2013年10月06日

ザ・ウェイブ 第66章:熱心者

http://cassiopaea.org/2012/03/16/the-wave-chapter-66-the-zelator/
ザ・ウェイブ 第66章:熱心者


もし私がコンピューターをオシャカにしていなかったら(十中八九、うろたえてしまったせいなのだが)、これを書く前に『ジーレイター(Zelator, 熱心者)』を読むことはなかっただろう。そして自分が何のために何をしているのか、十分には分からかったと思う。だからまたしても、ダメージを与えようというコントロールシステムの骨折りは、結局反対の結果に終わったのである。レモンを手渡された私達はレモネードを作ったのだった。

私はすすり泣いていた。涙を拭いた私は、もし私が攻撃や冷笑、そして残酷な仕打ちの対象にされたのであっても構わないと思うことにしたのだった。続けてやろうではないか。しかし、そう心に誓いつつも、疑問は残った:なぜなのだろうか?私のやっていることに何か価値があるのか?

そしてこの本が手元にあった。本の山の上に乗っていたのである。私は仕事を再開したのであるが、そうすることに決めたからやるのだということしか分からず、本当の理由は分かっていなかった。コンピューターは動かなかったが、この本があった。

読み始めた私は、読み進めるうちに分かってきた。広大で無限の宇宙が涙を拭くように手を差し伸べ、知るべき言葉を語りかけてくれている気遣いを感じ、私は安逸を得たのだった。

『ジーレイター(熱心者)』は、タロット用語で「愚者の道」と呼ばれるものを探求したマーク・ヘッゼルの著した本のタイトルである。愚者の道とはどうやら、独力で旅に出て、時折、師に出会い、しばらく交流した後、また歩き出すという、イニシエーションの道であるらしい。マーク・ヘッゼルの注解者であるデイヴィッド・オーヴァソンは述べている:


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愚者の道とは、イニシエーションの途に就いた、自立した旅人の道である。このような旅人は、様々なマスターの元で学ぶこともあるだろうが、常に彼/彼女のアイデンティティを保とうと努め、特定の学派や教説に自らを縛り付ける、沈黙の誓いを行うことはまれである。。。最も心に残る、このような放浪する愚者のアルカナの絵は、初期のタロットカードに見られる。。。
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※ヘッゼル前掲書。


スペイン、ラ・リオハ州ナヘラのサンタ・マリア・ラ・レアル修道院には、15世紀の愚者の浮き彫りがある。(※この本は自炊?版がネットにあるようです。そんなピーディーエフ版だと十五ページ。)彼の足元には、タロットのデッキ同様、2匹の犬が居る。だが、ヘッゼル氏が指摘しているように、この男は面白いことに、着ているローブが、前も後ろも開くデザインになっているのだ。それで、彼の恥部は常に人目にさらされているのである。彼は裸の愚者なのだ。


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彼が裸なのは、真の愚者は、他の人々が隠して居たいものを見せるのもやぶさかでないという印である。イニシエーションによって得られる、このような高次のビジョンへの道を示す愚者は、睡眠者からはしばしば馬鹿に見えるものだ。(睡眠者というのは、霊的な道に従うように選ばれていない人のことである。彼らは見た目の領域に満足し、眠ったまま、放っておいて欲しいと願うだけなのだ。)。。。

男も女も、その人生を見れば、彼らが従ってきた元型は明らかである。だからこそ愚者は、世の中に裸をさらして生きるのもやぶさかでない。低次のビジョンは高次のビジョンの反映に過ぎないことを知っているからだ。。。

愚者は、彼が問う質問によってのみ進歩する。。。

師は道のある方を指し示すことはできるが、道を教えてやることはできない。道には2種類 ― 上昇と下降 ― があり、上昇の道の中に含まれるのが愚者の道である。上昇の道と下降の道の間の交点にはゼロが印され、そこは上りでも下りでもない。。。

人は何のために愚者の道に従うのだろうと問わねばならない。演じるのに優しい役割はない。愚者の道は、誤解と嘲笑のために開かれているのだ。何気なく見ただけでは ― それが大抵の人々の見方なのだが ― それは探求の道にすら見えない。。。しかし、たとえ自らの霊的なアイデンティティを確立しようと奮闘し、外面的な虚飾を捨てようとしている男女だけが従うものであるとは言え、そのような道は存在するのである。

この道を行く愚者は、シンボルに対して敏感である。実際、道の十分先まで進んだ、十分目覚めた愚者にとっては、一切がシンボルなのだ。。。

全ての道におけるキーワードはコミットメントである。。。あなたが1つの行動にコミットすれば、全宇宙が、あなたに協力して手伝うだろう。。。

宇宙はコミットメントに気付く。それ自体が一種の祈りなのだ。もしあなたがあなた自身にコミットすれば、天使があなたの側に味方するのが分かるだろう。

だから、コミットしなさい。いいだろうか。頑張るのだ。あなたがもし愚者の道を選んだのなら、世間の目から馬鹿に見えることを恐れてはならない。神の目から見てあなたが、古代の道からあまりに外れていなければ、あなたは愛される愚者で居られるだろうからだ。。。

だが、これはもちろんながら、世間を忘れるようにという、神秘的な命令ではない。というのも、ヘルメス主義者は世間を決して忘れないよう訓練されているからだ − そこは彼/彼女にとって鍛錬の場だからである。ヘルメス主義者は、神秘的直観(gnosis)と引き換えに焼かれる、すなわち、世界の謎や彼自身を包み込むタマネギの皮を剥いて行く覚悟ができているのだ。。。

人間がよろめく度毎に、神は静止したままで、人間に対して100歩飛び跳ねて来る。。。

イニシエーションとは霊的なパフォーマンスの技であり、一生モノであるし、後の生へと流れ込むものだ。。。

物理体の中に住まう人間にとっては、1度だけ、完全なイニシエーションがある。それから、イニシエーションを受けた、驚くべき洞察の瞬間に、あなたには人生が技だと;神々の技だと分かるだろう。人間の技とは、この咲き乱れる創造性の影を映し出しているのに過ぎない。イニシエーションとは神々による究極の技であり、人間が授けるそれは、多かれ少なかれ不完全なものだ。。。

愚者は霊的世界の基本的な構造を解明するためなら、普通の人々以上に物事を暴くこともやぶさかではないのだ。。。
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※ヘッゼル前掲書。


