2015年06月06日

ザ・ウェイブ16章: 存在する全ては学び、あるいは、ローラ、レイキに出会うも最後は窮地に

ザ・ウェイブ16章: 存在する全ては学び、あるいは、ローラ、レイキに出会うも最後は窮地に
http://cassiopaea.org/2010/05/12/the-wave-chapter-16-all-there-is-is-lessons-or-laura-finds-reiki-and-ends-up-in-the-soup-pea-soup-that-is/


私が前章でこう書いたのを思い出されたい:


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どうやら私は、全ての人々を。。。無知から日々奮闘を余儀なくされている万人を。。。彼らが辿るあらゆる道を。。。愛し受け入れるという心の状態を達成したようだった。私は(かなり身体が衰弱していたにもかかわらず)頼んでくる人の具合が良くなるようにと懸命にワークを行っていた。代価の支払いがあろうとなかろうと、依頼を断ったことはなかった。おカネのためにやっているのではなかった。ある意味、悪について「学びなさい」という「声」が聞こえた時と同じくらいに悪い状況だった。私はそれを試みていた。その正体を見極める方法を会得しようとしていた。その頃の私には分かっておらず、直後に学ぶことになったのは、光として顕われているものの大方が、本当はそうではなくて、愚か者を欺く見せかけだということだった。これは「愛の教訓」のうちの未だ学んでいない部分だった。私は既に、巨大な宗教組織が破滅への道となりうることについては学んでいた。。。しかしこの時点の私は、このようなダマシがいかに巧妙で拷問的なものであるか、そして、それが個人ベースではどのように顕われるか分かっていなかった。
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これはどういう意味かと言うと、考えを拡大して行った結果私が辿り着いたのは、「無条件の愛」の標準的なニューエイジ・バージョンだったということである ― すなわち、日々瞑想やアファーメーションを行い、周囲の人々や万人を愛と光で愛しつつ、「愛と光を信じ、全ては愛であり、愛すべきであるということを信じるならば、人は愛を経験するだろう」という信仰を持って生活しなさいというものだ。

これはまた「許し」をずっと広い意味に解釈する:すなわちそれは、物事のあり方をより広い視野で見るならば、誰にも不十分な点などないのだから、絶えず「他者の不十分さを帳消しにする」ということなのである。彼らはありのままの彼らなのであり、彼らを愛し、彼らとうまくやって行くのは自分たちの仕事なのだ ― 流れに従って;誰であれ、ありのままの姿で受け入れ、愛と光を大盤振る舞いして付き合いなさい!原罪など無く、全てがワンネスだと分かっているのに、他にどうしようというのだ?

いかにも経験から学んだという感じではないか?

さあどうだろうか。

本章でも、次に起こった学びを実例として挙げるとしよう。「学校」すなわち、私の人生での出来事に話を戻す。

私がささやかな「神への直訴」を行った日の翌日、母の家の郵便受けに1通の手紙が届いた。母が「ちょっと見に来て」と電話してきたのである。手紙は地元の退職者協会からで、在宅看護講座の案内だった。身体に問題が無くて就職を希望する退職者ならば、外に出られて人様の役にも立ち、退屈しのぎになる上にお金がもらえるのである!何とうまい話だろう!母にとって夢のような話だった。退職者なら受講は無料、制服を含む必要品は全て貸与;受講地までの交通費まで支給されるというのだ。興味を持ったらすぐに電話して、講座を予約するようにとのことだった。

実社会と再び関わりをもって活動するチャンスということで、母はかなりエキサイトしていた。母が就職を望んでおり、そうすべきだと思うならばと、私は賛成した。そこで彼女が電話すると、申し込みが殺到して、残りあと僅かというところで何とか間に合ったらしい。無理もない。

講座に通いだして1週間ほど経った頃、母から連絡があった。「同じクラスのある女性から、今度の水曜の晩に、オープンハウス
(◆パーティーの形式の一つ。長い時間を設定して、その間ならいつ行って、いつ帰ってもよい。誘われていない友達などを連れて行ってもよい気軽なパーティー。)
に招待されたの。彼女、一緒にランチに行こうと誘ってくれて、愛想もよく、長い事話してても気持ちがいい人なので、行かなくちゃ悪いわ」 要するに、このパーティーにクルマで送って欲しいというのだった。いわば「人生を楽しもう」としている彼女を見て嬉しかったので、私としては彼女のやりたいことを全面的に支援したいと思った。「お安い御用よ」

UFO経験直後の、この時期、私の健康問題は危機的な状況になっていて、用事がある日はそれをきちんと片付けられるように慎重にエネルギーを管理する必要があった。そうやってケアしていても、何かやるにはエネルギー不足ということがしばしばあった。催眠セッションも回数を減らさねばならず、次の実施日までの間十分休んで体調を整えた。それでも私は毎晩起こる狭心症の発作と、目と喉の粘膜の腫れに苦しめられていて、自分では薬の使い過ぎによるアレルギーだと思っていた;幾つかの症状を緩和するため、私はベネドリル
(◆日本の「ムヒ」のような虫刺され用の薬。塩酸ジフェンヒドラミン系かゆみ止め薬)
無しではやっていけなかったのだが、その副作用で参っていたのだ。あまり素敵な生き方ではない。私は人間として最低限に近い機能しか果たせなかったのだが、何とか正常らしく見せていたのだ!確かに傍目にはどこも悪そうには見えないのだが、私の身体はさながら、回路が1つまた1つとショートして火を噴いている機械のような状態だったのだ(新しい回路が育まれつつあったなどとはもちろん考えもつかなかった。それに気づいたのはずっと後になってからだった。)

だから、母が招待を受けた時、彼女の運転手を務められるよう私はスケジュールを調整した。だが、約束当日は、殊の外痛みがひどく、すっかり消耗してしまい、どうやったら約束を果たせるか見当がつかなくなっていた。母は私の状態が分かっていたので、無理にとは言わなかった。午後の中ほどあたりで、私はベッドに倒れ込み寝入ってしまった。ところが2時間後に目覚めてみると − 驚くべきことに − 殆ど調子が良くなっていた!何か約束があったことを思い出し時計を見ると、クルマで母を拾ってパーティーに連れて行くのにまだ十分間に合うと分かった。私は母に電話して、「すっかり気分が良くなったわ。支度をして頂戴。2、3分で行くから」と言った。

私達がパーティー会場に着いた時、何が起こっているのか私にはよく分からなかった。15人くらいの人が突っ立っていて、3台の施術ベッドに横になっている人たちに向かって手をかざしているのだ。香が焚かれ、BGMにはニューエイジの音楽がかかっていて、中には目を閉じ立ったまま静かに瞑想している人も居た。原理主義者がやる「按手」の新バージョンが行われている場に、私は踏み込んだのかも知れなかった。

私はマナー良くありつつも、好奇心を満たそうとするタチなので(その結果、時たまおかしな状況になるのは確かだ!)、自己紹介を終えて席に着いた時、これにはどんな効果があるのかと尋ねた。「みなさん、一体何をやってらっしゃるのかしら?どういうお積りで、何の手順を踏んでらっしゃるのでしょう?」 遠まわしに訊く必要があるとは思えなかったのだ!私は「お祈りしてるのよ」とか、「健康になれるよう瞑想してるの」とかいう様な答えを期待していた。だが、代わりに返ってきた答えは、「レイキのチャンネルを開いているのよ」というものだった。

「ふーん、そうなんだ。で、レイキって何?」

レイキを送っていた色んな人たちが、自分の患者に手をかざして立ったまま、私に臼井博士の物語を全部話してくれた。手の動かし方や当てる位置も全部説明されたのだが、それを聞けば聞くほど、私には疑わしく思えてきた。つまり、私がこれまでに聞いたり、評判を本で読んだり、試したりした、あらゆるヒーリング手法の中でも、漠然さにかけてこれはダントツ、少なくともトップクラスだった!師範が弟子に「イニシエーション」か「アチューンメント」を与えると、驚くべき奇蹟が起きて弟子はチャンネルを開いて患者にエネルギーを与える力を授かるだなんて、明らかに馬鹿げていると思った。次はきっと、レイキのお蔭で水の上でも歩けるようになると言いだすに決まっている!そんなことになったら、ここから出て行くしかない!試してみるように強く勧められたものの、何とかやんわりと断ることができた。5人の人たちが45分かそこらの間、施術台に横たわっている私に手をかざすなんて、考えただけで全く馬鹿らしかった。そうはさせないぞ!

だが、疑いながらも礼儀正しく親切な対応をするうち、すぐに占星術 ― 私にとって安全地帯だ ― の話題になったので、話のついでに「私、かなり素敵な図を描けるコンピューター・ソフトを持ってるのよ」と言うと、レイキの会を開いた女性が取り引きしようと言ってきた:星位図1枚とひきかえに、3回レイキを当ててくれるというのだ。

どこまで鈍いのかしら?私が数分でデータ入力して印刷するのと引き換えに、数時間もかけて努力してくれるだなんて、なんて聡明な女の子なんだろう。あまりフェアな感じはしなかったが、彼女が「癒しのエネルギーのチャンネルを開いて」手からレイキを当てられるなどという愚かな事を信じているのなら、つきあってやろうじゃないかと思った。実験台になってやるのだ。そんなのは失敗するに決まっていると確信しつつも、もしかしたら彼女はなんとかして星位図を手に入れたくてこんな暴挙に出たのかも知れないという気もした。それで、彼女の「面目を保つ」ために、私は承諾した。翌日実施することに決まり、実際彼女は姿を現した。

その日の私は、あまりにコンディションが悪かったので、我が家のリビングに設置された施術台の上に横になるのにも介助してもらう必要があった。さらに気恥ずかしいことに、私は施術中に眠ってしまったのだ!彼女が私に手をかざしている時、私が感じたのは(私は猜疑心で一杯だった)この暖かさは、人が誰かに手を当てたときに感じる普通の温かみを遥かに上回るようなものではないということだけだった。だが、本当に驚いたのは、手当が終わって、施術台を降りた時だった。私は辛うじて立てたのである!随分と目まいがして、まるで酒に酔っているみたいだった!歩こうとした時も、転ばないように家具や壁につかまらなくてはならなかった。介助してもらってベッドまで行くと、私は倒れ込んで目を閉じた。だが、飲み過ぎた時と全く同じようにグルグル回っている感じがしていたので、横になっても具合は良くならなかった!目を開いて天井や壁に焦点を合わせようとすると、それらは目まいのせいで回っていた。恰も、子ども時代にグルグル回ってから地面に倒れ込み、空や雲が回るのを見ているときのような感じだった。私は身体が暴走を起こしてしまったのではないか心配で、おさまって欲しいと願った。まるで酔っているときみたいに、ムカムカと吐き気がした。深く息をして頭の中で空虚の中をグルグル回る感じを止めようとするうち、すぐに眠ってしまった。

その晩は18年ぶりぐらいでよく眠れた。
http://www.genealogy.com/ftm/k/n/i/Laura-J-Knightjadczyk/GENE3-0008.html
でも本当の凄さが分かったのは、あくる日乾燥機から洗濯物を出していた時で、背中が痛くないことに突然気付いたのだ。そればかりか、これまで長い時間かかってようやくこなしていたよりもずっと多くの家事を既に終えていたのに気付いたのである。雑用に次々と取組み、何ら違和感なく、どんどんとこなして行けたのだ。何かが違うと気付くまでに、何時間とはかからなかった。何か無いものがある。それは長い間に慣れっこになっていた痛みだった。

さて、身体の痛みにこらえて動く方法を編み出して、ずっと痛みと付き合ってきた人間にとって、痛みがなくなるというのはあまりの驚きで、私は座り込んで身体中の神経を点検し、どこかにお馴染みのちょっとした疼きがないか見つけようとした。痛みはなかった。だが、痛みがまたいつかぶり返すに違いないと思った私は注意深く起き上がって、これまでのやり方を続けながら、痛みがぶり返さないか監視を怠らないようにしようと思った。実際、痛みが戻って来て欲しいとさえ思った。だって、そうでなければ、レイキが効いたと考えなくてはならないではないか!そんなナンセンスは断じて信じられない!何たるジレンマだろう!

さて、ここで明らかなのは:私はレイキが効くなどと期待していなかったということである。てっきり痛みがぶり返すものと思っていたのだ。だが、私の理解を超えた客観的な何かが起こっていた。人は、自ら考え予期したことを経験するのであり、信じることと治ることは切っても切れない関係にあるのだと、それまでの私は信じ込んでいた。だからこそ私は、自分の痛みのもとである潜在意識の中に埋まっている痛みの原因を見付けようと躍起になっていた;こう考えていたのだから、どんな治療も効くとは信じられなかったのだ;だから、その時の私は、全く治ると信じていない治療法を経験していたのだった。さらに言えば、レイキがなぜだか効いたらしく思われても、私のレイキに対する猜疑心はかなり根深かった。少なくとも自分ではそう思っていた。他に説明のしようがあっただろうか?歓喜のあまり、私は泣き出してしまった。絶えない痛みを長く患ったことのある人ならば、痛みを感じなくなった時の私の気持ちが分かるだろう。

それでも未だ私は警戒を解かなかった。たとえ一時は痛みがなくなっても、またぶり返すものと思っていた。

娘をクルマでお迎えに行かなくてはならないのだが、家へと帰る途中、彼女に「身体から痛みが消えたのよ。レイキが効いたみたい」と話した。彼女は笑って、「ママが効くと信じてるから効いたのよ」と言った。私は彼女に、「あら、私は効かないと信じてたのよ」と言い返した。このことがあって、私はようやく、このレイキというものは一体何なのだろうと思い始めたのである。

言うまでもない。私の身体はよくなるばかりだった。もう2回レイキの手当を受けて1週間経つうちには、どういうメカニズムであれ、これは効くのだと確信した。その後もレイキ・パーティーに定期的に通ううち、背中の痛みが治っただけでなく、狭心症の発作も殆どないぐらいに軽くなり、目と喉の腫れもすっかり引いて、エネルギーレベルが上昇した結果、私がセラピーで診れるクライアントの数も増え、ずっと活発に行動できるようになった。レイキは私の身体にピタリと合ったのだ!それでもなお、私はこの効き目はレイキなどによるものではなく、誰だって、相手の前に40分も突っ立って、手をかざしていれば、単純にエネルギーが伝わるのだろうと考えていた。という訳で私は恩恵を受けて居ながらも、レイキの正体について、自分なりの理屈を考えていたのだ。こんなまるで魔法みたいな能力を、どうにかすれば弟子に授けられるだなんて!考えただけで確かに馬鹿げていた。これを見極めるためにも、私の新しく出来た友人たちにイニシエーションを行ったレイキマスターが、授業のため、この町にスケジュール通りにやってくるのが待ち遠しかった。それに合わせて新入生を募るのが、このパーティーの目的だったようだ。私はこの新たな調査に、持てる観察力と猜疑心の全てを注ぎ込むつもりでいた。レイキというものに何かの仕掛けがあるなら何としても見抜いてやる。客観的証拠と言えるものが無い限り、信じる気は毛頭なかった。

最初のイニシエーションを受ける日がやって来た。皆に言わせると「まるで喧嘩腰だった」私は、インチキや呪文の類がないか、真相を暴いてやろうと目を皿のようにしていた。人々が大枚をはたいてレイキのチャンネルを開く方法を伝授されたつもりでいても、実際には単なる自然なエネルギーの流れで他の人に手をかざしながら突っ立っている根気さえあれば、誰でも使える手法ではないだろうか。私に言えるのは、アチューンメントを受けている間、お腹の辺りから熱が湧きあがって、頭の方へと流れて行き、やがて全身に広がり、はじけるような小さな音が頭の中で鳴ったということぐらいである。だが、こうした感覚はあまりに漠然としていて、客観的に観察できる事実と言える程ではないと思った。

その日の夜、驚くべきことが起きた。アチューンメントの後、物凄く喉が渇いたり、尿が多く出たり、下痢したりというような、調整のための何らかの身体症状が出るだろうとは言われていた。だが予想もしなかったことが起きたのだ。私が子供たちの近くに手を持って行くと、まるでドライヤーをかけているように、私の手のひらに熱が沸き起こるのがはっきり分かるのだ。このような熱は、彼女たちの身体と私の身体との間で普通に温もりが伝わるのを感じるくらい近くまで手を持っていくよりも前から沸き起こるのが分かった。大体15cmぐらいの所で起こると言えよう。この熱には、明らかに磁石に似た感覚があった;2つの磁石を近づけていくと互いに引っ張り合う感じにそっくりなのだ。最初に起きた時には、火傷したかと思って手を引っ込めたくらいだ。それから私は実験を始めた。手を段々と子供に近づけて行き、吸いつけられるような感じがはっきり分かるところまで行ったら、手の近さと力の強さとの関係が分かるように、少しずつゆっくりと動かすのだ。間違いなく力が感じられた。疑問の余地はない。子どもたちも感じると言っていた。

その晩遅く、私がソファーに座っていると、息子がやって来て、私の前の床に座り、背を逸らせて私の脚にもたれかかってきた。彼がもたれかかるなり、まるでドライヤーでもかけているように熱が、私の脚から彼の身体へと伝わり始めるのを感じた。どうやらこれは手に限ったことでは無いらしかった!身体じゅうで起きるのだ!こうして身体を触れ合わせるなり、エアコンでもかけているように熱くなってきたので、彼は「ママ、熱いじゃないか!」と不平を言って離れて行った。この頃には2人とも汗びっしょりになっていたのだ。実験の結果、うちの子供たちに関する限り、この効果が消えるまでには数か月かかることが分かった。私がエネルギー不足の人に触ると、今でもこれは起こる。どうやらしばらくやっているうち、子どもたちは「エネルギーを帯びてしまい」もはや強くエネルギーを引き出さなくなったのだろうと思う。もちろん、彼女たちも病気になれば、エネルギーを引き出すようになる。これはレイキのイニエーションを受けた頃に限ったことではなかった。(少しして私はマスターレベルのアチューンメントを授かったのだが、私の手のひらは何週間もの間、むくれて皮が剥けてしまった。)

結局のところ、これは客観的現実であって、殊更信じようとする必要がないのだということが分かった。客観的レベルで知り、アクセスできるのだから、主観的にも、結果を生み出せるような行動原則が見付けられるだろう。

だが、レイキ自体について話すのが本章の狙いではない。ここでのテーマは、これに関わる人々及び、彼女たちから得た学びである。とはいえ今にして思えば、レイキによって私の身体が治ったのは、演じられることになる学びのドラマのための「お膳立て」に過ぎなかったようだ。

このレイキグループには、かなりおかしな顔ぶれが揃っていた。探ってみたところ、彼女たちは概ね、地元の心霊主義教会に参加していて、彼女たちがプログラムの一環でレイキマスターを招聘していたのだった。どうやらこのグループは、他の教えのセミナーも企画し、流行中の数多くの技法についても普及活動を行っているらしかった。例えば、古代ハワイの神秘の教えフナ、心霊手術、カバラー、タロット講座、瞑想講座、チャネリング講座、北米のシャーマンによる講座、スウェット・ロッジ等々。逸品揃いの、正真正銘ニューエイジのスーパーマーケットだったのである!

