2013年10月11日

ザ・ウェイブ 第67章:月の食料と燃える家

http://cassiopaea.org/2012/03/23/the-wave-chapter-67-food-for-the-moon-and-the-burning-house/
ザ・ウェイブ 第67章:月の食料と燃える家


ご承知のように、私が『ウェイブ』を書き始めた時には、形式や内容に関する、ある種の計画を持っていた ― 私はザ・ウェイブについて書くつもりだった。全体の長さは10章くらいで、それぞれ大体20ページとし、それで終わりの筈だった。ところが書き始めてみると、書くプロセスがチャネリングになった。書いていて自分の指先から出て来る文章に、我ながらびっくりすることもしばしばだった。

チェスター・スターが初期のシュメールにおける儀式について書いて寄越した興味深い手紙でも、黄道11宮について言及されていた:


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毎年春には、この地方で最大の宗教祭が行われていた。後のバビロニアで、アキーツ祭として知られるようになったものである。これは新年の祭りで、11日間続き(そう、あなたが読んだ通り、11だ)、儀礼の特徴としては、始まりは陰鬱、やがて浄化があり、その後歓喜に満ちたものとなる。最後は神々が「沢山の、新年に死すべき人々を定める」ことで終わる。祭りの第4日目に、僧たちは天地創造の神話を朗唱するが、これは冒頭の句を取って『エヌマ・エリシュ』と呼ばれる。
(私信より)
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(※なお、エリアーデ『永遠回帰の神話』堀訳78ページに、以下の記述があります。
「バビロニアの正月に対する儀礼、アキーツ祭はこの[天地創造の瞬間の再現の]最もはっきりした形のものである。。。12日間つづくアキーツ祭儀の期間中、いわゆる天地創造の叙事詩エヌマ・エリシュがマルドゥクを祀る寺院でおごそかに読誦される」)
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ジェイムズ・Bプリチャード編『旧約聖書に関する古代中近東文献』
http://en.wikipedia.org/wiki/Ancient_Near_Eastern_Texts_Relating_to_the_Old_Testament
(※邦訳なし)が、彼の手紙の注釈となった。

他にもう1つだけ、黄道11宮についての言及があった。それは1880年代末に、薔薇十字協会会員にして、黄金の夜明けの共同創設者であった、ロンドン市検死官のウィリアム・ウィン・ウェスコット博士が、S.A.という名で行った『黄金の夜明け魔法大系 3 飛翔する巻物 -高等魔術秘伝-』第七巻 錬金術(江口訳)という演説においてである。彼は述べる。錬金術とは「多言を要して教示されるものでもない。諸君の誰でもいずれ気付くことになる − あるいはこの魔術的出来事は、予想もしないときに生じるのである」と。(同217ページ)

講演の冒頭でウェスコットは述べる。錬金術とは、「元素や金属や鉱物の本質を扱う高等化学である」(同211ページ)。これに続く節で、ウェスコットは何やら非常に奇妙な事を述べている:彼は4世紀の天文学者ユリウス・フィルミクス・マテルヌスの言葉を引用しているのだが、フィルミクスによれば、月が土星の室にあるときに生まれた人は錬金術に長じるであろうという。さらに混乱させられることに、それからウェスコットは問う:「彼の言う室とは、昼の室(宝瓶宮)か、それとも夜の室(磨羯宮)か?」と。その後、誰もが混乱することにウェスコットは、この4世紀の天文学者が、宝瓶宮を天王星に割り当てるのであろうか?と言うのだ。これは奇妙だろう。と言うのも、天王星は1781年まで発見されなかったのだから。

さて、注意されたいのだが、ウェスコットは故意におとめ座とてんびん座を除外しているのだ。古代においては、さそり座とおとめ座とは二重星座だった。てんびん座は存在しなかった。てんびん座は後代になってから作られ、二重星座を壊すために挿入された。それは黄道帯の中で2重の場所を占めた。だから、ここで言っているのは、単に10個の同等な宮(室)から成る体系に分解されるということではない。さそり座と呼ばれるものには、おとめ座が含まれると理解されていたのだ。だから、これは10個の宮から成る11星座の体系であり、そのうちの1つはその数が二重だったのである。

しかし、物語に戻ろう。私が存在すると知っていた黄道11宮への言及は2つだけだったので、何年もの間、他にないか探し求め、人にも尋ねていたものだった。そんなある時、私は夢を見た。大祭司が登場し、何段にもなっているスカートを着て、クレタ島の女神像
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Snake_Goddess_Crete_1600BC.jpg
のように見えた。。。ただしこれは男性だった。彼は私に、スカートを段毎に別々に「回転」させることで、メッセージを持った「シンボル」が現れるのを見せた。現れるシンボルは占星術の黄道宮であり、星の名前がとても重要だった。コツはそれらがうまく並ぶようにすることだった。

すると、同じ夢が変化した。私はオニキスか何かでできている壺を持っていた。他の誰かがポンコツ車の上に置いたものだった。私がそれを取り上げて調べてみると、全体に沢山引っかき痕があった。よく見ると一面に彫刻が施されているのだが、彫ったところが泥で埋まっており、全体に煤けていた。水で湿らせた綿棒で筋を辿り、細かい彫り目の中まで慎重に拭いてみた。そうして泥を落としてみると、その美しさは畏敬の念を起させる程だった。巧みに神話のいくつかのシーンを象ってあるだけでなく、色とりどりの宝石を削った見事な薄板がちりばめられているのだ。そしてこれは半透明になっていて、中の黒色が実に深みを帯びた、透き通った紫色に見えるのだった。

夢はまた変化した:アークと私が歩いているのだが、ここはどうやら、山や崖や岩の露頭がある、一種の公園、あるいはレクレーション・エリアのようだ。私達は岩石層や生垣を見ながら散歩していた。非常に乾いた風景で、明らかに雨が降る必要があった。道を歩いて行くうち、私は冗談で茂みに隠れ、アークが私の居ないことに気付くまでどのくらい掛かるか見ることにした。ところが気付いてみると、私は突然彼の歩いている道の先の方に立っているではないか。

アークは私に尋ねた。「それはどうやったんだい?」

それで私は言った。「身を隠そうと茂みに入り込んだら岩に裂け目があって、無理に中に入ってみたら、何が起こったものか、私はここに居たって訳!」

彼は私に戻ってやってみせるよう言った。それで私達が戻ってみると、小さな洞窟の入り口があって、まるで『アルカディアの牧童』の絵に描かれた墓石の壊れた裂け目のようだ。彼は、これは無理だ、小さ過ぎる、と言う。

私は彼に「やってみてよ」と言った。

そこで彼は身をかがめてみると、たやすく洞窟に入って行った。彼は長いこと、その中に居た。その間私もボーッとしてられないと思って、洞窟の入り口の周りの岩の割れ目全部を掃除していた。洞窟からは水がちょろちょろ流れており、私は幾らか布キレも使った。そうしてみると、流れる水がどんどん増えて、ついには本当に泉になった。

その時アークが洞窟からよろめくように出て来て、うれし涙の目頭を押さえながら笑っている。

「信じるよ!信じるとも!この目で見て来たんだ!」と彼は言った。

それで私達は公園を後にしたのだが、出口から歩き出した時、私は崖の表側を見てみた。岩には巨大なモザイク画がしつらえられていて、右側には7匹のサメが居て、一番下のは青白く、上に向かうに連れて暗い色になっていき、全く同じ姿で重なっていた。左側は急旋回している恰好の巨大なクジラのモザイク画で、こちらは口を開けてサメたちを見据え、残らず一口で食べてやろうとしているところだった。この夢は覚えておかなくちゃ、と独り言を言うと目が醒めた。

もちろんのこと私は、一連の夢に関する短い質問を、その後のセッションの中に滑り込ませた:


970719
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Q: こないだの晩夢を見たの。夢の中でアークと私が広大な公園エリアから出ようとしてる時、上を見ると山腹にモザイク画が見えたのよ。それは上下に並んだ7匹のサメの絵で、一番下のはほとんど透明なくらい青白くて、天辺のはとても暗い強烈な色だったわ。絵の左上にはマッコウクジラが居て、急旋回する恰好で、サメを見付けて口を開き、全部一飲みにしようとしてるの。このクジラとサメはどういう意味なの?