『ジーレイター(熱心者)』はかなりの紙数を割いて、黄道11宮につき論じている。それは、スーザ渓谷を見下ろすサクラ・ディ・サンミケーレ(修道院)にあると言う。
http://italiatorino.seesaa.net/article/104323678.html
このテーマには詳細に立ち入らないけれども、この興味深い記述から、幾らか引用しておこう:


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最初の中庭には、「死者の階段(Scala dei Morti)」と呼ばれる階段を登って行く。最下段には墓があるのだが、天辺には星の絵で飾られたアーチが置かれている:この階段は、地上の死者が星の上での生に向かって霊的にアセンドする様子を喩えたものだ。このシンボリズムは簡潔で完璧なものだが、設計者が意図していたシンボリズムは全く違う。このアーチは、修道院が建てられてから数世紀後に、この場所に移されたのである:アーチは洗礼堂にあったもので、そこから石の1個ずつ運ばれてきたのだ。洗礼堂の方は、かつては修道院の領地外にあったものなのだが、今では殆ど壊れてしまった。

星々の浅浮き彫りの像の間を通って行くと、修道院に辿り着くのだが、これらはヨーロッパで最も魅力的なものの1つである。(※ピーディーエフ版九十九ページ)これらはおそらく11世紀に遡るもので、アラビアの占星術の物語に由来する星座があしらわれている。
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※ヘッゼル前掲書。


同書原注。豊かなアラブの占星術の伝統がヨーロッパに持ち込まれ、流入して来たのは、早くて10世紀で、全盛期を迎えたのは11ないし12世紀になってからだった。これこそ、占星術のシンボルがキリスト教建築に同化した時期だった。例えば、フレッド・ゲッティングス『秘密の黄道帯:中世占星術の秘められた美術』(※邦訳なし)参照のこと。


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入口の左手には、黄道の星座11個の像が並んでいる。その数は法定の12個ではなく、11個である。というのも、さそり座とてんびん座が1個に合わさっているからで、サソリの像がハサミ(chelae)ないし爪(claws)でもって、てんびん座のはかりを握っているのだ。古代ギリシャの黄道宮のイメージが、アレクサンドリア-ローマの天文学者プトレマイオスの著作から、最初のロマネスク様式の大聖堂建築家へと解き放たれた(manumitted)時は、このような形をしていたのである。
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※ヘッゼル前掲書。


そう、あなたの読み方は正しい:「解き放たれた(manumitted)」と書いてある。

私は最初、この人が言葉使いを間違えたのだろうと思った。あるいは誰かが間違えたのだ。実際、私はこの本を読んでも全くの時間のムダだと、すっかり覚悟していた。ムダだと覚悟していたばかりか、そうだろうと思っていたのである。ところが、実際にこの言葉が使われていた。

今を遡る1997年、カシオペアンズと私はこのテーマについて、幾らかやり取りをしていた:


970809
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Q: Okay. それじゃあ、次の質問よ:私の理解では、てんびん座は黄道宮に後から付け加えられて、さそり座とおとめ座を引き離したんだわ。黄道宮の星座は元々10個か11個だったの?

A: 元々?

Q: どういう意味かわかるでしょ!

A: 数多くの組み合わせが存在してきた。

Q: それじゃあ、現在の12星座の黄道宮のように決められたのはいつ?

A: 1302 AD

Q: それ以前の星座の数はいくつだったの?

A: 11

Q: そうだろうと思ったわ。私達が入手しうる限りで最も古い黄道宮のソースは何?

A: アトランティス。

Q: それは結構だけど、書き物として現存している最古のソースは何?

A: エジプト。
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問答の具体的なことに注意して欲しい。「現在のように」という修飾語を用いた具体的な質問の結果、年代が分かったのである。その上、カシオペアンズは、黄道11宮が正しいと言ったのではなく、それは単に、数あるうちの1つだと言ったのである。

さて、これは見た目より厄介なので、以下も見てみるとしよう:


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http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=28840512&comm_id=2590126
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Q: (L) カトリック教会は、改変されてない聖書の本当のオリジナルのテキストを所蔵してるの?

A: No.

Q: (L) そんなテキストって、そもそも存在したの?

A: No.

Q: (L) マタイ書を書いたのは誰?

A: ギリシャの執行官。

Q: (L) ギリシャの執行官って何?

A: あなた方のFBIみたいなもの。

Q: (L) マルコ書を書いたのは?

A: 同じ。

Q: (L) ルカ書とヨハネ書は?

A: 同じ。

Q: (L) 使徒行伝は?

A: 同じ。

Q: (L) 新約聖書の中でどれか、著者と言われてる人が実際に書いた本はあるの?

A: 無い。いいかな、新約聖書の70%はプロパガンダだ

Q: (L) ということは残りの30%は、真実かあるいは、本当の教えなの?

A: いい線だ。瞑想による直観で解読しなくてはならない。
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大事なものにケチをつけられたような気分ではないだろうか?ギリシャの執行官?FBIだって?

この後まもなく、私はエディス・ハミルトンの『ギリシア神話』(山室・田代共訳)を読んでいた。彼女の書いていた何かに、私は否応なく心を打たれた。


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(邦訳書8ページ)
ギリシアとローマの神話は、人間が太古においてどのように考え、どのように感じていたかを、わたしたちに示してくれるものと一般に考えられている。この見解によれば、ギリシアとローマの神話を通して、わたしたちは古代人たちのたどった道をたどり得ることになる。自然から遠くはなれて生きている文明人のわたしたちが、自然と密接な関係を持っていた人間の生活に立ち返ってみることができる。こうして、神話の真の興味は、それらがまだ若々しい世界で、人々が大地や木々、海や花や丘などと関連を持っていた時代へ、わたしたちをつれもどしてくれることにある。わたしたちは今、このような自然との関連を失っているのだが。これらの物語が形成されつつあった時代には、まだ現実と想像上のものとの間に、ほとんど区別がつけられていなかったことがわかる。。。