さて、レイキが有用であるという個人的な証拠を手にした私は、他にどんなメニューが揃っているかとワクワクしていた!ちぇっ、確かにレイキは効き目があった。だけど、年来研究を重ねてきた私が、見逃していて、参加していなかったものがこんなにあったなんて!目の前に全く新しい世界が開けた私は、飛び込む気満々だった!それまでの私はさして社交的でも群れを成すタイプでもなかったのだが、毎週水曜の晩に集まるこのレイキグループは、とても素晴らしい、楽しい人たち揃いで、今こそ孤独を好むという異常な性格を克服すべき時だと私に思わせるくらいに深い癒しの効果を与えてくれたのだった。要するに私は「自分に合ったグループ」を見付けたのだ。少なくとも私にはそう思われた。

私がグループメンバーに、憑依霊解放セラピーについて少し話したところ、彼女たちは一様に賢しげにうなずき、「そういう問題についても知ってるわ。心霊主義教会の牧師さんがそういう話をしてたもの。でも、愛と光の中に囲まれていさえすれば大丈夫だそうよ」と言ったのだ。真面目な臨床研究の中には、このような考え方を支持しないものもあると私が指摘しても、彼女たちは本当だと請け合った。「霊に憑依されるような人は、『愛と光に包まれる』技が未熟なだけで、これを成し遂げる唯一の道はもちろん、心霊教会の偉大なルツ師のような師匠からきちんとしたテクニックを学ぶことだわ」 ルツ師は他のどんな技についても達人レベルだということなので、どんな人なのか興味深々、私はこの達人に会うのが楽しみだった。それだけではない。メンバーによれば、「レイキのアチューンメントを授かると、『エネルギーの流れる方向が正しく定まる』から、どんなにネガティブなエネルギーも、その人の『オーラ場』に入れなくなる」のだという。だから、私はもはや、憑依される心配から解放されるのだ。私は本物の「光の存在」となるので、私の魂の奥深い所にあるどんな問題も、外界のどんな邪悪な思念も、この光に当たったら最後、生き残れないのだ!ワォ!何と素晴らしい!これから私の憑依霊解放セラピーに来るクライアントには、セラピー完了後にまた憑依されるのを防ぐためにレイキのアチューンメントを行うようにしようと思ったくらいだ。こうなったら、地球全体にレイキを当ててみたいものだ!そのくらいの癒しを行えば、どんな人でも気合が入るだろう!

という訳で、私はその教会に招待された。レイキグループメンバーの1人が、「秘儀の達人」ことルツ師を私に紹介してくれた。教会近くまで来た途端、レイキグループメンバーが皆、熱心な信者モードになったのに、私は少し驚いていた。車椅子に座ったルツ師の人柄については、ちょっと見当がつかなかった。だが、彼女の眼を見た時、私は何やら寒気がして震えが出たし、そこに居た他の何かがしばらく私の後姿を見ていて、その後すばやく隠れたような気がした。だが、またしても気のせいだろうと私は思った。今私がおつきあいしている、これらの素晴らしい愛すべき人々全員の師匠が神聖でない訳がない!何と言っても彼女こそが、私を救ったレイキの湧き出た源ではないか?普通の教会でもやるように、礼拝の中には賛美歌の合唱も含まれていた。これはいい!ずっと前から、私は讃美歌歌手で、教会に行くときには常に気分よく歌っていたのだ。ここでの問題は選曲で、誰も聴いたことのない曲をやるのだった。そればかりか、選曲したオルガン奏者自身も、どうやらこの曲を聴いたことがなさそうだった!さらに悪い事には、オルガン奏者は基本的な技術しか持っておらず、楽譜を読みながら弾くものだから鍵盤を長く押し過ぎで泥沼から抜けられなくなった葬送曲そっくりのテンポだったのだ。信徒たち ― 殆どが女性だった ― はみな、次の音が来るのを待ちながら歌っていた。和音に紛れ込んで次の音がやって来る様子は、発情したゾウの鳴き声さながらで、音程を聞き分けて合わせようとする皆の声が揺れるものだから、オルガン奏者はてっきり自分が音を間違えたと思って、正しい音はどれかと探り出す始末、弾き直した音から半音ずれた信徒たちの声はひきつるのだった。これなら少なくとも、催眠術にかかる人は居ないだろう!

実際、苦痛と言えるくらいに私の絶対音感は痛めつけられていた!が、幸いにも、ユーモアの感覚は私を見捨てなかった。楽譜こそ読めなかったものの、歌には自信があったので、正しい音階、正しいテンポで、周りの人たちが気付いてついて来れるぐらい大きな声で歌うことで、少しは状況を改善しようと決めたのだ。私がこうすることで、オルガン奏者も信徒たちもなんとか次の氷河期が来る前にはこの曲を終えられればと願った。

このパートがうまく出来たので、他のみんなもすぐに私のしていることを理解して一緒に歌いだした。唯一問題だったのはオルガン奏者で、彼女が依然遅れていたため、歌い手たちは彼女を公開処刑することになった。曲は優雅で落ち着きをもって終わった。だがオルガン奏者はタイミングの悪い、もたついたエンディングに向けて、なおも単調に弾き続けている。この時には、信徒全員が、クスクス笑いをこらえようと必死で、あからさまに笑うのを隠そうとハンカチに向かって咳き込む人も多かった。拷問にあえぐ可哀相な楽器から最後の和音が発せられると(発情したゾウもついに「達した」のだ)、みんな可笑しさのあまり出て来た涙を拭きつつ、安堵して着席した。聖霊を呼び入れるには完璧なムードだ。私も着席して辺りを見回すと、ルツ師がとぐろを巻いたガラガラヘビのような親しみの込もった目で私を睨んでいた。ユーモアはもう十分だろう!彼女にはどうみても何の霊力も無かった。

説教を行ったのは、「ヒラリー」という女性で、彼女はアセンデッドマスターか亡者か何か(どっちだったか忘れてしまった)にチャネリングするということだった。ヒラリーは青い髪をした綺麗な年配の女性で、模様入りの絹のドレスを着ており、みんなのおばあさん然として、周囲を見渡していた。彼女が話し始めると、おばあさんのような安らいだ雰囲気が放射されるのだ。彼女は銀鈴を鳴らすような震える声で、愛や「ハートのセンター」を開くこと等々について語り始める。個々の魂が持つ「内方次元界やアストラル体」に関して彼女が述べる内容は、ヘレナ・ブラバッキーやアリス・ベイリーのようなニュアンスを帯びている。話に熱中してくると、彼女の眼は賢しき力を宿して輝き始める。彼女の声は強くなり、切迫した調子になってきて、メッセージは愛で地球を救おうというものに変わる。「人がハートのセンターを開いて、『内方次元界やアストラル体』によって繋がるとき、愛が顕現します」 ただし、そのためにどうしたらいいかは、この時にはまだはっきり言わないのだ。話している間に、彼女は行ったり来たり、快活に歩き始める。彼女の身体の全ての部分が、このような動きを行い、言葉・メッセージを発するのに参加している。彼女は身体全体で話しているのだ。

ここで奇妙なことが起こる。。。小さな演壇の上を歩き回りながら、生き生きと愛と光の説教を行っていた彼女が、突然話を止め、しばしフリーズしていたかと思うと、わずかに震え出し、やがて気を付けの姿勢を取ったのだ。彼女は部屋じゅうの、息を止めて待ち構えている面々を見回す。熱狂的な聴衆の真ん中で、私は1人冷めた目で見ていた。すると、彼女の頭が突然後ろに跳ね上がり、彼女は完全に「コントロール」された状態になる。おやおや!ロックンロールの時間だ!

彼女がチャネリングしていた相手の男性霊が誰かは分からなかったが、内容はかなり素晴らしいと言ってよかった!前世の彼はペンテコステ派の説教者だったに違いない。昔風の南部リバイバル(信仰復興運動)の全盛期を彷彿させる説教だ。叫んだり喚いたりとドラマチックなのである。演壇上を気取って歩いたり、ドタドタと足を踏み鳴らしたりする。ただ1つ気になったのは、やがてメッセージが実に巧妙に変わって行ったことだ。部屋に居た殆どの人々は、この時既に、演じられているドラマに魅せられ引き込まれて催眠状態にあり、何が起こっているのか分かっていなかったが、前夫と一緒に教会に通っていた私は、このタイプの説教師の話には聞き覚えがあった。このような演出やお約束の「羊の皮を被ったオオカミ」症候群について既に学んでいた私は、目の前のこれが、殆どのキリスト教会で演じられているのと同じ催眠術の芝居だと見抜くことができた。

チャネリングされたメッセージは愛と光や、心を開くというテーマを離れて、十分に愛と光を与えることができず、心をうまく開けないのは罪だ、という言葉の折檻に変わった。「もちろんこれは正されねばなりません。それには、もっと沢山のクラス(講座)や瞑想セッションに参加して、時間もモノも注ぎ込まねばなりません。一番大事なのはお金です。教会に出席して、お金を払い、クラスを取って、救いを得て下さい」 完全な常套句だ。何ら珍しいところはない。歌詞が違うだけで、演じられているのは同じ曲なのだった。

説教が終わった後、ルツ師のチャネリング講座(クラス)の生徒たちが2、3人ばかし「能力」をデモした。そんな1人がトゥルーディーだった。このクラスがどのくらいためになるか見れるのだから、これは実に楽しみだった。

トゥルーディーは頭に手を置いて、同調しようとした。「この中に、最近不幸な知らせを受け取ったばかりの人がいます。。。」と彼女は始めた。もちろん、どんなグループにも当てはまる、かなり有効な推測である;そこで、「不幸な」電話連絡を受け取ったばかりの人が興奮して手を挙げて「はい!私よ!私!」と言う。そこでトゥルーディーはさらに質問を行い、相手がうなずくか、それとも困惑した表情を見せるかによって情報を引き出して行くのだ。

それはかなりお粗末なコールド・リーディングのパフォーマンスだった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0
数年前に私は相当な見料を払って、当地でリーディングを行っている人々(リーダー)や霊能力者(サイキック)の腕前をチェックしたことがあった。すぐに分かったのだが、彼女たちのリーディングの手掛かりは私の顔や反応で、それをもとに、外れの推測を徐々に減らして行って、最後には決め手となる、「驚くべき」事実を言い渡すことができるのだ。巧妙に引き出された結果に、こっちはたじろぐという訳だ。

もちろんながら私の方では、コールド・リーディングのやり取りの中で、何度も情報を「掴まれた」のには気づいていたし、極めて正確な宣告を聞かされたけれども、統計的に言って、友達の2人が同時に同じことを考えているという状況の方が、びっくりさせられるものだ。評判のサイキックなどである必要はない。私の見立てでは、誰だってある程度はサイキックなのだが、「あと一歩」なのである。

問題が起きるのはリーディングの被験者が、声に出して答えたり、訊き返したりする中で予想通りの答えをばらしてしまう時だ。この結果リーダーには、クライアントが何を聞きたがっているのかが分かり、ウィッシュフルシンキングな気持ちを満たす宣告ができるのである。

もっと若かった頃、私は何十回もリーディングをして、相手が話してもらいたい願望に基づく「予言」をして遊んだものだ。なにせそれは被験者の願望なのだから、被験者は自分が言って欲しいことについて、リーダーが共感してくれていると感じ、「この人は何と凄い予言をするのだろう。霊験あらたかとはこのことだ」と思うのだが、そんな力は必要無いのだ。やがて予言通りにならないと気付いた相手は、自分が見込んだリーダーを信じようと大金を注ぎ込む。リーダーの方では、外れた予言の言い訳になるならどんな極端な非常識でも言う。これは実にありふれた状況である。こうしたやり取りで予言が外れるのは、気付くべき手掛かりであり、世の中の全体像についてのちょっとした警告でもあるのだが、そんなことは誰だって無視し、隠蔽し、言い訳をして、真実などよりも、耳に心地いい言葉の方を信じ続けるものだ。私達が自分の現実を創造できたらこうなるだろう、という先入観にぴったりの予言だというただそれだけの理由からである!

トゥルーディーのどちらかと言えばさまにならないデモが終わった後、私の知らない生徒が立ち上がってリーディングを行った。どういう訳か、彼女は私を指名した ― おそらくは、私が新入りで見かけない顔だったからだろう。

昔、リーダーたちのチェックを行った時に、ポーカーフェースで平坦な声を出し続ける訓練をしていたので、この時も私は無表情を保ちつつ、「多分ね」とか「そう言っていいかも」等々のような曖昧な返事をした。同時に内心では、彼女が本当に能力者だった場合、不本意にブロックしてしまうことが無いよう、コンタクトできるように心を開いていた。同調の邪魔もしないが、こちらから秘密を漏らすこともないよう試みたのである。

手短に言えば、彼女のリーディングは単なる当てずっぽうよりもひどい結果だった。ルツ師のクラスの卒業生たちの腕前は感心できるものではなかった。

こんな期待外れな出し物の後、全員がルツ師とその助手たちの周りに集まって、癒しのヒーリング・サークルを作った。按手し、祈りながら、「愛と光」、それにエネルギーを与えるのである。ペンテコステ派の按手の祈り
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%89%E6%89%8B#/media/File:Laying_on_of_hands.jpg
そっくりであるが、ただ1つ違うのは、どうもルツ師の身体が、手を触れられたせいで膨らんだように見えたことだ。私の見間違いかどうかは定かでないが、祈りの後、参加者たちはみなすっかりヘトヘトになっていたので、何かが彼女たちからエネルギーを吸い取ったんだろう。

不思議な事に、ここでもまた、信徒たちに「エネルギーを与える」筈の祈りが実際には反対の働きをしたのである。

クルマで家に帰る途中も、聞かされたのはルツ師と彼女の「偉大な技」に対する称賛ばかりだった。今やグループの一員とみなされているので、私は先ほどのパフォーマンスにも受け入れられ、新しい儀式も1つ明かされたのだろう。ルツ師はどうやら上級者(価値ありと認められ、あるいは数多くある彼女のクラスで行われるテストに合格した人)だけが参加できる、秘密のサークルを持っているらしかった。この内輪のグループのメンバーはルツ師から数多くの偉大な秘密を明かされることを約束されていた。私達が呼ばれたパーティーの女主人は、テストに合格して内輪のグループへの参加を認められたいと願って、既に次のレッスン・コースや「大いなる存在」とのチャネリング・セッションの契約にサインしていた。

私は何も言わなかったけれど、あの教会にはもう行きたくないと思っていた。というのも、あそこは何とも居心地が悪かったし、明らかに時間の無駄だったからである。私は過去に出会った他のグループよりずっと進んでいると思われる、このレイキグループのメンバーたちが、どうしてあんなくだらない教祖にまんまと騙されてしまったのか分からなかった。だが、逆の見方をすれば、問題があるのは私の方なのかも知れなかった。というのは、レイキグループの参加者はみな、確かに愛と慈悲と善意に満ちているのがはっきりしていたからだ。