A: 論理があなたに「考えなさい!」と言っている。

Q: 夢の別の部分では、私が姿を消して岩の裂け目から再び現れるの。私が岩をきれいにしている間。。。アークは裂け目を調べに行ったんだけど。。。彼が泣きながら戻って来たら、泉のように水がどっと溢れ出したわ。夢のまた別の部分では、私は壺をきれいにしてるの。。。掃除ばっかりしてるのよ。この夢ってどのくらい重要なの?

A: 鉱物を調べなさい。それらは奥深くしまい込まれていた秘密と関係がある。
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これが示唆するのは、錬金術の変容である。という訳で、私達はまたしても『ジーレイター(熱心者)』に戻って来た。

私はカシオペアンズのスタイルがどうしてこうも違うのかついに分かった:それは、初学者に働きかけて、変容をもたらすような内部の回路が徐々に発達するのを手伝う、まさしく高次レベルのアデプトの模範に他ならないのである。そしてまた、どうしてカシオペアンズがある事を教えてくれるのにこうも時間を掛け、他の事は躊躇せずに教えてくれるのかも分かった。これは明らかに、アデプトだけに分かる、イニシエーションの練習なのだ。アデプトの教え方がウィジャボードを通してだろうが、実物でなかろうが、何らかの秘密の学派に属していなかろうが気にすることはない。これで思い出されるのは、私がごく初期にカシオペアンズに聞いたことである:


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http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=28875090
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Q: (L) スーフィの道は研究するのにいいかしら?

A: あなた次第。あなたのために判定することはしたくない。

Q: (L) この道の正しさの度合いは何パーセント?

A: ある意味では、全ての教えは真理だ。

Q: (L) あなたたち、教えてくれないの?

A: 主観的な観方だ。レイキについて判定して欲しいかな?

Q: (L) うーん、そうね。お金を注ぎ込む前にね。無駄な出費になるかしら?

A: 正しいソースに向かえば、そうでもない。さあ、あなたが答えを出す番だ。心の練習を続けて行って欲しいのでね。そうやってあなたは進歩する。

Q: (L) それじゃあ、練習のためにスーフィを勉強しろと?

A: そうだ。もし、私たちがあなたの質問に全て答えたら、あなたの学びにならない。

Q: (L) 今読んでるこの本に書かれてるんだけど、選ばれた者のみに与えられる知識というものがあり、そういうものが秘密の組織内で伝えられているというのね。殆どの人が、その組織とはイルミナティであり、連中は深遠な闇の秘密を隠し持っていると考えているわ。これって正しい?

A: まあね。でも、今は知識の爆発が起こっているから、イルミナティも、もはや知識を独占してる訳じゃない;だが、彼らはまだそう思っている。

Q: (L) イルミナティの最高位階と比べると、私の持ってる知識はどのくらいのパーセンテージかしら?

A: 2%。

Q: (L) 連中は私より、98%も多く持ってるってこと?私、こんなに何年も懸命にワークしてきたのよ。滅入るわねえ!イルミナティに比べたら、平均的な大学卒の知識量はどのくらい?

A: 0.02 %。

Q: (L) 地球上で、誰かある人物がたんまりと知識を持ってたりするの?

A: 来年の今頃には、あなたも35%くらいは持つようになるだろう。
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35%だって2%よりは良かったと思う!しかしこれで私が実際に知っていることがいかに少ないか、痛切に気付かされたものだった。

ということで、こうして『ジーレイター(熱心者)』という本を手にしている訳だが、これを読んでいると、カシオペアンズと私自身の経験みたいである。大きく違うのは、この著者は一生かけてこの情報を集めたのだが、暴露しても安全だと感じる事しかはっきりとは書かず、多くの事を比喩でもって隠しているに違いない点だ。それだけではない。人伝えというフィルターを経ていて、真のソースに近いかどうかも分からないソースから情報を得るという彼のやり方では、本書で扱われている事の幾つかが、大いに潤色されており、混乱すらしていることもまた明らかである。

しかしこの本は、はっきりとした言い方をしているし、秘密の幾つかについては、これまでに出版された他のどんな本よりも多くの真実を語っている。それに私は、読んでいて不十分な記述に出会うと、自分の知識でもって空欄を埋めることができたのだ。マーク・ヘッゼルが愚者の道を進む他の人々のために本書で明らかにした事の中には、私が探している重要な手掛かりも確かに多くあった。

ここでまた取り上げたいのは、月についてである。『ジーレイター(熱心者)』の第7章冒頭では、オビディウスの『変身物語』から引用されている:


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(わたしは)蛇髪のメドゥーサを退治し、翼を動かして、勇ましくも天空を駆けて来た。。。(その)ペルセウス(です)。
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オウィディウス『変身物語』中村善也訳、巻4・697行以下、岩波文庫版上171ページ)


これは数字の11および3-5コードのテーマを連想させるものだ。あなたは憶えているだろうか。カシオペアンズはメドゥーサを議論の中に手掛かりとして投げ込んだのだった。それがもたらした重大な成果がこれである。それだけではない。この章はフルカネリの話題から始まっているのだ。ヘッゼルは書いている:


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俗人に対してヘルメス学の秘密を明かすのにやぶさかでなかった現代のイニシエートの中で最も著名なのは、謎の人物フルカネリであった。彼はグリーン・ランゲージを研究・使用し大いなる業績を残したのであるが、その秘儀に従い、彼は正体を隠すためにペンネームを用いた。「フルカネリ」とは「小さな火山」という意味である。。。偽名として、この名前は実にうまく行っているようである。というのも、誰一人としてフルカネリの正体を確実には見破れないでいるからだ。。。

既に見てきたように、この謎の錬金術師はフランスの大聖堂建築の彫刻の中に未だに見られる、錬金術的図像に対して特別な注意を払った。特にフルカネリがテーマにしたのが、パリのノートルダム寺院およびアミアン大聖堂の錬金術的図像の秘密だった。

アミアン大聖堂の西ファサードにある、フルカネリが興味を抱いた沢山の神秘的な石の四つ葉の中でも最も神秘的なのが、興味深い、天から降る雨の図像である。(※ヘッゼル自炊版百二十四ページ)豪雨(sheet of water)の流れは紛れもなくナイアガラの滝のようであり、それが中世の人々の想像した天の象徴である雲から降っている。降り注いだ地面の上では、自然の法則をものともせず、雨は水の球となって凝集し、それが震える様は魔法の液体というよりは、火球さながらである。