しかし場所や時間を問わず、文明化されない人々の生活について考えれば、ロマンティックな夢はすぐに消え去ることだろう。原始民族が、今日のニューギニア人であろうと、歴史の始まる以前にいた人々であろうと、決して自分らの世界を明るい幻想や愛らしい夢で満たしてはいなかったことほど明らかなことはない。ニンフやナイアスのかわりに、原始時代の林にひそんでいたのは、種々の恐怖であった。<恐れ>が常にその従者である<魔法>を従えてすんでいて、それを防ぐ最もふつうの手段は、人身御供を捧げることであった。どんな神であろうと、その怒りから逃れるためには、魔術的な儀式 ― 無意味ではあるが強力なもの ― に頼るか、或いは痛みや苦悩をともなう何らかの犠牲をはらうことに頼ったのである。

(10ページ)
この暗い光景は、古典神話の物語とは別の世界である。。。

わたしたちはこのような物語が、いつから現在のようにまとめられたか、その始まりを知らない。しかしそれがいつのことであったにせよ、原始生活が遠い彼方に去ってしまったからだということは確かである。わたしたちがいま物語で読む妖精たちは、偉大な詩人たちが作りだしたものである。。。ギリシア神話は、一般に古代人たちがどのような生活をしていたかについては、はっきりしたものを少しも与えていない。しかし初期のギリシア人が、どのような人間であったかについては、十分な光を当ててくれる。。。わたしたちは、知的にも、芸術的にも、また政治的にも、ギリシア人の子孫であるからだ。彼らについて学ぶすべては、わたしたちにとっては無縁ではないのだ。

人々はよく<ギリシアの奇跡>という。これはギリシアの夜明けと共に、新しい世界が誕生したことを表現しようとした語句だ。<古きものは去りぬ。見よ、すべてのものは新しくなれり>こう表現されるような事態が、ギリシアにおいておこったのだ。なぜそれがおこったのか、またいつおこったかについては全くわからない。わかっているのは、最も初期のギリシアの詩人たちと共に、今まで考えられなかった新しい物の見方が生れたということだけである。そしてその見方は、それ以後けっして消え去ることなくつづいてきている。ギリシア人の出現によって、人類が宇宙の中心であり、宇宙の中で最も重要な存在となったのだ。これは思想の革命であった。それまでは人類は、宇宙の重要な存在とはみなされていなかった。ギリシアにおいてはじめて人類は、人間とは何かを認識したのである。

(12ページ)
ギリシア人は自己の似姿として神をつくった。これは人間がそれまで考えつかなかったことだった。以前は、神が現実の存在に似ているということはなかった。神々はどんな生き物にも似ていなかった。例えばエジプトに高くそびえる巨像を見てみよう。。。猫の頭をした女性は硬直した姿をし、非人間的な残酷さを示している。それからまた奇怪で神秘的なスフィンクスがいる。これもどんな生き物にも似ていない。メソポタミアでも、どんな動物にも似ていない動物の姿をした浮彫が見つかっている。それは鳥の頭をした人間や、牛の頭をしたライオンや、ワシの翼を持った人間やライオンである。。。

こういう動物やそれに似たものを、ギリシア以前の世界では礼拝していたのである。これらの神々の像とギリシアの神々の像を、想像の中でちょっと比較してみよう。するとギリシアの神々の像がなんと正常で美しく、いかに新しい考えが生まれているかがわかるであろう。ギリシアの神像と共に宇宙は合理的なものとなったのである。

古代においてはギリシア人だけが、<目に見えるもの>に関心を抱いていたのである。彼らは自己の周囲の実際にあるものの中に、自己の欲求の満足を見出していた。。。

このような人間的な神々のおかげで、天空は当然のことながら愉快で親しみやすい場所となった。ギリシア人たちはその中で、アットホームな気持になった。。。

(14ページ)
人間化された世界、全能なる神の恐怖から解放された人間、これがギリシア神話の奇跡である。ギリシア以外のところで礼拝された恐ろしい存在、地・空・海に満ちている恐るべき霊といった存在は、ギリシア神話には現れていない。。。実際いくつかの物語が幻想性を持っていたとしても。。。誰でも注意ぶかくそれらの物語を読めば、一番ばからしいことでさえ根本的には合理的であることがわかる。そしてそれは、事実を重んずる世界にのみおこり得るものであることがわかる。途方もない怪物との戦いに全生涯をついやしたヘラクレスは、テーバイの町に住んでいたといつもいわれている。またアフロディテが海の泡から生まれたその場所を、古代の旅人たちは誰でも訪れることができたにちがいない。そこはキュテーラ島の沖合にあたるところだった。翼を持った馬ペガサスは1日じゅう空を飛んでコリントスにある心地よい馬小屋に行くのだった。。。この混同は何か子供っぽいことに思えるかもしれないが、こういう確固たる背景がいかに安心のいく分別であるかを考えてみるがよい。。。

恐ろしい非合理的存在は、古典神話には姿を見せない。ギリシア時代の前後にあんなに盛んだった魔術は、そこにはほとんど存在していない。恐ろしい超自然的な力を持った者としては男は姿を見せず、そこにはただ2,3人のそういう女がいるだけである。ヨーロッパやアメリカにおいて、ごく最近まで姿を見せていた悪魔的な魔術師や、嫌らしい魔女は、ギリシア神話には全然現れていない。魔女といえば、キルケとメディアだけだが、彼女らは若くてとびぬけた美しさを持っている。だから恐ろしい存在ではなく美しい存在なのであった。
(16ページ)
古代バビロンから現代まで栄えている占星術は、古代ギリシアにおいては全く見られない。星についての物語は少なくないが、星が人間の運命を左右するといった考えは全く見られない。ギリシア人の精神が星を見ることによって生みだしたのは天文学であった。。。。人々からひどく恐れられる神官(僧侶)の出てくる物語は1つもない。。。

ギリシア神話の世界は、人間の精神に恐怖を与える世界ではなかった。たしかに神々は何をやらかすか分からない存在であった。いつどこで、ゼウスの雷が鳴りひびくか分からなかった。それでもなお神々の大部分は、ほんのわずかの例外を除いて、おどろくほど人間的で美しかった。この人間的美しさを持ったものが、恐ろしい存在であるはずはなかった。ギリシア神話の作者たちは、恐れに満ちた世界を美に満ちた世界に変形させたのである。

