼育場』は、UFOに関する民間人と諜報コミュニティとのコミュニケーション・チェーンの重要な環である。。。これは公的ネットワークでこそないものの、それに次ぐ位置づけの結びつきなので、超現実主義的な煙幕偽装によって、相当な隠ぺいを行わねばならなかった。『鳥類飼育場』は、超常現象に関して人々が抱く誤解を増幅することに本領を発揮する。パズルの個々のピースに対する過大評価に手を貸すことで、この道の研究者を袋小路へと追い込むのが、そのやり方である」

一般に信じられているところによれば、この組織はUFOリサーチに関するディスインフォメーションをばら撒いているという。様々な諜報機関や軍の退役者で構成されているのだが、以下は、公衆とのインターフェース役と言われる人々を網羅したリストである:


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・スズメ:リチャード・ドーティ。空軍特殊捜査室(AFOSI)のエージェント。
・コンドル:ロバート・M・コリンズ。元空軍大佐。
・フクロウ:ハロルド・パソフ博士。超心理学者/リモートビューイングの開発に携わる。
・タカ:C・B・ジョーンズ。超心理学/サイコトロニクス(精神工学◆超心理現象における物質・エネルギー・精神活動の相互作用を扱う学問)、海軍諜報部、国防情報局(DIA)、MUFON顧問(1989年)。
・ペンギン:ジョン・アレキサンダー大佐(退役)。陸軍諜報部UFOワーキンググループの指揮官。
・ペリカン:ロン・パンドルフィ。CIA科学技術局部次長。
・アオカケス:クリストファー・グリーン博士:CIA。
・サヨナキドリ:ジャック・ヴァローナ博士。連邦議会と、マンハッタン計画で知られるロスアラモス国立研究所との連絡係。
・カモメ:ブルース・マッカビー。
http://quasimoto.exblog.jp/10550152/
写真専門家、MUFON顧問、MUFON州事務局長(1975)。
・コード名不明:ビル・ムーア。諜報部エージェントと言われる。
・オウム:ジャック・ヴァレー博士。元々は、パリ天文台および宇宙委員会(UFOとは無関係)で働いていた天体物理学者だったが、後にアメリカに移り、国防省のコンピュータ・ネットワーク・プロジェクトの研究責任者となる;有名な天文学者J・アレン・ハイネック博士は同僚で親友だったが、ハイネックは後にプロジェクトを去り、軍のプロジェクト・ブルーブックがディスインフォメーションの煙幕偽装だと告発した;UFOをテーマにした著作多数。
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噂によれば、「鳥類飼育場」は実在する組織で、アメリカ政府、あるいは、UFOリサーチに大金を投じていると噂されるローレンス・ロックフェラーがスポンサーだという。この組織は、MUFONのようなUFOグループに潜入して、ディスインフォを広めているとされるが、後に明らかにするように、これはその通りである ― ただ、想像されているようにではなかった。「鳥類飼育場」がインスパイアしたディスインフォメーションは、(一部の人々が言うような)妨害のためにでっち上げられたUFO神話(すなわち、UFOは実在せず、政府のマインドコントロール実験に過ぎないというもの)ではなかったのだ。より正確には、UFO/エイリアンが実在して実際には何をしているかを隠ぺいするためのものだったのである。

ネット上での存在感が高まって来ると、ブルーはこれらの人々の多くを探し出してインタビューしたり、チャットしたりし、私達2人ともが抱いていた、誰が誰で、どれがどれなのかという緊急の課題への答えを探ろうとした。

当然ながら私は、こんなことをしていて彼が何か問題を起こさないか心配だった。なお、私達の間で1つだけ、エイリアンの実在性についてだけは、どうしても意見が一致しなかった。彼はエイリアンの超次元性を理解しようと苦心した挙句、これは単なるマインドコントロールの、ソーシャル・プログラミング実験に過ぎないのだと突き止めたがっていた。何らかのエイリアンが関与していたとしても、彼らはせいぜい、私達と同じように肉体を持ったクリーチャーに違いなく、不可思議な現象はどれも、霊憑依というエーテル領域行きにすべきなのだった。

以下の引用は、上で述べた人々に関してブルーが質問したのに対するシーズの回答である。誰が誰かは、読者の想像に任せるとしよう:


981107
Frank, Ark, Laura (青い共振の人(BRH)は電話経由での参加)
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Q: (BRH) フィルはどうかな?

A: 誤って導かれないようにしなさい。

Q: (BRH) 僕は、より具体的に、彼こそが内部に入り込んだごろつきだと言ってるんだ。(これは、ブルーが聖書から好んで引用するエイリアンに関する記述のことを言っている。エフェソの信徒への手紙6章12節では、エイリアンは悪魔、より厳密にはエーテル的存在だと言われているというのだ。そしてどうやら、これは「鳥類飼育場」の「インサイダー」であるフィルという人の説らしい。)
(※エフェソの信徒への手紙/ 06章 12節
わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。)

A: 「ごろつき」は導かない。導かれるものだ。

Q: (BRH) ロンやジョン、ヴィクトリア、そしてV博士に関して、何か知っておくといいことを教えてくれないか?

