2013年01月25日

(その1)フルカネリの正体とダヴィンチ・コード

http://cassiopaea.org/2010/09/22/the-true-identity-of-fulcanelli-and-the-da-vinci-code/
http://www.cassiopaea.org/cass/fulcanelli_da_vinci_code.htm
フルカネリの正体とダヴィンチ・コード(ローラ・ナイト=ヤズィック著)
(※『世界の秘められた歴史および生きてそこから脱出する方法(世界秘史)』
http://www.secrethistoryoftheworld.com/
の「後書き」と同内容で、テキストもそちらに拠ります。)


大勢の人々がダン・ブラウン著『ダヴィンチ・コード』を読んでいるこんにち、人類の真の歴史が隠ぺいされていることへの気付きが、真実に対する渇望と共に、急速に広まっているようである。本書『世界秘史』において、私は、知識の数多くの「伏流」を取り扱った。これらは記録された歴史において、周期的に世に姿を現してきた。このような伝統としては、エレウシスの秘儀、
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オルフェウスの伝説、
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グノーシス主義、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39833382&comm_id=2590126
グルジェフの第4の道、すなわち「秘教的キリスト教」、
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カタリ派
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=66064599&comm_id=2590126
がある。これらは聖杯物語の出現と共に姿を潜めたのだった。錬金術もまた、このような伝統に属する。それは先史時代からの最古の伝承とこれらを結び付けるものであり、そうした最古の伝承の中には、シベリアのシャーマニズム、ミルチア・エリアーデが言うところの「古代のエクスタシー技術」が含まれる。

それ故、全く当然ながら、私は読者に対して、これから記す一連の見解は、グノーシス主義、スーフィズム、聖杯伝説、錬金術、そしてヘルメス主義全般を含む、秘教の歴史や比較宗教学に精通している人々にしか理解できないだろうと警告しておく。本稿は直接いきなり大いなる神秘の中に入って行くことになる。第4の道のワークに没頭し、真に「見え」始めている人々なら、グルジェフのワークが持つ深い意味合いをそこに認めるだろう。

図版6「キリストの埋葬」は私がオーシュ大聖堂(ジュール県:県番号32)で撮ったものだ。この大聖堂の守護聖人は黒い聖母(Black Virgin)である。

イニシエーションを暗示する、この2語の中には、こんにちの世界でも健在である霊的リアリティーが潜んでいる。「黒い聖母」とは、探究者を再生へと導く、隠れた存在なのだ。オーシュ大聖堂の守護聖人を称える銘は、中央扉上の黒大理石に彫り込まれている。曰く、「神を産み給う黒き聖母に捧ぐ」と。

意味深長なことに、「給う」であって「給いし」ではない。

大聖堂の中には、細部でもって黒い聖母を暗示している肖像が2つある。1つ目は礼拝室13のサモスのシビュラ(=神託巫女)(右ページ下側)で、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%A9
彼女の衣装も顔も茶色であり、彼女は身籠っていて、揺り籠を手に持っている。

もう1方は、天蓋の中、聖歌隊席にあり、アダムとイブを描いたパネルのすぐ次に配されている。「慈善」という名前である。
http://www.flickr.com/photos/63432723@N06/5860730240/
彼女の足元には2人の子供達が立って、彼女の方に手を伸ばしてかしずいている。

引退した神父であるレイモン・モンテインは、オーシュ大聖堂の並外れた秘教芸術の研究に人生を費やした人物である。彼は次のように記している:


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それはアルノー・ド・モル
res.franceguide.com/jp/press/25_Grands_sites.pdf
の手がけた注目すべきステンドグラスの中でも格別のものである。1507年から1513年の作であるこれらは、ルネッサンスでも最も優れたものと言える。有名な美術評論家であるエミール・マールも、「考える限り、この時期の作品でオーシュのステンドグラスに匹敵するものはない」と書いている。

この並外れたステンドグラスは18枚の窓に描かれた連作である。いずれも豊かな飾り付けとなっており、出所も様々な大勢のキャラクターが集まっている。殆どは聖書からのものであるが、中にはシビュラのように、異教系のものもある。これらの窓に描かれた物語のテーマは最大限の慎重さをもって選ばれている。テーマを発見するには、一見したところ何ら関わりを持たない異質の人物たちの間にある、目に見えないつながりを生みだす金糸を探さなくてはならない。

これらのステンドグラスを訪れるときは、袖廊の礼拝室11から始めて、左から右へと進まねばならない。。。[図版7参照]

ある考えの下にこれらは集められたのだ。それは何だろうか?この謎を解く鍵は、シビュラの手にある。彼女が抱えている物体がこの謎を解く鍵だ。聖書に述べられた、この象徴的な物体は、ステンドグラスに描かれた人物のそれぞれと何らかの形で関わりを持っている。これによって彼らは1つの考えの下にまとまるのである。作者は彼らを出会わせることでもって、あるテーマを明らかにしようと、物語を描こうとしたのだ。。。

これらのステンドグラスの連作に描かれているのは、有名な人物ばかりではない。最も有名な人物たちの一部は描かれていないものの、何人か、それより有名でない人物が、選ばれて登場している。何より重要なのは、登場人物自体ではなくて、これらから連想される物語、これらが示そうとしている運命である。シビュラのように、各人が1つの物語を提示するのに当てられている。それぞれが厳しい試練の真っただ中に置かれているのだ。。。

彼らは到る所からやって来ている。あらゆる階級、あらゆる起源からである。彼らは有名な名人のように、この大いなる祭典に進んでやって来た。だが、これは彼ら自身の利益のためではなく、社会的、人道的な務めのためである。

アルノー・ド・モルのステンドグラスに登場している有名人たちは、それぞれの流儀でもって、壮大な叙事詩を描き、「歴史」を展開しているのだ。

さて、ここで1つ疑問なのは:作品に署名している、名人ガラス工、アルノー・ド・モルの本当の役割とは何だろうか?ということである。

自らに委ねられた一種の台本を描き出すことで、アルノー・ド・モルは匠の技を示した。彼は職人のための学校 ― 中世およびゴシック期の技法で有名な学校 ― で育った器用な職人だった。彼の仲間達もまた彼同様、真面目で有用で、自分たちの職務に専念していた。