しかしこの美しい明るい画面も、いくつかの暗い点を持っている。変化がゆっくりやってきたが、決して完了しなかった。人間的になった神々は、長い間かかってその崇拝者たちにほんのわずかの変化を与えただけだった。神々は比べようもないほど人間より美しく、より強力な存在だった。そしてもちろん不死であった。しかし神々は、ちゃんとした男や女なら決してしないようなことを時々やらかした。。。動物神がいたと思われる古い時代の名残が、物語の中に現われているのだ。サティロスは。。。ケンタウロスは。。。またいくつかの物語は、人間が犠牲として捧げられていた時代が昔あったことを示している。。。
(18ページ)
怪物はいろいろの姿で登場する。。。しかし怪物たちは、単に主人公を引きたたせるための存在にすぎない。彼らが登場しなかったら、主人公はいったい何ができたか。怪物たちはいつも主人公にうち負かされている。

しかしこのような野蛮な信仰の名残が残されていたとしても、それはおどろくにはあたらない。おどろくべきなのは、そのような物語が非常に数少ないということである。
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上の文章を読んだ時、私は鳥肌が立ち、身の毛がよだつのを感じた。自分の前に重大な謎が立ちはだかっているのが分かった。最も興味深く肝要に思われたのは、占星術について言われていたことだった。私達の占星術の星座はギリシャ神話を表わしているというのに、彼ら自身が占星術を行わなかったということがあり得るのだろうか?これは歴史上の深刻な不連続だった。ギリシャの前にも後にも、占星術は行われていたのである。実際、ギリシャの全ての神々が後代に採り入れられたのである。これはどうしたことだろうか?私はカシオペアンズに尋ねることにした:


970726 / 980404
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=33502471
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Q: どうして、古代ギリシャ神話には、占星術が出てこないの?

A: 出て来ないのではない。「スターリン化された(Stalinized)」のだ。

Q: どういう意味?

A: スターリンが失脚すると、ソヴィエトは彼についての記述を歴史書から削除した。同様にギリシャ人も、占星術を「スターリン化した」。

Q: どうして?

A: 致命的な秘密が明らかになるから。

Q: 誰に対して明らかになるの?

A: あなた。
[これは私だけのことではなく、人類のことだろう]

Q: もしパズルのピースを探し出すことが出来て、うまいこと組み立てることが出来たら、ドラマや第3・第4密度間の繋がりが、私たちの眼前に展開される訳ね?

A: それには元来の占星術を使わなくてはならないだろう。惑星の性質が宇宙的に変化する以前のものだ;例えば、金星は太陽系に無く、地球の地軸も違った方向を向いていた。

Q: あと、第5惑星カンテックの崩壊もあったしね。これはうわべを繕ってるのね。ホメロス等々の著作がもっともらしく世に出されて...本当は誰が一番なのか、答えが見つけ出せるような真の神話に近付けるソースってあるのかしら?

A: マン島をチェックしなさい。

Q: あなた方前に、聖書はギリシャの執行官(enforcer)が書いたんだって言ってたわね。で、今度は、ギリシャ神話はスターリン化されてると言うのね。ギリシャの文献には、幽霊や精霊が出てこないということにも気付いたのよ。ギリシャ人って、物質世界の崇拝者として描かれてるのよね。ピュタゴラスの転生信仰になんか、皆、舌を巻いてて...

A: あなた方が読んできたのは改ざんされたテキストだ。

Q: 知ってるわ。私は地球最古として知られる文書のコピーを持ってるのよ。いくらかは正確なテキストはどこに行けば手に入るのかしら?

A: ハーグ。

Q: そのギリシャの執行者はどこの家系だったの?

A: セロン階級。

Q: 聞いたことがないわ。またある時には、あなた方、ネフィリムのことも「執行者」と呼んでたじゃない。そのセロン階級とネフィリムとは関係があるの?

A: 多分。。。

Q: そのグループの本拠はどこにあるの?

A: シキントス(Sicinthos)。

Q: それって地名なの?聞いたことないわ。

A: Yes.
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上の引用文を『ウェイブ』第4巻で公表したところ、イタリア人読者から興味深い情報を受け取った:


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シキントスとはどこなんだろう?この言葉を聞いて僕が思い出したのは、リセウ高等音楽院で研究したことだ:詩人ウーゴ・フォスコロの生地はイタリア語で、ザンテ(Zante)ないしザキント(Zacinto)というんだけど、これはギリシャ語だとザキントス島(Zàkynthos)で、ギリシャのペロポネソス半島の北東、イオニア海に浮かぶ、400平方kmの島だ。古代史においてこの島は最初、「アカイア人」の植民地だったんだけど、その後BC455年にアテネの植民地となった。

伝説によれば、この島に最初に住んだのは、ダルダノスの子、ザキントだという。アカイア人はスペイン北部にも植民地を設けたとされ、こちらはサグント(Sagunto)というんだ(多分、レオン南東の小さな町、サアグンのことだろう)。

ザキントスとシキュオン(Sicyon)はアカイア人の植民地だった。ペルセウスはアカイア人だったし、ザキントの父、ダルダノスは、ギリシャ神話において、「宗教の教化者」として知られるが、「ギリシャの執行官」と言われた人々も、宗教と関係がある訳だ。彼はイタリアのトスカーナ地方(古代のエトルリア)のコルトナで生まれた。エトルリアの都市だ。彼はパラディウムを築き、サモトラケ島の秘教とキュベレ女神崇拝を創設した。彼はダルダニアーすなわちトロイの王だった。ホメロスの『イーリアス』では、アカイア人がトロイ人と戦ったとされる。スペインの植民地サグントは古代のザカンタ(Zakantha)だった。パラディウムは3個の立方体のような形をした木製の物体で、天から降って来たものと思われる。それらは幸運を呼ぶ物体だった。ギリシャ神話にはこれが多く出て来る。ロバート・グレーヴスの『ギリシア神話』にはこう書かれている(翻訳すると):「ザキントがゼウスに祈りを捧げると、彼もまたパラディウムを受け取った」

「セロン階級」については何も見つからなかった。だけど多分、関係文書はみな大昔に埋められ朽ち果ててしまったんだろう。スキタイについてはあまり知らないのだが、多分、スキタイ人はトロイやダルダノス家の人々と繋がりがあるんじゃないだろうか?