このレイキグループには、色んな年齢の、様々な経歴の持ち主が集まって来ていた。「ルイーズ」は、母に接近して、最初に招待してきた女性である。彼女は定年を過ぎた老婦人なのであるが(そうでなければ、クラスに出てなかっただろう)、容姿はずっと若く見えた。35歳より上には見えなかったのだ。彼女は超美人で、チャーミングな女らしい物腰だったので、そうとは悟られないままに他人をコントロールする能力に恐ろしいほど長けていた。彼女の声はマリリン・モンローのようにハスキーで、見事な赤毛と白く滑らかな肌をしていた。ルツ師にレイキのクラスを行うよう最初に話をもちかけたのも彼女だった。ルイーズはかつてバージニアビーチに住んでいて、そこに本部があるエドガー・ケイシー財団(A.R.E)(原注1)の人々と交流があった。彼女はそこでレイキを学び、アチューンメントを授けられた。(私達が幸運にも、高田の直弟子の1人からイニシエーションを授かることができたのは感激だった。というのも、高田の死後、レイキは派閥に分裂し堕落してしまったからだ。だが、これはまた別の物語である。)ルイーズは北東部のさる州に住む裕福な地主の家でメイドとして働いて人生の大半を過ごしてきたのだった。


原注1:エドガー・ケイシー財団(A.R.E)は、20世紀の最も多くの文献にその名を残した霊能力者であるエドガー・ケイシー(1877-1945)の行ったリーディングの普及をはかるために設立された。A.R.Eの本部は、バージニア州バージニアビーチにある。


次に、「トゥルーディ」と夫の「ジョージ」だが、この2人も定年を過ぎている。トゥルーディは背の高い、足の長い女性で、性格的には男性的な面を多く持っていた。私は最初のうち、彼女がかなりの変わり者ながらも、咄嗟の切り返しがうまく、皮肉交じりのユーモアを言うタイプだと思っていた。だが、時が経つうちに分かってきたのだが、彼女の言葉には確かに残酷な要素があり、夫に話しかけたり、彼について話したりするときは殊の外そうなのである。私はそれを、長い事連れ添った夫婦ならではの親愛の情の表現なのだとばかり思っていたのだ。そんなことを言わせるような事を彼がしなかったとも限らないではないか?という風にも思えたが、多分、これが2人の愛情表現法なのでは?と納得していたのだ。ジョージは引退したビジネスマンで、特許も幾つか持っており、かつては複数の工場も持って居たという。トゥルーディは、秘書として彼と出会ったのだが、2人はそれぞれの連れ合いと別れて、一緒になったのだった。彼女たちはグループメンバーの中でも最も裕福だと思われており、それが幾らかステータスになっていた。

このような年長者グループには他にも何人か居たが、黒子に徹するような人々であり、詳しく述べる必要はないだろう。4,5人はレギュラーメンバーだった。うち2人は看護婦だったが、他の人たちについてはあまり覚えていない。

さらに、若手メンバーたち  ― 私と同年代かもう少し若い人たち ― が居たのだが、最も活発だったのが「キャンディー」と「サンディー」だった。まだお気づきでない読者のために言えば、「キャンディー」は『ハイストレンジネス』第1章に出て来た「メリーアン」と同一人物である。あれを書き始めた時には、あのテーマの紹介以外にキャンディーについて述べることになろうとは思っても居なかった。名前と病名が一致するような手掛かりを含む、更なる詳細にまで立ち入るつもりがなかったのである。だから、彼女のあそこでの仮名は、ただの思いつきだった。現時点では、名前もヒントシステムの一部となっているので、仮名についても創造性を発揮せねばならなくなり、言うなれば、より機能的な名前を選んだという訳だ。

サンディーは元バーテンなのだが、フィアンセの死をきっかけにスピリチャルに「目覚めた」という。その後彼女は、マッサージ・セラピストの学校に通うことに決め、バー業界から足を洗ったのである。ずっと後になるまで、私は彼女についてこれ以上のことを知らなかった。

そして最後に、さらにずっと若いメンバーたちが居たが、「ティム」はそんな1人だ。ティムはとても若い男の子だったが、霊感はとても発達していたと思う。他者への奉仕に献身する若者というのは滅多に居ないものだ。彼が最初に入ったのはウィッカの一派で、この結果、後に興味深い事件が起きることになる。

毎週水曜のレイキセッション・ミーティングでは、施術台越しに、随分と会話に花が咲いたものだ。レイキには瞑想的な精神統一や「チンプンカンプンな儀式」タイプの神経集中の類は必要なかったから、私達はみな基本的にレイキとおしゃべりを同時にすることが自由に出来た。話題が霊的発達途上での様々な経験のことになると、ありとあらゆる類の話が出た。私は自分の事を話すのにあまり気乗りがしなかった;だがしばらくするうち、ずっと気楽に話せるようになったので、私達は本当に親密になれたのだった。

フランクと共に進めていたチャネリング実験については、ホットな最新状況を話した。年長者グループの女性の1人は、私たちがボードを道具に選んだことについて、映画の『エクソシスト』を引き合いに出して、「あんな風な恐ろしいことになるわよ」と脅すように言ったものだ。
http://enigma-calender.blogspot.jp/2014/03/Exorcist.html

「映画の元になった実際の事件では、ボードが悪魔憑きの主な原因じゃなかったわ」と反論した上で私はさらに、「チャネリング史上最も偉大な交信記録の殆どは、ボードタイプの道具を通してもたらされたか、あるいはそれを使って始められたのよ」と付け加えた。

みんなが実験に関してさらに沢山質問し始めたので、私は可能な限り全てを話し、さらに催眠ワークについても、詳しく話した。催眠術のテーマから、UFO/アブダクション体験の話になり、「私自身もレイキに出会う前にUFOに追いかけられたことがあるのよ」と言うと、みんな大笑いした。「そのせいなのか、その後体調を崩したお蔭で、みんなと出会うことになったの」

こうしてみんなで楽しい時を過ごし、大いに笑い、ふざけあった。その晩、家に帰る前に私は、「毎週金曜の晩、ボード前に座ってコンタクトするので、実験に参加したい人は歓迎するわよ」と言った。4、5人が興奮して、「やってみたいわ」と同意したので、彼女たちと日程を決めた。

その翌日、キャンディーが電話して来て、謎めいた事を言った。「あなたに言わなきゃならない事があるの。なんて言えばいいのかしら。でも、トゥルーディーには気を付けた方がいいわ」

「何ですって?」と私。「どういう意味?」レイキのエデンの園にもヘビが居るのだろうか?

キャンディーの説明によると:昨夜、私が帰った後、トゥルーディーが私についてひどいことを言ったというのだ。「あの知ったかぶり女め。あんな事に手を染めるなんて、ペテンに決まってるわ。破滅への道をまっしぐらよ」 いずれにしても、そのようなことらしい。私はひどく傷ついた。というのも、私は別に説教を垂れた訳ではなく、単に自分の経験を述べ、ずっと高く評価されている人たちの研究内容をシェアしようとしただけだったからだ。

「でも、あなたに分かって欲しいのは」キャンディーは続けた。「トゥルーディーが私達にとって母親みたいな存在だってことよ。彼女が守ってくれてるの。彼女、悪気はないんだけど、古い人間なのよ。ケイシーだとかを読んで育ったの。彼女はローブや儀式なんかが好きなのよ。ルツ師も、トゥルーディーに教会を継がせたいようなことを言ってるわ。もちろん彼女にしたって、私達が実の娘であるかのように責任を感じてるのよ」

要するにキャンディーは、トゥルーディーたちに悪気がないとはいえ、古臭い心の狭い人たちだから、彼女たちに話すときには注意するようにと言いたかったのだ。彼女たちを思いやってのことである。もちろん、彼女の言う事は私にも正しく思われた。というのも、これは「受け入れなさい」という「愛と光」の教えの1つに適っていたからだ。同時にキャンディーは霊的発達をスピードアップさせるために私たちの実験や、催眠セッションにも参加したいと言う。彼女は、第2のジーン・ディクソンになるのが自分の運命だと思っていたからだ。どうやら彼女、ルツ師から、「あなたは前途有望で、もっと深い秘密を学ぶことになるでしょうけど、まだその時じゃないわ」と言われたらしい。キャンディーとしては「私はもう準備ができてるんだけど、これだから古臭い、心の狭い年寄りは困るのよね。若い物理体を持った、とても進んだ魂にだけ分かる新パラダイムにはついて来れないのよ。今という緊急の時期に、人々がどれだけ速く進歩できるのか分からないんだわ」

彼女の考えに対して、私は全面的には賛成しかねたし、彼女がそんなに速く進歩しなくてはならないとも確信できなかったが、もっと良く評価できるまで、判断は差し控えることにした。だが少なくともそれは、私が教会で感じた、みんなの心の底に響いていた奇妙な不協和音についてきちんと説明していた。すなわち、古風な態度をとるシルバー層と若者たちとの対立である。それは完全に頷ける説明だった。ちょっとした不調和も気にする私だが、これでようやくいくらか気が休まった。また分かったのは、トゥルーディーが教会運営に深く関わっていることだった。「ローブと儀式」という言葉をどう理解すべきかは分からなかった。そんな類のものは、あの教会では全く見かけなかったが、まあ、よしとしよう。この会話でもう1つ明らかになったのは、キャンディーが私の友達になりたがっていることであり、週1回のレイキミーティングで会う以上の親近感を抱いてくれていることだった。

キャンディーは一緒にいてとても楽しい人だった!彼女はいつでも笑って冗談を言っていて、他の人のちょっとした短所を実に滑稽に真似するのだ。みんなの自己チューな、些細な悩みの種を演じる彼女の姿を見ていると、笑いすぎてしまって、いつの間にか脇腹を押さえて、涙が流れ出てくるのだった。いつも決まって前置きは「ねえ、私、ダレダレちゃん大好きなんだけどー。。。」で、それも「楽しく盛り上げたい」からこそで、彼女には害意など全然ないのだ!

だが、私はふと思った。彼女がこうやって他の人たちについて言ってるような事を、私についてもその人たちに言ってるんじゃないだろうか?

もちろん、そんな筈はない!キャンディーは私の友達だった。私達の間には特別な親密さがあって、その証拠に、私たちが会っている時には、毎日数多くのシンクロが起こるのだった。私が誰かに何かについて話したり、私が何かのことを考えていると、キャンディーが電話してきて、全く同じことを話し出す。私達が電話で話していると、回線上で奇妙なカチッという音やブザー音がする。そのうち私たちが催眠セッションを行って、彼女がエイリアンにアブダクトされたかどうかを探り始めると、「きっとあの音は政府が盗聴している証拠だわ」と私たちは冗談を言い合った。「エイリアンについて何を知っているか探るために、誰かがこの電話を盗聴してるのよ」というのには、笑ってしまった。というのも、私たちが殆ど何も知らないのは確かだったからだ。だがキャンディーは、連中の追い求めているのは彼女の持つ何かで、調査の目的は彼女自身だと確信していた。私がレイキグループに導かれたのとほぼ同時期に、キャンディーがアブダクションされる事件があって、その最中に彼女と関係を持った男がいたのだが、キャンディーはこの男こそ、彼女を監視するために政府が送り込んだエージェントだと確信していた。その一方で彼女は、彼こそ自分のソウルメイトであり、政府が何らかの陰謀に彼女を巻き込むためのおとりに利用されているだけで、どうにかして彼を救うのが自分の務めだと感じていた。

翌週のレイキセッションの晩、私が部屋に入って行き、「今晩は」と言った時、トゥルーディーの表情がはっきりこわばったのに気付いた。彼女は私から離れて立ち、態度も冷たかった。キャンディーから予め、辛抱強く気持ちを理解してあげるよう言われていた私は、彼女に対して殊更親切にしようとし、彼女の意見に従い、自分の意見は言わないようにした。

その頃、トゥルーディーとジョージはトラぶっているらしかった。ジョージはレイキセッションに来るのを止めてしまっていた。トゥルーディーはセッションの間中、私たち全員に対して、「ジョージったら、こんなひどい虐待を私にするのよ」とか、「こんな手で資金繰りをごまかすの」とか、「私、もうこんな地獄のような生活には飽き飽きだわ」と話し通しだった。彼女には逃げ出す必要があり、ある友人を訪ねて行った。

その直後のある晩、ルイーズが電話してきた。「キャンディーと一緒にジョージを訪ねようと思うんだけど、一緒に行かない?彼、私に電話して来てね。ワイフに『捨てられた』から、話を聞いて欲しいって言うのよ」 その途上でルイーズは私たちに向かってこう言った。「私に何とかして欲しいというジョージの気持ちが電話越しにひしひしと伝わってきたのよ。でも、トゥルーディーの旦那である彼を1人で訪ねて彼女の気を損ねたくなかったもんだから、あなたたちにも一緒に来てもらったの」

ピザ皿を囲んだ、このささやかな集まりで、ジョージは泣き崩れながら、恐ろしい物語を始めたのだった。「この数年、私はトゥルーディーにどれだけ虐待されてきたことか。。。思いやりのある世話好きな女房だった彼女が、暴力さえふるう、虐待モンスターになってしまったんだ。それからというもの、私は病気になって、老け込んでしまい、女房のことが怖いんだ。あれは私を殺して、私の金をせしめる魂胆じゃないだろうか」

私達は恐怖を感じながら、この夫婦の関係悪化を物語る数々の出来事について聞いていた。彼が夫婦の間に起きた事件について述べるたびに、私達3人のうちの1人が、「おそらくはただの誤解よ」と言った。彼は「誤解なんかじゃない。私は本当に危険な目に遭ってるんだ」と主張した。

彼が不平を言うたびに、私達3人のうちの1人が、解決策を何か提案したのだが、どの考えも受け流すと彼は、こう言うのだった。「はっきり分かるんだが、彼女にはある種の『パワー』があって、それを向けられると、私はどうすることもできなくなってしまうんだ。毒を盛ろうとさえしてるかも知れない!」 だが総じて、彼は彼女を怖れるあまり、ただ手をこまねいているばかりで、「きっと、毒薬か暴行傷害で殺されるかも知れない!」と言うのであった。そんな態度を見て私はかなり嫌悪感を覚えた。目の前に座って、「私の命は危険にさらされている」と言いながら、どうしようともせず、どうすることもできないで、ただすすり泣いているような人間が私は理解できなかった。そこで私は彼に、「あなたが本当に身の危険を感じるのなら、弁護士に会って、トゥルーディーが出かけている間にカギを取り替えてしまうのよ!」と言ったのだった。実際、もし彼の言っている事が本当なら、これが合理的な解決策だと私には思えた。そして彼は「マジで?」と問いただされる度に、「本当だ」と請け合ったのだ!

ジョージは思い切り泣いていたが、ついに勇気が出て来たらしく、「明日の朝、弁護士に会うつもりだ」と言った。みんなで彼に「同情するわ」と言ってハグをし、家に帰るとそれでおしまい。危険は回避された。

翌週のレイキセッションの晩に、私が部屋に入っていくと、トゥルーディーは入って来る私を見るなり、それまでやっていた事をやめて、真っ直ぐに私の方に向かってきた。彼女は私の前に立ち止まると、「あんたったら、なんて穢らわしいヘビなのかしら。よくも主人に、私と別れて私を家から追い出せなんて言えたものね!」と私を公然となじった。そして、「あんたみたいな恐ろしい人と同じ部屋に居るなんて耐えられないわ」と言うと、怒って飛び出して行ったのだ!

みんな、呆気にとられてしばし立ち尽くしていた。私は、一緒にジョージを訪ねて、この話を聞いていたルイーズとキャンディーの方を見た。(きっと私の言った言葉をトゥルーディーに話したのはジョージなのだろうが、内容的に私の言った通りではなかったし、私が話した文脈とも違っていた。)

なんと、2人とも私をかばうような事を一言も言わなかったのだ!

