2013年12月29日

メリー・カエサル-マス(Caesar-mas)!

メリー・カエサル-マス(Caesar-mas)!


http://www.sott.net/article/270781-Mahmoud-Abbas-Jesus-Christ-was-a-Palestinian-messenger
※SOTT編集部のコメント

「イエス」伝説の出所は、神の子(神君ユリウス)と呼ばれたユリウス・カエサルの生涯だった:

カエサルの福音:「キリストの受難」の起源を明らかにするドキュメンタリー
http://www.sott.net/article/264528-The-Gospel-of-Caesar-Documentary-reveals-true-origins-of-the-Passion-of-Christ

ダーウィンやガリレオによる科学的発見と同じくらい重要:言語学者フランチェスコ・カロッタ、「イエス・キリスト」の正体がユリウス・カエサルであることを証明
(下に訳出)

古代の告白見つかる「我々がイエス・キリストを創作した」
(下に訳出)

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http://www.sott.net/article/264532-As-important-as-the-scientific-discoveries-of-Darwin-and-Galileo-Linguist-Francesco-Carotta-proves-real-identity-of-Jesus-Christ-to-be-Julius-Caesar
ダーウィンやガリレオによる科学的発見と同じくらい重要:言語学者フランチェスコ・カロッタ、「イエス・キリスト」の正体がユリウス・カエサルであることを証明

PR Newswire
2010年2月8日


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カロッタ:イエスの物語の全ては、カエサルの伝記の中に見つかる。
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イタリア生まれのドイツの言語学者/哲学者であるフランチェスコ・カロッタは、著書『イエスはカエサルだった』の中で、イエス・キリストの物語の起源がローマの文献だったことを証明した。15年以上に及ぶ探求を経て、カロッタはキリスト教のユリウス起源へと辿り着いた。彼は、イエスの物語はユリウス・カエサルの生涯の物語に基いていると結論付けた。


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カロッタ:福音書の物語はローマ内戦(※紀元前49年-紀元前45年)の歴史であることが分かる。すなわち、カエサルの生涯 ― ルビコン渡河から暗殺まで ― を「誤り伝え」て、ヨルダン渡河から十字架に懸けられるまでのイエスの物語に変えたのである。イエスは実在した歴史上の人物である。彼はガイウス・ユリウス・カエサルとして生き、「神君ユリウス」として蘇った。
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神の子であり、キリスト教の創始者であるイエス・キリストにまつわる信仰は、2世紀に出現した。しかしながら、初期の歴史家たちはイエスについて述べることがなく、こんにちに至るまで彼が存在したという歴史的な証拠はない。「ウェヌス神の末裔」でローマ帝国の創設者であるユリウス・カエサルは、非業の死の後、帝国の神「神君ユリウス」の地位にまつりあげられた。彼にまつわる信仰は、キリスト教の広がりとともに消滅した。


(写真:カロッタの著書)


カロッタが新たに示した証拠からは、カエサルの伝記とイエスの物語との間における圧倒的な数の類似点が導かれるのだが、これらは単なる偶然とは思われない。


(写真:カエサル像)


・カエサルとイエスはどちらも、北方の隣り合った国々で名声を博し始めた:ガリアとガリラヤである。
・どちらも運命を決する川を渡った:ルビコン川とヨルダン川である。川を渡るや、どちらもパトロン/ライバルと出くわした:ポンペイウスと洗礼者ヨハネである。そして、最初の信奉者たちにも:前者はアントニウスとクリオに、後者はペテロとアンデレにである。
・どちらも移動を続けて、最後に首都のローマとエルサレムに到着するのだが、そこで2人は、当初勝利を収めるものの、その後受難の憂き目にあう。
・どちらも女性たちと良い仲になり、1人の女性とは特別な関係を築く。カエサルはクレオパトラと、イエスはマグダラのマリアとである。
・どちらも夜に、似た名前の人と出会った。カエサルはビテュニア王ニコメデス4世と、イエスはベタニヤのニコデモとである。
・どちらも普通の人々と親しくし、どちらも最高権力と衝突した:カエサルは元老院と、イエスはサンヘドリンとである。
・どちらも議論好きな性格だったが、賞賛すべき寛大さも示した:「カエサルの寛恕」とイエスの「汝の敵を愛せよ」である。
・どちらにも裏切り者がいた:ブルータスとユダである。あと、最初に逃げた暗殺者がいた:もう1人のブルータスとバラバである。そして1人から見切りをつけられた:レピドゥスとピラトである。
・どちらも王位に就いたかどで咎められた:ローマの王とユダヤの王である。どちらも赤い皇族のローブ(マント、外套)を着て、冠を被った:月桂冠とイバラの冠である。
・どちらも殺された:カエサルは短剣で刺された。イエスは磔にされたが、わき腹に刺し傷を負った。
・イエスだけでなく、カエサルもまた十字架に掛けられた。カエサルの磔刑に関する検証は、こちら
http://www.carotta.de/subseite/texte/jwc_e/crux.html#images
を参照。