アルノー・ド・モルの手になる18枚のステンドグラスは、そんな訳で桁外れの傑作となったのである。これらのアンサンブルで、聖歌隊席同様、真にユニークなのは、そこに表されたメッセージである。アルノー・ド・モルは芸術家であって、霊感を受けたのは彼ではない。この思想は知られざるパトロンによって与えられた。。。

よくよく見るとまず印象付けられるのが、細部にも贅が尽くされ多彩に飾られている点である。このインスピレーションのソースは、聖書や聖人の人生からのみならず、自然や神話、異教や聖杯探求そして騎士道からもテーマが採られている。。。

この卓越した組み合わせは単なる芸術ではない!ステンドグラス同様、そこには思想が、メッセージが含まれているのだ。

聖歌隊席の細部を注意深く観察すると、何かが即座に目の前に現れる:悪魔、ヘビ、あらゆる種類の邪悪な獣やモンスターがそこには群がっているのだ。この侵略は、我々が語りかけられている、深遠な歴史的動きと合致した、これら一切の悲劇的側面を際立たせる上で一役買っている。

悲劇的側面は補完的なものであって、アルノー・ド・モルのステンドグラスと組み合わせて配されねばならない。ステンドグラスと聖歌隊席とは一体を成すものだ。2つの傑作は同時にデザインされた。語られている物語は同じである。このテーマはガラス工と彫刻家に示された。このテーマが想起させるのは同じ現実:人間一般にとっての現実である。

殆どの人びとが想起するのはダンテの描いた地獄だろう。だが、ここで明かされている悲劇は地獄ではない。それは地上における人類の歴史である。慈善は ― 素手で ― ただ1つの望みに支えられながら、ただ1人で、モンスターや悪魔のすぐ前を歩いている。それでも彼女は、勇敢にも悪魔や邪悪なヘビに立ち向かうのだ。サイクルの終わりには、彼女は勝利の強者となるのである。彼女のミッションは成し遂げられる。というのも、あらゆる邪悪なヘビどもは彼女の足の下で潰され、ついに彼女の手によって征服されるのが見えるからだ。

歴史とは後になってから語られ思い出されるものなるがゆえに、我々の芸術家たちは前もってこのドラマチックな冒険が我々に命をもたらすだろうことを知っていたのである。

何と該博な!何たる見通しが、オーシュ聖歌隊席の木工細工から飛び出して来ることか!これら聖歌隊席の類まれなる仕事を、ミケランジェロのフレスコ画に勝るとも劣らないと言い切る鑑定家も居る。
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アルノー・ド・モルとは何者だったか調べて行くうち判明した事を参考までに述べると、得られた情報によれば、これはある1団につけられた名前だったようである。「自由を愛する職人団」(原注414)、あるいはおそらくアナグラムであろう。グリーン・ランゲージを手掛かりにすれば、「ド・モレ」という名が持つ意味は豊富で、かたや、テンプル騎士団の最後の総長だったジャック・ド・モレーと同じ音を選んだ可能性から、同様にして導かれるフランス語の”mole”が意味する「石」ないし防波堤まで様々なのだ。英語だとグリーン・ランゲージ的に導かれるのは、あの地下に棲む生き物、あるいは、「秘められた」伝統となる。それにもちろん、「我が神レオナルド」とも読める。読者も良い解釈を思いつかれるだろう。解釈はこれだけではない。だが、今のところはこのテーマに逸れる訳にはいかない。私には話さねばならない物語があるからだ。

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原注
414 http://www.cassiopaea.org/cass/Laura-Knight-Jadczyk/column-lkj-28-07-03.htm
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2003年、様々な理由から私たちは、フランスへの移住を決めた。数多くの研究センターでかつて共に働いたフランス人科学者たちから、アークがヨーロッパに戻って来るよう熱心な期待を寄せられたため、
http://www.quantumfuture.net/quantum_future/
私たちは研究上互いを利する道を求めることにした。

私たちは働きながら研究も続けられるような、平和で安全な田舎暮らしにあこがれていた。様々なソースから受けるプレッシャーは激しさを増す一方で、私達は心の平和ばかりか命まで脅かされていたからである。(原注415)


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原注
415:私の人生の1時期について綴った自伝『アメイジング・グレース』の中である程度論じたのだが、生まれた直後から私には非常に奇妙な出来事が数多く起こり、それは今もなお続いている。このことからして、神秘的団体の中には、私の存在および業績に対して、ある種の並々ならぬ関心を抱いているものが確かにあることは間違いない。客観的証拠に照らして、これらの団体のあるものは私を殺したいのではなく、私をコントロールしたいと思っているのは間違いない。だがその一方で、他の団体は私を守り、何らかの「ミッション」を成功できるよう取り計らってくれているのである。このミッションについて、私は殆ど気付いていなかったが、どうやら私は満足の行く形で「一歩づつ」それを発見しつつあるようなのだ。
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数週間かけて、フランスの詳しい地図や人口統計等々を研究した結果、私はオーシュ付近の地域に住もうと決めた。田園地帯の農業地域である。そこで私たちは、フランスの友人たちにこのことを知らせて、家探しが始まったのである。

私達がフランスに到着した時、生活の大変化に対する不安と疲れで一杯だった私は、「新居を借り受ける契約にサインしたオーシュの不動産業者の隣には大聖堂が建っていたなあ」という程度にしか気にしていなかった。こんな興味深い、古い教会が間近にあるとは、何となく嬉しかったが、わざわざ中に入って見てみようという気はなかった。結局私はパリのノートルダム寺院に出かけたのである!フルカネリの著書、『大聖堂の秘密』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=59053453&comm_id=2590126
はパリやアミアン、そしてブールジュにある建築物について論じていなかっただろうか?オーシュの大聖堂に一体何があるというのだろうか?