多分、知られている全ての文明は、スキタイと、そしてまた、シュメールやメソポタミアと繋がりがあるんだろう。だけど、僕がいつも気になっているのは、シーズの答えが主にギリシャに関係していることだ。シキントスの最後の音素である「トス」というのはギリシャ語に典型的なものだし、彼らの答えは専ら「ギリシャの執行官」という問題に関係していた。。。 “SIK“や“SIC“という語根は成長、肥沃さ、繁栄を意味するようだ。カルロ・パスカルの研究によると、シチリアは肥沃な土地だったという。
(2000年に受け取った私信)
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これはとても興味深く、また何かの手掛かりとなるものだった。というのも、ここには後々判明した手掛かりとのダイナミックな繋がりがあったからだ。だが、これらについてはいずれ取り上げるつもりである。さて、『ジーレイター(熱心者)』に戻って、一番興味深い発言を思い出されたい:


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入口の左手には、黄道の星座11個の像が並んでいる。その数は法定の12個ではなく、11個である。というのも、さそり座とてんびん座が1個に合わさっているからで、サソリの像がハサミ(chelae)ないし爪(claws)でもって、てんびん座のはかりを握っているのだ。古代ギリシャの黄道宮のイメージが、アレクサンドリア-ローマの天文学者プトレマイオスの著作から、最初のロマネスク様式の大聖堂建築家へと解き放たれた(manumitted)時は、このような形をしていたのである。
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※ヘッゼル前掲書。


“manumit”とは、「解放する」という意味である。特にそれは「手放す、奴隷を自由の身にする」ことを意味する。

クラウディオス・プトレマイオスは、AD2世紀の名高いギリシャ-エジプトの数学者、天文学者であり、ローマ支配下の世界の地理学者だった。彼はアレキサンドリアで天体観測を行っており、古代最後の偉大な天文学者だった。


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彼はデータと原理を体系化・記録し、それはアレキサンドリアじゅうの科学者に知られていた。。。ギリシャで発達した数学および天文学の体系は、彼の113巻に及ぶ著作『アルマゲスト』に集大成された。大家ヒッパルコスを敬愛し。。。
(コロンビア百科事典)
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ギリシャ人のプトレマイオスと言えば、BC285-246年の間、ギリシャ人としてエジプト王だったプトレマイオス2世、すなわちプトレマイオス・ピラデルポスについて述べねばなるまい。彼は「アレキサンドリアをギリシャ世界の文化的な中心地にしようとした父の遺志を受け継いだ。彼はモーセ五書をギリシャ語の七十人訳聖書に翻訳させた」(コロンビア百科事典)。という訳で、ギリシャ人と一神教のコントロールシステムとは、ごく初期の時点で繋がっていたことが分かる。多分カシオペアンズが言っていたことは、結局そう無茶なことではないのだろう。

しかし、プトレマイオスの著作から黄道宮のイメージを解き放つという考えもさることながら、この解放という言葉にはもう1つの意味合いがあった。手と特に関係がある、この言葉の、既に考察した奇妙な使い方以外の方について、私達はカシオペアンズと議論したことがある:


971004
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Q: 交信文を読んでいて、STS連中のグループと結ばれた「契約」についての言及に出くわしたんだけど、そのグループは「ロスティーム」という名前で、薔薇十字の起こりだと言うのね。ロバート・ボーヴァル、エイドリアン・ギルバート共著(吉村作治監修、近藤隆文訳)『オリオン・ミステリー』(NHK出版 1995)という本で、著者たちはギザがかつてはロスタウ(RosTau)と呼ばれていて、これは「バラの十字」という意味だと述べているわ。十字に添えられたバラとは何を象徴するのか知りたいの。十字架に釘打たれたイエスのイメージこそ十字に添えられたバラのように私には思えるんだけど。イエスがバラにどう関係してるの?

A: No, 十字から生じたのがバラだ。

Q: 十字は何を象徴してるの?

A: 象徴は問題でない。それは影響だ。

Q: 十字の影響って何?

A: それに続く一切の事。

Q: 同様にして気付いたんだけど、クモ類の動物には綱がたった2つしかないのよ。サソリとクモだけなの。十二宮はサソリからハサミを取って、天秤宮を作ることで変えられたのよ。
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~ishizaka/earlysummer.jpg
そのイメージは1人の女性が上皿てんびんを持って、普通目隠ししている姿で表されるわ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E
これが行われたのは有史以後なんだけど、正式なものになったのはおそらくカバラの神秘術の流派を通じてでしょうね。もしそのようなものがあるとして、誰が白帽で誰が黒帽なのかの答えを見つけ出そうとして私が到達した仮の結論は、巣を作るクモは薔薇十字陣営であり、サソリの方は知恵の探求者を表しているのだろうということよ。というのも、実際、サソリ(Scorpio)という言葉は、「見抜く(貫く)こと」ないし「ヴェールを剥ぐこと」を意味する語と同じ語根から成り立ってるんですもの。そしてまた、サソリは"per Ziu"すなわち「神のため」を意味するペルセウスでもあるのよ。そして薔薇十字は、言ってみれば「向こうサイド」なのよ。詳しく教えて頂戴?それかコメントを?

A: 何と込み入ったクモの巣を張ってしまったことか。こんな中にあなた方を巻き込むべきではない。

Q: それじゃあ、バラがクモなの?

A: 別の物体だ。

Q: それじゃあ、トゲのあるバラは。。。バラをイメージするのを手伝って頂戴。。。バラがサソリなの?

A: No. 別の物体だ。。。バラは単独のシンボルだ。

Q: それじゃあ、バラはどちらかの側で利用されてるかも知れないってこと?

A: 多分。

Q: サソリ(Scorpio)の語源になりそうな他の語根は、"skopos"すなわち「見る」よ。あなた方前に、人類はサソリ座に属するダンキアー星に種蒔かれたって言ってたわね。だから、十二宮が定められて手掛かりが葬られたとき、どうやら人間からパワーを取り上げるためにこの天秤座が挿入されて、サソリの手はもぎとられ、真実を見抜けないように、無防備になるように仕組まれたということのようね。このイメージは近い?