(写真:磔にされたカエサル ※の蝋製像※)


・どちらも月違いの同じ日に死んだ:カエサルは3月の15日、イエスはニサンの月の15日である。
・どちらも死後に神格化された:神君ユリウスとイエス・キリストとしてである。
・カエサルとイエスはどちらも同じ言葉を使った。例えば、カエサルの有名な「来た、見た、勝った(ラテン語でVeni, vidi, vici)」は、福音書に対して、「行って洗ったら、見えるようになったのです」(ヨハネによる福音書/ 09章 11節)という言葉で移し替えられている。ここでは「勝った(ギリシャ語のenikisa)」が「洗った(同enipsa)」に置き換えられている。

ヨーロッパの著名な学者や文化人も歓迎の声を寄せている:


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この報告は、ダーウィンやガリレオによる科学上の発見と同じくらい重要なものだ。
オランダ、ライデン大学、ポール・クリトゥーア博士

フランチェスコ・カロッタのこの本には魅了されてしまった。。。本書は読者を一歩ずつ、知られざる陰謀の解決へと導いて行く。その旅は我々を解き放ち爽快にさせる。まるで一服の清涼剤だ。
ギリシャ、アテネの国際的な言語学の専門家、フォーティス・カボウコポウロス博士

新しい結び付き。こんな見方をする人はいなかった。
ドイツ、エリカ・シモン博士
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フランチェスコ・カロッタ『イエスはカエサルだった:キリスト教のユリウス起源について』はアマゾンで入手可能。
http://www.amazon.com/dp/9059113969


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http://www.sott.net/article/267291-Ancient-confession-found-We-invented-Jesus-Christ
古代の告白見つかる「我々がイエス・キリストを創作した」


PRWEB UK
2013年10月9日


(写真)
イエス・キリスト
コピーライトマーク PR Web UK


ロンドン発 ― アメリカの聖書学者ジョセフ・エトヴィラは
http://japanese.ruvr.ru/2013_10_14/122869040/
10月19日に初めてロンドンの公衆の前に登場し、論議を呼んでいる新発見についてのプレゼンを行う:エトヴィラによれば、古代の告白が最近発見されたが、それによると新約聖書は1世紀のローマ人貴族によって書かれ、彼らがイエス・キリストの物語をまるごとでっち上げたのだという。彼のプレゼンはホルボーンのコンウェイ・ホールで開催される『秘密のメシア』という1日かぎりのシンポジウムの中で行われる(詳細はこちら)。
http://www.covertmessiah.com/

多くの学者にとって、彼の説は突飛に思われようし、信者の中にはきっと狼狽する人もいるに違いないが、エトヴィラは決定的証拠を見付けたと考え、これが受け入れられるのも時間の問題だと確信している。「研究成果の発表は幾分ためらわれる。というのも、キリスト教徒を直接傷つけたくないからだ」と彼は認める。「だが、これは私達の文化にとって重要なものだ。注意を怠らない市民は、政府がどうして/どうやって偽の歴史と偽の神々をでっち上げるか理解できるよう、私達の過去に関する真実を知る必要がある。連中は社会秩序を手に入れるため、しばしばこうしたことを行うのだが、そんな秩序は一般の人々の利益に反するものだ」