後で彼女たちはこっそり私のところに来て同情を示し、「心配ないわ。トゥルーディーはつらい時期を過ごしてるのよ」と言ったが、あの場に居た彼女たちが、私があんなアドバイスをしたのは、ジョージのどんな言葉に答えてなのか、彼の発言をすぐに紹介してくれればあんなことにならなかったのに!と思うと、私は少し混乱していた。

もし彼女たちが言っていた通り、トゥルーディーが悪くないのなら、亭主が彼女についてのあんな嘘を広めるなどと警戒する必要はないんじゃないだろうか?私はかなり混乱していたが、ルイーズとキャンディーはこうした全体の成り行きに全く無頓着だった。

翌日ルイーズが電話してきて、「地元のレストランにトゥルーディーも含めた全員が集まって、本件を解決するためのミーティングを開こうと思うんだけど、参加する気ある?」と言う。

「もちろんだわ」 私は不和や誤解が大嫌いだったし、トゥルーディーを傷つけるつもりなど毛頭なかったのだ。私は単に、ジョージが奥さんの事を怖れていると彼が言い張ったのに答えただけなのだ。もし彼の言っていたことが本当だったら、確かに彼は私のアドバイスに従うべきだったのだ。だが明らかに、ここでは何らかのゲームが進行中で、この夫婦は他の全員をそれに引き込もうとしていたのだった。

私は、ルイーズ、キャンディーと共にレストランに着いた。トゥルーディー他数人(明らかに彼女サイドの人々)は既に来ていて、大きな丸テーブルに座っていた。ルイーズは私達に、もう1人の女性を招待してあるのだと知らせた。「私以外は誰も会ったことのない人で、とても優れたサイキックだと評判なのよ。もし彼女が来たら、あなたたちにとっては彼女に会えるいいチャンスだと思うわ。でも彼女、来るかしらね。隠遁生活を送ってるんでね」 ルイーズは在宅介護をしている時に彼女に出会ったそうで、未知のこの女性の「予言者(seer)」としての能力を褒めちぎった。

トゥルーディーは口を閉ざし、ここに居るのが明らかに不幸そうな様子だった。私もこの状況が幸せだとはとても思えなかったが(正直に無実だと言ったのを否定されたのだ)、このグループを正常な状態に戻し、真相を隠そうとしている者が居るとしたら、それは私ではないことをトゥルーディーに確信させるためならどんな努力も惜しまない決意だった。ルイーズとキャンディーがトゥルーディーに、私の発言が行われた具体的な状況について説明しなかったことで、私はかなり機嫌を損ねていた。その結果がこんな大騒ぎになっているのだ。彼女たちがそうしていさえすれば、私の不機嫌も消し飛んでいたのに。

するとその時、期待されたる/されざるゲスト、ジーニーが到着した。これは彼女の本名だが、彼女は既に故人なので、彼女の本名を使おうが使うまいがもはや問題はない。彼女は希少種の熱帯鳥といった風情で、しばらく辺りをヒラヒラ羽ばたいていたかと思うと、やがて舞い降りて来て、私の隣のイスに座ろうとした。だが、彼女が座ろうとした時、車輪の付いた、そのイスが彼女の後ろの方に向かって部屋の中を動き出したのだ!私は彼女が床にドサッと座り込むのを防ごうとして、文字通り彼女を受け止めた!老けてもおり、見た目もかなり華奢なので、こんな風に転倒しようものなら、全く悲惨なことになっていただろう。彼女は仰天して、しばらく混乱していたが、キャンディーが跳ねるように立ち上がって、イスを元の位置に戻した。ジーニーはイスの上に落ち着いたものの、こんな事に圧倒されてしまって、老婦人らしくイスのことで愚痴を言いながら出て行ってしまうのではないかと私たちは心配した。

だが、ジーニーは全く動じなかった!彼女は私を見てこう言ったのだ。「おお!あなたの周りにはあらゆる類の善き精霊たちが見える!あなたは大きな仕事をするわよ!そうですとも、大仕事をね!あなたとは話さなくちゃね!でも、後でね。今はオーダーしましょう。お腹がすいたわ」

彼女の登場は確かに場の空気を変え、多少気楽な感じになった。テーブルの反対側でトゥルーディーがふさぎ込んで、私をガン見し、時折涙を拭いていなかったら、みんな楽しい時間を過ごせただろうに。

私達はようやく本件ついて議論を始めたが、トゥルーディーは私が何を言ったにせよ、邪悪な人間であることに変わりはないという考えを頑なに変えなかった。それが結論だった。私は本件全体について最初から最後まで説明した。その間私は、要所要所でルイーズとキャンディーが私の主張を確証してくれるよう2人を見やった。ところが証人である彼女たちときたら、せいぜい、「そうね、そんな感じだったわねえ」とか、「私もそんな風だったと思うけど、はっきりとは思い出せないわ」としか言わないのだ。皆の同情は「気の毒なトゥルーディー!」に集まった。私は頭に来ていた!友達だと言っておきながら、自分の意見も言えず、まして起きた事を詳しく述べようともしない、こんなはっきりものを言わない人たちと居合わせたことは、それまでの人生では無かった!

だが、私の隣に座っていたジーニーは甲高い声でこう言った。「この女の子の言う事を信じた方がいいわよ。彼女の中には光が見えるもの!彼女の周りには善き妖精たちが沢山居るから、そういうことが起こったと彼女が言うなら、それはそんな風に起こったのよ!」 それで皆も驚いて彼女を見、静かになった。これは、私が人生で参加した中で最も奇妙な昼食会の1つに違いなかった!

トゥルーディーもようやくしぶしぶながら態度を和らげ、「水に流す」ことを承知したので、私達は皆退出して、家に帰ろうと駐車場に向かった。ジーニーは私の腕を取って、自分のクルマまで連れて行ってくれるよう私に頼んだが、その途中で、私に電話番号を教えてくれ、「家についたらすぐ電話を寄越しなさい」と言ったのだった。

それで電話したのだが、こんな奇怪な話は聞いたことがなかった!「トゥルーディーが私のイスを部屋の向こうへと蹴とばしたのが見えたかしら?請け合うけど、彼女は私に来て欲しくなかったのよ!私が来たので、彼女は怒り狂ってたの。私も殆ど行くのをやめかけたわ。身支度をし終わった時、彼女の憎悪を感じたのでね!だけど精霊が、私には行く理由があると言うので、私は行かなきゃならなかった。理由は、あなたが同調者を必要としていたことね。トゥルーディーはあなたのことも嫌っていたし!彼女はあらゆる類の邪悪な事で穢れた女よ。あの教会グループなんて。。。私があなただったら、近寄らないでしょうね!よく聞きなさい!そんな邪悪な事の中心に居るのが、あのルツ師なのよ!」云々。「私たちがこんな誤解事件に巻き込まれるなんて、一体どうなってるの?」と尋ねると、彼女はこう答えた。「あなたには輝きがあるわ。みんな、そのせいであなたが嫌いなのよ。光が闇のまん中に入って来ると、悪事が暴かれてしまう。彼女たちは光に耐えられないの。彼女たちは、あなたを追い払うためならなんだってやるわ。用心しなくちゃね。巷では、あなたを傷つけるような事ばかり起こるわよ。私には分かるの!彼女たちは生まれてこの方、私を殺そうとしてきたわ。今度はあなたを殺そうとしてるのよ!ルイーズには気をつけなさい!彼女があなたをかばうような事を一言も言わなかったのを見たでしょ?それは彼女も一味だからよ。キャンディーもね。用心する必要があるわ」 この頃には、ジーニーが、懐かしのTVショー『奥さまは魔女』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%AF%E9%AD%94%E5%A5%B3_%28%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E%29
のクララおばさんみたいだと私は確信していた。言う事が支離滅裂なのだ。訳が分からなかった。だが彼女はとても思いやりがあり誠実で、しきりに心配だと言うので、私は最大限注意すると請け合った。たまに連絡することも約束した。私はキャンディーに、ジーニーが言っていたことを話した。「この気の毒な優しい老婦人は、(ルイーズが請け合ったように)優れた霊能力者だったんでしょうけど、今では明らかに盛りを過ぎてるわね!」ということで私たちの意見は一致した。

この頃には、キャンディーと私は毎日電話しあっていた。電話しない日も、彼女がひょっこりと家に立ち寄ると、私はやっていた事を止め、座っておしゃべりした。私は彼女と一緒に居るのが本当に楽しかったし、彼女も同じらしかった。しかも、2人ともエイリアン・アブダクション研究に飽くなき興味を抱いていたので、私達はしょっちゅうその話をし、2人で知り得たことが、ルツ師の教会が資金援助している団体の説や、他のソースで聞いたあらゆる情報と違うと話し合った。たまに私が家から抜け出せた時には、2人でストーンショップや心霊グッズストアに出かけて、見れるだけのアイテムを眺め、時折はストーンやセージ、その他の「エネルギーを高める」アイテムを買った。

数週間が過ぎた。私達はレイキの夜を続けていて、事態は好転してきていたが、まだ気まずい空気は残っていた。私は周囲の状況に対して沢山の愛と光を注ぎ、私自身も愛と光の「泡」に包み込まれるようベストを尽くして、私の全ての言動を、心の中の深い場所にある愛と理解から発するようにした。トゥルーディーを深く傷つけてしまったのがとても悲しくて、償いのために出来る限りのことをした。だが、彼女は何やら変わり始めた;風貌までもが変わり、体重も増えだした。それと同時に、彼女の亭主は素寒貧になったようだった。彼は啜り泣きながら不平を言い、トゥルーディーは目をギョロつかせて激怒していた。

その一方で、キャンディー他数人は、土曜の夜の実験的なチャネリング・セッションにやって来ていた。亡者とのおしゃべりばかりではあったが、それでも私たちは楽しんでいた。彼女たち全員が憑依霊解放プロセスの実験を見たがったので、通常のレイキグループの活動とは別に、多くの実験や探究が進行していた。特に注目すべき2件について、ここで述べておくべきだろう。

1つ目は、ある晩ティムからかかって来た電話である。ティムというのは、地元のウィッカグループに参加していた例の若者だ。彼はすっかりパニックに陥っていた。彼はカヴンで教わった儀式の1つを試していた。教わった通りの手順で行ったのか、それともアドリブを加えたのかは分からない。だが要点を述べれば、狭い風呂に熱湯を流してサウナのようにし、鏡を見詰めながら、何かを召喚する儀式を行ったのだ(これをやるには、鏡から湯気を常に拭き取らねばならなかったと思う!)。結果何が起こったかというと、恐ろしい悪魔の顔が鏡の中に現れ、そいつはティムに、「わしはお前の仲間だ。これからお前をなぶりものにして楽しんでから『食って』しまおう」とか何とか言ったらしい。彼はプレッシャーを感じ、心臓の鼓動が狂ったようになって、自分は死ぬんだと思ったという。

実は彼は病院から電話をかけて来ていた。医師は彼に鎮静剤を処方し、「基本的に悪い所はありません。一種のストレス反応です」と言ったそうだ。彼は家に帰るのが恐ろしかった。というのも、そこには悪魔が居るのだから。どうしたらいいというのだ?

レイキのイニシエーションを授かった彼にこんな事が起きて、私は軽いショックを受けていた。特に、ティムとキャンディーは第2レベルのイニシエーションを授かっていたのだから。だが、私は彼を落ち着かせようとし、やって来るよう言った。「すぐに治してあげるわよ」

私がキャンディーに電話して状況を説明すると、彼女、「本物の悪魔祓いが見られると思うとすごくワクワクする」と言う。「オーケー、すぐ行くわ」

ティムが来るまでには随分と待たされた。ようやくやって来た彼は、ひどい状態だった。彼が言うには「ここに来る途中、事故に遭ったんだ。1台のクルマに横を擦られて、僕のクルマはスピンしてどぶにはまっちゃったんだよ。あれは悪魔の仕業に決まってる」 そう思うと身の毛がよだつほど怖かったというのだ!

私達は準備しておいたキャンディーの施術台の上にティムを乗せ、落ち着かせるために、彼にレイキを当て始めた。そうしていると、彼の身体にあらゆる類の奇妙な事が起きだした。身体中の筋肉が正常とは全く違う具合に躍動しピクつき、「何か『すべすべしたもの』が身体中を動き回っている感じがする」というのだ!

私達も多少ビビッていたが、数多くの催眠セッションでの同種の経験から私は平静を保ち、状況をコントロールする方法を学んでいた。私はティムに「あなたがしたり、言ったりしたことの全てを詳しく話して頂戴」と頼んだ。すると、話しているうち、彼の呼吸も正常な穏やかなものになってきた。

すぐに彼に催眠術をかけると、私は霊体に直接話しかけた。それは新しいレベルの憑依霊解放 ー 少なくとも、かなり異様なものだった。明らかに亡者とも、精霊とも違い、もっとずっと強力で、悪賢く、いやらしい、その何かに対して私が話しかけると、可哀相なティムは、お腹を膨らませては、信じられないくらい臭いガスを放出するというのを繰り返した。これは、相談にのってあげねばならず、「光の中に向かって行きなさい」と諭すことで犠牲者が解放されるような、可哀相な、道に迷った故人のケースである筈がなかった。こいつはどこかに行く気などなかった!彼は「招かれ」たのであり、新しい「棲家」が気に入っていて、簡単に立ち退くようなヤツではなかったのだ!

もちろん私としては、断固さっさと立ち退いてもらいたいと思っていたので、これはどちらが相手を言い負かすかという論争の性格を帯びてきた。

私は普通やるように、アストラル界の「ガイド」や「ライトワーカー」にこっちに来て犠牲者を解放するのを助けて欲しいと呼びかけ、標準的な手順に従う等やってみたのだが、ダメだった。「イエス・キリストの御名において命ずる。立ち去れ」云々という決まり文句もやってみた。犠牲者の宗派のせいだろう。効かなかった。悪霊は可愛そうなティムを施術台の上でビクンビクンと跳ねさせ、絶えずガスでお腹を膨らませては屁をひらせるのだが、それは病理学的にみても異常なほど大量なのだった。私がティムに対して、「キャンディーと私の仲間に加わって、一緒に光と熱を生み出して、それで悪霊を包み込みなさい」と指示すると、悪霊は「熱い。焼けそうだ。やめろ。放っといてくれ」と不平を言いだした。悪霊は泣き出し呻き声で、「お前たちはわしに共感し同情すべきだ。というのも、それこそが『愛と光』のニューエイジのトレンドでお前たちが信奉している思想だからだ」と言う。これはまさしく、トゥルーディーとジョージの2人が最近働いた陰謀の風刺画であり、私は全く騙されなかった。

私は悪霊に対して、最後にこう言った。「私はお前を放っておいたりしないし、熱と光によるいやがらせもやめない。必要ならば一晩中でも、明日一杯、あるいは何日かかろうと続けてやる」 これは効き目があったようなので、私は悪霊にきっぱり「立ち去れ」と要求した。すると最後にもう1度ティムのお腹が「膨らみ」、続いて、何とも恐ろしい硫黄臭いヤツがひときわ大きな音と共に一発出ると、悪霊は立ち去り、ティムはようやく安らぎを得たのだった。

私は彼の催眠を解き、私達は本件について話し合った。1つ悪霊が言っていたのは、「わしは最初、カヴンのミーティングでティムに取り憑いたんだが、ああいう場では、大勢の霊体が一堂に会して、獲物を選び、ブラブラとつきまといながら、もっと永続的に『繋がる』機会を待つのだ」ということだった。連中は自分達が入り込みやすくなるような特定の行動を犠牲者がするよう働きかけるのであり、たとえ犠牲者が自分でそうしようと考えたのだと思っても、実際はそうではないという。どうやら心への十分なコンタクトが行われてこそ、憑依を完成させるような考えを植え付けることが可能となるらしい。

この後、ティムは確かにウィッカへの傾倒から立ち直ったようだ。この恐ろしい経験の後、彼はあのような環境に戻って、おなじようなものに「取り憑かれる」危険を冒そうとはしなくなったのだ!

私達は本件をみんなには黙っておくことに決めた。というのは、ティムが明らかにバツの悪い思いをするということもあったが、「レイキのアチューンメントを授かれば憑依されない」というトゥルーディーの「遅れた」考え方を「手つかずに」しておこうと思ったからだ。キャンディーは「『愛と光』こそが最も大切な答えではないという考え方は私の手に負えそうにない」と言ったが、私はレイキが、考えていたような万能の守りではないということの意味するところが心配だった。私はこのことをどうにかして他の人たちに伝えなくてはと感じた。キャンディーも同意したが、「私なりのやり方で時間をかけてやらせて欲しいの」と私を説得するので、同意した。

気がかりな第2の出来事は、このティムの1件に直に刺激されて起こった。キャンディーが「ローラ、私に『試しに』憑依霊解放プロセスをやって頂戴」と言いだしたのだ。「私、しばらく前から、ひどく感情の起伏が激しくなることがあって、今では、これは大方何かが憑依しているせいかも知れないと思うようになったのよ」 私は承諾して、翌日実施することにした。

どういう理由からか、キャンディーはルイーズも参加させたがったので、私はためらいながらも承諾した。結局のところ、キャンディーはクライアントなのであり、クライアントが快適なセラピーを受ける上で必要なものは何であれ望ましいと考えるべきなのだ。という訳でルイーズにも知らせが行くと、彼女は「証人だなんて面白そうね。いっそ私の家でセッションしないこと?」と言う。私はオーケーした。

セッションでは、ある憑依霊が出てきて「トーマス」と名乗った。彼の物語。「私はハイチでブードゥー教の教えを実践していたんだが、1945年にライバルのブードゥー教医に殺されたんだ」 続けて彼が、「私はある『魔術師』から、キャンディーの『コントロール・チャンネル』となるために憑依するよう勧められた、というか命令されたんだ」と言った時には本当にびっくりした。

私は「魔術師ですって?いつ、どこに居た、誰なの?」 その他諸々を尋ねた。

彼はそれが「誰」なのかは言おうとしなかったが、それが彼の「マスター」であって、マスターを裏切れば罰せられるのを彼が怖れている事は明らかだった。だが彼は、「命令されたのは数週間前だ。それはキャンディーの知っている人物だ」と言ったのである。

キャンディーには他にも、夫婦の夜の営みの際に憑依してきた霊もいた。こちらは光の中に送り出されるのをむしろ喜んでいたので、問題はなかった。

2人の自殺者の霊も憑依していた。曰く、「宗教上のタブーを犯したことを怖れて自殺したんですが、最初に取り憑けると感じた、振動数的に好ましい宿主がキャンディーだったんです」と。これはありがちなことだ。憑依が起こる最大の理由の1つは、死んだ当人が、死後何が起きるのか知らないで死ぬことなのである。信仰心が篤すぎるのは、死後の生において、無信仰と同じくらい有害である。あと、自動車事故の犠牲者の霊と、銃撃の犠牲者の霊も憑依していた。後者が撃たれたのが犯罪絡みだったのか、それとも、単なる事故だったのかは分からずじまいだった。というのも、彼/彼女は見い出されるや、ほぼその直後に光の中へと立ち去ったからだ。先行の霊たちが光の中に入って行ったので、彼らと私とのやり取りから学んだのだ。これまた珍しいことではない。複数の霊が憑依している場合、「ホームシェアリングしている」借家人同士は互いに影響を与え合うようなのだ。

キャンディーと私は、これは何やらいかがわしいことが進行中だと考え始めた。キャンディーをコントロールしようとする「誰か」がこんな風に彼女に霊を憑依させたと思うと、彼女は動揺を隠せなかった。やがて怒り出した彼女は、「誰なのか突き止めてやるわ」と決心していた。

ルイーズはいつものことながら、何の意見も述べず、大きく目を見開いたあどけない表情で「これってすごくない?」と繰り返していた。

さて、次に起こったのは、数週間の間にちりばめられた、数えきれないくらい沢山の奇妙なシンクロの数々だった。これら全てをちゃんとした順番で思い出そうとするのは確かに簡単なことではなく、日記をつけていなかったことを私も残念に思う。

しばらくの間 ― ほぼ2年間 ― 私はヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』をもう1冊手に入れたいと思いつつ、果たせないでいた。私はあらゆる本屋を回り、書籍取次会社にも電話し;出版元にもコンタクトしたのだが、返ってきた返事は、絶版で再版予定なしというものだった。そこで私は古本屋巡りも行い、入手次第連絡してくれるよう、取り置き票を書いて回らねばならなかった。

この頃に集中して起きたもう1つの出来事は、奇妙な事に殺人事件の捜査に関係がある。些細な事から私がそれに関与したのは今を遡る1993年のことで、私が人生において後にUFO/エイリアン現象に目覚める上で、確かに一種の「扉を開いた」事件だから、話は逸れるができるだけ簡潔にでも触れておかねばならないだろう。

私達がチャネリング実験を進めるにあたっては、本物の高次のソースを見分け検証する方法の数々について議論したものだ。フランクと私は、宇宙の観点とは、私たちの想像を超えた壮大かつ包括的なものだろうから、高次のソースなら毎度的中するような驚くべき予見を行うことができるのだろうと考えた。だが、短期間に客観的な結果が出るようにするにはどんなテスト法を採ればいいのだろうか?