A: 外していない。
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この『ジーレイター(熱心者)』のメッセージの中に「導かれている」要素を認めるなんて、私はどうかしているのだろうか?私はこの1節をもう1度見てみた:「サソリの像がハサミ(chelae)ないし爪(claws)でもって、てんびん座のはかりを握っているのだ。古代ギリシャの黄道宮のイメージが。。。解き放たれた(manumitted)時は、このような形をしていたのである」

爪の他にどうしてハサミが重ねて用いられているのだろうか?ハサミとは爪のことであり、これはダブっているのだ。だから、手から解放するという意味の”manumitted”というピッタリ来ない言葉が使われているだけでなく、同じ節の中にダブリもあって;しかも、これらはいずれも、殊の外文法的で、用語法も正確な本の中に出て来るのである。

ハサミについて、私達が他に知っていることは何だろうか?これはキレートに関係がある。キレートとは、ハサミを持っているような姿をした化合物のことだ。
(※キレート
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化学においてキレート (英: chelate) とは、複数の配位座を持つ配位子(多座配位子)による金属イオンへの結合(配位)をいう。このようにしてできている錯体をキレート錯体と呼ぶ。キレート錯体は配位子が複数の配位座を持っているために、配位している物質から分離しにくい。これをキレート効果という。原子の立体構造によって生じた隙間に金属を挟む姿から、ギリシャ語の「蟹のハサミ」(chele )に由来する[1]。
1.^ Morgan, Gilbert T.; Drew, Harry D. K. (1920). “CLXII.−Researches on residual affinity and co-ordination. Part II. Acetylacetones of selenium and tellurium”. J. Chem. Soc., Trans. 117: 1456)
中央の原子 ― 通常、金属イオン ― に、少なくとも2つの隣接する原子が結合して、環の構造を成している。これはまた、金属イオンを他の分子と反応させてキレートを形成させるのだ。(炭素原子の場合を考えられたい。)

サソリに手が無いという問題には、さらに他の意味合いがある:


941023 / 951111
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=28391988
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Q: (L) それじゃあ、どうやって人類はここにやってきたの?

A: いろんな要因が組み合わさった。多数の魂が物質的な存在になりたいと願っていたところ、グレイを操るトカゲ、ネフィリム、オリオン連合という、主として3つの勢力によって変性させられた。

Q: (L) もう一度教えて。ネフィリムって誰?

A: 実行部隊(Enforcers)。オリオンの奴隷。3C惑星ないし第3星、第3惑星から来た。

Q: (L) 以前、ネフィリムがやって来たのは、蠍座の辺りからだったって言ってたわね。合ってる?

A: 元々はそこで種蒔かれたんだけど、それはあなたがただってそうだ。

Q: (L) 私達は元々別のどこかで種蒔かれたんですって?どこ?オリオン?その星の名前は?

A: ダンキアー(アンク人の星)。アンクというのは、その星の古代のシンボルだ。女性のシンボルで、母なる星であることを表していた。

[これは、全人類のミトコンドリアDNAの源を示唆する]

Q: (L) あなた方に、オリオンの伝説を研究すべきだと言われたので、いくつかソースに当ってみたんだけど、この伝説というのは基本的に、完全な男性に関するもので、彼がある女性と恋に落ちるんだけど、彼女の父親は嫉妬から、彼を盲にしてしまうの。唯一治す方法は光を、曙の女神オーロラを見詰めることだったのよ。視力を取り戻すにはね。これが、人類の本来の故郷がオリオンであることとどう関係するのか、教えて頂戴?

A: 答を見付けるのはあなただ。

Q: (L) オリオンとさそり座の関係について、今読んでいる本に面白い事が書いてあるんだけど、オリオンの弓はサソリに向けられてると言うのよ。さっき、あなた方、人類の物理体はさそり座にあるダンキアーという星で分子化された、あるいは、されてるって言ったわ。

A: Yes.

Q: (L) オリオンとさそり座の関係とは何なの?「悪玉」のオリオンが射ようとしているさそり座こそ、元々人類が物質として姿を現した場所なのよね。。。

A: 悪玉だって?

Q: (L) 悪玉だと言ったのは取り消すわ。「さそり座を射ようとしてる」のよ。これは人間の身体と何か象徴的な関係があるのかしら。。。

A: 全て互いに関係がある。
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スーザ渓谷で見つけた黄道11宮について、ヘッゼルはこう付け加える:


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入口の右手には、15 [3-5!] 個の星座の像がある。それらの殆どは、大理石上の宝石細工でもってその名が記されている。これらの彫像はヨーロッパにおける宝石美術の中でも独特なものだろう。おそらく建築家はこれらを、BC3世紀の詩人アラトスの『現象』 ― 星座に関する詩 ― のアラビア語版から写し取ったのだろう。元々の写本にあった絵は失われてしまっているが、これらの浅浮き彫りの淵源をギリシャ古典時代に辿り得ることは疑いない。
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※ヘッゼル前掲書。


ヘッゼル本の注:浅浮き彫りに見られる星座名は、1ワシ、2イルカ、3ペガサス、4三角、5オリオン、6ウサギ、7イヌ、8小イヌ、9サメ、10エリダヌス、11ケンタウルス、12クジラ、13ろくでなし、14祭壇、そして15ハイドラである。(ギオバンニ・ガッド『スーザ渓谷のサクラ・ディ・サンミケーレ』(未邦訳)参照。)


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。。。アルカナのシンボル、あるいは、それらが具現している秘教思想について議論できる人に出会うことはまず無いものだ。。。アーチにあしらわれた宇宙像に興味のある人は殆ど居ないとみえ、多少なりとも解読を試みたという人にすら私は出会ったことがない。これは驚くには当らない:このシンボルはメーソンの神秘学派によってデザインされ、学者ですら理解できないようなアルカナ的知識を並べたものなのだ。。。

我々は大いに時間を掛けて『サクラ』にある占星術の像を研究した。しかし、それらが我々の魂に投げかける重要な問いに対する答えを見付けることはできなかった。なぜ、何の目的で、これらの像が彫られ、どうしてこれらが、ロマネスク建築の芸術的レパートリーに溶け込んでいかなかったのか、我々には解明できなかった。これらの星座の像は他の修道院や教会、あるいは大聖堂には見られない:それらはどうやら『サクラ』にしか無いものらしい。

このような星の像にアルカナ的意味合いを見出したロマネクスの建築家は居ないようであり、この結果、これらの星座像は西洋の石工にとって失われたものらしい。これらの像を研究したヨーロッパの専門家は、居たとしてもごくわずかであり、これらを取り扱った学術文献は存在しない。唯一の手掛かりとしては。。。秘密の暗号で書かれた興味をかきたてられる写本があるのみだ。