A: 1人は窮地に立っているのが分かる。1人は秘密裏に光を抱いている。どうして彼のプログラムを推し進めないのか?それは、幾つかデータが欠けているからだ。でも、誰がそのデータを提供するだろうか?誰かが救いの手を差し伸べるが、もしその人があなたの手を握っても、彼らは自由にさせないだろう。
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このうちの何人かと一時期非常に親密なやり取りをした後、ブルーはある結論に達して、自分のウェブサイトにその意見をアップした。「鳥類飼育場とは単なるその場限りの、バラバラな、軍/諜報関係者による機能不全な寄り合いに過ぎず、UFOおよび超心理学に対する関心は共有しているものの、研究の方向性が食い違うこともしばしばで、実のところ、お互い同士、あまりうまく行っていない。実に奇妙な鳥たちだ」。もちろん、何人かのことを彼は好きだったのだが、後から起こった事を考えると、この「好意」は操作された結果抱いたものだったのでないかと疑わざるを得ない。

1998年12月25日、ブルーはアークに読ませたいというメールを私に転送して来た(付録B参照)。
(※ネット版には付録が見当たりませんが、下のURLにあるネット初版では、本文中にこのメールが収録されています。)
http://www.cassiopaea.com/cassiopaea/adventures182.htm
確かにアークは、このような議論に惹きつけられ、参加者について幾らかウェブサーチを行った。私は、いわゆる「鳥類飼育場」に沢山のメンバーが居り、その中には、ロン・パンドルフィやジョン・アレキサンダー、ブルース・マッカビー、そして、ハル・パソフが含まれていることに、かなり興味をそそられた。そしてまた、(※物理学者のジャック・サーファッティ博士による)「サーファッティ・ディスカッションリスト」には、ジョー・ファーメージ(※企業家)、ユリ・ゲラー(SRIリサーチ部門のパソフ、ターグ(※後出)、インゴ・スワンと関わりがあった)、スタンリー・クリップナー(※『マジカル・ヒーラー』の著者)、ラッセル・ターグ(パソフ、スワンと共にSRIリモート・ビューイング部門に居た)、エド・ミッチェル(宇宙飛行士、純粋理性研究所の設立者)、エリック・デービス(※NASA から反重力制御やワープドライブなどの革新的な推進システムの研究を委託された科学者)、そしてもちろん、ブルーも居た。

読者も少々リサーチされれば、これらの人々と他の組織との間にも、興味深いつながりを発見されることだろう。例えば、ジョン・アレキサンダーとジャック・ヴァレーは、億万長者ロバート・ビゲロー(※ホテル王) (www.nidsci.org/personnel.html ) or NIDS for short.
の設立したアメリカ先端科学私設研究所(NIDS)で働いている。

現時点(※2009年時点)に至る状況としては:私達のリサーチ・チームが追加でリサーチを行ったところ(www.greatmystery.org/visitingfaculty.html )、『アクシオム(公理)客員教授会』という名の奇妙なニューエイジ/科学のクロスオーバー組織の存在が判明した。顔ぶれは以下の通りである:


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ドランヴァロ・メルキゼデク
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=35872869
ミッチェル(NIDS、サーファッティ)
カスタネダの信奉者たち、
ディーパック・チョップラ(※作家)、
フレッド・アラン・ウルフ(※物理学者)、
グレッグ・ブレイデン(※作家)、
ジョー・ファーメージ(サーファッティ、純粋理性研究所ボード)
ジョン・マック(ロックフェラーがスポンサー、NDEおよびエイリアン・アブダクション催眠のリサーチャー)
ローリー・モンロー(モンロー研究所)、
マイケル・ラーナー(※ラビ、政治活動家)
ピーター・ラッセル(純粋理性研究所/ミッチェル(NIDS)の個人団体)、
ラッセル・ターグ(パソフ、インゴ・スワンと共にSRIに居た、70・80年代における、リモート・ビューイングのパイオニア)
スティーブン・グリア(ロックフェラーから資金提供を受けているUFOリサーチャー)、
ゼカリア・シッチン。
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読者もお分かりだろう。傑出した何人かのプレイヤーが、緩やかなネットワークを形成しているのである。さらに興味深いのは、アクシオム教授会と、いわゆる聖なる幾何学の聖杯学派との間につながりが見られることだ。

過去に話を戻せば:サーファッティ・ディスカッション・グループには、他にも2人、興味深いメンバーが居た:殺人者アイラ・アインホーン
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=78184683
と、グランジ(オルタナティヴ・ロック)の歌姫コートニー・ラブの父親であるハンク・ハリソンだ。ハリソンは自称、聖杯探究の世界的権威であり、この年彼は、それを巡るドラマで面白い役割を果たしたのであるが、先走ってはいけない。今は措くとしよう。

私達自身の小さなディスカッション・グループでも、涙が出るほど退屈しているフランクに構わず、シーズに質問して得た聖杯に関する手掛かりについて、活発な議論が行われていたが、2月6日に私は、レンヌ=ル=シャトーのテーマを専門に扱ったウェブサイトが幾つかあるのに気付いた。幾つかのリンクを辿って行くうち、気付いてみると私は、「古代の智慧」に関するページへと来ていたのである。半ば学術的なクローズドの ― 加入するには、短い経歴書の類を送信してパスしなければならない ― ディスカッショングループがあったので、私達は2人で加入した方がベターだと思い、そうした。数日後、私達は入会を認められ、私は、本物のネットeグループというものを初めて体験した。

ところで、サーファッティのメーリングリストでは、メンバー全員が気の毒なアイラ・アインホーンをこき下ろしていた。私は彼について何も知らず、彼が何の罪に問われているのかも、どうしてフランスに隠れているのかも知らなかったのだが、彼が、インサイダーからの情報を「知り過ぎた」せいで逮捕されたのだと、長々しく釈明を行った時、これは通常の人間にでもやってのけることが可能で、超次元の存在になら言うまでもないことだと私には分かった。簡単にこのような意見を述べた私は、気付いてみると、密かにこの人とプライベートチャットを行っていた。アイラについては、次巻で再び取り上げる。