しかし、アメリカからの1人の訪問客に質問されたお蔭で(ありがとう、シャーロット)、それまで聞いたことがなかった「有名な像」を見たいという好奇心に駆られた私は、時間を割いてこれを観に行った。そして、アルノー・ド・モルの作になるステンドグラスや聖歌隊席を見た途端、私はオーシュ大聖堂が明らかにエソテリックな重要性を帯びていることに気付き呆然としつつ、どうしてフルカネリはこれについて述べ損なったのか理解できなかった。

それは謎であったが、時間が経って、多くの手掛かりが明らかになるに連れて、これから説明するように、オーシュ大聖堂が省略されたのは、簡単な理由から、すなわち、この大聖堂が鍵を握っているのは極めて明白だからに他ならないのだと分かった。フルカネリとしては、リアリティの偉大な秘密を解く鍵を、芸術愛好家が1,2年で解明してしまうような事態を避けたかったのである。加えて、フルカネリによれば、神の加護 ― 私達がカシオペアンとの交信によって得たことは間違いない ― なくしては、謎を解く望みは無いのである。これは、自分達こそエソテリシストだと宣伝するような輩によってしばしば見過ごされがちな戒めの1つである。スーフィズムの偉大なシャイフであるイブン・アル=アラビはこう指摘している。すなわち、ある探究者が戸口に立って一生扉を叩き続けても、それが開かれることは無いが、他の人はただ1度頼むだけで認められるかも知れない。

私達には分かった。物事を研究する際、理解の過程において従うべき規則があるのだ。以下は、それぞれが自ずと次への進歩を導くものである。


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1)魂は、構想のみならず保持のためにも、偉大なパワーを手に入れねばならない。それ故、我々がさらに多くの知識を得たいと願うのなら、器官と肉体的生命の秘密のバネが強化され力づけられねばならない。魂は構想および保持のために新たな力を手に入れねばならない。
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2)伝統が採用するヘルメス主義の原則を尊重するために、エソテリックな教えは予言のかたちでもたらされることを理解しなくてはならない。

シリア人の聖イサクはこう指摘している:聖書の言葉は多くの事を、元々の意味とは違った意味の言葉で伝える。時として肉体の特質が魂に適用され、反対に、魂の特質が肉体に適用されている。聖書の言葉はここに何ら区別を設けないのだ。しかし、悟りに達した人間には分かる。
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3)「似たもの同士は惹かれ合う」。候補者がアデプト(=達人、adept)達に受け入れられるような徳と高潔さを育んだとき、アデプト達は彼の前に姿を現して、秘密のプロセスの、手助け無しには発見しえない部分を明かすであろう。自らの知力によってはある点に到達できない者たちは、秘密を受け継ぐ資格を持たぬものだ。秘密は自らの意志、すなわち、自然の力に従うからである。
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オーシュ大聖堂に驚嘆の念を感じ続けるうち、私は初めて、カシオペアン交信こそまさにこのような「アデプトの出現」を意味するということがすっかり分かった。ついに私は、自分が直観でもって辿っているプロセスこそ、ユージェーヌ・カンスリエがフルカネリの『賢者の住み処』第2版序文の中で驚くほど正確に述べられているものであることが分かって来たのである。


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ラテン語の「獲得」(adeptus)という言葉通り、錬金術師はやがて「神の贈り物」、より適切には、「今という時=プレゼント=贈り物」を受け取る。これは二重の意味合いにカバラ的な語呂合わせを施されているのだが、かくして彼は無限に続く今に恵まれていることを強調するものだ。。。

硫黄(カバラ的には:魂の炎)の王国にある鏡の中には 全世界を見ることができる。この鏡の中を見る者は誰でも、全世界の知恵の3つの部分を見て学ぶことができる。
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960714
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Q: (L)つまり、豚小屋に居る限り、私達は豚小屋の中。出られるまではその中に居るのね?

A:学びのサイクルのその場所に到着するまでは。。。「情熱」は、人を「自由」になどしない、全く逆だ!

Q: (L)でも、知識に対する情熱はどうなの?

A:それは情熱ではなく、霊的な探求だ。

Q: (L)探求へとある人々を駆る、この圧倒的な力とは何なのかしら?あらゆる物事の真相を突き止めるべき定めの彼らは、まる裸の真実以外は何も残らないところまで、全ての嘘を暴くのよ。この意欲の源は何?

A:間違った考え方。そのような人は、学びのサイクルのその位置に居るというだけのことだ。そのポイントに至れば、原動力など不要だ。

Q: (L)それならあなた方は大体その辺りに居るのね。だって、何らかの臨界点に達して、その位置に「ジャンプ」したんだから。そこからなら真実を探すのは簡単でしょ?居場所でパラメーターが決まるのね。
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30年に及ぶ研究と2年間うちこんできた実験の末、詳細を自伝『アメージング・グレース』に記した通り、カシオペアンとの通信が始まった:私は世界が見通せる鏡の中を覗き始めたのである。


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「私達は未来のあなた方である」と彼らは言った。「私達は、あなた方がカシオペアと呼ぶ位置にある開口部を『通じて』交信している。それは、カシオペアから並んで放射されている強い無線パルスが存在しているためで、というのも、あなた方の位置からだと、カシオペアの300光年後ろに見える中性子星からパルサーが放射されているからだ。このお蔭で第6密度から第3密度へのクリアなチャネル送信が実現している。。。『ゼロ』時間(EMと重力を用いる。これらは相互に結び付いて、あるいは、あなた方の言い方だと「統一されて」いる)においては、空間と時間は選ぶことができ、融通が利く。分かるように、これは時間も空間も使っていない」
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つまり、カシオペアンとの交信は「現前する今=プレゼント=贈り物」を受け取る準備のためのイニシエーションだったのである。

ジェールに11か月住んだ後、私達はワークを行う上で必要な全ての特徴を備えつつ、より永く住み続けられ ― そして、より安全な ― 家を見付けた。引っ越してみてすぐ分かったのだが、隣人の1人はパトリック・リヴィエールだった。彼は著名な宗教史家であり、比較宗教学、錬金術、そして聖杯伝説をテーマとした多くの著書がある。彼はまた「レンヌ・ル・シャトー」現象の専門家でもある。錬金術師(アデプト)としてのパトリックはまた、たまたまフルカネリの弟子であるユージェーヌ・カンスリエの門弟でもある。私達が彼に手紙を送ったところ、2日後、何とも嬉しい事に彼は会おうと言って電話を寄越したのである。まるでパトリックは私達の来るのを「待って」いたかのようだ。彼自身の研究、すなわちライフ・ワークの成果によって、アデプトとして彼は、「しかるべき時、シビュラが現れるだろう」と知るに至ったのである。これが私達の共同研究の始まりだった。