エトヴィラは、キリスト教は実は宗教として始まったのではなく、政府による巧みなプロジェクトであり、ローマ帝国を平定する一種のプロパガンダとして用いられたのだと主張する。「紀元1世紀当時のパレスチナに存在していたユダヤ教の諸宗派は、予言された戦士であるメシアを待望して、絶えず暴動を起こしていた」と彼は説明する。「ローマは反抗を鎮圧するための通常の手段をやり尽くすと、心理戦にスイッチした。熱狂的なユダヤ人伝道者の活動が広がるのを止めるには、対抗する宗教を作り上げるのが良いだろうと思ったのだ。こうして『平和を好む』メシアの物語が創作されることとなった。戦争を煽る代わりにこのメシアは、右の頬をぶたれたら左の頬を差し出し、『皇帝には皇帝のものを』すなわち、ローマに税を支払うよう呼びかけた」

イエスは歴史上の実在の人物の物語に基いているのだろうか?「一言で言えばノーだ」とエトヴィラは主張する。「実際には、彼は単なるフィクションの登場人物だろう。彼の全人生は、他の文献に出所を辿ることが可能だ。そのような出所を全て暴露してしまうと、後には何も残らない」


(写真)
エトヴィラ氏
コピーライトマーク Opposing Views


エトヴィラが実に興味をそそる、この発見を思い付いたのは、ヨセフスの『ユダヤ戦記』 [AD1世紀のユダヤ民族の体験をふまえた歴史的な説明として現存する唯一のもの]と新約聖書を見比べながら研究していた時だった。「2つの文面の間に一連の対応関係があることに私は気付き始めたんだ」と彼は語る。「何世紀もの間、キリスト教学者たちは、イエスの預言の幾つかが第1ユダヤ・ローマ戦争についてヨセフスが記したことによって成就されたのを認めてきたが、私はそういう例をさらに10以上も見付けた。どうやら多くの学者たちには、イエスが奉仕を行った一連の出来事/場所が、ヨセフスによって述べられた、皇帝ティトゥス・フラウィウスによる軍事行動の一連の出来事/場所と大体同じだということが理解できないようだ。これはパターンがほしいままに作り上げられたことの明らかな証拠だ。イエスの伝記は、実際には何から何まで、それ以前からあった物語に基いて作り上げられたもので、特に、あるローマ皇帝の伝記に基いている」

どうしてこの事について、これまで文献をしらみつぶしに調べてきた学者達は気付かなかったのだろう?「対応関係の多くは、概念的あるいは詩的なものだったので、容易に分かるものではなかった。結局のところ聖書の作者は、平均的な信者には自分達の創作だと分からないようにしたかった。しかし、注意深い読者には分かって欲しかったのだ。教養あるローマ支配層ならおそらく文学的なゲームが行われていると分かっただろう」。エトヴィラは次の事を証明してみせるという。「ローマ皇帝たちは私達に一種のパズル文書を残した。それは未来の世代によって解かれるように意図されたもので、パズルの答えは『自分達がイエス・キリストを創作した。そのことを我々は誇らしく思う』というものだ」

これはキリスト教終焉の幕開けとなるのだろうか?「おそらくそうはならないだろう」とエトヴィラは認める。「だが、私の研究によって、宗教と手を切る心づもりのあった多くの人々は、きっぱりと断ちきるきっかけを得ることになる。今や私達は、イエスの物語の具体的な由来を示す証拠を手にしたのだ。キリスト教によって安楽を得られる人々もいるだろうが、それはまた、人々に対して大きなダメージを与え圧制ともなり得る、陰険な形のマインドコントロールであり、歴史を通じて、農奴制や貧困、戦争を無批判に受け入れるよう仕向けてきたものだ。今もなお、特にアメリカにおいて、キリスト教は中東での戦争への支持を得るために用いられている」

エトヴィラは、疑わしく思う向きはコンウェイ・ホールで異議を述べてみて欲しいと言う。プレゼンの後にはその場でQ&Aセッションが予定されているのだ。当日はもう1人、『イエスは実在しなかった』の著者である学者仲間のケネス・ハンフリーズもプレゼンを行う。

詳しい情報はこちら。
http://www.covertmessiah.com/

ジョセフ・エトヴィラはベストセラー『皇帝のメシア』の著者であり、続編の『The Single Strand』も発売間近である。
http://caesarsmessiah.com/blog/2013/04/my-upcoming-work-the-single-strand/
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posted by たカシー at 11:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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