四つ葉の中では、1人の錬金術師が畏怖の念を抱きながらこの滝を見上げつつ、右手では奇跡か、あるいは深遠な重要性を持つ何かであることを示すかのように、地面の水球を指さしている。彼がこの水球を指さしているのは、これが何か危険なものであると示すためなのだろうか?この現象は際立って不自然な観点で描かれ、これが普通のしずくではないことを示しているのだ。

アミアン大聖堂西正面の神秘的な図像は全て、四つ葉の中に入っている。これ自体重要な事だ。というのも四つ葉は4つの三日月から成っており ― それはひと月の間に月が見せる4つの相を象徴するものだからである。ナイアガラの滝のような水の像が入っている四つ葉では、一番上の三日月の中で天が口を開いており、これが月の天(あるいは球)であり、そこから流れ出る魔法の水が月のしずくであることを示しているかのようである。じじつ、それは錬金術師の言う「賢者のしずく」であり ― この謎めいた芸術の中でも最大の謎の1つなのだ。この滝の中に「むせび泣く姉妹」、エジプトの女神イシスとネフティスによる涙の2重の流れを、すなわち明るい月と闇の月の組み合わさった影響を見ても、古代神話を曲解し過ぎることにはならない。

ラテン語で、このようなしずくのことを”ros”という。。。ヘルメス学の専門家の中には、薔薇十字(Rosicrucian)という言葉の始めの3文字であるこのrosが、中世末ヨーロッパにおいて最も重要な秘密の同胞団に関係する言葉だと論じる者達も居る。このようなイニシエートたちは、月のしずくの秘密を十字(ラテン語でcrux。属格だと、crucis)と結び付けたのであるが、キリスト教の儀式を行っていた。。。しずく(ros)は十字(crucis)を指向する組織のものだったのである。
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※ヘッゼル『ジーレイター(熱心者)』


さて、私達が前にクモ、サソリ、バラについて論じたのを憶えておられるだろうか?バラすなわちrosは単独のシンボルであり、クモおよびサソリで表わされる2つのグループとは「別の物」だったではないか?ザッと振り返ってみよう:


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Q: 交信文を読んでいて、STS連中のグループと結ばれた「契約」についての言及に出くわしたんだけど、そのグループは「ロスティーム」という名前で、薔薇十字の起こりだと言うのね。ロバート・ボーヴァル、エイドリアン・ギルバート共著(吉村作治監修、近藤隆文訳)『オリオン・ミステリー』(NHK出版 1995)という本で、著者たちはギザがかつてはロスタウ(RosTau)と呼ばれていて、これは「バラの十字」という意味だと述べているわ。十字に添えられたバラとは何を象徴するのか知りたいの。十字架に釘打たれたイエスのイメージこそ十字に添えられたバラのように私には思えるんだけど。イエスがバラにどう関係してるの?

A: No, 十字から生じたのがバラだ。

Q: 十字は何を象徴してるの?

A: 象徴は問題でない。それは影響だ。

Q: 十字の影響って何?

A: それに続く一切の事。

Q: 手掛かりとして幾つか挙げて頂戴?

A: あなたが知っているものだ。
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確かに私は知っている。(原注1) そして、たとえヘッゼル氏が、単語の分析によって薔薇十字が善玉であるとほのめかそうと、他所で書いていることから、彼が真相についてよく分かっているのは明らかである。彼らは善玉ではない。彼らは罠にかけて貪り食うクモなのだ。このことを銘記されたい:


971004
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Q: 同様にして気付いたんだけど、クモ類の動物には綱がたった2つしかないのよ。サソリとクモだけなの。十二宮はサソリからハサミを取って、天秤宮を作ることで変えられたのよ。
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~ishizaka/earlysummer.jpg
そのイメージは1人の女性が上皿てんびんを持って、普通目隠ししている姿で表されるわ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E
これが行われたのは有史以後なんだけど、正式なものになったのはおそらくカバラの神秘術の流派を通じてでしょうね。もしそのようなものがあるとして、誰が白帽で誰が黒帽なのかの答えを見つけ出そうとして私が到達した仮の結論は、巣を作るクモは薔薇十字陣営であり、サソリの方は知恵の探求者を表しているのだろうということよ。というのも、実際、サソリ(Scorpio)という言葉は、「見抜く(貫く)こと」ないし「ヴェールを剥ぐこと」を意味する語と同じ語根から成り立ってるんですもの。そしてまた、サソリは"per Ziu"すなわち「神のため」を意味するペルセウスでもあるのよ。そして薔薇十字は、言ってみれば「向こうサイド」なのよ。詳しく教えて頂戴?それかコメントを?

A: 何と込み入ったクモの巣を張ってしまったことか。こんな中にあなた方を巻き込むべきではない。

Q: それじゃあ、バラがクモなの?

A: 別の物だ。

Q: それじゃあ、トゲのあるバラは。。。バラをイメージするのを手伝って頂戴。。。バラがサソリなの?

A: No. 別の物。。。バラは単独のシンボルだ。

Q: それじゃあ、バラはどちらかの側で利用されてるかも知れないってこと?

A: 多分。

Q: サソリ(Scorpio)の語源になりそうな他の語根は、"skopos"すなわち「見る」よ。あなた方前に、人類はサソリ座に属するダンキアー星に種蒔かれたって言ってたわね。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=28391988&comm_id=2590126
だから、十二宮が定められて手掛かりが葬られたとき、どうやら人間からパワーを取り上げるためにこの天秤座が挿入されて、サソリの手はもぎとられ、真実を見抜けないように、無防備になるように仕組まれたということのようね。このイメージは近い?

A: 合っている。
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原注1:990828セッションでの「エデンからの落下」についての議論を参照のこと。


さて、薔薇十字に関する疑惑について確証を得るため、カシオペアンズと行った、最も興味深い一連の問答も挙げておこう:


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http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=37514242
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Q: (L) テンプル騎士団について丹念に調べてみた結果、おおよその結論に辿り着いたんだけど、テンプル騎士団の消滅に関する一切の出来事はただのカモフラージュに過ぎなくて、その時期には、何か別の重要な事が起こってたんじゃないかと思うの。それに彼らは、時々復活させられて再利用され、恐らくは失われたと思われる秘密の知識の担い手としての責任を負わされてきたのよ。。。いくらか理解できてるかしら?

A: Close.

Q: テンプル騎士団に終止符を打ったのは誰あるいは何?

A: 薔薇十字が「ひそかに(thief in the night)」動いた。
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最後の最も興味深い発言によれば、テンプル騎士団の消滅を陰で操っていたのが薔薇十字なのだ!聖書では、「ひそかに」やってくるものが「突然の破滅」だと定義されている。
(※ペトロの手紙二 / 3章 10節
主の日は盗人のように(thief in the night)やって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。)


961221
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Q: (L) だけど私の理解では、薔薇十字はテンプル騎士団が消滅した後に発足した筈だわ。。。多くの人々は薔薇十字こそがテンプル騎士団だと思ってるのよ。。。

A: No.