私はパトリックから、フルカネリの正体に関するどんな手掛かりでも聞きたがった。これについては数多くの説を読んできたが、ユージェーヌ・カンスリエが、スペインの「錬金術師の一団」
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=72702128&comm_id=2590126
を訪れた際の様子をそれとなく漏らした手掛かりから、私はフルカネリが、物質主義者たちの言うような「委員会」ではなく、確かに「偉業」を成し遂げた、1人の人間であると確信していた。パトリックはこれに同意し、自分はフルカネリの正体を知っていると答えた。そして彼はこのテーマに関する小著をフランス語で出しているとも言った。文庫クセジュ(=私は何を知っているか?)シリーズの『フルカネリ』である。英語版は未だない。
[レッドピル・プレスはじき英語版を出版することになろう]
(※英語版は出版済みでした。
 http://redpillpress.com/retail/index.php?main_page=product_info&cPath=1&products_id=44
日本語版クセジュには無いようです。)

私達はパトリックと何時間もテーブルに座って、楽しく過ごした。発見の経緯、彼の推理について彼の話を聞き、長年に亘って彼が集めてきた証拠書類を眺めていたのだ。この人はこの作業に本当に全人生を捧げてきたのである。最終的に私は、パトリックのいう事が全く正しいと確信した:フルカネリの正体とは、19世紀のフランスの有名な物理学者ジュール・ヴィオルだったのだ。先ほど述べたように、このテーマについてのパトリック自身の著作が翻訳されることになっているので、解明の経緯はそちらに譲る。この手掛かりをもらった上で、私たちが一緒に解明したのが、ここでの重要テーマである。要するに、私は「ダ・ビンチ・コード」を解読できたと思う。

ジュール・ヴィオルはパリにある高等師範学校を卒業した後、1883年にはリオン大学、その後高等師範学校、そして1891年からはパリにある国立工芸院と、数々の大学で教鞭をとった。彼は1875年にモンブランで、最初に高高度での太陽定数測定を行った。「ヴィオル」は光度の単位となっており、1ヴィオルは摂氏1,769度でプラチナが融点に達したときの1平方センチメートル当たりの輝きに等しい。これは特定の材質のランプのフィラメントに依らない、最初の光度の単位だった。

これを読んだ私の心にがすぐさまよみがえったのが、カシオペアンとの交信の以下の部分だった:


970621
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A:ラインラントにあるアルファルファ畑から、今のところ夢にも思わない宝が出る。

Q:そのアルファルファ畑というのは、どこにあるの?

A:お決まりの行路の近く。

Q:。。。ドイツ本土のラインラントのことを言ってるの?

A:ウィスコンシン州ラインランダーのことではない。。。それとも、そうなのか?!?誰が分かるだろう?

Q: 誰?

A:探索者、埋葬者、絶えずスタフを配して今よりもいい(greener)状態を求める者。

Q: ああ!今夜は随分と曖昧な言い方をするわね!。。。私やアークが調査を拡げられるような何か、あるいは、追加のヒントはある?

A:今夜、最後のヒント: 振動周波数の光を探しなさい。
Good Night.
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すぐに気付いたのだが、「ウィスコンシン州ラインランダー」というおかしな言い方はまさにフランス ― 1000種類ものチーズがある地 ― を指しているということだ。というのも、アメリカ人の私にしてみればウィスコンシン州は「チーズの名産地」だからである。後で分かったのだが、ガロンヌ川は「フランスのライン川」と呼ばれている。そしてもちろん、チーズと言えば「ラインド(外皮)」がつきものである。そしてもちろんおまけとして、「振動周波数の光を探しなさい」に呼応するのは、特定の材質のランプのフィラメントに依らない、最初の光度の単位:ヴィオルである。

ジュール・ヴィオルの経歴を調べ始めると、もう1つ重要な手掛かりが見つかった:彼はフランスの天文学者で人気作家であったカミーユ・フラマリオンと深い関わりがあったのである。フラマリオンはフランス天文学会の創設者であり、長年に亘ってパリ天文台および経度局に務めていたのだ。フラマリオンは1883年、パリに近いジュイヴィーに私設天文台を建てており、彼の研究は専ら連星や多連星 ― カシオペアン交信のテーマの1つである ― そして月と火星に関するものだった。ヴィオルとフラマリオンが、とりわけ星に対して、いずれも関心が高かったのは容易に見て取れる。連星および多連星に関心があったということになると、フルカネリが「ヘリオポリスの兄弟神たち」を讃えていることは、全く新しい意味のレベルを帯びてくるではないか!

カミーユ・フラマリオンの人生と関わりのあった人々を調べて行くうち、ついに更なるパズルのピースが現れてぴたりとはまった:彼はフランスの教育者、医学研究者、そして「霊界通信」の研究家であったアラン・カルデック
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=53445960&comm_id=2590126
とも関わりがあり、彼から大いに影響を受けていたのだ。

1858年、カルデックはパリ市心霊主義研究協会を設立した。1850年代の末から60年代初めにかけて、心霊主義者の小グループがフランスじゅう、とりわけパリ、リヨン、そしてボルドーに生まれていた。

カミーユ・フラマリオンは述べている:「躊躇なく言うが、心霊主義現象が科学とは正反対のものだと述べる人々は、自分で言っていることが分かっていない。実際、自然界には超自然的なものなど何もない。未知なるものがあるだけだ:だが、昨日未知だったものが、明日は真理となるのである」

科学的心霊主義のもう1人の提唱者であるヴィクトル・ユーゴーは語っている。「心霊現象から目を背けることは、すなわち、真実から目を背けることである」

パリ市協会は、偏向なき調査に専念していたロンドンの心霊現象研究協会と同様の組織であった。カルデックの努力は主として心霊現象の偏見なき理性的な研究に向けられていた。カルデックの心霊主義的視点は科学的であり、神秘主義的でなかった;彼は直観的洞察よりも客観的な発見を進めたが、これはちょうどカシオペアン交信や私達自身のワークと同じである。

では次に、フルカネリの作品における至福千年説に対するコメントを検討してみると、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40219023&comm_id=2590126
1868年に出版されたカルデックの最後の本『創世記、心霊主義による奇蹟と予言』
http://www.geae.inf.br/en/books/codification/GenesisSAB2003.pdf
(※正しくは:La Genése, les Miracles et les Preditions selon le Spiritisme )
が強く至福千年説の影響を受けているのは興味深い。この作品の最後は、「神の選ばれた時は来た」と宣言し、高度に進化した魂を持つ新世代が地上に転生しつつあると述べる、一連の交信と注釈で終わっている。