『ハイストレンジネス』で述べたように、フランクはロトくじをやるという解決策を思いついた。しかし、このやり方によってわずかな手掛かりは得られたものの、なぜか尋ねたのとは違う回の当たり番号を示されるばかりだった。1993年1月に、古くからの友人であるSF作家のキース・ローマー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC
が亡くなった。(原注2) 死の数か月前に彼に会いに行った時には、既に悲惨な状況だった。あれから20年になるが、私は彼の家に座って、彼が銃を振り回すのを見たのだった。表上の目的は人生にピリオドを打つことだと彼は言っていた。


原注2:詳細については『アメイジンググレース』参照。
http://cassiopaea.org/2011/11/11/chapter-12-dr-jekyll-and-mr-hyde/


キースに最後に会った時、彼は疲れ切って衰弱しているように見えた。彼は私に言った。「寝る前に部屋を暗くしようと壁のスイッチを消すように、人生の灯りを簡単に消せるスイッチがあったとしても、僕にそうする勇気があるとは思えない。ようやく分かったのは、いつだって僕は意気地なしだったということなんだ」 彼の声の皮肉な調子に私はどぎまぎした。それが新しい時空操作のアイディアだったのか、それとも単に、彼の人生における戦いの末の悲しい述懐だったのかは、もう知る術がない。

彼の秘書から、彼が1月23日の夜中に亡くなったと電話があった時、私は自分の人生の全エピソードに通じるドアが閉まったような気がしたものだ。彼に敬意を表して、私はプッチーニのテープをかけた。悪くないと思った。

数週間後、地元の12歳の女の子が行方不明になったと報じられた。私はとても動揺した。というのも、その子の顔がテレビに映った時、あまりにうちの次女そっくりだったからで、私は殆ど泣き出しそうになってしまった!自分が感情的に反応したのも驚きだった!その時、ニュースレポートを見ていてさらに驚いたのは、私の心の目に、この少女が死んでいて、裸にされて、サランラップのようなものでくるまれ、松林に横たわっているのが「見えた」ことだ。自分がどこにでも移動できるような感覚さえあった。

このビジョンは、私自身の過去における強烈な経験を思い出すような見え方がした。私の心の中で、松林の陰の隣でゆらめくかげろうが見えていた。まだら模様にできた木の陰が、松の葉の間を優しく駆け抜ける空気の上昇につれて、わずかにそよいでいた。松ヤニの臭いさえしていた。死体はほぼうつぶせに寝かされ、片方の腕がねじれて身体の下になっていた。急速に腐っていく肉体を偵察するハエたちがブンブン飛ぶ様は吐き気を催した。正確な場所はわからなかったが、自分の見ているのが行方不明になった少女であるのは知っていた。

窓にブラインドを下ろすようにして、意識を無理やり普段の場所に戻すと、私は少女の詳細に関する報道を聞き続けた。彼女が行方不明になったのは前日のことで、普通の状況ならば、少なくとも24時間以内はどんな捜査も行われない筈だった。だが、本件少女の家族は保安官事務所の幹部職員と親しかった。この幹部が個人的に知り得た状況と、事件に関係していそうな人々の素性から、犯罪の線が濃厚だと彼は判断していた。少女の帰宅予定時刻の2時間後から、本格的な捜査が始められていたのである。

ニュースレポートによると、この「保安官事務所の幹部職員」はヘンリー・スミスという名前だった(仮名)。でかしたわ、ヘンリー。彼は母の友人で、かつて雇い主であった人物の息子であり;ハイスクール時代は私の2個上だった。ニュースを見ている時、私は彼らに伝えたかった。「生きている少女を探しても意味がないわ。少女は既に死んでるのよ」

新聞で読んだり、ニュースで聞いたりした犯罪についての情報を、私が既に「知っていた」ということが、人生において数多くあった。そうした場合にはいつも、最初に一瞬現場が見えるのだが、もっとよく見ようとすると、消えてしまうのである。実際、自分の能力を試そうとして、誰が犯人か予言するのが半ば趣味のようになっていた。当初から印象があるような場合には、常に私の予言が正しかった。しかしこれまでは、捜査関係者に情報を提供する機会がなかった。実際にはおそらく、そんな機会があったとしても、誰にも言わなかっただろう。というのも、「霊視マニア」のレッテルを貼られたいと思うような趣味はないからだ。

要するに、これまで私は得点を口外してこなかったのだ。これは私1人がプレーし、全ての点が正しかった時だけ私が勝ちとなるゲームである。私が得た情報について通常の手段では知ることなど不可能だったのは確かだ。情報が得られればいいのだが、何の情報も得られない時もある。まるで人物も場面も別のチャンネルの方に出ているような感じなのだ。

だが本件では、私の方が他の人たちよりもクリアに同調できていた。私自身も、12歳になる容姿がよく似た娘が居た。ニュースキャスターが述べる少女の特徴はうちの娘そっくりだった。

行方不明の少女はどうやら優等生らしかったが、スクールバスを降りた後、消えてしまったらしい。何の物証も見つかっていなかった。彼女は、教科書と財布とクラリネットを持って消えてしまったのだ。不審なものを見たという人は居なかった。ただ、スクールバスに乗っていた他の子供たちは、近辺に青いトラックが停まっているのを覚えていたようだ。青いトラックの詳しい点はあやふやであり、他には何も手掛かりがないらしい。ということで、私はこの事件を興味を持って見ていた。

翌日、マルシア・マシューズ(これまた仮名)が電話してきた。マルシアは地元の、自称霊能力者、ヒプノセラピスト、カントリーウエスタン・ダンサーであり、何でも来いの賢い女性だった。彼女は時間を無駄にせず、いきなり核心に触れてきた。

「行方不明になった少女の事件はご存知?」

「ええ、知ってるわ」

「私はちょうどあの辺りからやって来たので、あなたに試してもらって、賛否を述べて欲しいのよ」

「ちょうどあの辺りからやって来たってどういう意味?」

「きっかりあそこという訳じゃないわ。私達はフェアに行っててね、どうもあの女の子の両親は、あっちの方のグループと一緒に仕事をしてるみたいなのよ。警官がそこらじゅうに居たわ。それで私、何か感じるかどうかやってみることにしたのよ。。。1台の小型トラックが停まってて、警察はそれを調べてたわ。。。あのねえ、その小型トラックの近くに行った時、なんかゾッとしたのよ!つまり、そこには何かむごたらしいものがあったのよ!彼女が生きてるのは分かってるんだけど、このままじゃ長くはもたないわ。彼女を見つけ出さなくちゃ!彼女は冷たくて暗い場所に居て、懸命に頑張ってるのよ。。。断言するけど、もし警察のろくでなしどもが、私の言う事を聞かなかったら、女の子は連中のせいで死ぬようなもんだわ」

「落ち着いて、マルシア!」 私はいつもマルシアをすっかりイライラさせたものだった。彼女の話を理解するには、彼女に一旦話をやめさせて、最初から話させなくてはならないのだ。

「あなたはベニー(マルシアの夫)とフェアに行ったのね?警官たちとはどういう風に関わり合いになったの?彼らがあなたのところにやって来て、何か知らないかと訊かれたの?」

「そうじゃないわ。私達は、彼らがそこらじゅうに貼りだしたポスターを見たのよ。女の子の写真をね。それで、彼らの所に行って自己紹介し、援助を申し出たのよ。自分はサイキック(霊能力者)だってね。そしたらビックリしたんだけど、彼らはすっかり脇道に入り込んでるのよ!実は、彼らにフェア会場の裏に停まってた小型トラックのところに連れて行かれて、何か感じないかと言われたの。彼らは、多分フェア関係者の1人が本件に関わってるんだろうと思ってるわ」

「どうして彼らはそう考えてるの?」 私は辛抱して尋ねた。

「少女の両親が何かの市民団体のメンバーで、その団体がこのフェアに出展か何かしてて、女の子はここ何日か、何時間もその辺りをブラブラうろついてたからなのよ。警察は、フェアに出てる芸人の1人が多分、彼女が監禁されてる場所を知ってると思ってるの」

「それじゃあ、小型トラックについて教えて」と私は促した。

「あなたが感じてることを言って頂戴」

「それは白いトラックで、中はガラクタだらけ。何か青いものがエンジンカバーの上にあるわ」と私は即座に答えた。この情報がどこから来たのかは、今でも分からない。

“Yes,” 「でも、その青いものとは何?」と彼女は促した。

「分からないわ」 私はじれったくなってきた。私はトラックが行方不明の少女と全く無関係だと分かっていたから、またしてもマルシアの無駄な探究が始まったと思った。

「聖書よ」彼女は息を弾ませながら言った。「聖書なのよ!まさかと思うでしょ!女の子が身体をボールのように丸めて前部座席の床に投げ出され、ボロ切れをかけられてるのが見えるわ。このろくでなしがクルマでこの子を運んで行くの。うわー、彼ったら女の子をレイプした上に暴行してメチャクチャにしたわ。手遅れになる前に見付けなくちゃ!」 マルシアがまた興奮してきたので、私は質問をして言葉をさえぎった。

「彼女、どこに居ると思う?」

「分からないわ。だけど、彼女の家の近くなのは分かる。立派なお屋敷が見えるわ。血か涙か何か液体が。。。うわー、彼女、痛そう!」 話していてもらちがあきそうにないので、私は彼女に真実を話すことにした。

「彼女、死んだのよ、マルシア。昨日、既に死んでたの」

「いいえ、そんなことないわ。彼女はあそこから私に呼びかけてるもの。見てみましょうね。J.D.という名前の警官から彼女の写真を渡されてるので、ちょっと見てみるわ。彼女の居場所に通じる道があるの。この道には何か感じるものがある。彼女きっとその先に居るのよ。警察には見付けられなくても、私、自分で見付けるわ。彼女を見付けなくちゃ!この場所が分かったら、JDに電話してそこに行かせて、女の子を保護し、男たちを捕まえさせなくちゃ。じゃ、また後でね」

「分かったわ。また何か分かったら教えてね」 この事件では、一体どんな宇宙ドラマが演じられようとしているのだろうと思いながら、私は電話を切った。

おそらくマルシアは、彼女が知っているサイキック全員に電話して、どんな印象か尋ねたのだが、邪魔になる情報も沢山集めたために、もはや正しい直観と区別がつかなくなっているのだ。唯一問題なのは、この街じゅうの、いわゆるサイキックの殆どは、霊能力など殆ど持ってないコールド・リーディング専門の抜け目ない人たちばかりだということだ。まあ、時たまひらめくことはあっても、大抵はひどい失敗をする。そんな「サイキック」ばかりだから、私は彼女たちの仲間に数えられたくないのだ。

続く数日間、私は自分の考えを胸に秘めておいた。マルシアはしょっちゅう電話してきて、無駄な探究について、最新の状況を語った。「私達共通の友人であるダニエルが、地元の資源リサイクル工場で働いてるんだけど、行方不明の少女の母の新しい亭主=少女にとっての義理の父親が同僚だと言うのよ」

私は何か情報が得られないかと、ダニエルに電話してみた。するとダニエルは、少女は生きていて、彼女の見る限り、普通の幸せそうな一家だというマルシアの主張を繰り返すだけだった。彼女がマルシアと話したのは明らかだった。

私はダニエルに、「少女は間違いなく死んでいるわ」と言った。彼女はこの考えを全く受け入れようとしなかった。だが彼女はこう言ったのである。「女の子の義父は、彼女がいなくなった時、工場に居たのよ」

メディアは行方不明の少女に関する情報提供を求めながら、この一家がいかに「普通」であり、「正直な」人々であるかという物語を延々と流し続けていた。どういう訳か、私にはもうビジョンが見えなかった。ある夜、一家がTVカメラの前に現れて、彼らの娘に「帰って来て」と訴えた時には、ゾッとしつつも見入ってしまった。他人事とは到底思えなかった。彼らは郡の全住民に対して、「全ての家、全ての小屋、全てのポンプ室を探して下さい」と頼んだ。またしても、マルシアの手回しだろう − 草の根をわけてでも探し出すのだ。

だが、どこがおかしいとはっきりは言えないのだが、このインタビューには奇妙な点があった。しゃべっているのは義父だけで、母親の方は無表情のまま黙って座っていたのだ。どうしてなんだろう。だが非難するのは簡単な事だ。私も自分なりにやってみようとした。だが、分からなかった。あまりイマジネーションが湧かないのだ。最悪だった。

私は友達のサンドラに電話した。彼女は、何年も前に私が働いていた州の社会福祉機関の幹部である。サンドラもまた、凄い直観の持ち主だった。実際、彼女の方が、開業してサイキック業に「精を出している」人たちよりもずっと能力的に優れていた。期待した通り、彼女は福祉機関のファイルを既に少々覗き見し、この一家に問題がないか調査済みだった。問題はあった。

この福祉機関内の噂では、この一家はこの女の子に関する何らかの問題を抱えていたというのだ。新しくやって来た義父と少女の実の父親との間にはライバル関係の兆候があった。噂では、この女の子は以前、実父の元へ逃亡を試みたことがあるという。サンドラは義父が犯人だと目星をつけていた。彼女は、社会福祉関係のファイルにあった情報から、この一家では性的虐待がはびこっており、この問題をめぐる対立の結果この子は殺されたのだと確信していた。

私と同様、サンドラも少女が死んだと知っていたのである。私は彼女に、「義父は少女の誘拐に加担していなかったかも知れないわ」と指摘した。「というのも、その時彼が勤務中だったことについては、ダニエルをはじめ多くの証人が居るんだもの」。私達2人は、これらの情報を踏まえて熟考したが、何も思いつかなかった。何とも不可解至極な事件だった。

私は社会福祉関係のファイルには何が書いてあったのだろうかと思った。保安官事務所も既にこの一家には問題があることを内密に知っていたのだろう。それでは、警察はどうして、一見したところ単なる家出としか思えないような本件に関して、本格的な捜査を始めたのだろうか?