3月半ばに、アークと私は、子供たちを連れて、ちょっとしたバケーションを過ごした。行先は、ペンサコラUFOカンファレンスで、そこで私達は、ホイットリー・ストリーバーやマイケル・リンデマン、ロイド・パイ(※スターチャイルドの骨を研究)、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89_(%E9%AA%A8)
そして、リンダ・モールトン・ハウ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=67048373
の講演を聞いたのだった。私たちはハウの著書を買い求めたのだが、このカンファレンスで起きた出来事については本書の第2巻で手短に述べておいた。

カンファレンスが終わって家に戻った後、私はロイド・パイの奇妙な頭蓋骨が、地球上にエイリアンが存在する証拠なのかについて、彼と短いやり取りを行った。問題の頭蓋骨が水頭症の子どものもののように見えたので、私は疑わしく思った。だが、私が大いに興味を持ったのは、彼の行った実験結果の数々だった。

この頃、私は本書第2巻の爬虫類人レイプの章で取り上げた女性の、数ある人格1つから脅迫のeメールを受け取ったのだが、これはかなり早く沈静化した。

私はこのeグループ・ディスカッションというものにはまってしまったので、他にも2つのメーリングリスト(ML)に加入し、これこそがネットワークして情報をシェアする正しい道だと考えたのだった。それらのうちの一方は、アトランティスの歴史に関するディスカッションで、もう1つは、シオン修道会リサーチ専門だった(と称してはいるが、彼らが実際に話したかったのは、メロヴィング朝にまつわる血なまぐさい出来事だったので、私は早々に脱退した!)。

とは言え、一番対応に忙殺されたのは、古代の智慧MLだった。これも、私が思っていた通りのものではなかったが、そこでは、シーズ情報を幾つか継続的にシェアする機会が得られた。しかも、シーズが言う通りのやり方 ― すなわち、「受け取った内容はこの通りだが、理解するのはあなたである」という風にだ。もちろんながら、私としては、パズルのピースを持っている人が私にコンタクトするようインスパイアできたらと願っていた。そうしたら、どうして世の中はこんな風であり、どんな厄介事に私達は巻き込まれていて、どうすれば脱出できるのか、という本題に取り掛かるつもりだったのだ!しかし大抵は、チャネリング文書のことなど述べようものなら一巻の終わりだった。それは、学術的なディスカッションの場では全く歓迎されなかったのである!

にもかかわらず、これらの様々なMLのかなり多数の人々が、私達に対して個人的にメールを呉れたので、彼らとは盛んにやり取りを繰り返すようになった!

ニック・ハーバートがサーファッティのMLに居ることに私が気付いたのはこの頃で、これはホントにシンクロだと思った。今を遡る1985年、『ノアシンドローム』初版のためのリサーチを行っていた時に私が読んだのが、ハーバートの『量子論的リアリティ』(※邦訳なしか)だったのである。彼ならば宇宙の変容に関する私の疑問に答えられるだろうと思った私は、彼に手紙を書き、私達は、啓発的な郵便局メールのやり取りを何通か行った。数年後、キース・ローマー
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=78744513
が友人だったお蔭で、私は作品が本屋の壁一面を覆っているような、ある有名なファンタジー作家とやり取りする機会があった。カシオペアンとのコンタクトを達成する以前から、その最中、そしてその後の年月に関して、私達は長々とやり取りを行ったが、私の離婚の時期までやって来たところで、意気消沈のあまり、私は彼に返事を出すのを止めてしまった。直後に、アークが私をみつけたので、私は忙しくなってメールできなくなった。950527サンティリ・セッション
http://takapachi1962.seesaa.net/article/300325660.html
を行った際、私はこのファンタジー作家にメールして、得られた情報をシェアしたのだが、議論する中で2つ、物理学上の疑問が湧いて来た。ニック・ハーバートは数年前、私の素朴な質問に親切に答えてくれたので、彼なら論争に片を付けてくれるだろうと判断した私は、大急ぎで彼に手紙を書き上げ、私が作家と行っている議論について述べた。

そうしてみて分かったのだが、ニックはこの作家のファンだったのであり、この作家のサイン入り本を贈っただけで、喜んで私の質問に答えてくれたのである!ニックをこの作家に紹介するのは私としてもうれしい事であり、2人はきっと幾ばくか素敵なやり取りを行ったことと思う。

という次第で、ニックとやり取りするうち、彼がサーファッティのMLに居ることに気付いたのである。何たる偶然だろう!

アークと私は2人とも、ジャック・サーファッティその人および、彼がこのMLで成し遂げようとしている事について少し興味を抱いた。私はニックが決してたわ言でもって私を誤魔化そうとしておらず、私に好意を持ってくれていると分かったので、サーファッティに関して内輪のスクープがないか尋ねると共に、サーファッティがMLで行った発言に出て来た幾つかの興味深い事柄について議論するメールをニックに送った。ニックは返事を寄越した:


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1999年4月18日16:50のニック・ハーバートからのメール:

1点目:ジャック・サーファッティとは随分長い付き合いなんだ。私に言わせれば、彼は三流物理学者だが、彼自身は一流の気でいるし、情熱に燃えている。確かに彼はペテン師だが、自分のついたほら話を熱烈に信じてるんだ ― だから、物理学をあまり知らない人にとっては説得力がある。私は、彼が何か深い陰謀を企んでいるとは思わないよ(ジャック自身もそうだろう)。彼は単なる子供っぽい間抜けにすぎない ― 少々話を聞いている分には魅力的だが、しばらくすると退屈してくるんだ。私が彼との付き合いを続けているのは、新奇な事が好きなせいであり、彼は時々私を新しい道に向き直らせてくれるんだ。でなければ、今辿っているこの道も含め、私は辿ることがなかったと思われる道へとね。