これらの像の起源を探求するうち、我々は探求に光をもたらすと思われるバチカン図書館書庫秘蔵の1つの写本を発見した。この文書は彫刻家の名前がニコラスであると確証していた。。。このニコラスがイニシエートであるのは明らかだ。というのも、宇宙像の全体的な配置 ― もはや本来の配置をとどめていないとはいえ ― は、秘教的なシンボリズムとパワーの匂いを強く放っているからである。。。

彼の名前を確証する写本の中には、中世の変則的なラテン語で書かれた、長い謎の1文がある。読むには読めるのだが、秘められた意味はつかめなかった。テキストは暗号化されているらしく、我々の理解を拒むのである。
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※ヘッゼル前掲書。


錬金術的、占星術的、そして、カバラ的香りさえする、ぎこちない変則的ラテン文はこう書いてある:


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Dilexi secreta loca qui in arbore erant hostic factus est luminosus lapis cibus ante animalis et recedens de suprema rami arbor radicibus evulsa in terra quod ita domus ipsa fumabat.
(※ここはヘッゼル前掲書にある注そのままで、ラテン文の英訳もありません。下は自動翻訳に手を加えたテキトーなものです。)
木の上の方に掛かっている秘密の恋愛相談役は敵意を持っており、明るい石で出来ている。それは人間や動物を食べる。それは息つく間もなく、上の木の枝の辺りから地面の根本まで降りて来て、世帯ごと吸い込む。
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さて、ここで私が言いたいのは、これを書き始めるよりさほど以前に出版されたのでもないこの本が私の手元にやって来たのは、黄道11宮の問題をウェブサイトで公表したからだということである。誰かがそれを読んで、この本について述べたのだった。丁度その時、前章で述べたドラマが起り始め、私の注意を逸らして、この手掛かりをフォローさせなかったばかりか、プロジェクト全体を殆ど中止させるところだったのである。

ところが、この邪魔が私の気を逸らし、ワークを止めさせようとする公然たる試みだったものの、実際に起った事は順番が入れ替わり、私はネットから、この本を読む方に注意を移される結果となった。この本を読んでいると、多くの章節が直接私に語りかけてくるのが分かった;中でも一番度肝を抜かれたのが、黄道11宮の議論である。私が上に述べた観点から黄道11宮について考えている人々が地球上に沢山居るなどとは、私にはとても信じられなかった;とりわけ彼らが、てんびん座が追加されたのには、何らかの強力なシンボリズムがあると考えているのだから驚きである;見せかけに反して、てんびん座 ― 目隠しをされているところはオリオン神そっくりである ― は実際には、コントロールシステムによる人類支配につき解明する上での手掛かりであり、この真相について古代には知られていたのだが、この知識は「ギリシャの執行官」によって「スターリン化」されてしまったのだ。

2000年1月22日に行った直近のセッションでは、「月」をテーマにやり取りが繰り返されている。奇妙にもこれは、アークがeグループのメンバーに答えて、人類は「月の食料」であるというコントロールシステムに関するグルジェフの言葉を書き送った翌日頃に行われたものなのだ。(65章参照)


(※ 000122 より、月に関する部分。このセッションには9章で取り上げられている「チキン・マン」の話題も出てきます。
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Q: さてこれは、月面にある「道路」みたいなものの写真よ。
http://web.archive.org/web/20010623014855/http://www.cassiopaea.org/images/landstrip.jpg
これは長さ29m、幅約1kmで、「滑走路」と呼ばれてるわ。私に言わせれば、滑走路にしてはかなり大きいようだけど、これって何?

A: 古代の採掘作業の痕跡。

Q: 私達の暦で言うと、どのくらい古いの?

A: 大体35万年前。

Q: 具体的には、この跡がどんな風に採掘作業と関係あるの?露天掘りだったの?それとも、採掘用の機械がここを行ったり来たりしてたの?でなけりゃ何?

A: 地下坑道採掘。

Q: それじゃあ、これは地下の採掘で出来た窪みなんだわ。何を掘ってたの?

A: 亜炭と金。

Q: 採掘してたのは誰?

A: あなた方を作ったのは?

Q: オリオン?

A: Yes.

Q: 彼らは亜炭と金を何に使ったの?

A: 電磁気の伝導。

Q: 彼らはこの原料を太陽系外のどこかに持ち出して使ったの?

A: 幾らかは。

Q: (A) これはちょっと理解できないな。第4密度生命体ほども賢くない錬金術師だって金を作れたらしいじゃないか。それなら、もっとずっと進歩しているオリオンが、おそらくは変容の方法も知らず、採掘を行う必要があったのか?彼らが賢いのなら、どうして鉄を金に変容させられなかったんだ?どうして彼らは金を採掘しなくてはならなかったんだろう?

A: しなくてはならない?そうとは限らない。貪欲さは、目の前にあれば奪うよう命じるものだ。贋金づくりは現金の隠し場所が分かりながら、何もせずにそこから立ち去るだろうか?
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偶然にも、月のテーマが『ジーレイター(熱心者)』には繰り返し出て来たため、私は月にはどんな大事な事があるのだろうかと考え始めた。

少々戻るが、アルカディアの牧童やレンヌ・ル・シャトーのシンボリズムについての質問から始まってここまで来ていることを思い出されたい。あのページを公開した後、しばらく文通をしていた、ある読者から私はメールを受け取ったのだが、そこに述べられていた体験談から確信したのは、第4密度を垣間見ることが出来る能力のせいで、彼女もまた認知的不協和を「患っている」1人だということだった。彼女曰く:


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今、『ウェイブ』13b(※現31章のかつての呼び名。)
http://web.archive.org/web/20041212203235/http://www.cassiopaea.org/cass/wave13b.htm
を読んだわ。面白かった。

「レンヌ・ル・シャトーの財宝」に関する話ね。

私、リスペクトしてるオカルティストの友人が何人か居るのよ。ある日、彼らの1人と話してたんだけど;彼は確か。。。『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』に行ったことがあると言ってたわ。これはサラ・ウィンチェスター(ライフルのウィンチェスター社の経営者)が建てた幽霊屋敷で、霊媒師か何かのアドバイスに従ったんだったと思う。