どこか辻褄が合っていない。

その夜私は、瞑想を行って、相矛盾する考えや情報を心から追い出そうとした。私は自分の子供の居場所が分からず、生死も不明だとしたら、生き地獄のように感じるだろうと分かっていた。刻一刻、最悪の事態を考えるだろうし、そうした事を考えているうち、その重みに耐えられなくなって、ついには発狂してしまうのも確かだった。そんな事は考えただけで耐えられない。私は泣き出した。私は黙って宇宙に、「あの少女を家に帰して!」と要請した。「彼女を家に帰して」と何度も繰り返した。すると突然安堵感が身体中に溢れたので、事件はすぐに進展し始めるだろうことが私には分かった。

その翌日、私は自分の娘が行方不明になったのと同じくらい緊張していた。郡全体が息をひそめているようだった。行方不明の少女は、皆の子どもになった。さらなる霊感は訪れず、私は依然不満だった。それでも私は不断に「問いを発し」続けた。するとただ1つ私に見えたのは、10代の頃によくドライブした古い道だった ― 丘やカーブがあり、牧草地には牛が居た。私は、この道の近くに彼女が居るのが分かった。

私は学校に子供たちを迎えに行った。彼女たちは学校で、行方不明の少女が発見されたという知らせを聞いて興奮していた。噂の出所は、地元の新聞社で娘が働いている教師だったようだ。子どもの話は、私達が家に着くや流れてきた、テレビのニュース速報で確認された。私が心の中で見たのとまさしく同じ道路から少し離れた場所で、1つの死体が見つかったのだ。身元の確認はまだだったが、みんなそれが誰だか知っていた。

晩のニュースで、この噂は正しいと分かった。発見された死体は確かに不明になっていた少女であることが確認されたのだが、詳細は解剖の結果が出るまで分からないという。私達が安堵したのも束の間、すぐに悲しみの涙が溢れ、恐怖が襲ってきた。明らかに殺人者が野放しになっているのだ。

殺人者を逮捕せよと主張する声が高まった。今や誰もが、スクールバスの子どもたちが見たのを覚えている青いトラックを探していた。苦悩のあまり、床の上を歩き回りながら、私は答えを得られる唯一の方法に気付いた。それは本件の関係者が、「私に質問する」ことだった。

自分の能力にはこうした側面があることにも私は気付いていた。ノアの主に対するチャネリングが、心の中で問いを発するのに答えるかたちでだけ起こったように、自分に関係の無い事について何の洞察も得られない事はしょっちゅうあったのだが、やがて関係者の誰かが私に質問すると、答えがもたらされるのだった。

本件を考えずに居ようとしても無理なので、ついに私は熱心に手紙を書いた。ヘンリー・スミスに宛てた手紙で私は、「これから言うことは、どうか誰にも話さないで」と書いた。保安官事務所で誰が働いているか分からないし、何と言っても、私は変人として有名になどなりたくなかったのだ。

私はヘンリーに、これまで見てきたビジョンについて、またそれらが正しかったことを述べ、「質問されさえすれば、もっと見えてくるかも知れないと感じている」と書いた。私は本件ではフォーカシングの手法として星位図を使うつもりだった。これを使えば、殺人犯を特定でき、あるいは少なくとも、かなり具体的な特徴をつかめると思ったのだ。だが、私の提案は無いよりはましという程度の事かも知れなかったので、そのように書いておいた。それでも私はためしにやってみたかったのである。

私はてっきり慇懃な「ご厚意に感謝しますが、捜査すべき手掛かりで手一杯な状況です」といった返事が返って来るものと思っていた。手紙を投函したあくる日に、ヘンリー自身が電話してくるなどとは思いもよらなかった!だが、彼はそうしたのである。彼は言った。「被害者の家族にも相談済みだよ。彼らのために、役人としてではなく、彼らの友人として、僕はキミに詳しく調べて欲しいんだ」

私が意識の集中に使おうと思っていた道具は、ホラリーチャート
http://can.ifortune.net/wiki/wiki.cgi/astro/%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC
と呼ばれるタイプだった。ホラリーとは「時間ごと」という意味だ。これは、真面目に真摯に問いを発するならば、質問した時の星位に、答えは含まれていると考えるのである。私は星位を描くために、少女の誕生日のデータだけでなく、問いを発した時間も記録しておいた。

会話の中で、彼は私のビジョンを確証してくれた:死体は裸で、証拠になる体液等は洗い流されており、プラスチックシートにくるまれていた。私は指摘した。「これは犯人が法医学の解剖手順に詳しくて、繊維などの顕微鏡でないと見えないくらい小さなものまで、痕跡の全てを取り除こうとしたものに違いないわ。少なくとも殺人現場を割り出す手掛かりとなるようなものはね。あらゆる証拠を完全に取り除いただけでなく、隣の郡との境界線上に死体が置かれていたのも、捜査を混乱させようとしてのことでしょうね」 ヘンリーは「同感だ」と言った。

「現場に出向いて、他に何か感じられないか試してもらえないかな?」と彼は私に頼んだ。

「ヘンリー、私、そういうのは得意じゃないのよ!」

「キミの助けが必要なんだ、ローラ。現場に出向くのは、サイキックにとしても標準的な手順じゃないか。。。」

「でも、おそらく最初に見たビジョンしか見えないと思うわ。だって、私は彼女の顔を見て感情的に反応したんだもの。彼女、家の娘にそっくりだったのよ。星位図で調べた方がきっと良い結果が得られるわ」

「分かるよ。でも、あの一家のために、そこを何とか試してみてくれないか?」

そこは死体発見現場から約32km離れた場所だった。距離的には大したことなかったが、少女の生活圏内を大方ドライブすることになった。

どうしてそんなことをする気になったのか分からないのだが、そうしてしまったのだった。私の狙いは、殺人犯の心を通して全てを見ることで、彼の思考プロセスに入り込むことだった。

だが、これは大きな間違いだった。確かに印象は得られた。確かに後から、星位図も全部書いた。確かに私は犯罪を解決したものと思い、私の内緒の協力を知っている人たちも私の答えは正しいと確信した。だが、告発のための、ましてや逮捕のための裏付けとなるようなただ1片の証拠もなかった。この犯人がまた殺人を犯すというのも、まずありそうになかった。

だが、もし犯人がそうしたら、今度は誰かが見張っているだろう。

このように現地を歩き回り、「殺人犯の気持ち」になろうとした結果、ストレスのせいで私は死にそうになった。私の身体は腹に水が溜まって膨れた。これは過去7年あまり、日に9錠もタイレノール
(◆アメリカで市販されているアセトアミノフェン系解熱・鎮痛剤)
を服用していたために肝臓がやられたせいだと思われた。心臓弁でも絶えず逆流が起こり、腎機能も止まって、またしても瀕死の状態となった。

医師は私を入院させたがったが、私は断った。私は、傍に居て静かに看取れる筈だった祖母の恐ろしい最期を思い出していた。医師たちのばかげた蘇生のための骨折りのせいで、私は祖母との最後の数時間を奪われてしまったのだ。私は、死ぬときは家で死にたかった。

私の担当医は私の頑固さに絶望して首を振り、「2週間はベッドで絶対安静にし、決まった薬を飲むように」と私に命じた。彼は私が屈服し、少なくとも翌日までは病院で診察できるものと思っていた。だが私は彼の思う以上に頑なだった。私は前夫に頼んで家のベッドに連れて行ってもらった。殆ど歩けなかったのだ。

何日か死の瀬戸際に居るように感じた後で、薬を全て減らして、蒸留水だけを飲んでいたら、少し良くなってきた感じがした。私の体内に蓄積された毒素のせいで、私の思考プロセスはほぼ完全に機能停止していた。だがすぐに私は、新たに活動を起こす必要を感じた。どこかに書いた、フランクがUFO関係の本を山ほど持ってきたというのはこの時のことである。

私は何か月もの間、殺人事件捜査に関わることはなかったので、ある日、友人の私立探偵から電話があった時は驚いた。彼は私と、ある取締官との間で、先ほど述べた殺人事件捜査の後半にやり取りを行った際の連絡役を務めていたのだ。彼はそれとは別の事件に関して質問したいと言って、地元の警察の殺人課の刑事と私が会話した内容について訊いてきた。

そんな会話をした覚えはなかったので、私は彼に「何の話?」と尋ねた。「僕は10月にも電話したんだ。その時、その刑事は僕と一緒にこの事務所に居たんだが、電話に出たキミの子どもの1人が、キミは病院だと言った。それで僕は彼の電話番号と、電話して欲しいという彼のメッセージを託したんだ。てっきりもう電話してくれたんだと思ってたよ」

私はそのメッセージを受け取らなかった。子どもたちは忘れてしまったに違いない。それで私は、改めてその刑事の名前と番号を書き取り、そこに電話して、留守電にメッセージを残した。彼が私に何を言いたかったのか、興味があったのだ。彼の名前は「マリオン・トーマス」だった。(本名ではないものの、他の仮名との関係が本物と同じになるよう「考えてつけた仮名」である。というのも、後で分かるように、これは「ヒント・システム」の一部だからだ。)「マリオン」という名が、昔は人名にしばしば用いられたのは知っていたが、今ではあまり一般的でないので、妙だと思った。トーマスというのは、私の兄の名前でもあるし、兄の子供の頃の親友が「トーマス・マリオン」だった。(原注3) 私の兄の名は祖父からとったものだ。こうしたこと全てが、瞬時に頭を駆け巡った。


原注3:関係者のプライバシーを守るために、ここで私は専ら仮名を用いているが、一連のシンクロの一部である「名前相互の関係」を損なわないよう、少々創造性を発揮した。


母はこの日の朝の間中家に居たので、私は母を家に連れて行く準備をしていた。すると、ドアを出ようとした時、また電話が鳴った。出てみると、それは地元の古書店主の「マリオン・トンプソン」からだった。私が7ドルで買うと取り置き票を残したヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』が、彼女の店に入荷したというのだ。私は興奮して、「すぐ行くから『売約済み』の札を付けておいて」と頼んだ。電話を切らないうちから、私は独り言を言った。「マリオン・トンプソンにマリオン・トーマス?どうなってるのかしら?!」

だが、ドアに向かっていた私はそれを無視した。母がそこで立って待っていた。

再びドアから出ようとすると、再び電話のベルが鳴った。もう少しで出ないところだったが、私は出た方が良いと思い直した。いとこからだった。プールの上に飛来したUFOを目撃した後、最初に出たMUFONのミーティングで初めて会った彼だ。(原注4) 彼は祖父のいとこで、曾祖母の弟の息子だった。彼が電話してきたのもまた、ガレージに置いてあった書籍保管箱でヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』を見付けたからだった。彼は、私がこの本を探しているのを知っていて、「欲しかったらあげるよ」と言ったのだ!


原注4:詳しくは『ハイストレンジネス』参照。


もう沢山だった!2人の「マリオン」に、2冊の本、2年もかかった本探しの終り、これらが全て30分のうちに現れたのだ!て言うか、何という事だ!同じ「マリオン」という名前の人から数分以内に電話がかかってくる見込みはどのくらいだろう?2年探しても成果がなかった、ある本について、数分以内に提供者が2人現れる可能性はどれほどだろう?加えて、3重のトーマス/トンプソンつながりだ。だが、この頃までには、私はこの類の事には慣れっこになっていた。それは単に異様な事態が進展しているというだけのことだと。だが、そこからさらに事態がどのくらい異様なことになるか、私が分かっていないだけだった!

この日は水曜で、レイキの夜がやって来た。

私がレイキ・セッションに到着すると、中庭に数人が座っているのに気付いた。近づいてみて驚いたのだが、その中にルツ師が居たのである。他には、大きな赤毛の女性と、全身白ずくめの男性が居た。彼は白の短パンに白いシャツ、白の靴下、さらに靴まで白で、首から下げた重そうな金の宝飾品を、上のボタンを外したシャツの中に垂らし、重そうな金の鎖を両手首に巻いていた。家に入る時、私は誠意をもって彼女たちに話しかけたが、彼女たちの反応は幾分親密さを欠くものだった。それでも私は彼女たちに向けて、心の中で愛を送ってからドアを閉めた。

私は施術台の1つの前に行き、自分の持ち場についたのだが、その台に乗っていた女性はホスピスの看護士で、おそらく仕事のストレスからきたと思しき、身体の問題を沢山抱えて苦しんでいた。私が彼女の頭の位置に着き、彼女の頭に手を置くと、まるで2つの強力な磁石が突然くっついたように ― バン! ― という感じがした。こんなに強く引っ張られるのは初めての経験だった。そしてエネルギーが注がれ始めた。

さて、レイキエネルギーにチャネリングするのは、まるで赤ちゃんに授乳しているような感じがするものだ。コンタクトした瞬間に、まるで母乳のようにエネルギーが「ほとばしり出る」のである。ただ出る場所が腕であって胸でないだけなのだ。これは感覚的にはっきり分かるのであり、私はエネルギーが流れるのを絶えず感じてモニターできる。何年もの間、自分の子供たちに授乳しているときに、母乳の流れを感じモニターできたのと全く同じなのだ。

このホスピスの看護婦が、あまりに強くエネルギーを吸い込むので、私の手は痛んだ!私の手首は切開手術が必要な膿瘍のように痛みだしたのだ。これは前に私が手首の手術を受けたせいかも知れず、明らかに「短絡回路」か何かが出来ているのだが、前回までは何とか、この不快感に対処することができた。だが今回は、痛みを我慢することができなかった。私は数分間チャネルを切断し、手を振って休ませてから、また手を戻した。同じだった。この可哀相な女性は確かにエネルギーの蓄えを全て使い果たしており、たとえいくらか不快感があるとはいえ、このようにして彼女を助けられて、私は嬉しかった。だがすぐに、エネルギーの流れはスローダウンし始め、痛みも軽くなり、磁石のような感じもなくなってきて、彼女の手当も終わりなのだと分かった。私は休憩にしてフルーツポンチでも飲もうと、私の持ち場を誰かに交替してもらおうとしたのだが、その時、白ずくめの男が戸外から入って来て、「まだ行くなよ!」と言ったのだった。ルイーズは「彼はルツ師の友達で、静脈炎を患っているので、レイキを試しに来たのよ」と紹介した。彼は元気よく施術台に飛び乗ったので、どこか悪い所があるとは到底思えなかった!求めに応じて、私は持ち場の頭の位置に戻った。

この男性、エネルギー消費という点では、何ら異常はなかった。実際、彼からは何らエネルギーを引き出される感じがしなかった。彼の息はウィスキー臭かったが、私の経験からすると、アルコールとレイキは相性が悪かった。レイキの手当を受けた後、あまり直ぐに酔っ払ったために、ひどく具合が悪くなった人を、私は何人か見ていた。私は、この男性が施術台から降りたら、「2、3時間はアルコールを控えた方がいいですよ」と言おうと思っていたのだが、その機会は訪れなかった。

私達が手をどけるや否や(施術台当たり5人が手当てをしていた)、男は身体を起こすとサッと立ち上がり、くるっと身体の向きを変えて私に向き合った。ここまでが一連の動作だった。「お前にはこれをやろう」と言うと、彼は手を伸ばして、私の額に指で何かの図形を描いた。

彼のやった事は言葉にすればほんの数語なのであるが、実に奇妙な光景だった。部屋の中のみんなが一瞬のうちに凍りついたかのように動きを止め、彼がドアから出て行くまでフリーズしたままで、クルマのドアがバタンと閉まり、エンジンがかかってクルマが走り去る音がすると、ようやくみんな我に返ったのだった。みんな、私をじっと見ながらいっぺんに話しだした。「今のは一体何だったの?」 「彼に何されたの?」 「あの男は誰?」 「彼ったら、よくもまあ許しも得ずにあなたの身体に触ったわねえ」

最後のが一番の問題だった。レイキのクラスでは、許しを得ぬまま相手に手を触れてはいけないというのが当たり前とされていた。このことは繰り返し強調されたので、私達は真剣にそう思っていた。私はルイーズに、「あの男は誰なの?」と訊いたが、彼女は「私、ルツ師と師の友達が彼を連れてきた事しか知らないわ」と言い張った。キャンディー他のメンバーが一様に怒って叫びだし、私の額から引き出されたものが何か見極めようとして、染みでもできてないかと調べ始めた。誰も男の正体を知らなかった。誰にも彼の行動の意味が分からなかった。誰にも、どういう訳でルツ師と友人たちが突然訪ねてきたのか分からなかった。これらは一致した意見だった。

騒ぎがおさまると、私達は皆仕事に戻って行った。私は愛と光でわが身を包んでいたので、あの男が何者で、あの奇妙な振る舞いの目的が何だろうと、私のシールドを破ることなどできっこないと確信していた。

その晩の真夜中頃、凄い痛みで目を覚ました私は、心臓発作だと気付いた。胸の上にゾウが座っているだけでなく、ゾウが逃げないように取り囲むフェンスの柱が私の胸骨を貫き通している上に、私は拷問具のアイアンメイデンに入れられ、それが私の息の根を止めようとゆっくりと締まって来るのだ。私が前夫を起こすと、彼は私を緊急救命室に運んだ。

私達が病院に着くとすぐに、圧迫感と痛みはおさまってきたが、上に述べたような症状が出たと言うと、医師たちはすぐに処置を始めた。私の症状は安定しているようだったので、緊急措置(小さなラケットみたいな端子を両手に持って、心臓に「活を入れる」マシンをご存知だろう)は取られなかったのだが、それでも医師たちはてきぱきと検査の準備を始めた。医師が言うには「検査入院して数日間は経過を見ないと、大丈夫とは言えない」とのことだった。長い事治っていたとばかり思っていた症状が突然ぶり返したせいで、私はかなり怯えていた。だが、看護師が点滴のぶら下がった台車を押してきて、針を刺す準備を始めた時、これまでに聞いたことのないくらいはっきりと力強い声が頭の中でして、「もし看護師が腕に針を刺すのを許したら、それはあなたを殺す道具になるだろう」と言ったのである。

私の理性はすぐさま対抗して、こう言った。「全くのナンセンスよ!被害妄想も甚だしい!変な本を長いこと随分と読み過ぎたせいで、まともな判断が出来なくなってしまったのよ」

すると、熱が波のように打ち寄せてきて、病院に居たら殺されるという「理解」が、意識の中での議論をかき消すように再び押し寄せてきた。しばし私はすっかり頭がおかしくなってしまったように感じた。それだけでなく、今自分が置かれている状況からどうやって抜け出すかという問題もあった。「命を救おうとしてくれてありがとう。でも結構よ!」などとどうして言えようか?私はなんとも進退窮まってしまい、追い詰められてしまったと思った。