2点目:[名前削除]と私を結び付けてくださって、ありがとう。お蔭で私は女神の1人に、「魔法の」誕生日プレゼントを贈ることが出来たよ。

3点目:あなたが言うようなサイキックな経験に関しておおよそ私が直観しているのは、自己と環境とは、普通考えられているような分離可能な関係ではないということだ。

私もまた、(因習的な)「外部世界」が、「私の心の中で」進行中の事を反映しているのではないかという超自然的な体験をしたことがある。ユングは類似の出来事を「シンクロニシティ(共時性)」と呼んで、おそらく私達がこのような自他の不可分性についてもっと関心を抱くよう勧めているのだろう。この話題に関する優れた本(シンクロニシティーの例が豊富に挙げられている)が、ビクター・マンスフィールドの『科学、共時性、魂の誕生』(※おそらく邦訳なし)だ。

4点目:私達が自然との偶然の結び付きの重要さと程度を増幅する方法を学んだとき、21世紀の真のニューサイエンスが始まると信じている。私はこのニューサイエンスを量子論的タントラと呼び、フランシス・ベーコンがニュートン物理学の先駆者であったように、その予言を行うことを夢見ている。

5点目:私はまだ錬金術に関する本を書いたことはない(だが、私はそれの特徴は、量子論的タントラと同じ仮定に立っていることだと思う ― 化学者は化学と訣別できない;お祈りをすれば、あのような反応が起こるものだろうか?)。おそらく、この本は未来のいつか、書かれるのを待っているだろう。

6点目:私の研究の幾つかについて、私はウェブサイト上で予告している。私は5月25日にサンフランシスコのヘンリー・デイキン研究所で量子論的タントラのプレゼンをすることになっている。スポンサーは長い歴史を持つ心霊研究グループだ。この研究はとても新しく、従来の科学的概念からあまりに隔たっているので、私は自分自身とお気に入りの女神 ― 太平洋(the Pacific Ocean) ― 以外に対しては殆ど秘密にしてきた。私の思考に旧来の概念がコンタミしないようにだ。

また連絡して欲しい。きっと私達はパズルのピースを持って居ると思う。だが、とても大きなピースが未だ見つかっていないので、現時点では誰も理路整然と説明できないんじゃないかな ― 今の科学に無理なのは言うまでもない。
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この頃、私はリンダ・ハウの本を読み終えたので、そこに書かれて居た何点かについて、私達のささやかなディスカッショングループにシェアした。今やブルーも、その一員だった:


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そこに横たわる難問が:知識なのよ。「フォトンベルトの失態」が最たる例だわ。誰かがこのアイディアを思い付くと、チャネラーからチャネラーへと伝わって、山火事のように広がって行ったの。。。やがてそれは「大量着陸」説や「エイリアン・ラプチャー」仮説と合体して大ブームとなり、やがて、ヘールボップ彗星を巡る臆説と織り交ぜられて。。。大量自殺が起こり、そしてまた、大量のエネルギーが失われる結果となったわ。

何年も前に、私がある雑誌で初めてその思いつきについて読んだ時。。。全てはエセ科学の用語で述べられていたの。。。私は冗談の発作で倒れそうになったものよ!つまり、この思いつきを広めた人々や、それを読んだ人々が、フォトンの真の性質を見抜いていれば、彼らはこんな話に引っ掛からなかっただろうし、こんな「スペシャル・フォトン」に関する「サイキックなテクノバブル」に惑わされることもなかったんだわ。こうしたソースが使う言葉は、私たち、憐れで無知な人間にも理解でき、チャネラーが使う言葉に「似て」はいたものの。。。全て戯言だったのよ!当時、私はそう繰り返し述べたし、シーズも到着するや、私を支持してくれたんだけど、今のところ、彼らが与えてくれたフォトンの正体と振る舞いに関する知識は説得力を持ってるわ!つまり、フォトン派の人々は、毎日地球が何トンものフォトンに直撃されていることを知らないの。。。それが光と呼ばれているものであり。。。もし彼らが言うような大規模な増加があったら。。。地球は本当に変わってしまうでしょう。。。灰にね!

だが、その一方で、ごくわずかながら、フォトンベルトが本当に地球を直撃し、「善男善女」が地球外へと空輸される可能性があるかも知れないわ!そうなれば、みんな、困った事になるでしょう!

だから、このような説に対処できるような大規模なナレッジベースを持つというのは名案よ。。。だけど、それにさえも「ヒットしない」ようなものが出て来るでしょうね。というのも、私達が対処しているリアリティは、手掛かりの無いレベルだからよ。何度となく私はシーズから、私自身が知っているつもりでいることとは全く違う内容を聞かされたものだわ。。。私は彼らに激怒したのよ!でもやがて、何か月かすると、「主流派科学」に何かが現れ、あるいは、誰か新しい著者が、まさにその問題に取り組み、あるいは、私がまだ調べていないテーマの場合もあるんだけど、シーズの言った事全ての正しさを証明するような説を引っ提げて登場する事態となるの。これには「鳥肌が立つ」わ。

私は、感情エネルギーに関してであれ、文字通りの意味であれ、エイリアンが人間を「食べている」という考え方に、すっかり立腹したことを認めなくてはならない。。。でも、その後私は、少なくともこのことを相当程度に裏付ける強力な状況証拠となる調査結果に出くわしたの。

それと、私はヴェリコフスキーの説にもかなり熱中していたので、シーズがこの説を私ほどには賞賛しなかったのが、かなり不満だったわ。

気付いたんだけど、チャネリング文書というものは、殆どの場合、チャネラー自身が信じて居たり、聞きたいと思ってる内容を「認める」回答なのよ。。。だけど、シーズの場合は率直に言って、私達が信じていることや聞きたいことなど気に掛けないようなの。彼らは私達を甘やかさないわ。。。だけど、ありのままの真実に耐えられない人がセッションに参加したり質問したとき、彼らはとても曖昧な言い方をするの。一度「曖昧な」回答の分析をして分かったんだけど、曖昧な回答の数は、参加者が、前から持って居る信念体系と密接な関係があるのよ。