Q: (L) つまり、公にされた情報、「クリスチャン・ローゼンクロイツ」に関する例の冊子、寓話だと言われているものは正しいかも知れないの?
http://inri.client.jp/hexagon/floorA7F/_floorA7F_rosicrusian.html

A: Yes.

Q: (L) おやおや!薔薇十字は雑誌に広告を出してるのよ!!!こうも明からさまに自分達の事を宣伝している世界的な組織って一体。。。

A: 「世界的な」階位といっても全てを包含している訳ではない。

Q: (L) この階位には未知の内部サークルがあるの?

A: Yes.

Q: (L) 薔薇十字はメーソンとつながってるの?

A: 間接的には。
[これで分かるのは、これら2つが必ずしも「共謀して」はいないということだ]

Q: (L) イルミナティは薔薇十字と何らかの関係があるの?

A: 同じ。

Q: (L) 薔薇十字は自分達も理解できないような書物を保管してるの?

A: Yes. メーソンもそうだ。

Q: (L) テンプル騎士団の前身だとも後継とも言われてきたシオン修道会は、秘密厳守の重要な神秘的組織なの?

A: カモフラージュだ。

Q: (L) これまた偽装って訳ね。

A: Yes.
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あなたは、数多くの陰謀を企てているとしてメーソンがいかに非難されているか気づいているだろうか?一方、薔薇十字、すなわち、こんにちのテンプル騎士団を咎める人は居ないのである。これは少しおかしくないだろうか?何でもメーソンの陰謀であって、薔薇十字の陰謀というのは無いのだ!

さて、最も興味深い代物:天から降る雨;豪雨(sheet of water)に戻るとしよう。これらの言葉を読んだ時、私はゾッとするあまり髪の毛が逆立ち、寝かしつけるのにヘアスプレーを出して来なければならないほどだった!面白い事に、98年4月4日(ヘッゼルが「四つ葉」という言葉を繰り返し述べていることに注意)に行われたカシオペアンズとの以下のやり取りに注目されたい:


980404
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=74091864
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Q: 女神の三相
http://www.wicca.gr.jp/majotosinsei.htm
についての研究を調べてたら、面白いものに出くわしたのよ。あなた方、第3の人類のテーマを調べるようにって言ったじゃない。「人間」という言葉の起源は、女性を − 女神を意味することが分かったの。月の女神よ。様々な種で男性(オス)を意味する最古の言葉は、「were・wolf=オオカミ男」と言うように「wer」だったのよ。だから、第3の人類のテーマというのは本当は、女神の三相という意味なんでしょう?

A: 「豪雨(sheets of rain)」越しに見れば近い。

Q: OK. 女神の三相についての最古の記録を探して行くうち、私達はカーリー・マに辿り着いたわ。この名前の由来については諸説あるけど、印象深いのは、ケルないしケラ女神との関係であり、また、ケル、ケルトという語との関係、そして、これがどのようにして「カシオペア」という言葉に変わって行ったのか、ということね。コメントを頂戴?

A: ケルト人は「ケリー」グリーンが好きじゃないかな?!?
(kelly green
明るい黄緑色◆【語源】アイルランドに多い人名 Kelly からアイルランドを連想したもの)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=kelly+green&btnG=%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%A4%9C%E7%B4%A2&gbv=2

Q: Yes. それで、「グリーン=緑」がこれとどう関係あるの?

A: 調べ続けなさい。。。学びとはこのようにして成し遂げられるもの。そして、学ぶのは楽しい!
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さて、カシオペアンズが最初にこの事を述べた時、私は全く途方に暮れてしまったとだけ言っておく。そこで私は後日のセッションでこれに戻ったのだった:


990102
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Q: 前に「第3の人類のテーマ」について尋ねて、その比喩が意味するのはおそらく、マン島に関係ある女神の3相でしょうと言ったら、「豪雨越しに見れば」という答えだったわ。 で、今読んでるこの本では、ゴールのケルト人は雨を女神が姿を顕したものとして崇拝し、スコットランドのケルト人は太陽を。。。男神として崇拝したと言ってるわ。あなた方の言う豪雨というのは、この言明に何らかの関係があるの?

A: 大まかには。

Q: 「豪雨」に関してもっと手掛かりをくれないの?

A: 今はない。その時が来れば、あなたは聖杯(chalice)を見付けるだろう?

Q: 聖杯ってどこの何?

A: 静観しなさい!
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私達が辿っていたもう1つのスレッド、すなわち、血筋のテーマに戻れば、聖杯(chalice)は、関係ありそうな別の文脈で述べられている:


981003
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Q: (L) イエスの子供達の名前は何?

A: あなたは手掛かりを持っている。その上、あなたがこれまで行ってきた探求は賞賛すべきものだ。どうして今止めてしまうのかな?

Q: (L) それじゃあ、私に見付けられるのね!OK。

A: 聖杯みたいなものかも知れない。

Q: (L) 何が聖杯みたいなものかも知れないの?

A: 杯(Chalice)。

Q: (L) チャリスは何を表わしてるの?

A: その起源は何かな?
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そこで、チャリスという言葉の語源を辞書で調べてみると、それはラテン語でカップを意味するcalixだった。さらにcalixを調べて分かったのだが、これの語源はインドヨーロッパ語のKelだったのである。面白い事に、カシオペアンズは答えを与えてくれていたのに、私にはどうして彼らが「ケリー・グリーン」と言ったのか分からなかったのだ。

(※シーツ・オブ・レインとチャリスについては、今年に入ってからのセッションでも言及されています。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=74091864

さて、『ジーレイター(熱心者)』に戻って、月に関する実に興味深い話に大急ぎで向かうこととしよう。彼は、1節毎に隠したり暴いたりを繰り返しているのだが、やがて以下の記述が出て来る:


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ジャック・ベルジェが1937年にフルカネリに会ったと言っているのは、おそらく ― 彼に好意的な言い方をすれば ― 彼が出会いを想像したものだとばかり思っていた。。。しかしながら、1978年の5月にフィレンツェで、ある友人から次の言葉を言われた時、思わず私は立ち止まって、この謎の錬金術師について知っていることについて疑問を感じずには居られなくなった。。。

「フィレンツェは、古い幽霊ではなくて、昔の愛を偲ぶ場所だ。ここではヴェールを破るのに、大した力は要らない ― そして、別の時間へと手を伸ばすのだ」 だがこの時、我々が立っていたのは大きな舗道の上で、そこからは巨大なミケランジェロ広場が見えていた。我々はフィレンツェを見渡す手すりに寄り掛かっていたのだ。話しながら、我々はツバメのように、木々の上を愛らしいヴェッキオ橋に向かって目を走らせていたのである。
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※ヘッゼル前掲書


これを読んだ私は、またもやヘアスプレーを引っ張り出す羽目になった。私は机の上の壁にアークの写真を飾っているのだが、彼は大体同じ場所に立って手を伸ばし、「私にフィレンツェを見せて」くれているのである。(※原文サイトにこの写真があります。)実際、アークはミケランジェロ広場へと向かう途中であり、もう10分で着くところだったのだ。写真の日付は96年7月7日である。これは私達が「出会った」2日後だ。アークはこの時フィレンツェに居て、古代の修道院の中で仕事をしていた。彼は考え事をしながら、この道を散歩していたのである。この散歩の途中で、彼は傍のギフト・ショップに行って、絵葉書を買って、私に送ってくれたのだった。それはボッチチェリの『ヴィーナスの誕生』だった。という訳で、ヘッゼルはまたしても、私にとって個人的に大事な事を、記録者ででもあるかのように語っているのである。