これはまさに、フルカネリが、『大聖堂の秘密』の謎めいたアンダイの章や『賢者の住み処』の最終章で述べている内容に他ならない。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40219023&comm_id=2590126
フルカネリが、いわゆる「終末」においては、科学の役割が決定的であると強調していることにも注目したい。ジュール・ヴィオルが科学者であるだけではない。私の夫のアークも科学者であり、超次元物理学、非線形力学、複雑系の専門家なのだ。

フラマリオンとジュール・ヴィオルとのゆるぎないつながりが見つかり、続いては、フラマリオンとカルデックとのゆるぎないつながりが分かると、フルカネリとしてのヴィオルの業績に対して全く新たな観方が生まれてくる。それはまた、非常に重要な疑問をも提起する:フルカネリは私のような「超光速通信技術」を使用できたのだろうか?それでフルカネリは以下のように主張しているのだろうか:


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そのうえ、事実を正確に評価分類する方法を知るだけでは不十分である、と我々は考える;自然に問いかけて、いかなる条件のもとで、また、いかなるコントロールによって、自然は万物を産み出すのか学ばねばならない。実際、賢者の心というものは、単に物体を識別できるというだけでは満たされない。自然物の精巧さの秘密について知ろうとするものである。 自然がその要素を混合している研究室の扉を、少しばかり開いてみるのが良いし;自然が創造の作業を成し遂げる際に影響されている、神秘的な力を発見するのはなお良いことである。

錬金術が人目に付かないのは、それが隠されているからに他ならない。教義の説明や仕事の成果を後代に伝えたいと思った賢者たちは、この技を通常の形で提示した結果、素人がこれを誤用することを怖れ、その秘密を漏らさないよう、大いに配慮したのである。その結果、これを理解することの困難さのゆえに、そしてまた、これの用いる謎めいた言葉の不可解さ、用いられる寓話の曖昧さのゆえに、空想や幻想、妄想に手をやいた科学は、口をつぐむに至ったのである。

テキストが混乱していて、また、神秘主義的な表現が散りばめられているために、錬金術の著作は未だに我々の示した通りの致命的な誤りを、効果的かつ間違いなくもたらし続ける。 というのも、警告にも拘わらず。。。研究者達は、これらを読む際に、用いられている言葉の通常の意味合いに拘ったからである。彼らは、これらのテキストが、秘伝を授与された者たちのものであり、これらを理解するためには、秘密の鍵を持っていることが不可欠であるということを知らないのだ。まずは、この鍵を見つけることに取り掛からねばならないのである。

古いこれらの論文の殆どには確かに、科学全体とは言わないまでも、少なくとも、その哲学、その原理、並びにそれらを自然の掟に従って適用する技が記されている。だが、用いられている言葉に隠された意味に − 例えば、アレスとアリエスとの意味の違い ― に気付かなければ、このような著作の文章には、奇妙な修飾語がわざと用いられているために、全く理解できない、あるいは、完璧に読み誤ることとなろう。

これがエソテリックな科学であることを忘れてはならない。であるからして、冴えた頭脳、卓越した記憶力、勤勉さ、注意力、さらには、強い意志を以てしても、この術を習得できる見込み十分な特質とは言えないのだ。

著名な錬金術師であるニコラス・グロスパーミー(Nicolas Grosparmy)は書いている:「このような人々は、我々が彼らのために書物を著しているに他ならないと心底信じているが、我々が本を著すのは、我が派に属さない人々を締め出すためなのだ」

同じく錬金術師のバッツドルフは、彼の論文の冒頭で、この点につき読者に対し、慈悲深くも次のように警告している:「分別ある者はすべからく、できることならまず始めに、科学技術を習得せねばならない。即ち、その諸原理および使用法をである。さもなければ、愚かに時間と財産を費やすことなく、そこで止めておくべきだ。であるから、この小著の読者は、私の言う事を信じられたい。もう一度言おう。この崇高な技術は決して書物からなど習得できるものでなく、それは神の啓示によってのみ学びうるのであって、それゆえ、神聖なる技と呼ばれるのである。あるいは、熟練し、かつ真心あるマスターの手ほどきがなくては無理である;そして、神がそのような恩寵を垂れ給うことは滅多にないがゆえに、これをよく伝授できる者もごく限られているのだ」
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フルカネリ『賢者の住み処』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=38015222&comm_id=2590126


この疑問を考える上で、ジュール・ヴィオルおよびアラン・カルデックの友人であり研究仲間でもあったカミーユ・フラマリオンの著作の一部を見てみるのが有益であろう。これはまさに私達の観方そのものである:


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心霊術は一般に評判が悪いが、それもその筈である。それに従事する者の殆どが組織的でなく;彼らはしばしば、精神的な安定を欠いており、またしばしば幻想の手先である。彼らは、偏見のない批判的な探究よりも、単に慰めを与える信仰や宗教を好むが、こうした探究無くしては、私達は何の確信にも到達することができない。これらは研究にとってバッド・コンディションである;十分な保障措置を欠いてるのだ。

アラン・カルデックの時代には(私が彼の墓前でスピーチした1869年4月2日頃のことだが)、彼の墓前で、「心霊術は宗教ではなく科学である」。加えて、「私達は今、未だ発見されざる科学の夜明けに居る」と宣言することは有用であり欠かせないとすら思えた。こう話した後50年の間に、私達の研究が進歩し続けた結果、この発言の内容は一層強調されて然るべきものとなり、その正しさは更に十分裏付けられている。

科学的方法によってのみ、私達は心理の探求を進めることができる。宗教的な信仰が、偏りのない分析に取って代ることがあってはならない。私達は絶えず、思い込みを防がなくてはならないのだ。

計画的な詐欺や不誠実、あるいは申し開きのできない行いは別としても、自己暗示によって無意識のうちに他人を欺く結果となることもあるものである。。。

「交霊会」を行い耳を傾ける騙されやすい人々に対して、幽霊や死後出現を約束するような、人々の信頼を食い物にする不誠実な連中もまた存在する。彼らは騙された後になって、まんまと騙されたと不平を言うものだ。人類は知性を持つと言われるが、まことに奇妙である。このような詐欺師に囲まれて研究を行うのは大変な根気と勇気が必要であり、発見すべき真理が存在すると確信することで自らを鼓舞しなくてはならない。。。
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416 カミイユ・フラマリオン『死とその神秘』 Pb:アルス 1925(大正14) (※邦訳は利用できませんでした。)