友人の考えでは、この物語はでっち上げで、どうしてサラ・ウィンチェスターがこんな奇妙な家を建てたのか説明するための作り話なの。彼に言わせると、これは実際には「記憶の宮殿」なのよ。
http://lifehacking.jp/2008/09/creating-a-memory-palace/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%B9
何のことか分からなかった私は、彼に尋ねたわ。そしたら、記憶の宮殿とはどうやら(これはエソテリックだとも思ったけど、オカルト学徒のようなエソテリックな事を知ってる人々の間では知られてるの)物質に関する一種のデータベースとして機能する、物理的建築物みたいなのよ。

記憶の宮殿とはどうやら、それを築いた人の心の構造の、物質による模倣らしいの。どういうことかと言うと、人がその建物に入って、宮殿の中の物を手に取ったり、眺めたり等々することで記憶を呼び戻すんでしょうね。どうやら記憶の宮殿の中の物は、心の中の何かのトリガーとなるみたい。。。

一体どんな風にしてそれは心の中のトリガーとして働くのかしら?分からないけど。。。これらの構造物は様々な事をするように建てられたみたいね。

さて、レンヌ・ル・シャトーはある種の記憶の宮殿なんじゃないかしら?それは特定の種類の心に「働きかける」ように作られてるのかも知れない。。。ある血筋ないし霊的血筋を持つ人々の心に対してね。(ある人々は肉体的な両親の他に、そのような人々の「非肉体的な」身体(エーテル体等々)に対して(比喩的な言い方だけど)遺伝子を与えた「非肉体的な」両親を<持っている>んだと思うの。)

だから。。。もしかすると、このようなある肉体的ないし非肉体的「遺伝系統」の人がレンヌ・ル・シャトーの地に立つと、それが彼らの心の中の何かにとってのトリガーとなるんじゃないかしら。。。でも、「何の」トリガー?変容のプロセス?記憶?分からないわ。この場所を訪れる誰かの側で起こるある反応があって、レンヌ・ル・シャトーは彼らがこの「遺伝系統」の1つだと「注目する」のかも知れない。これがレンヌ・ル・シャトーの財宝の秘密かも知れないわ ― 一種の変容構造か何かがね。

そしてまた私の直観では、世界の、ある特定の女性たちは。。。あるタイプの意識を持っていて、彼女達は周りの世の中に対して破廉恥な黒船の存在(おそらくあなたが「トカゲ」と呼ぶものに対して私が使う言葉よ)が影響を及ぼすのに利用されてるようなの。

彼女たちはある非常に興味深い能力を持っていて、それは確かに大衆を操作したいと思っている人にとっての関心事なのよ。このような(肉体的・非肉体的両方の)「遺伝子タイプ」の女性たちが、イエス/マリアの血筋に転生してくるのに「利用」されてるのかしら?レンヌ・ル・シャトーは多分、これにも関係があるんだわ。

あと私、一種の白日夢を見たんだけど、その中で誰かが聖杯の血筋について、こう言ったのよ ― 「確かに、そのような血筋や、幾つかの王家はそうしたものの一部かも知れないけど、物理体系列に転生するために『利用』された魂の家族は、実はもはや何の働きもしていない」
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『アルカディアの牧童』の問題を提示したレンヌ・ル・シャトーの件について調査した結果、私はエリザベス・ヴァン・ビューレンの書いた『レンヌ・ル・シャトー:黙示録からの避難』(未邦訳)という本に出会った。

さて、思い出されたいのだが、オーク・アイランドについて唐突に質問した結果、私は錬金術とフルカネリのテーマに導かれたのだった。そして、イエスに関する疑問から導かれたのが、レンヌ・ル・シャトーの1件だった。気付いたのだが、これら3つの全てが、「アルカディア」という言葉に収束するのである。オーク・アイランドは北アメリカ北東部の、かつてはアルカディアと呼ばれた地域にあり(しかし、そこは後に「アカディア」となった);レンヌ・ル・シャトーの件は、この言葉を題名に含む絵画をめぐるものだった。

フルカネリは最後にピレネー山地で目撃された錬金術師であり、レンヌ・ル・シャトーは、ピレネーのふもとにある丘だ。テンプル騎士団はレンヌ・ル・シャトーと繋がりがあり、テンプル騎士団が滅びたと思われる頃に薔薇十字が突然姿を現した。これは偶然では無いと噂されている。錬金術はアラブからヨーロッパにもたらされたと考えられており、テンプル騎士団は、アラブの有力者および事績と長い間関係を保っていた。だから錬金術に関係していると推論できる。そして、薔薇十字による錬金術の物語は伝説的なものである。

こうした全ては手掛かりとなるものだが、どれも誰が一番かについては教えてくれない。そこで、エリザベス・ヴァン・ビューレンの書いたレンヌ・ル・シャトー本だが、彼女がこの本全体で織りなしているテーマはフルカネリなのである。それだけではない。彼女は、私にそっくりの、「他次元への戸口」や「本物のアーク」という考えを述べているのだ。

とはいえ、真の秘密の学派というものが存在するとしたら、彼らが自分達の秘密を慎重にガードしているという問題は依然として残る。そして、カシオペアンズが明示しているように、秘密の誓いを立てている彼らが、超次元の存在との関係を明かすとは考えられない:


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ヘビの王は信奉者に無限のパワーを約束した。そのため信奉者達は無限の知識を得ようと求めねばならず、この無限の知識のために彼らは無限の忠誠を誓い、この無限の忠誠こそ彼らが無限の智慧が見つかるまで永遠に持とうとするものであり、無限の知慧のために彼らはあらゆる無限を探し求める。
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だから、カシオペアンズが、このような「イニシエーションの秘密」と明らかに関係ある情報を公言するとき、そこにはコントロールシステムに関する、彼らの情報の持つもっと広い視野からの、何らかの証拠が存在すると考えられるであろう。

あなたがどこに立っていて、どの方向を見ても、見つかるのはクモの巣ばかりである。心霊主義から始めようが構わない。自由に軌跡を辿って行けば、最後は古生物学や、宇宙物理学、精神医学、神話学、地質学等々に行き着くだろう。罠にかけ食い物にするため操作されて来なかった人類文化の要素など存在しないのである。


(本章終わり)
posted by たカシー at 07:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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