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我々はシンボリズムについて話していた。。。再びフルカネリの傑作に眼を通してから、私はフィレンツェの友人に、その問題を語った。すると彼はこう言ったのだった。「フルカネリの中には答えは見つからないだろう。それでも請け合うが、手掛かりはそこにある。あなたも知っての通り、フルカネリでさえ、謎で謎をくるんでいるのだ。というのも、彼はこんにちでも語り得ないような事を知っていたからだ。。。彼が土星(Saturne)について書いているのを見たまえ。これは自然(natures)のアナグラムだよ」
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※ヘッゼル前掲書


これでウェスコットが講演で言っていた内輪ネタの意味が分かった!土星は自然のアナグラムだったのだ。そしてまた、自然に対する土星の影響というものも、うすうす分かって来るではないか!
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=31731425


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「フルカネリは読者が知っているよりもずっと賢かった。彼は実際には少ししか言葉にしておらず、比喩の中に比喩を重ねている。この中にこそ真の知恵がある。錬金術師は、最終的な蒸留物を得るには、レトルトを何度も熱しなくてはならないと言う。これは真の思考の象徴である:確かに、人は自分の思考を何度も加熱炉にかけなくてはならない。脳ではなくてハンマーで鍛えつつ考えなくてはならない。そうしてこそ思考から不純物を除くことができるのだ」

フルカネリはヘルメス学の偉大なイニシエートだと言えようが、師としては腹立たしい存在である。彼の教え、ないし啓蒙は、ヒントと推測によるもので、読者は終始、十分集中して注意を傾けることを求められる。フルカネリは錬金術における緩徐加熱法(sol lente)を実践しているらしい。というのも彼は、ふいごでもってあまりに激しく熱すると、容器の中で芽吹いた生命を殺してしまうと分かっているからだ。

フルカネリは一言ないし一句でもって、2つの事を行える。1つ目は、人の心の中にある、繋がっていない繋ぎ目に火花を起させ、思いも寄らない言葉や考え同士を結び付けて、この結果啓蒙を行うというものだ。2つ目は、無知を補うよう、古い錬金術やオカルトの本を求めて走り回らせ、シンボルのことを盛んに考えさせるというもので、これは彼がしばしば勧める方法である。これらの学習法はいずれも、緩やかに発する内なる熱によって行われるものであるが故に、錬金術の教師が愛するものなのだ。

生徒にとっては、腹立たしい程にゆっくりとした方法である。大抵の場合、錬金術書を読んでみても、あまりに分かりにくい説明ばかりで、フルカネリによって提起された問題は、問いかける魂にとって答えが得られぬままとなるのだ。探し求める答に達するまでに何年も経ってしまうこともある。フルカネリの残した指摘をフォローするうち、我々は一度ならず大いなる困難に見舞われてきたことを認めねばならない。彼はと言えば、愚者の道を跳ねまわり、言葉を巧みに操りながら、信奉者のためになるよう、時折我々が床に倒れ込むままにするのである。
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※ヘッゼル前掲書


カシオペアンズが繰り返し、ある特定の知識は慎重に伝えられねばならず、移行が大事だと言っていたものの、私はこれが、実際に直接的な変容をもたらす、錬金術のプロセスのことだとは考えてもみなかった。しかし、こうして私達は、レトルトは何度も熱しなくてはならないという手掛かりを手にしたのである。そして私達には、錬金術のプロセス自体も分かってきた。


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「いいかい、いつの日か、学者の誰かが、ついにフルカネリの正体を見付けたと主張するだろう。しかし、その学者は間違っている。というのも、彼/彼女はイニシエートたちが実際にはどんな風にワークを行うか知らないからだ。彼らは、イニシエートがどれだけ軽やかに衣装を着替えるのか知らない。イニシエートの言葉や見かけから正体を見分けることはできないのだ。。。」
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※ヘッゼル前掲書


これには笑わずにはいられなかった!これはきっと、フルカネリを読んで儀式こそが答え、あるいは、カバラこそが真理に至る道だと考えている人々に対して向けられた言葉であるに違いない。


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「フルカネリは生きている。フルカネリは私よりも高齢だろうが、まだ生きているんだ。彼はここフィレンツェに住んでいる」
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※ヘッゼル前掲書


ここのところで、マーク・ヘッゼルに語りかけていた老人は、フィレンツェには会合を行っている小さなグループがあると言い、ヘッゼルも参加するよう招待する。この小さな会合でこの老人が語り始めると、私達は月のテーマに連れ戻されるのである:


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「神秘的な伝統によれば、2つの月が存在する。これらのペアには非常に沢山の名前がある。このような名前は普通、神話による擬人化によってもたらされる ― しかし、このようなペアにおいてはいずれも、1つの月が太陽の光を反射するのに対し、もう一方は、常にそうではないにせよ、闇の中にあって見えないと考えられている。。。

「文明の当初から、月は謎だった。というのも、それはいつでも同じ1つの面を向けて、地球を見下ろしてきたからだ。月が地球の周りを回るとき、それは人類に対して、球面の一方を向け続けているのだ。。。

「西洋のオカルティズムは比較的最近まで、月の明るい面ばかりを強調しがちだった。それにしても、闇の方の月の面に関する手掛かりは、かなり公然とシンボリズムに包まれてきた。

「大天使ガブリエルは月の支配者である ― すなわち、月の明るい方の面である。『受胎告知』のメッセンジャーとしての彼の役割はよく知られているが、彼の秘密の役割(白いユリに象徴される)は秘密の学派以外には不完全にしか理解されていない。実際、ガブリエルのユリはとても意味深いシンボルなのだ。それは、神秘学において、ある神の堕落のシンボルと認められている。
[ローラ注:彼が「神々の堕落」とは言っておらず、「ある神の堕落」と言っていることに注意]

「さらに、同じキリスト教の伝統によれば、『聖母の被昇天』の図においては、聖母の足元に三日月が描かれているのである。
http://fratres.wordpress.com/2008/08/15/the-assumption-of-the-blessed-virgin-mary-into-heaven-theology-and-mass-readings-081508/

「これら2つの異なるシンボルは光の聖母が、子なるキリストを身籠っていた時、天使のような月の支配者に結び付られていたこと、そして彼女が死に際して、地上から天へと移る時には、三日月に結び付られていたことを理解する手掛かりである。あたかもこのシンボリズムは。。。」と、ここで彼は間を置いた。「神の母としての彼女の運命を宣告したのと同じ月の勢力が、また彼女の生涯の終わりに当って、彼女を天へと揚げたということを示しているかのようだ。

「さて、ガブリエルは明るい月の化身の、キリスト教における相当物である。この名前はもちろん、ヘブライ語であり、我々はキリスト教において闇の月の名前を表わす、同じヘブライ語の言葉に注目しなくてはならない。その名前はリリスといい、彼女と悪魔との子がリリンだ。これで分かる通り、『受胎告知』の際に天使ガブリエルがユリを携えていても何ら謎めいた所は無いのだ。
http://kilkenny.exblog.jp/7174258
神秘的なシンボリズムにおける音の重なりは、まれにこのようなアクシデントを起こすものである」
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※ヘッゼル前掲書