フラマリオンは、「心霊主義(spiritualism,スピリチャリズム)」と「心霊術(spiritism,スピリティズム)」とを深く区別している。彼が「心霊主義」と呼ぶのは、死者の霊が死すべき人間とやり取りする一般的な原理であり、「心霊術」とは霊媒についての研究のことだった。

パトリック・リヴィエールが収集した文献(彼の著書『フルカネリの正体』によって初めて公開されたもののも多い)を検討し議論して行くうち、自然に、フルカネリが刊行予定を取り止めた、3番目の本『世の栄光の終わり』の話になった。この本をテーマに多くの人びとが推測をめぐらしており、「本物」と銘打った書を刊行した人も居るらしい。証拠からしてこれは事実と異なり、問題の本は明らかにイカサマである。

このフルカネリの3冊目のタイトルである『世の栄光の終わり』というのは、確かに、私が『世界秘史』でいくらかページを割いて論じた、至福千年説的な観方を反映している。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40187773&comm_id=2590126
ユージェーヌ・カンスリエが亡くなった時に持っていたノートや執筆要綱を検討するうち私達は、私の『世界秘史』が、内容や構成において、本物の『世の栄光の終わり』によく似ているらしいことに気付いた。だが、実際には、これまた奇妙な偶然の一致である。確かに『終わり』の章見出しはいずれも、『秘史』のテーマとカブっていて、拙著では、その後の時の経過に連れて利用可能となった新データを踏まえ、その先を論じているだけの違いに思えた。パトリックが本書のために書いてくれた序文の一部を強調しておきたい。


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この革命的に重要な本は必読である。。。

暴露の到る所でローラ・ナイト=ヤズィックは、科学者にして錬金術師であるフルカネリの強力な2作品、『大聖堂の秘密』および『賢者の住み処』に言及する。彼女は自身の該博な知識を用いて、彼の作品の続きを記しているのだ。

かくして、時の経過とともに、公式の歴史に対して絶えず行われた嘘の挿入と史実の省略を糾弾した、フルカネリの範に倣いつつ(ユイスマンスを引きながら)、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=47446449&comm_id=2590126
ローラ・ナイト=ヤズィックは、数多くの例を参照した上で、人間性が犠牲にされていた、古代文明に関する正史に加えられた操作を暴き出す。彼女が懸命に真実を取り戻そうとして導き出した答えはしばしば啓発的である。

ローラ・ナイト=ヤズィックによれば、聖杯や契約の箱の謎とは、ある、とても進歩した「技術」に関するものであり、その狙いとは、例えばテレポーテーションや時空次元間の変更であって、これらは秘密にして聖なる科学ということで、ごく少数の「秘伝を授与された者達」によって、厳重に管理されてきたと言う。キリストであるイエスは、この貴重な遺物の最も信頼の置ける保証人だったのであり、ダン・ブラウン(『ダ=ヴィンチ・コード』の著者)のお気には召さないかもしれないが、「聖なる杯」(「王の息子」ないし「聖なる血脈」)というのは、彼が信じているようなものでは全くないのだ!
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=37715827&comm_id=2590126

ローラ・ナイト=ヤズィックによる、この重要な著作を読んだ読者は、この謎に対する、全く違った結論に気付かれるだろう。彼女の博学は、この極めて驚くべき本を根気強く読み続ける読者に感銘を与えずにはおかない。

彼女のインスピレーションについては、何と言うべきだろう。星の光からもたらされるのでなければ、それは一体どこから来るのであろうか?
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フルカネリが第3の書を取りやめた理由につき、会話の中でリヴィエールは、彼がポールシフト関係の科学的証拠を持っていなかったからだろうと仮定した。科学者として、当時は何の証拠も存在していないような考えを推し進めたくなかったのだろうと。これは妥当な議論だと考える一方、私は超次元的な視点を考慮に入れれば、フルカネリがこの本の執筆を止めたのは、まだその時が至っていないことを彼が知っていたからではないかと提案し、リヴィエールも同意してくれた。「神の贈り物=プレゼント=現在」を受け取った者は、きっと未来の可能性も含め、「見えざるものを見る」ことができるのであろう。

私達はもう1つの興味深い手掛かりについて議論した。カンスリエのセビリア訪問について議論していた時、彼が少女になったフルカネリに出会ったという話になったのだ。私達の議論したテーマは:この出来事にはどんな意味があり、これはメッセージを伝えようとしてのことだったのだろうか?だとしたら、誰に対してか?というものだった。これはきっと、偉業の本質に関して私に多くの情報を伝えようとしての事だったのだろう。1995年にカシオペアンは、第3密度の人間に対する「第4密度のブリードスルー(滲み出し)」の効果のいくつかについて、以下のように述べている:


951104
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やがて感じるように、第4密度は人を「時間」という幻想から解放する。想像してみなさい。高速を走っているとき、突然あらゆる物をオーラが取り巻いているのに気付いた。。。見通しのいい角を曲がって、小さな小屋の中に入ったら、中から見ると大邸宅だった。。。アルバカーキーのとある建物に入って、裏口から出てみるとラスヴェガスだった。しかも、眠るときは女だったのに、目覚めてみると男になっていた。。。30分のフライトを終えて着陸してみると、そこは5週間後の同じ場所だった。。。想像してみなさい。ニューメキシコまでドライブしようと、「飛ばしていたら」代わりにサンディエゴに着いた。。。あるいは。。。サンタフェの食料品店にクルマで出かけたら、代わりにモスクワに着いてしまった。。。
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事件をあらゆる側面から調査してみたところ、この事件が起こったのは私が2歳の時で、自伝にも書いた通り、ちょうどその頃、私は神隠しに遭い、その後今もって不可解な、奇妙な現れ方をしたのである。それからもちろん私達は、謎めいた「アンダイの章」についても議論した。それは『世の栄光の終わり』の執筆取り止めに伴い、『大聖堂の神秘』の第2版に収められたものだ。