結論的にはどうやら:人が、自分の聞きたい事と感情的な結びつきを持って居る場合には。。。その点が顧慮されて、その人の手におえないような回答はもたらされないようね。。。

巷は大量の戯言だらけで。。。その多くは、感情を呼び起こし、それに訴えるために書かれてるの。そして、感情とは明らかに化学反応の産物だわ。確かに、いわば「魂からの」感情も存在するけど、でも、それらは身体に「結びついた」ものとは根本的に異なるもので、殆ど比べ物にならないわ。

私の考えでは。。。この「戦い」についての気付きを高めることで、人は客観的かつ予断を抱かなくなり、感情を抱かずにはっきりと物事を見られるようになって、その結果、エイリアンに「食料」として搾り取られる量を減らせるのよ。私達1人1人が、言ってみれば、ちゃんと目を覚ます結果、他の人々も目を覚ますのがずっと容易になるわ。。。『百匹目の猿現象』その他諸々で言われているように。。。そうなれば、変化を達成することも可能になるのよ。シーズは繰り返し、未来は「未定」だと述べてるわ。だけど、現在の状況がどうなっていて、先行きどうなるか、その可能性等々について知らなくては、グループの努力によって未来の方向付けに貢献するのは無理よ。

リンダ・ハウはこう書いてるわ:


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ある空軍の情報将校から聞いた話だが、軍の年長者の中佐が、ニューメキシコに墜落した空飛ぶ円盤からの地球外生命体の回収に時間を費やしたようなのである。この生命体は中佐にテレパシーで、ここは唯一の宇宙ではないと説明した。中佐はこう言ったという。「白い砂に覆われた巨大な島を想像したまえ。砂粒の1つ1つが別々の宇宙で、それぞれが電気の膜で隔てられているんだ。そして島の周りは、冷たく暗い海なんだよ」

私が情報将校に、その暗い海は何なのか尋ねたところ、彼はこう答えた。「知らない方がいい。知ってしまうと、もう元には戻れなくなるよ」
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さて、これは何とも「動揺させられる」話だけど、この情報を伝えた「情報将校」の観点で考えねばならないわ。シーズが言っていたSTSの観点すなわち、連中が「物質宇宙を崇拝している」ことを前提に考えると、この宇宙生命体にとって、「冷たく暗い海」だと感じられたものとは、「境界で区切られない意識」であって、連中にとっては怖ろしいものだと分かるの。限りなき創造的潜在能力!純粋に創造的な意識だもの。連中から見れば。。。それは「冷たく暗い海」なのよ。
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元陸軍中佐のフィリップ・コーソーは『ロズウェル後の祭り(邦訳書名:ペンタゴンの陰謀 新兵器開発に隠された驚愕の真実』に、こう書いている。「このクリーチャーどもは、人類を啓蒙しにやってきた慈悲深いエイリアンなどではなかった。。。」(※訳者あとがきによれば、邦訳書は抄訳とのことで、この一文は見当たりません) リンダ・ハウはこう問うている。「他の星からの知的生命体が、人類や地球から何を得たいと思うのだろうか?ある政府の特務機関員から聞いたのだが、彼の上司は『真相』が露見する前には死んで居たいと願っているという」(Howe, 2001) その後彼女は、仲介者から手紙を受け取った。国防総省の誰かからとのことだった。一部引用する:


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我々のプログラム・ディレクターは、ミスリードされた結果、我々にはエイリアンをコントロールし、操作することが可能だという、誤った信念にしがみついているのだが、実際に起きて居るのはその逆である ― 操られ騙されているのは、我々の方なのだ。

。。。エイリアンが、我々に対する働きかけに使っている、奇妙で混乱させる力は、我々の目をそちらに惹きつけ、彼らの行動の本当の目的 ― 操作と騙し ― から我々の注意を逸らすためのものである。

人々は今、「シークレットガバメント」プロジェクトや、悪魔主義カルト、そしてUFOを追いかけるのに大忙しだが、実際に犯行を行っているエージェント[すなわち、他密度からの存在]が疑われることはない。

政府のヒエラルキーの中には、リンダ、あなたを納得させるような誤ったETのシナリオを提供する者が居るが、このようなエイリアン・プロジェクトの責任者が、ディスインフォメーションを広めているのだ。このようなディスインフォには数多くのバリエーションが存在し、どのバリエーションに通じている人も、自分こそが「正解」を知っている気になっている。現時点の我々の社会において、核となる真実はこのようであるから、大衆にどうにかできるものではない。

現時点までで最高の陽動作戦は、UFOアブダクションのシナリオである(そして、作戦の頻度も、奇妙さの程度も増し、益々あからさまになり、数多くの観察者に目撃されるようになってきている)。

このような出来事のコンセプトは、地球外生命体がやって来た結果であり本物だが、報告される事件の殆どは、エイリアンの本当の出所から注意を逸らすための、巧妙なディスインフォメーションである。このような出来事の本質に関して我々が持って居る情報は、地球外生命が存在する可能性を否定するものではないが、UFOおよびUFOアブダクション現象の発生原因は、地球外ではない。

我々は超常現象兵器 ― 実際にはマインドコントロール用の ― を開発することでエイリアンの対応に取り組み、彼らの方でも、さし当り、大義名分に利用されるのを許しているように見受けられるものの、彼らは慈悲深くもなければ、中立でもない。このコンセプトを理解できる人はごく僅かだと思う。