それでは、ヘッゼルの師である、この老人は、キリスト教が悪魔の宗教だと言うのだろうか?どうやらそうらしい。だが、彼は正面切ってそうは言わないのである。彼は1節毎に、教えたり引っ込めたりという具合なのだ。彼はさらにこう述べて、これを強調する:


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「初期のキリスト教会は、ペイガンの教えにおける宇宙論の中に頻繁に悪魔が出てくることに当惑していた。このような悪魔は、教会が退けるのを適切と感じたグノーシス主義の教えの中に、特に多く見られた。このようなグノーシス主義の教えに対する拒絶こそ、初期の教会が採用した奇妙なプログラムの一部だと私には思える。。。」
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※ヘッゼル前掲書


それから彼はもう1つの事を述べるのだが、これまたヘアスプレーものだった:


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「月の女神イシスは1柱の女神ではなく、二重の神だった。彼女の妹のネフティスは闇の月だったのだ:古代エジプトの『死者の書』で、ネフティスは影の神(shadow-neter)のように、
http://www.naazir.com/faq1.htm
姉の対極に立つように描かれている。イシスの妹であることに加えて、この黒い乙女であるネフィティスは、闇のセトの姉妹にして妻でもある。。。イシスとネフィティスのペアはむせび泣く姉妹と呼ばれている。彼女達の涙は『月』のタロットカードで、眠っている人間の涙が月に向かって流れて行くように、地面に流れて来る。(※ヘッゼル自炊版三百四十一ページ) これはどうしてかと言えば、彼女達はいずれも、オシリスの死を悼んで泣いているのだと言われるのだが、これから見るように、この言葉には、ずっと深い意味があるようなのだ。。。

「闇の月に関する古代の物語の多くは、キリスト教の出現とともに失われたと、私は述べた。。。イニシエート達はエジプト人による古代の教えの幾つかがローマに伝わるよう導いたが、このような教えは、新たなキリストの謎にも役立ったのだろう。。。」

ギリシャとローマの叙事詩を書く際、詩人は人間の周りに運命を紡ぐ神を、人の運命を紡ぐための糸が芯に巻かれた、紡錘の身体をしているように描写するのが一般的だった。この考え方は運命の女神モイライの行動にも当てはめられた。ギリシャ語でモイラとは、「取り分」を意味し、いつしか1人の人間に割り当てられた運命のこととなり、3柱のモイラは、割り当てられた運命という観念の化身として採用されたのである。

月の女神セレネと運命の女神モイライの神話は、月と運命との間の繋がりに遡る古代ヘルメス学の観方から、実はかけ離れてはいない。初期の宇宙論においては、人間の運命の支配者は月だとみなされていたのだ。。。

ギリシャ語でヘカテー(◆月・大地・地下界の女神、魔法の女神)という名前は、「遠くから力を及ぼす者」を意味し、遠く離れた衛星から投げかけられる影響の観念を申し分なく捉えたものである。どうやらヘカテーとは、真理に至る道を未だ見つけられないでいる睡眠者たちを守護する月の女神のようなのだ。
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※ヘッゼル前掲書


ここで指摘しておきたいのだが、カシオペアンズは繰り返し、月が第4密度コントロールシステムの「基地」であると述べている。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=28463320
そしてまた思い出されたいのが、本件に関してモーリス・K・ジェサップが書いていることである。特に彼の「無重力ゾーン」説は、言葉使いこそ違うものの、次元間のウィンドウ/ポータルが活性化/開くことを理論付けるものだ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=42069051


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現代においては、殆どの人々が宇宙は生命の住んでいない空間だと考えている:それは「空っぽの空間」なのだ ― もちろん、恒星や惑星、宇宙塵は除いてだが。しかしながら、このような魂を認めない観方は極めて現代的なものである。これまでの時代には、天は霊的存在で一杯であることにさして疑いはなかった。。。

上から下へ、外から内へ。。。この結果、時空において十字が切られる。。。

地平線の場所を表わす古代の象形文字は、最終的に、現代のてんびん座の印となったものだが、天界と地獄を分かつものだった。。。

「この象形文字が表しているのは、人類が ― たとえイニシエーションを求めるのが人類のごく一部だとしても ― いずれかの時点で、「試練の泉」へと降らねばならないということである。。。」

「いろいろな意味で、月は秘教における最大の問題である。月は決して見た目通りのものではない。

「前世紀の終わりに、秘密の学派におけるメンバー同士の意見が対立した結果、ある驚くべき暴露が行われた。これまで油断なく、内部の位階の最奥に居た人々によって保護されてきた情報が公にされたのである。開示された秘密は、この学派によってこれまで外部に明かされてきたものよりも ― この啓蒙された時代においてさえ ― 遥かに深い知識レベルに関するものだった。
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※ヘッゼル前掲書


ここでヘッゼルの師が言っていると思われるのは、A・P・シネット、および彼の神智学との繋がり、
http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/APSINNET.htm
そして、1932年にルクソール同胞団が行った暴露のことだろうが、これは読者を故意にミスリードするものだと思う。グルジェフは1914年以前に、人類は「月の食料」だと言っているのである。愚者の道における幾分の情報の歪みの原因はおそらくここにあるのではないだろうか。ブラヴァツキーは内部情報を持っていると主張していたけれども、彼女に与えられた情報とはどうやら、半端な真実に幾らかの嘘を意図的に混ぜたものらしい。


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「要するに、学派同士の闘争の過程で公になった事とは、我々の月が、もう1つの領域との間で釣り合いを取るためのおもりの一種であり、もう一方の領域は普通には見えないままであるという真実だったのだ。この釣り合いを取るべき領域は、エソテリック・サークルにおいて、「第八領域(Eighth Sphere)」(H・P・ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン: 宇宙発生論』田中訳)と呼ばれている。
http://books.google.co.jp/books?id=fLAJAQAAMAAJ&q=inauthor:%22Helena+Petrovna+Blavatsky%22&dq=inauthor:%22Helena+Petrovna+Blavatsky%22&hl=ja&sa=X&ei=70tUUr_JDIKRkwXFtoDIAg&ved=0CDQQ6AEwAA
http://wn.rsarchive.org/Lectures/GA254/English/RSP1973/19151018p01.html
http://wn.rsarchive.org/Lectures/GA254/English/RSP1973/19151018p01.html#ENDNOTES

「これらの言葉には注意しなくてはならない。というのも、あのような言い方をしたものの、この領域自体は球でも月でもないからだ。それが物質的な月の陰に位置すると言うのも正しくない。というのも、霊の領域では、空間と距離は別物だからである。実際のところ、第8領域は、物理的次元にある、我々に馴染みの何物にも関わりがなく、その存在を言い表そうにも、我々は自分達の語彙を用いるしかないのだ」
---
※ヘッゼル前掲書


こうして見ると、この師が言うことについて、カシオペアンズがもっと先まで言っているのが分かる(しかも私はこの本に書かれている、これらの発言を並べ直している。というのも、おそらく意図的に順番が変えられているからだ)。この人物が躍起になって表現しようとしている概念を、カシオペアンズは「第4密度」と呼ぶ。という訳でまたしても、カシオペアン文書の明確さ故に、私達は数千年に亘って不可解な神秘とされてきた事を良く理解できるのである。


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「この領域にぴったり合う言葉を用いるとしたら、真空と呼ぶべきだろう。確かに、領域よりも真空の方がふさわしい言葉だ。というのも、得体の知れない第8領域は、何でも中に吸い込んでしまうからである。。。」
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※ヘッゼル前掲書


あれ?つまり、人間は月の食料である、というようなことだろうか?