「点滴は必要ないわ」私は看護師を説得しようとした。彼女は異議を払いのけ、「これは是非ともやらなくてはならない標準的な手当てで、選択の余地はないのよ」と言った。

そこで私はごく簡単に「いいえ、私は点滴されたくないの」と彼女に告げた。明らかに彼女は私を無視しようとしていた。私は素早く可能性を計算した。確かに、私は心臓発作に見舞われたようであり、それはやがて来る「大きな発作」の前兆だったかも知れない;だが、その一方で、さきの発作はレイキミーティングに来た男に関係があるのかも知れないのだ。私はティムとキャンディーに対して行った憑依霊解放セッションで得られた情報の重要性を痛感していた。だが、そうした情報はどの程度信頼できるのだろうか?医療行為がなされるべきでない時には憑依霊解放を行えばよいというのと、このような情報が真実であると考え、それに基づいて重要な意思決定を行わねばならないというのは別の話である。もしこれが正しい知識であって、いわば剥かれるべきもう1枚の玉ねぎの皮でないとすれば、すなわち、霊的ないし不可視のレベルでの物事の働き方に関する正確な情報だとすれば、多分私の身に起こっている事は、私を病院送りにしようという企みなのだろう。多分私にかけられた魔法は、病院の誰かが「私を始末する行為に着手」できるよう配置につかせ、「偶発的事故」に見えるような、何か愚かなミスを行わせて、結果的に私を殺すためのものだろう。

こうしたこと全てを考えると同時に、私はフランクが列挙した私の人生における一連の出来事を思い出していた。彼に言わせれば、出来事のいくつかは実際少々普通でなく、理由があって起きて居るのだった。もしそうだとすると(とはいえ、その証拠はないのだ。不確かながら証拠があるのは、私が健康問題で宇宙に助けを求めた途端、レイキに導かれたことだけだった)、いずれかのグループが私を「消し」たいと思う理由もまた存在するのかも知れない。

だが、どのようなものであれ、私は目に見える証拠なしに選択を行わねばならないのだ!私は出来事を表面的すなわち標準的に解釈する道を選ぶこともできた。すなわち、「また心臓発作が起きるかも知れないので、私は入院する必要がある」という風にだ。そうなれば、自然に、あるいは人為的に死ぬリスクを冒すことになるか、でなければ、治療によって「助かる」のだろう。

他方私は、微妙な、霊的解釈を選ぶこともできた。これは自分の命について自分で責任を負うことを意味し、証拠なしに知識に基づいて重要な何かを行う結果、選択が間違っていれば私は死ぬだろう。だが、正しければそうはならない。そしてこれが正しい解釈だとしたら、病院に留まる結果、きっと私は死ぬのだろう。

板挟みとはまさにこのことだ!だが、私が属する文化的/社会的プログラミングの一々が、通常の解釈 ― 私は健康上の問題を抱えており、助かるには入院が必要 − を促しがちだった。

この時点までの私の学び、実験、拡大した気付きは全て主観的なものであるか、あるいは基地外じみているとさえ見做され、蔽い隠されてしまう。ちぇっ、この時は自分でも基地外じみてると思ってしまったものだ!一体私は何を考えていたんだろう?

だが、ここで一種の蛮勇が沸き起こった。これは一世一代の選択だ。内なる気持ちの言葉に耳を傾けねばなるまい。もし私が間違っていたら、私は死ぬ。それならそれで仕方ない。勇気が無いからではないのだ!

私は決心した。

大いなる平穏が私に降りてきて、私は看護婦にきっぱりと言った。「点滴器具一式は持って行っていいわよ。私、入院しないので」 最初のうち、彼女は私の言うことを信じていない様子だったが、私がストレッチャーから降りて、服を着始めると、彼女、「先生と話して頂戴」と言った。

医師が入って来て、私に「あなたは大きな過ちを犯そうとしている!」云々と言い出したので、私も「医療過誤免責同意書にサインするわ」等々と応じた。「私、サインするわよ。病院やあなた、その他の誰かに反感を持ってる訳じゃないの。でもここに留まるつもりはないし、私の身体に針を刺して薬を注ぎ込むのを許すつもりもないわ」 さらに用心のため、こう付け加えた。「私の宗教に反するのよ」

この言い方がてきめんに効いたのに違いない。私が受付に着いた時には、同意書の準備が出来ていた。私は書類にサインし、待合室に出て行って、前夫に「家に連れてって」と言った。

彼は、私が完全に発狂したのだと思った。私もだ!だが私はそこから立ち去らせようと強いる力に抗うことができなかった。

私は家に向かい、ベッドに入ると、今行ってきた事の意味合いを思い知ってブルブルと震えた。私は通常のしきたりの一切に刃向い拒絶したのだった。私はあれこれのコントロール − 例えば、「良い子」で居て、「お医者さん」その他に私の身に起こった事について判断してもらう、というような − に服させようとする、今生で行われた全てのプログラミングに逆らったのだ。後で、あの時はあれだけ多くの疑念に襲われながら、「大きな発作」が起きなかったのが不思議だと思ったくらいだ!

翌日、私はとても気分が悪かった。私は弱っており、何か奥深い闇がそこまで迫って来ている感じがした。「フェンスの柱」が刺さったような、止まぬ痛みは穏やかになってきており、圧迫感はなおあるものの、軽くなり、胸に乗ったゾウは目方が減っていた。それから私が水を飲みに台所に行って、外を見ると、何とプールが緑色になっていた。透明だった水が一晩で「エンドウ豆スープ」に変わってしまったのである。

これは更に私を悩ませたので、私は水を調べて元に戻してくれるよう夫に頼んだ。彼はそうした。数百ドル分の化学薬品を投入したのだが、依然としてプールはエンドウ豆スープのままだった。

どうにか分かったのは、このプールの水の状態は、私の空間と私自身を表しているのだろうということだった。霊的な「スライム」の侵入があったのだ。そして、普通のやり方では何の反応もないことからして、追加で何かやらないといけないのは明らかだった。

ここの所でキャンディーが電話してきたので、私は彼女に、起こった事を簡単に話した。彼女「それは困ったことになったわね。同情するわ、ローラ。レイキセッションに来た男について何か分からないか、やってみるわ。結果はまた後で電話するわね」

今度はティムが電話してきて、「レイキセッションで起きた事件について話そうと思ってね」と言う。彼も私同様、困惑していた。

それでもティムはサイキック環境を浄化する方法を沢山教えてくれ、「これからそっちに行くよ。僕自身も、プールがどんな状態か見たいんだ」と言った。私も手伝ってもらうのは歓迎だったので「ええ、来て頂戴」と答えた。ティムがやって来て、プールの様子を見ると、浄化のためと称して幾つか儀式らしき事を行った。

何も起こらなかった。私は依然アイアンメイデンで締め付けられるような感じがしていた。圧力室に入ると、きっとこういう感じなんだろう。

キャンディーがまた電話してきた。彼女「うまいことルツ師の助手から聞き出せたわよ。レイキセッションに来てた例の紳士は、儀式的黒魔術の達人だと専らの評判で、この州の心霊主義魔術界の『大物』らしいのよ」

「それは素晴らしい。でも、だからと言って何ら気分は良くならないわ」 実際、私はこの人達に何もしていないのに、彼らときたらこんなにいやらしいことをして私を危険な目に遭わせるんだと考えると、すっかり絶望してしまった。こんなに憎まれるなんて、一体全体私が彼らに何をしたというのだ?それだけでなく、私が「愛と光を身にまとい」常に愛することを考え、愛を送っているのに、どうしてこんな事が起こったのかと、私はすっかり混乱していた。

キャンディー曰く、「すっかり浄化できる完璧な解決法が分かったので、今からそっちに行ってやってみるわ」 うまく行くのなら何だって歓迎だったので、またしても私は承知した。

彼女はやって来ると、セージ、キャンドル、ソルト、クリスタル、その他大量の心霊主義の装飾品を身にまとって武装した。(原注5) ティムがやったように、彼女もワークに取り掛かった。彼女はある場所を選ぶとそこを浄化し、「清らかなエネルギーの詰まった」キャンドルとボール1杯のハーブと石を供えて祭壇を設けた。彼女は燃えさかるセージを持って家の周囲を歩き回り、全てのドアと窓を開けて、場の空気を入れ替えたり等々を行った。彼女は私に緩くガウンを着せて立たせ、全身を「セージで清め」てから、次は、辺りにお香の芳香を行き渡らせた(お香はネガティブなエネルギーを除去し、おカネを取り戻す効果があるという!)。何も起らなかった。「目には目を」ということで、このような儀式に頼ってみたのであるが、依然として胸にはゾウが乗って居る感じがし、絶望的な感じと絶えざる痛みがなおも続いた。


原注5:アメリカインディアンおよびネオペイガニズムの教えでは、いやらしい不調和なエネルギーを「浄化」するには、セージを燃やすのがいいとされる。これは部屋の中のような閉じた空間や、戸外の林の中、あるいは人の身体に対して行われ、本質的に「聖なる空間」を生み出すという。


翌日もまだプールはエンドウ豆スープだった。私は前夫に頼んで、もっと化学薬品を買ってきてもらった。私達は5万6,800リットルのプールに、オリンピックサイズプール(250万リットル)用の4〜5倍の塩素と藻除去剤を投入した。ポンプを絶えず動かし、フィルターを繰り返し掃除してはまたポンプを動かしフィルターを掃除した。これをもう1日やった。

依然エンドウ豆スープだった。プール業者は、「一度水を抜いて、新しい水を入れなくてはダメだろう」と言う。

心の中に感じる恐ろしい憂鬱感に抗しての戦いの日々だった。まるで、傷を負った私の周りをオオカミの群れがゆっくり回っていて、段々と輪をすぼめて近づいて来て、試すように臭いをかいだりし、抵抗する私が全ての力を失うまで弱るのを待ち受けてから、一斉に襲いかかって来て食い殺されるような感じだった。

何日経っても、プールはエンドウ豆スープのままだった。私達はプールに化学薬品を入れたり、儀式を行ったり、祈ったり、家を「浄めたり」した。何時間もかけて、家や私の周りに、愛と光の霊的バリアを巡らそうとした。魔除けの八角形ミラーも試した。サイキックとの繋がりを断った。その他思いつく限りのことをやってみた。だが、どれも効かなかった。

私達は、ああでもない、こうでもないと論じ合った。私が憑依霊解放から引き出した手掛かりは、この問題の原因は何らかのエーテル的暗号であって、ある人々との関係を保っているうちは解決しないだろうということだった。様々な霊体から、どこでどうやって憑依したのか聞き出した結果知っていたのだが、憑依は往々にして、ある人々の周りに居るだけで起こり、当人たちは普通、自分が憑依霊の「キャリア」ないし「道具」となっていることに気づいてさえいないのだ。さしずめ、霊的な意味での「腸チフスのメアリー」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3
というところだ。私にはこれが本当らしく思われたので、誰がキャリアか正確に見抜けない以上、そんな攻撃チャネルを見極める実験ができるくらいに強くなるまでは、レイキセッションの人たち全員と関係を断つことに決めたのである。

これは難しい決断だった。というのも、私はこの人たちがホントに好きだったし、一緒に過ごしてとても楽しかったからだ。もちろん、トゥルーディーとのいざこざがあったので、彼女が攻撃チャンネルの1端だろうとは思っていたが、ということは彼女と私の両方と関わりがあれば誰だって、彼女の代わりに「感染菌のキャリア」になれるということだ。

キャンディーとティムは、この見方に賛成してくれ、私達3人は、何らかのテスト結果が出るまでは、グループとの関係を断つことに決めた。私達3人はいずれも、当初の印象通りでなかった人々と関わることで起こる何らかの問題を経験していたのだが、なおも私は、それが故意に行われたものかどうかは見極められないでいた。だが、証拠の示すところではどうやら、こうした人々が豹変するには、意識してやる必要はないらしいのである!

とはいえ、何事も受け入れ「無条件に愛する、愛と光の」哲学に楯突くには別の決心が必要だった。それは世渡りには妥協も必要だという社会的/文化的な教えとも訣別することを意味した。だが、私は状況を見究めるために時間をかけて何かを行う必要があったし、この時点ではこれが最も安全な策だと思われた。だから決断したのだ。私はこれらの人々を心から締め出し、何が起こっているのかもう少し分かるまでは、彼女たちに話しかけるのすらやめることに決めたのだった。

その晩私は、1つの夢を見た。

夢の中にもプールが出て来た。誰かがプールの中にクルマで突っ込んだので、私は困惑しつつ、どうやって出したものか考えていた。すると家の親戚らしいのだが、正確な関係がはっきりしない1人の女性がやって来た。彼女は電話でレッカー車を呼んで、車を吊り出させると、私がプールの水を抜いて、泥と油とガソリンをゴシゴシ洗うのを手伝ってくれた。すると近くの海から波が押し寄せてきて、プールは泡立つ水で一杯になった。

私は目をさまし、この夢の意味するものは何だろうと思った。この夢は私にポジティブな感情をもたらし、私はずっと良い気分でベッドから出た。締め付けられる感じはなくなり、呼吸もずっと楽になった。私が台所に行って窓の外を見ると、プールはきれいになっていた。私は信じられない思いで立ち尽くしプールを凝視した。私達はあれだけの大金を科学薬品に注ぎ込んだのだが、ここ数日は水を抜くしかないだろうと思って、諦めていたのだ。それが今では、夢に出て来たプールと同じく、きれいで泡立つ水をたたえているのである。

ちょうどこの時、ティムがドアをたたいたので、私はティムを招じ入れながら、「ついにプールがきれいになったわよ」と言った。彼は非常にエキサイトして、プールを見に行った。彼もプールを見詰めて立ち尽くし、頭を振りながら何度も「信じられない!」を連発していた。彼は化学薬品の投入やフィルターの掃除等々も手伝ってくれたし、それと同時に、ささやかな霊的お浄めにも時間を割いてくれた。だから彼は、何をやっても全く効かず、ついに私達が匙を投げたのを知っていた。あまりの急展開に、彼は私と同じくらい驚いたのである。そこで私は彼に夢の話をした。「でも、正確な意味合いは分からないのよ。助けに来てくれた親戚の女性が誰なのかもね」

この時、キャンディーが電話でニュースをもたらした。心霊主義教会のメンバーの1人からキャンディーに電話があったそうで、「ルツ師の助手の女性と、例の大物が昨夜クルマで事故に遭ったと言うのよ。2人とも入院してるそうで、ルツ師が『2人のために祈って欲しい』と教会のメンバーに言ったんですって」 「なんて奇妙な事故のニュースなのかしら。だって、私、昨夜クルマがプールに突っ込む夢を見たんだもの。その結果、プールもきれいになるっていう夢をね。その上、ゾウもついに私の胸から降りて行っちゃったのよ。夢やプールがきれいになった事、発作から解放されたことは、グループやその中の誰かと接触するのを止めた事と関係があるのかしらね?」

ありうることだ。だが、そうだとすると、奇妙な考えに行きつかざるを得なくなる。愛と光に身を包んだところで、殊にある環境においては、宣伝されているほどの効き目がないのだろう。「愛と光の泡」とはもしや、知識や成長、進歩の阻害要因ではないのだろうか?