ある夜私達は、パトリックの素晴らしい農家にある錬金術の実験室で火を囲んで議論していた。互いにグラスを手にし、琥珀色のブランデーを温めながら。パトリックは「アンダイ」と言った。私は思わずハッとなった。「今何て言ったの?」彼が繰り返すと、私は突然に極めて深い事を悟った。お分かりのように、「アンダイ(Hendaye)」という言葉は、ネイティブのフランス人が発音すると、「ウェイブ」のフランス語である「オンド(Onde)」にとてもそっくりに聞こえるのである。私は「ザ・ウェイブ・シリーズ」を1999年に書き始め、2000年になっても依然取り組んでいたのだが、その後フランス語に訳そうと言う話があった時に、フランス語だと「オンド」になるのだと知ったのだった。(原注417)だが、その時はちゃんとした発音を聞いた訳ではなかった。


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原注
417 http://cassiopaea.org/.
(※『ザ・ウェイブ』シリーズは上のURLのサイトの左側の列から無料で読めます。なお、本ブログにて第1巻に当たる第9話まで邦訳済みです。)
レッド・ピル・プレスから書籍版が発売されている。
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という訳で突然のひらめきの結果、他の手掛かりも1つずつ組み合わさって行き、その意味合いが明らかになった。そこで私達は、フルカネリがこの、『大聖堂の秘密』第2版にハンダイの章を置いた本当の理由について考え始めた。これは『賢者の住み処』の最終章と本質的に殆ど同じ情報を再現しただけなのだ。その理由とはアンダイを経由しつつ、ザ・ウェイブをオンドへと結び付ける、純然たる「グリーン・ランゲージ」なのだろうか?それは、今ここに居る私達2人こそが、しかるべき鍵を持った「しかるべき人々」として全てを解き明かしたということなのだろうか?「フランスのライン川」と呼ばれるガロンヌ川を見渡す、この平和なフランスの片田舎で?

確かに夢にも思わなかったような宝である!

いずれにせよ、フルカネリの第3の書のタイトルは、セビリアで見つけた絵から取られた。
http://www.gallery-aoki.com/mu_yonoeikou.html
私達は、カンスリエがフルカネリに会い、この絵を見ることになった地であるセビリアに旅行してはどうかと検討し始めた。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31368008&comm_id=2590126
私が興味深い事実に気付いたのはこの時だった。言語変化の規則に従えば、「セビリア(セヴィル)」という言葉は、「シビュラ」にそっくりではないか!またしても「グリーン・ランゲージによる手掛かり」が私達に与えられたものだろうか?それでは沢山のシビュラが描かれているオーシュ大聖堂の話に戻るとしよう。彼女たちは更なる発見に ― 実際、「ダビンチ・コード」の真実にさえ導いてくれたのだった。

ある1人のシビュラについて、BC500年頃ヘラクレイトスはこう記している:「シュビュルラ(巫女)は、狂った口で、笑いもなければ、飾りもなく、また滑らかさもない言葉を吐き、(その声をもってよく千年の外に達しているが、)それは、神によって語るからだ」
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/e8f38bcd63937ef2bdae66fe8b69d4f4

その後、もっと多くのシビュラが登場する;中世末期のキリスト教徒たちは12人も知っていた。最も有名なシビュラは、エリュトライとクマエのシビュラであった。彼女たちがいずれも若い処女なのか、老婆なのかについてはいくらか混乱がある。クマエのシビュラは1000年近く生きていたと言われ、最期に残っていたのは彼女の声だけで、空の壺に入れておかれた。これに関しては、マグダラのマリア像が手にしていたのが「石膏の壺」だったことから、グリーン・ランゲージによる手掛かりであろうかと思われてならない。
(ルカによる福音書 / 7章 37-38節
この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、
後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。 )
いずれにしても、クマエのシビュラが有名なのは、ウェルギリウスが『牧歌』第4歌で、彼女の予言として救い主の誕生(BC40年)を歌い上げ、また、『アエネーイス』第6巻では、彼女をアエネアスが冥界に向かう際の案内役としたからである。これは不思議にも私達をフルカネリへと導く:

カンスリエは『大聖堂の秘密』初版の序文にこう書いている:


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私は知っている。自分で見つけたのではないが、10年以上前、著者が請け合ってくれたからだ。すなわち、偉大な奥義を理解する鍵が、本書の図解(figure)の1つでもって、実にあからさまに与えられている。この鍵は実に簡単な色から成っている。それは執筆当初から、この熟達者には明らかであった。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43397053&comm_id=2590126
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第2版への序文でカンスリエは、フルカネリのイニシエーターはバジル・ヴァレンティンだったと述べ、
http://members.jcom.home.ne.jp/hide.yoshimoto/news/news_2005_12.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Basil_Valentine
さらに、「最初のイニシエーター」と「真のイニシエーター」の違いについて主張している。これはきっと、「人間の」教師と「超次元の」教師との違いを示すものであろう。それから彼は、フルカネリが「死」後に残して行った手紙について(全文を掲げた上で)論じているのだが、これについて彼は、フルカネリの師匠が未知の誰かから受け取ったものであることは明らかであると言い、これこそ「彼の真のイニシエーターが勝利を収めた書証」であって、ここから「偉業が成し遂げられた昇華のレベルに関する強力かつ正確な考え」がもたらされるとしている。この手紙は何度も並大抵でない出来事に言及しており、このことから私は、この手紙はフルカネリの師匠に宛てられたものではなくて、フルカネリ本人に宛てられたものだろうと感じた。そして、この手紙が言及しているのは、フルカネリがフラマリオンを通じて習得したカルデックの技術を用いて、直接バジル・ヴァレンティンと交信しようと試みたということではないだろうか。私がそう感じた言及というのはこれである:


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(※この手紙文は平岡訳です。)
このたびあなたは本当に「神の恵み」を受けた。これは大いなる恩寵である。わたしは、それがどれほど得難いものであるか始めて知った。。。