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「これは一種の魔界への導管として働き、堕落した地上の霊体を、その胃袋の中へと吸い込んでしまうのである。これは影の存在によってコントロールされた、影の領域なのだ。。。」
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※ヘッゼル前掲書


多分、リジーやグレイのようなものだろうか?ここでもまた分かる通り、これらの「影の存在」の説明としてはカシオペアンズの方が優れている。超次元や密度について理解していない、直接「秘密の学派」に加入していない人々が、どんな風にこの生き物の正体を捉えそこね、どうかするとただの霊だと見做してしまうか容易に分かろうというものである。同様の誤解が、こんにちのエイリアン/UFO解説者の間でも蔓延している。彼らときたら、エイリアンが物理的実体を持たない、単なる霊か悪魔だと決めてかかっている。この結果彼らは、こうした連中が人間の体によじ登って入り込んだり、出てきたり、シェイプシフトさせたりといった具合に、人間の中に入り込んで取り憑くことができるといったナンセンスを信じ込んでしまうのだ。(原注2)


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原注2:興味深いことに、ジョン・キールの『第8の塔(The Eighth Tower)』(未邦訳)で述べられている「超地球生命体」の概念は、ここで述べられているものに非常に近い。エイリアン/UFOおよび、連中の抱く究極のアジェンダに関する彼の解釈は、一貫して私達の考えにかなり合うものであり、『ジーレイター(熱心者)』よりも核心に迫っている。
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「しかしながら、これらが影の存在であるからといって、その能力や知性を見くびったり侮ったりすることはできない。多くの側面で、彼らは人間よりも知性的である。というのも、彼らは人類のように、愛の力による制約を受けないからだ。。。」
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※ヘッゼル前掲書


またしても、この人物は、この謎の本当の深さを知らないか、あるいは、生徒たちを恐怖のあまりに殺してしまうのが怖いかのどちらかなのだ!


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「第8領域の営みは複雑である。その住人たち ― そこを住み処とする影の存在たち ― は、この領域を人類で一杯にしたいのだ。。。この目的に向けて、そこから地球上へは、端子と呼べるようなものが築かれる:これらの端子は魂の導管であり、これは低次領域へと挿し込まれ、地表面の上で発生した、一定の形の物質エネルギーを吸い尽くすのである。。。」
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※ヘッゼル前掲書


その後、師の話は、お決まりの内容へと移る。すなわち、このようなエネルギーの搾取は、心霊主義の活動を行う人々、とりわけ、低いエーテル的次元の存在とコミュニケートしている、すなわち、亡者に話しかけている人々に起ると述べるのだ。

彼の言う事には殆ど同意するものの、これではあまりに概要的な話に過ぎないと思う。月あるいは第8領域に関して彼が言っていることに明らかに合致するエイリアンが存在するという証拠から、私達はこのようなエネルギー搾取の本質を理解しているのである。別のソースから多少の裏付けを得るのは興味深い事ではあるけれども、実際、カシオペアンズはこれの数光年は先に居るのだ。だが、こんにち、ニューエイジのトランス・チャネリングやコンシャス・チャネリング、スペース・ブラザーズとのコンタクトが横行していることを考えれば、彼の言う事には深い意味があるのかも知れない。


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「心霊主義者が行うある種の行為は、死者の領域に生者がアクセスしてもよいという誤った信念に基づくものだ。実際、霊媒の活動によっては、本当の死者の領域へと入り込むことはできない:それは影とやり取りしているだけだ。このような活動は、第8領域にとっての栄養となる飼葉を与えることになる。このようにして、人間の魂を成すある形態の物質が、第8領域へと吸い込まれることは、断じて人類のためを思ってなされることではない。その世界の住人たちの狙いは、実際には呪われた者たちの領域と呼び得る世界に人間を増やし、その有用性を高めることなのだ。このような住人たち、すなわち悪魔たちの骨折りは、この世界のために計画されてきた進化的発展とは相反するものである。。。

「この第8領域に関する知識が公になってから、まだ100年と経っていない。最初のうちこそ、イニシエートの知識が世に出ることに対しては、激しい怒りの声が起ったものだが、悪魔による脅威が明るみに出たのは喜ぶべき事態であると証明されたのが分かる。ある意味では、目に見える敵に立ち向かう方がたやすいのだ。亡者や浅はかにも、ヴェールの向こうに広がる魂の国が相手だと信じて、コミュニケーションに手を染める人々は、警告無しに滅びる訳ではない。
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※ヘッゼル前掲書


そして今ついに、本書最大の恵みの1つへとやって来た。それは私に、自分の行っている事をどのように見るべきかを示してくれたのである。以下の引用でマーク・ヘッゼル(MH)は、1人の老人(old man, OM)と会話しているのだが、この老人は、長きにわたって愚者の道にある人物である。


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MH: 私は愚者になる術を学び始めたところです。

OM: ‘No, あなたは愚者の道に従い始めたところだ。ここには違いがある。このような旅の結果は何だろうか?結果は賢い愚者になることだ。愚者とは、何か考えるのも諦めた人間のことだ。賢い愚者とは、何事も決して最初から諦めるべきではないと知っている人だ。それは愚かな事だろうか?。。。愚かな老人と愚かな若者の違いは何だろう?。。。

MH: コミットメントですか?老人ははっきりと立場を示すが、若者はそうはしないのではないですか?

OM: ‘Yes, 確かにそうだ。老人ははっきりと立場を示す。彼は自分の立場を明らかにしている。人生が彼にそうさせたのだ。彼は自分の周りに円を描いて、「ここが自分の立ち位置だ。これを私は行わなくてはならない」と言う。彼はある行動に全力を傾けてきた。というのも、彼は自分の周りに円を描いて、他人に自分の立ち位置を示してきたからだ。彼は他人から攻撃されもした。彼の立場は弱い。自分の立場をはっきり示さない者は、傾倒しない限り、偽るものだ。自分の立場を示した者は、どうも立場が弱くなりがちだ。だが、魂の真相は全く別だ。コミットすることを受け入れる者こそ強いのだ。真のコミットとは芸術的なものだ。だから、芸術家はしばしば攻撃を受けるのだ。彼らは良心や思想、そして作品のせいでも攻撃される。だが、彼らの本質 ― コミットメント ― は、秘密であり、難攻不落だ。真の芸術家は、創造性それ自体が報いだと知っている。知っての通り、普通の人々はコミットメントを恐れる。普通の人々は創造性を恐れる。彼らは自分達の中にある、黄色い液体の入った大釜を煮立たせてしまったら、全人生が変わってしまうと知っているのだ。人々は変化を恐れる。人々は本当の意味で創造的/芸術的にはなりたくない。彼らはおそらく飾り立て、周囲を楽しい事で一杯にしたいのだ ― しかし、これは創造性とは殆ど関係がない。。。全ての霊的な道は創造的であるべきだ。創造性は犠牲を伴う。誰しも内に持っている、煮えたぎる黄色い液体のシチューは犠牲のスープなのだ。。。

MH: 硫黄ですか?