古代文明や、それらがエイリアンと行ってきたコンタクトに関する、あなたのコメントや考察は、人類全体が騙されてきたという、より大きな全体的構図に照らして考える必要がある。このような壮大な騙しが想定されるコースを辿ったとしたら、古代文明に出て来る邪神を現時点における騙しのレベルに照らして分析するのも理に適うように思われるだろう。エイリアンは、古代という霧に包まれ、文化的特異性が忘れ去られることで、僅かに歪めうるような基礎的事実を打ち立てる必要性を予見し、人類に対してあらゆる善きものをもたらしたように見せかけることが可能だった。これは、彼らが人間ではなく、他次元の存在であると考えなくては、論理的に無理である。

エイリアンの「妖精のような」現れ方と昨今の出来事との類似点(※「『UFOの搭乗者』と『いにしえの妖精たち』の類似」)
http://macht.blog.so-net.ne.jp/archive/c2301251879-1
を知るには、絶版となっているジャック・ヴァレーの『マゴニアへのパスポート』を今一度探し出して読むとよい。そして、『騙しのメッセンジャーたち』を仔細に読んでみると、ヴァレー博士は状況の真相に極めて迫っているのだが、ただし、一点だけ違っていて、究極の操作を行っているのは人間ではない。
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5月4日に、レイ・フラワーズと名乗る人物が、前述の古代の智慧ディスカッションリストに以下の投稿を行った:


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錬金術、フルカネリ、大十字
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=34180842

終末の時に向けたモニュメントが、フルカネリの謎の背景にある真実を明らかにする:錬金術による魂の変容と、人類の歴史において最もドラマチックなイベント ― 私たちの承知している終末の時だ。終末の時に向けたモニュメントが、錬金術の最大の秘密を明らかにする ― 歴史はイニシエーションのプロセスなのだ。そのイニシエーションの最終段階が、間もなく起ころうとしている。

ヴィンセント・ブリッジスとジェイ・ウェイドナーによる、南フランスからの新リサーチを要チェックだ。

http://www.sangraal.com/AMET/index.html
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いやー!世界最後の大審判とはまさにこのことだ!私はリンク先に行ってサイトを覗いてみた。そこにあったのは、膨大な歴史のリサーチであり、私はそこに紹介されていた本のテーマを一読した後、古代の智慧MLに次のような返事を書いた:


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この「新リサーチ」は、これまでで最も興味深い著作である、エリザベス・ヴァン・ビューレンの書いた『黙示録からの避難:他次元への戸口;レンヌ・ル・シャトー、キー』に何らかの刺激を受けたものなのかしら???確かにRLC(レンヌ・ル・シャトー)の件に「取り組もうとする」人は必読ね。

この本はアンダイ十字についての議論で始まってるわ。。。

「ピレネー山脈のふもとのバスク州に、アンダイという名の小さな町がある。そこに石の十字架が立っているのだが、そこには、かの有名な錬金術師フルカネリが『千年王国説』との関係を述べた、奇妙なシンボルが彫られている。それは至福千年への信仰とそれに先立って起こる定めの天変地異についての教説である。

「ギリシア十字形をしたこの十字架の枕木には、碑文が2行にわたって浮き彫りにされている。綴られた語をつなぎ合わせると、こうなる:OCRUXAVES PESUNICA.

「1行目の最後の‘S’を、2行目の最初の文字だと解釈すれば、以下のフレーズを読み取ることができる:‘O CRUX AVE, SPES UNICA’ ‘HAIL, O CROSS, THE ONLY HOPE.’
『オー・クルックス・アヴェ・スペス・ウニカ』すなわち、『我らの唯一の希望、十字の木よ』である。

「フルカネリは、ラテン語の文法が無視されていると指摘する。というのも、男性主格の‘Pes’は、同性の形容詞’unicus’を要するはずであり、女性形の’unica’ではないからである。

「‘S’が誤った場所に置かれたために、この碑文は秘密のメッセージとして読むことができる。ラテン語の単語をフランス語の音で読み、単語を並べ替えて別の文を作ると、次のような奇妙な言明に到達する:
‘IL EST ECRIT QUE LA VIE SE REFUGIE EN UNSEUL ESPACE’
すなわち、
‘IT IS WRITTEN THAT LIFE TAKES REFUGE IN A SINGLE SPACE.’
『生命はある1つの空間に避難すると書かれている』となるのだ。

「フルカネリは、このメッセージが言っているのは、死から逃れるのにノアの方舟が必要とされた、悲惨な大洪水が再来する時にも安全な場所のことだと述べている。彼は弟子である錬金術師のカンスリエにこう語った。『息子よ、お前がもはや錬金術のワークを行えなくなる時がやって来るだろう。その時お前は、まれにして祝福された国、疑いなく破滅を免れる、国境の向こう、南方に位置する国を探す必要があるだろう』。他の人々に対してフルカネリは、その場所とはオード県のレンヌだと示した。

「。。。フルカネリは誤って置かれた‘S’の文字は、ギリシア文字のΧ(カイ、key)に相当し、エソテリックな意味合いもそれと同じだと指摘した。これが、この謎を解く「カギ(key)」なのだろうか?このメッセージは‘Spes unice,’すなわち、「カギ」は唯一無二の(女性の)足(=pes)だとは読めないだろうか?‘X’はこの「足」の象徴だろうか?」(ヴァン・ビューレンの説)

興味深い事に気付いたんだけど、「プランタジネット(Plantangenet)」という王朝名は、「足(foot)」という意味の語根に由来しているのよ。。。あと、「大皿(platter)」も同様の関係だし。。。物事の「基礎(foundation)」は「遺伝子(gene)」に結びついているし、‘gene’は、「ヨガ(yoga)」、「ヨギ(yogi)」、「関節(joint)」、「頸(jugular)」、「夫婦の(conjugal)」、「膝(knee)」と同じ語根に行きつくの。「騎士(knight)」だってそうなのよ。。。聖杯物語の「待望の騎士」、パーシヴァルね。