このような信仰の繭の中に生きている人々は亡者か何かに取り憑かれ、闇の勢力に利用されているのかも知れないということが、今やかなりはっきり感じられた。多分、そうなのだろう。それは彼女たちが、そんなことがあり得ようとは信じないからなのである。だから彼女たちは、そういうことがあり得るだけでなく、まさに彼女たちの身に起きていると学ぶきっかけを得ることができないのである!「善男善女は行動を起こさない以上、悪が勝利するのはまず間違いない(The only thing necessary for the triumph of evil is for good men to do nothing.)」というイギリスの哲学者エドマンド・バークの言葉通りなのである。この言葉が完璧に当てはまる例なのだ。信仰に閉じ籠もっている人には、本当は何が起こっているのか、客観的に見ることはできない。彼女たちは虚心坦懐に、観察や実験の結果について問いを発しようとせず、他の説明には耳も貸さずに、自分たちの信仰に従って解釈するのだ。それは木に竹を接ぐようなもので、真実という竹は無視され、悪臭防止蓋付きのゴミ箱に捨てられてしまう。

「ライトワーカー」を自称しながら実際にはそうでない人が多い事も、今や確からしく思われた。多分表層意識の上では、それを気取っていても、深いレベルでは、何か別の事が起こっているのだろう。これを見分けるには明敏な観察力が必要であり、かなり困惑していた私には全体像をつかむのは無理だった。それだけではなく、何をするにもしないにも、1歩踏み出す方向を選ぶたびごとに、非常に微妙なレベルの理解が必要だったと思う。だがこれはどうやら、何をするにも常に疑問を抱く私の性質にも関係があったのだろう。私は信仰にかじりつきはしなかった。

気になる問題はまだあった:キャンディーである。どうして彼女はどっちつかずの態度で居続けられるのだろう?どうして彼女は、あのような人たちにああも気軽にアクセスしコンタクトできたのだろうか?私はこれらの疑問を無視しようとしたのだが、ついには疑問の方で答えを求めてきた。その時以来私は、彼女に対して心のシールドを築き、もはやそうたやすく信用しないことに決めたのだった。

私とキャンディーとの交流は、カシオペアンとのコンタクトの初期も含め、その後数か月続いていたが、その間、彼女は常に、自分は全てをコントロールできると請け合っていた。カシオペアンはそうは言わなかったが、この時点では、私はどちらを信じていいのか分からなかった。

彼女は自称UFO研究家との交際に多くの時間をあてていた。この男は彼女のケースを本に書くつもりだったが、それは彼女も有名になることを意味した。友人の私立探偵にこの男を調べてもらった結果分かったのだが、彼にはなんの資格もないだけでなく、まともな研究者からは相手にされていないという。私がこのことをキャンディーに話すと、どうやら彼女、私の話したことを彼に言ったらしい。それで男の方では、こういって彼女の説得に成功したのである。「キミが避けるべきなのはローラの方だ。彼女はキミのケースを使って、『UFO研究家』として有名になりたいんだろう。それにひきかえ僕は、キミの助けになりたいんだ」 もちろん彼としては、キャンディーと親密な関係を築きたかったのだ。

この男に導かれるままキャンディーは、ビリー・マイヤーのもたらした「プレアデス人」情報を殆どカルトと言っていいほど狂信的に信じる人々のサークルに引き籠もってしまった。そしてこの頃、彼女はとても奇妙な行動を取るようになったので、私はこのグループのことを彼女に警告しなくてはと感じていた。私がグループの活動目標を質しただけで、彼女は怒った。私が彼女の敵であると信じさせるために、彼らが不断の努力を続けているのは明らかだった。誤解にも程がある。

ある時キャンディーは、彼女が際立ったアブダクションを受けた時に着ていたドレスを、クローゼットの隅に放り込んだまま、何カ月も放置しているのに気付いた。彼女「あの事件には随分と動揺させられたので、片付けられずに居たのよ」 私「私の方で、何か痕跡でもないかきちんと検査してもらう方法を探すから、それまでビニール袋に入れて、脇に除けておきなさい」

私は友人の私立探偵に電話して、一部始終を話した。彼はとても興味を持った。「物証があれば科学的に検査できるからね。僕のコネを使って、当局のしかるべき研究所に調べてもらうとしよう。だけど、これにはおそらくUFOが絡んでいるなどとは言わないつもりだ」 もしかして証拠が消えて無くなったりしないためにはそれがベストな方法だろうと私たちは思った。

私はキャンディーに電話して、「なんとか調整ついたわよ」と言うと、彼女はかなりエキサイトして、「あなたが私立探偵のところに持って行けるように、私これから、あなたのところにドレスを持って行っても構わないわ」と言う。ドレスを家に置いて行ってから数時間後、再び彼女は電話してきて、私に訊いた。「例の人にもうドレスを届けた?」 私「まだよ。準備はしてたけどね」 彼女は言い張った。「やっぱりやめにして頂戴。UFO研究家の彼に言われたんだけど、彼の友達に、例のドレスを検査しテストするのに『ふさわしい人材』が居るんだって。自分の研究所を持ってる化学者だそうよ」 私は既に、キャンディーの彼氏が全くのペテン師であると知っていたので、彼女に、「ひどい過ちを犯すことになるわよ。彼氏に渡したりしたら、あなたの証拠品はすっかりダメにされるのがオチよ」と警告した。

だが、彼女は彼の言葉を信じていた。これはまるで以前の私が行っていた選択さながらだった;彼女は客観的な事実に対して目を閉じたまま、行動しているのだ。彼女は家にやって来るとドレスを持ち帰った。

私のいとこはMUFONの多くの人々と接触があるのだが、ある日電話して来るとこう言った。「本件に関して沢山の噂が流れているんだ。キャンディーが彼女の情夫であるUFO学の新しいグル(MF)にドレスを渡した後、MFはそれを自称科学者氏に渡したんだけど、この男を僕はたまたまよく知ってるんだ。大学で化学を専攻してるかも知れないけど、科学者なんかじゃないよ。下水処理プラントで技術者のバイトをしてるだけさ」 それが彼の研究室なのだった!

実際には、キャンディーが選んだのは郡の下水処理施設の技術者で、ハイテク法医学研究所での正式な評価による極めて科学的な分析どころか、実験機材はシャワーカーテン(!)。果たして何が出て来るだろうか。なんでこうなるんだろう。これが彼女の選択だった。

私はこうした人々がUFOをめぐって他を出し抜こうと明け暮れる競争には全くウンザリだった。丁度この頃、私は、カシオペアンについての講演をインディアン・ロックス・ビーチにある書店で行うことになっていた。大々的に宣伝されていた、この講演の2日前になって、この書店の女店主から私に電話がかかってきた。彼女はとても動揺した様子で、こう言った。「匿名の電話があったのよ。明らかにボイスチェンジャーを使った声で、こう言われたわ。『講演を中止しろ。さもないと「悪評」が立つのを覚悟した方がいいぞ。なんたって、このローラという女は「始末予定者リスト」に載ってるんだからな。そんな人間を使った催しを、お前は店でやりたいのか?』ってね」

有り難い事に彼女は脅迫されたことに腹を立てていて、「運を天に任せてやってみましょう」と言ってくれたのだが、私は安全第一で行きたかった。私は友人の私立探偵に電話して、状況を話した。すると彼の相棒がボランティアでボディーガードを引き受けてくれ、現地にクルマで連れて行ってくれて、会場に来た全員のボディーチェックをして、武装警備をしてくれたのだった。

今や完全に手におえない事態なのだ。カシオペア文書について語るためには、武装したボディーガードが必要なのだと私は悟った!

それだけではない。一体何が起きているのだろうか?どうして、このチャネリングというプロセスは、ある点を越えると、攻撃につぐ攻撃の的となるのだろうか?このように悲惨な情報はおそらく「善玉」からはもたらされまいということも言われる。だから、この情報は「悪玉」由来に違いないと。どうしてそう言われるのか?論理的な唯一の答えは、連中には私たちに実験を進めさせたくない何らかの理由があるからに違いない。そして、一旦コンタクトが為されるや、連中は決して私達が受信した情報を誰にもシェアさせたくないのだ。またしても、なぜ?と問わねばならない。なぜ私たちの口を塞ぐのが望ましいかという問いの唯一の答えは、私達が受け取っている情報が真実であるからか、あるいは、連中にとってまことに不快なまでに真実に近いからなのだろう!

そしてまた疑問なのは、他にも沢山存在するチャネラーはどうしてこのような攻撃を受けないのか?ということだ。論理的に考えれば、他のチャネラーが攻撃されないのは、彼女たちの言っていることは、弾圧に値するほどには重要でもなければ、正確でもないからだろう。

この頃のある日、キャンディーがやって来たので、私が例の問題を持ち出すと、彼女は心霊主義教会グループともレイキグループとも交流を続けていることを認めた。私「私に言わせれば、それはあんまりいい考えじゃないわね。一連の実験から、何か学んだんじゃなかったの?」 その後彼女は驚くような事を言い出した。「ほんの些細なゲームに過ぎない事をやっているからというだけで人々を排除するなんて、明らかに馬鹿げてるわ」 私は指摘した。「最近の一連の事件で、あなたは命を狙われてなかったじゃないの」 彼女「そうね。でも、私、自分は『守られて』いて、『あちら側の存在』と一緒に過ごす危険な航海も無事乗り切れるような気がするの」 私は「あなた、きっとワナにハマるわよ」と言って彼女を説得しようとした。だが彼女は「私の場合、そんなことはないわ。だから、しばらくは成り行きに任せて、ありのままの自分でいようと思うの」と言った。

翌日、私の娘の1人の具合が悪くなり、熱が出た上、ゾッとするようなデキモノが出た。それですぐに医者に連れて行った。診断結果は、重症の全身性カンジタ症(キャンディーダシス)だった。

私にはもはやこれ以上の手掛かりは必要なかった。その日のうちに、キャンディーが話したいと言って電話してきた時、私はこう言った。「残念だけど、あなたが、あれらのグループと交流を続ける限り、私達のコンタクトは止めなくてはね」 私はこれ以上リスクを選びたくなかった。子どもが関わっているのだから尚更だ。

言うまでも無く、彼女は「あなた、どうかしてるわ。私を裁くつもり」云々と言ったのだが、私はこう決めざるを得なかったし、私が行った決定は後日正しいことが分かった。さて、私が冒頭で述べた事を思い出されたい:


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どうやら私は、全ての人々を。。。無知から日々奮闘を余儀なくされている万人を。。。彼らが辿るあらゆる道を。。。愛し受け入れるという心の状態を達成したようだった。。。ある意味、悪について「学びなさい」という「声」が聞こえた時と同じくらいに悪い状況だった。。。しかしこの時点の私は、このようなダマシがいかに巧妙で拷問的なものであるか、そして、それが個人ベースではどのように顕われるか分かっていなかった。
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さて、こうしたことからどんな結論が導き出せるだろうか?

最近私は、友人の何人かに本章を読んでもらい、出来事の分析が私のものと同様かどうか調べてもらった。彼らの返事は大いに明瞭なものだったので、私はとても嬉しかった。明敏な回答の一部を以下に引用したいと思う。「C」は書いてきた:


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私が考えたのは:

1. 攻撃体制のヒエラルキーについて、攻撃のチャネルとなっている人々は意識しているかも知れないが、特にヒエラルキーの低層の人々は意識していないかも知れない。

2. 侵害はわずかなことも、大きいこともありうる;攻撃は選ばれた中継者による裏切りによってもたらされ、末端の人間の弱点に感染して広まって行く。

3. 持続する考え、すなわち「小さな過ち」の連鎖が見られる。これは当人の、よりポジティブないし魅力的な個性によってごまかされ、あるいは打ち消されてしまうことがある。

4. 他方、「変人度」すなわち「個人的な奇行」は必ずしも堕落を示すものではない。

5. 「愛と光」という明白な謬見について、私は個人的に関心があり、これは上述の第3項[すなわち許し]に関係がある。

許しについて:これは簡単かつ自動的になされうるものであり、人は盲目的と言えるくらい安易に行うようだ。

人が攻撃に晒される時、彼は状況のダイナミクスをはっきり知っている必要があり、彼が意識的あるいは無意識的に誰かの過ちを見過ごし/許すと、その結果、彼自身の完全性に弱さが生まれる。完全性と私が呼ぶのは道徳的なものに限らない。もっと一般的、「全体的」な意味である。

人が許しの道を進む時、彼はまた、許さない領域をも切り拓く。このテーマは何か新しい検討/再検討の実施を正当化するものであろう。許しとは自動的な心のプロセスであり、キリスト教によるプログラミングだと思う。全ての行動/抵抗が学びの一部なら、生徒たちはどうして許しあえるのだろうか?という疑問も浮かぶ。

こう言ったからといって、私は恨みを抱くことを擁護している訳ではない。

真の許しとは他人の弱点を帳消しにし、許す者の側でダメージが終わったと認めることだ。

許しとは世俗的な裁きと見做し得る(許しの拒絶もまた裁きであるように)。許されたからといって、許された人が潜在的にもつ弱さが今や対処済みで解決されたという保証はない。許した者が許された相手から教訓を得ることに決めたという意味でもある。人間である私達にそんな事をする資格があるのだろうか?

同様に、ある人々の強みは「弱点を帳消しにしている」と断じて、彼らの弱点を許す時、私達は大目に見ることに同意するのだが、この結果、私たちは真の友人から、私たちの意識していない側面に関する情報を受け取る機会をも失うことになると思う。もちろん、この種の場面に欠かせないのは有効な訂正や向上を行うための能力と手段である。そしてもちろんのこと各メンバーは、自らの完全性を保つ権利と責任を持つ。いかなる組織も堕落するものであり、最も弱い結びつきに堕するものである。

だから、グループに属する個人は、グループへの参加について、自分で全責任を負わねばならない。誰しも弱点はあり、これは「利用」されうる。他人の弱点が利用される結果私達に惨事が訪れるのと同様だ。疑問なのは、どの程度まで私は自分の弱点を強化し、同じ様に弱点を強化しようとする他人を助けるべきか?ということだ。

私達の強みと弱みとは何か?私達は何を育むのか?私達は強み弱みを順位表に付けて、どうしようというのか?私達はこの方向で優しく援助し/援助されたいのか?相互の支援によって互いの結束を固めるには何が出来るのか?身体の免疫系に匹敵する、星間免疫系が必要だと思う。このような系があれば、完全性がこの系の健全さの尺度となろう。知識が守るのであって、許しが守るのではない。

誰も憑依されないという保証はない。だが、生きて行く上で、攻撃や悪影響を受ける期間や厳しさを極小化することは可能だ。「許し」は知識にとって目隠しになり得る。。。私はまた、「許す」ことで、正確だった第一印象を一掃してしまい、後から悔やむこともあった。

許しと愛と光について言えば、許された側では今や責任が無いことを「知っており」、そうなれば、これ以上詮索されることもないから、このソースは将来も同じやり方で餌にありつける。

攻撃のターゲットが単純な「反対の頬をも向ける」作戦を採用する程度に応じて、
(※「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」 マタイによる福音書 第5章39節 新共同訳)
この人はそれ以降もエネルギーを吸い尽くされるまで、攻撃のターゲットとなり続ける。

他方、攻撃側と攻撃される側の双方が攻撃のメカニズムを誠実かつ腹を割って検討し、両者の関係の完全性に空いた穴を繕うための策を講じることに同意するなら、恐るべき強さが生じよう。すなわち、小暴君を変節させられるのだ。

このような攻撃が発生するどんな関係においても、人がこのように利用されていることに対する怒りを見詰め、気付いていながら、裁きも咎めもしないならば、望みはある。だが、保証はない。。。人はまた己の限界を知ることにも全力を傾けられなくてはならない。その他様々の攻撃モードや弱い者たちによる裏切りにも備えるべきだし、他人の進歩や成長についても責任を負えなくてはならない ― たとえ、次に取るべき正しい行動が他人の学びを妨げないよう、正気である自分の意見を引っ込めることであろうと。
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するともう1人の友人は、上に述べられた内容にぴったりの例え話を寄越した:


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私達はみな「霊的な」鎧、盾、剣で武装している。私たちが1列に並んでいる光景が目に浮かぶ。あなたの隣に立っている戦士も、同じ装備を身にまとっている筈だ;隣の戦士の目覚めるのが遅くて自前の胸当てを持ってくるのを忘れたからといって、あなたは自分のを外して彼に与えることはできない;あなたが胸を槍で貫かれる確率が10倍になるし;何の訓練も積んでいない隣の戦士と一緒に戦うこともできない ― 彼はこの日目覚めようと決めたばかりで、鎧だけしか身に着けていないのだ。

つまり誰しも、対等に扱われなくてはならないのだ。

だが、これまた戦士と同様、あなたは傷を負った仲間を置き去りにはできないし、彼らが四方から攻撃されるのが目に入ったら、剣を振りかざして突撃しなくてはならない。この人々はあなたの同士であり、戦時においては家族以上に親しいからだ。

ここで思い出されるのが、カルロス・カスタネダの本で読んだドン・ファンの次の言葉だ。「戦士は同情というものを感じることができなくなっている。もはや自分を憐れむ気持ちをもたないのだからな」(『沈黙の力』真崎訳、54ページ) これはいろいろな意味で正しい。許しとは学びを成就させるためには何かが起こらねばならないと悟って「ありのまま放置する」ことだと思う;誰にも演ずべき役割があるのだ。
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これがポイントである:私達が積んでいる学びにおいては、誰にも自分の演ずべき「役割」があるのだ。そして、私たちはこの学びを活かして自分であること/自分の為すことにおいて上達することもできるし、信仰という繭の中に引き籠もって、宇宙の不思議や壮大な宇宙ドラマに対して目を閉ざすこともできるのである。

たしかに、真の意味において、私たちはみな1つである。しかし、どうやら私たちは、本当の選択肢を発見し、役割を選び、徹底的に活動して、滝のように花が飾られた舞台の上で満場の喝さいを浴びて、終演の幕を下ろせという命令の下にあるようなのだ。

劇が終わって私達全員が「楽屋」で会う時、私達は互いに背中を叩き合い、握手し合って、互いの素晴らしい演技に祝辞を述べ合うのである!だが、それは別のレベルでだ。私達が第7密度に到達する前には、まだまだ「幕と幕間」があるらしい。そして、自分の役をうまく演じられないと、「降板させられ」エキストラとして「リサイクル」されるのはまず間違いない!私たちはみな演技の最中である。演技の出来ることを証明するまでは、脚本家や監督にはなれない。そしてこの「演技」の中にはどうやら、演劇が成功となるための具体的な選択や行動が含まれているようなのだ。

ということで、宇宙ドラマの実際面に戻ろう:私は何とも困難な状況を生き延び、実に興味深い学びを得た。だが、これで終わりではなかった。決してそうではなかった!私を殺したがっている何者/物かは諦めなかったのだ。私は彼奴が、一方向をブロックしても後ろへ回り込んで、入って来れる別の道を見付けるのだということを今まさに学ぼうとしているところだった。時として、入り口は自分の心の中にあるのだ!

(本章終わり)
posted by たカシー at 11:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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