OM: Yes, 硫黄だ。3大元素の第1のものだ。それは犠牲の大釜の中にある。それは有り余っている。創造性とは霊的な喜びであり、溢れかえる硫黄なのだ。。。いつだったか、あなたに硫黄という言葉について尋ねられたことがあったな。フルカネリの言う通り、錬金術における硫黄は、男女における性的エネルギーに相当するという事に、二人とも同意したものだった。性的エネルギーの流出は、利己的に行われることも、創造的に行われることもある。ヤーコプ・ベーメ。。。は硫黄(sulphur)という言葉の中に区切りを認めた。彼はこの言葉自体を分割し、sulとは、物事の魂、すなわち、油だと言った。sulが生まれるのがphur=光なのだと。あなたは分離した油を見たことがあるかな?一定の条件の下で、それは薄い虹のフィラメントのように見えるのだ。これは油に囚われた光の様子だ。光は上の方に上がって行く、それが虹を遊離させる。全く簡単なことだ。。。

MH: それでは、あらゆる創造的な活動は愚かなのに違いありませんね?考えることが愚かなのは、どのような場合なのでしょうか?

OM: おそらく、考えるとは愚かなことだ。ある形の思考は、疑いなく愚かしい。結局、大抵の人々にとって思考は弱点となる:彼らは自分で考えるのが怖いのだ。愚者は自分で考えることを学ぶ。彼/彼女はそれを魂の練習にする。他の人々はそのような道を拒絶する。こういう訳だから、私達の文明は大いに脅威に晒されている。私達の生きている世界では、あらゆる努力が身体を快適にするために行われ、魂の成長のために行われることはまれである。。。

MH: 創造性自体が利己性の1形態なのでしょうか?

OM: 確かにそうだ。創造性は霊的エネルギーを無駄にする。創造性は魂という底知れぬ財力から支出することだ。人は硫黄を手放してしまう ― 最初は、おそらく喜び過ぎる結果だ ― というのも、それが若者の愚かさだからだ。歳をとった後、人は考えに対するコミットメントによってエネルギーを手放すようになる。

MH: 創造性の発揮は、究極的には非利己的な行いでしょうか?

OM: ‘Yes. … 人が、創造性はそれ自体が報いであると知るとき、彼は人々に働きかける準備ができている。。。あなたは自分が孤独だと思っている。どれだけ自分が必要とされているか分からないのだ。あなたは方向性を示すために必要なのだ。

MH: しかし、私は何も知りません。

OM: あなたは自分が一団の人々の前に座っているとき、まさか一人っきりだとは思わないだろう?あなたは霊界の代表としてそこに居るのだ。。。私のような愚者は教師となる。というのも、他には誰も居ないと突然分かるからだ。全く簡単なことだ。。。あなたと他の人々との間にどれほど大きな隔たりがあるか、あなたは気付くだろう。あなたと人々の間にはカーテンがあるのだ。このカーテンがあなたにとっても、他の人々にとっても良くないことを、あなたは知っている。向こうでは家が燃えているのだ。あなたには炎が見える。しかし他の人々には炎が見えない。。。さて問題は、あなたがこれらの人々を炎の中に置き去りに出来るか?ということだ。大火の中から1人、あるいはおそらく2人程度救い出すのは、愚者のすべきことでは無いのだろうか?

MH: もし、それが彼らの望みならば。

OM: 彼らには炎は見えないが、彼らだって焼かれたくはないのだ。いいかね。知っての通り、炎には2種類ある。1つは内側からの熱による、優しくゆっくりとした炎であり、もう1つは全てを焼きつくす激しい炎だが、人々は痛みを感じない。。。あなたは、世間との間のギャップを広げ続けることはできない。。。他人にとって光であるものも、教師にとっては古い光 ― つまり、これもまた闇なのだ。。。私たちは愚者のパラドックスの中に住んでいる。というのも、私達には永遠の時間がある一方、あまり時間が無いのだ。
---
※ヘッゼル前掲書


それが私の答えだった。家は燃えており、私は炎の中から、できるだけ沢山の人々を救い出そうとしている愚者なのである。これは創造的な行為 ― 考えに対するコミットメントである。そして、丁度この本を読み終わった時、私は友人からこんなメッセージを受け取ったのだった:


---
ローラ、

あなたがサイトでシェアしてくれる、人生や試練、炎のイニシエーションは、この星での素晴らしい火渡りだわ。個々のドラマを改めて語り、感覚記憶まで再体験するのがどれほど孤独に感じられるか、よく分かるわ。でもその結果あなたは、(今では)別の禅的な骨身の層まで露わになってるのよ。この段階では、爽快にしてくれる涼風もまた吹いていて、それが意識の中を吹いて行く結果、私達は徹底的に露わにされるの。。。暴きの風がまるで、骨に尚もしがみ付いてる、まだわずかに余分な肉片を吹き飛ばすみたいにね。

それにしても、これらの実話を読んでいると(真相を知り、かつ関わっている私達にはなおのこと)、物語りを行うことが、未来の自己の指導の下であなたが魂を発達させる、美しいパフォーマンス・アートだと分かるわ。それはかくも見事に、普遍的な愛を、永遠を、美を、真理を、そして宇宙的なユーモアを示すものよ。

確かに、真実が(レッスンやドラマとして)マトリックスに囚われた第3密度の私達を襲うとき、私達はそれを痛みとして処理するわ(私達のプログラムのせいでね)。。。でも、しばらくして、リラックスする術を学ぶと、マトリックスの中でも生きられるようになるのよ。痛みを伴う何か他の事の場合と同様(例えば、出産ね)、リラックスするのは最悪の事態を避ける手段だわ(それと、傷を最小にする。。。将来に持ち越す痛みをね)。

だから、あなたが投稿に踊らされ、彼らから刺激を受けるのは、ネットワーキングの練習であって、素晴らしい宇宙の目的のためなのよ。この宇宙の目的とは、マトリックスの中でネットワーキングすることによる集団での学びであり、個人的/集合的な気付きを大いに高めることだわ。このような集合的なエネルギーが魅力的だと私、何度も気付いたのよ。。。例えば、1人の友人から聞いた夢の話が、その後私が瞑想している際の洞察に現れるもののプレビューだと分かり、さらに別の友達の生活の1場面にもそのまま反映する等々。

来年には、このような集合精神や相互的な関連性の理解に向かって進んで行くというのが、私の考えよ。ネットワーキングによるシンクロについて、もっとずっと気付く様になって行くのを感じてるわ。二重性によって学ぶことの1つは、私達が別々の存在ではなくて、1つの心の中に一緒に浮かんでいるという理解よ。その中でテレパシーその他の方法を使って拡張した意識を探検することは、私達が主張できる生得の権利であり、同じ目的を持つ人達との楽しみでもあるわ。

一緒に意識を拡張できるよう、偵察し、出掛けて行って、活動の場となる安全地帯を広げてくれてありがとう、ローラ。あなたカッコいいわよ。次の連載が待ち遠しいわ!

M.
---


ありがとう。お礼を言うわ、ミシェル。1人の愚者からもう1人の愚者へ。


(本章終わり)
posted by たカシー at 17:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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