誰も気付いてないようだけど、『アルカディアの牧童』の絵では、膝と肘。。。関節。。。がかなり目立つように描かれてるわ。

マーサ・ニーマンは、墓の上に伸びている腕の陰が、逆さまに見ると、馬の姿に見えると言うんだけど。。。腕そのものと一緒に見ると、ハートにも見えるわね。。。いずれにしても面白いわ。

プランタジネット朝の起源にまつわる伝説が、メロヴィング朝の伝説と殆ど同じなのも、面白いわね。。。

「メロヴィー(Merovee)」自体が面白い言葉なのよ。。。語根の‘Mer’に遡れば、海と馬、両方の意味があるんだから。。。

ということで、私はこの本を注文して、この人達が何て言ってるか読んでみるつもりよ。

ローラ
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5月7日、私は上で述べた本の共著者の1人ヴィンセント・ブリッジスからメールを受け取った。


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送信日時:1999年5月7日金曜日 11:49
件名:Re:アンダイ

親愛なるローラ、

我々のAMETウェブサイトについて、あなたは何て素敵なコメントをくれたものだろう。実に鋭くもある!

確かに我々は、E・ヴァン・ビューレン(EVB)の魅力的な本については気付いているし、RLCの件に深く没頭している。しかし、我々のスタート地点は、フルカネリの著書『大聖堂の秘密』であり、同書のアンダイの周期十字架に関する章だった。EVBも彼女の『避難』の前書きに、そこから長々と引用している。だが、彼女はフルカネリを引用するばかりで、実際に彼女が行った事は少ない。提供している新情報はただ1つだけ。ここの所だ。「彼は弟子である錬金術師のカンスリエにこう語った。『息子よ、お前がもはや錬金術のワークを行えなくなる時がやって来るだろう。その時お前は、まれにして祝福された国、疑いなく破滅を免れる、国境の向こう、南方に位置する国を探す必要があるだろう』。他の人々に対してフルカネリは、その場所とはオード県のレンヌだと示した」

あなたは、この1年ほども、我々が抱えていた悩みについては知らないのだ。その問題とは、私達に判断しうる限り、カンスリエは書き物の中でこんな事を言っていないのであり、EVBとカンスリエは個人的に会話したに違いないということだ。それでは、いつ、どうやって、2人は知り合ったのか?そして、フルカネリがオード県レンヌを避難先として特定した相手である「他の人々」とは一体誰だろうか?EVBはフルカネリを知っていたのか?

もちろん、『避難』の本文には、EVBがアンダイのモニュメントあるいはそれが持つシンボリズムについて直接理解していたことを示す記述は無い。しかし、誰かが彼女に、『ル・サルパン・ルージュ(赤蛇)』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=71544205
やレンヌにある黄道十二宮のように配置されたモニュメント
http://www.cromleck-de-rennes.com/Zodiac%20de%20Rennes.html
に関する情報を与えたのは確かだ。それにしてもどうして、こんなに歪んだ形で、レンヌにこだわるような情報を与えたのだろうか?

はっきり言って、これらのいずれもナンセンスだ。私はフルカネリの著書に出会う前から、長い事RLCのテーマに取り組んできた。70年代半ば、大学院生だった頃から、私はルネ王に興味があった;彼こそ、クラシックタロット・デッキ作者の最有力候補だと思ったのだ。私としては、25年のリサーチを経た今もそうだと思っている。だが、EVBとフルカネリがつながっていると気付いた結果、これまで自分では知っていると思ってきたRLCに関する事柄が、全て新たな視点から見えてきたのだ。(私が本当にRLCフリークであることを、あなたが疑うといけないので言っておくが、私はソニエールの前任者であるアントワーヌ・ビグー神父が再建した頃の、元々の教会の建物の残骸の1つのオーナーなんだ。)

ということで、RLCが重要なことと、それがフルカネリおよびアンダイと何らかのつながりを持っていることは分かっていたのだが、それが正確にはどういう事なのか、私は知らなかったんだ。するとそのうち、もう1人の友人であるコロラド州クレストーンのビル・ビューラーが、アンダイとRLC、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、そしてエディンバラ城が巨大なTの字の形に並んでいるという景観幾何学の一端を教えてくれたんだ。アンダイはTの字の縦棒と横棒の交点だった。ワォ、その後は物事がうまく行きだした。

ほら、アンダイは歴史という、Kマートで売っているつづれ織りのほつれた糸のようなものなんだ。長い事ぐっと引っ張っているうち、忌々しい全貌が目の前でほどけて来るんだよ。我々は既に、十字架の宇宙-錬金術的秘密は解明したんだが、突如として別のパターンが視界に飛び込んできた。我々はいつも、十字架が聖杯なんだろうと冗談を言ったものだが、どれくらい正解に近づいていたか分かっていなかったんだ。

アンダイ十字の土台部分には、西から北へぐるっと見ていくと、太陽、4つの‘A’、八芒星、月のボートのイメージが並んでいる。それらはまた、聖杯家族の本当の歴史と直接的な関わりがある、南フランスの4つの地点を指しても居るのだ。探すべきものが分かっていれば、これらの地点を特定するだけで、物語は展開して行く。フルカネリに話を戻せば、実に巧妙な一連の言及が我々の説を裏付けていて、全く奇妙にも、プロバンスの予言者であるミシェル・ノストラダムスおよび、ルネッサンスの天才レオナルド・ダ・ビンチへと導かれるんだ。

だから、フルカネリの本の初稿を90%書き上げたところで、我々はフランスへと向かい、幾つかの答えを見つけた。その結果出来上がったのが2冊目の本で、私がそれに取り組んでいる間に、共著者のジェイ・ウェイドナーが1冊目の本の初稿を仕上げたという訳さ。

一部始終とは行かないまでも、RLCに関して私が真実だと感じていることを書いてみよう。

初めに遡って考えてみる。ソニエールが見つけたのは何だったか?彼が見つけたのは、聖家族と関わりのあった初期キリスト教徒の一団が、生き残っていた決定的証拠だった。そして、彼らのキリストとはマグダラのマリアとイエスとの子である、もう1人の聖ヨハネだったんだ。この情報は、AD4世紀初期にレンヌの家族に伝えられたんだが、それは、グラヌム・リウィ(※Glanum Livii、古代ローマ都市)に居たユダヤ人キリスト教徒の難民がオードに着いた時だった。グラヌム・リウィこそが、ソニエールの暗号に出て来る青い果実、すなわち、青りんごであり、
http://vaeronix.herobo.com/winter/tale.html
http://www.voynich.com/rennes/
同じ暗号に出て来る死の剣(Mort epee)もまた、円卓の騎士トリスタンやアルゴー船のイアソンが持っていた剣を暗示し、グラヌムを指し示す。
http://www.sangraal.com/AMET/prologue.html
グラヌムと言えばもちろん、ノストラダムスの故郷であることが分かっている。彼は4行詩のいくつかで、彼が古代へと遡る血統に属すると仄めかしているんだ。

どうしてソニエールは金回りが良くなったのだろうか?おそらく古代の財宝、おそらくは、西ゴート族かメロビング家の金でも見つけたんだろう。というのもソニエールは、パリじゅうで遺跡の埋蔵品を売りさばいていたからだ。これによって、幾らかのカネが手に入ったんだが、おそらく大部分は、ハプスブルク=ロレーヌ家の遺産相続人たちから与えられたものだろう。何とも興味深いことに、この人々はプロバンス地方における縁戚筋を経由して、ルネ王の子孫としての正当な資格があったのだ。第1次大戦によって、全てはバラバラになったんだが、1950年代に何かの団体が、暴露を行うため、あるいは、より大きな全体的構図から人々の注意をそらすために、RLCの謎をリバイバルさせたんだ。

シギベルト4世がレンヌに戻って、おそらくは途絶えかけたメロヴィング朝の血を伝えたのだろう。だから、物語のうちのこの部分は正しい。我々の調査によればこの伝説は中世についても語っていて、ゴドフロワ・ド・ブイヨンと聖杯伝説を結び付けているんだが、正確にどのような関係なのかは辿れないよう、慎重に工作されている謎なんだ。

だが、プランタジネット朝に関するあなたの推測は当たっている。あなたの言葉遊びは、偉大なマスターであるフルカネリが用いた鳥たちの言葉に通じるものだ。プランタジネット朝が権力を握ったのは隠然たる政治勢力の助けがあったからで、その勢力とは、テンプル修道会の前身となったシオンの聖母修道会だ。これは、1002年にローマ教皇シルウェステル2世と、奇行で知られるカリフのハーキムがエルサレムに創設したものだ。ヘンリー2世は、ヴォルフラムの『パーシヴァル』で述べられている意味でのテンプル騎士団員だった。すなわち、未知の部分のある人物で、現代の権力と古代の正当性との組み合わせによって統治を行うという暗黙の伝統を、少なくとも受け継いでいた。ヘンリーがアーサー王伝説に興味を示したのは決して偶然ではなく、それは本質的に異教的だった古代からの伝統を正当化しようとする試みだった。メロヴィング朝とプランタジネット朝がそっくりなのは当然のことなんだ。これらは事情通にとって、これら王朝の諸王の正当性を知る手がかりなんだよ。

それでも、中世の歴史はまだはっきりしない。これを本当に解明したければ、我々の続巻を待って居る間に、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハが書いた『パーシヴァル』の優れた訳書を見つけて、何度か読み通すよう勧める。それから南フランスの地図を取り出して、時間も距離も彼の言う通りに地図を辿ってみれば、プロバンスにやって来たこの人物が、聖杯の物語に精通していたことが分かるだろう。それはまともな本で、この物語は幾分正確な9世紀のものと分かったんだ。

ヒントを与え、要約しようとしたんだが、おそらく余計に混乱させてしまったんじゃないかな。だとしたら申し訳ないが、私はこの説を完全なものにしようと取り組んでいるところなので、あんまり簡単に教えてしまうのは嫌なんだ。それにしても、あなたのメールは面白かったよ。アンダイの事を知っている人はそう居ない。まして、こんな刺激的なつながりとなるとね。

我々のウェブサイトに引き続き注目して欲しい。時々もっと沢山の事をアップするし、6月になれば、最初の本が7月何日に発売となるかアナウンスできるだろう。気に入ってもらえるといいんだが。読んでみてもっと話したくなったら、メールを返信して欲しい。

ありがとう。
ヴィンセント・ブリッジス
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ワォ!こんなに興奮したのは初めてだ!神様、ありがとう!ついにイカレていない、私の疑問の全てに答えられる人が見付かったのだ!ただの学者ではない(大学院に行ったのだから、学者に違いない!)、心も広い人だ!こうしたリサーチの全てを行った人が、聖杯サイトを書いていたのである!すぐまたあのサイトに行って、全部ダウンロードして勉強しなくては!

私は実際にそうした。断章の全て、一語一句漏らさず印刷し、背を綴じて表紙を付けたものが、私の本棚に鎮座ましまして居る。これこそは、私の疑問に答えてくれる人が現れて欲しいという願いがかなった事のモニュメントなのだ。

人は自分が人生に注ぎ込んだものを、人生から受け取る。

本当に無料の昼食というものは無いのである。

(本章終わり)
posted by たカシー at 14:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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