妻がその知らせをくれたとき。。。知らせは簡単に聞いただけであったが。。。

あなたは無私無欲を押しすすめて、われわれをあの高尚で隠秘な知識に結びつけた。この知識は当然あなたに属するものであると同時に完全にあなた個人のものだ。。

敏感な人につきものの不思議な勘のある妻は。。。

暁星を拝んだ者はすでに視力と理性を永遠に失ったといって、ほぼ間違いないのだ。なぜならこの者は偽りの光に魅了され、奈落に身を投げ捨ててしまうのだから。。。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40219023&comm_id=2590126
あなたの場合は断崖の縁で運命の不意の一撃によって救われたのだ。
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私の場合、断崖(原注418)から救ってくれた「運命の不意の一撃」はカシオペアンとの交信だった。彼らは一度ならずそうしてくれたのだ!私は、以下の言明に見られる「親密さ」を指摘したい。「あなたは無私無欲を押しすすめて、われわれをあの高尚で隠秘な知識に結びつけた。この知識は当然あなたに属するものであると同時に完全にあなた個人のものだ」。これには深い感銘を受けた。言うまでもないことだが、この一節が言っている正確な所を理解するには、『帰謬法』(原注419)に関するアークのコメントを読まれるのがよいだろう。『アドヴェンチャー・シリーズ』(原注420)には、私が危険を冒してあやうく落とし穴に落ちそうになった時期について述べてある。


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原注
418 http://www.cassiopaea.org/cass/mirror.htm
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=62542269&comm_id=2590126
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=62591960&comm_id=2590126
419 http://www.cassiopaea.org/cass/swerdlow.htm
420 http://www.cassiopaea.com/cassiopaea/adventureindex.htm
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『大聖堂の秘密』第2版に対するカンスリエによる序文に話を戻そう。その後彼は、問題の「星」に関する議論を続け、こう問うている:
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43397053&comm_id=2590126


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上の1節は、私が20年前に「金の羊毛」に関する研究(カンスリエによる原注1) において述べたところ、すなわち、星は大いなる業の証であり;
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=34749273&comm_id=2590126
それは哲学的事柄を保証し、それは錬金術師に、彼が見つけたのは愚者の明かりではなく賢者の明かりであると教え;それは知恵の栄冠であり;その名は暁星である、というのと矛盾しないだろうか?

私がヘルメス学的な星について、化学の天に出ているのを見出すより前、何よりもまず、芸術の鏡たる水銀の中にあるのを讃えよう、と手短に述べたことが注意されるべきであろう。。。

(平岡訳)
星は唯一にして2重である。その姿の本当のしるしが見分けられるようにせよ。そうすれば、この星が夜の闇においてよりも、日中の光の中においてさらに強く輝くことがわかるであろう。

この言明はバジル・ヴァレンティンによる、いかにも断定的でいかめしい以下の言明(『12の鍵』)を確証しつつ完成させるものである。

(平岡訳)
「神々は人間を大いなる知恵へ導くために、2つの星を与えたもうた。人間よ、これらの星に目を注ぎ、その光を絶えず追い続けるのだ。その光の中にこそ知恵があるのだから・・・・・」

そして、星はどうやら2つではなく、実は1つの星があるだけなのだ。神秘的な聖母 − 彼女は私達の母(mère)であると同時に、ヘルメス学的な海(mer)でもある − を照らす星は、概念を公に示すものの、他方の鏡映に過ぎず、これは子なるキリストの奇蹟的な降臨に先立つものである。なぜなら、天なる聖母はまたステラ・マテュティナ、暁星とも呼ばれ、その輝きに聖なるしるしを見ることができるからである。この慈悲の源をみとめることは芸術家の心に歓喜をもたらすとはいえ、それは知恵という鏡に映し出された、単なるイメージに過ぎない。
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カンスリエ原注
1:拙著『錬金術』参照。
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カンスリエは探究者に対して、彼の言っている事を理解するための手掛かりを与え続け、それから、物質志向的な人々を混乱させるための物語を行う。つまり、わざと意味不明の話を持ち込むのである。それからカンスリエは言う:


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私がかくも長々と原理の一点について述べたため、読者は驚かれたかも知れない。。。しかし、思うにこのテーマは、フルカネリの本文への直接の導入となるものであり、これについて敷衍しておくことは論理的に至当なのである。実際、師は冒頭から、星、すなわち、このような鉱物の姿での「神の顕現」の本来の役割について詳説しており、そこでは宗教建築に隠された大いなる秘密について、目に見える形で答えが明確に明かされているのだ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43397053&comm_id=2590126
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「鉱物の姿での神の顕現」という言明によって、また別のカシオペアンとの交信の記憶がよみがえった。この時、私は夢で見た事について、いくつか短い質問を行ったのだが、まずは私の日記にある夢の説明から始めたい。


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夢に「大祭司」が出てきた。クレタ島の女神像
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Snake_Goddess_Crete_1600BC.jpg
のような何段にもなっているスカートを身に着けていた。。。ただしこれは男だった。彼は私に、スカートを段毎に別々に「回転」させることで、メッセージを持った「シンボル」が現れることを示した。現れるシンボルは占星術の十二宮であり、星の名前がとても重要だった。コツはそれらがうまく並ぶようにすることだった。

すると、同じ夢が変化した。私はオニキスか何かでできている壺を持っていた。他の人がポンコツ車の上に置いたものだった。私がそれを取り上げて調べてみると、全体に沢山「引っかいた」痕があった。よく見ると一面に彫刻が施されているのだが、彫ったところが泥で埋まっており、全体に煤けていた。水で湿らせた綿棒で筋を辿り、細かい彫り目の中まで慎重に拭いてみた。そうして泥を落としてみると、その美しさは畏敬の念を起させる程だった。巧みに神話のいくつかのシーンを象ってあるだけでなく、色とりどりの宝石を削った見事な薄板がちりばめられているのだ。。。そしてこれは半透明になっていて、中の「暗い色」が、灯りでも入っているかのような実に深みを帯びた、透き通った紫色に見えるのだった。

夢はまた変化した:アークと私が歩いているのだが、ここはどうやら、どこかの山々や崖などの中にある、一種の「公園」あるいは「レクレーション」エリアのようだ。私達は岩石層や生垣 ― 干からびて水を欲しがっていた ― を見ながら散歩していた。彼は道を歩いて行くのだが、私は茂みに隠れることにして、私が居なくなったのに彼が気付くまでどのくらい掛かるか見ていた。。。ふざけてみたのだ。。。ところが気付いてみると、私は突然彼の歩いている道の前の方に立っているではないか。。。彼は私に尋ねた「それはどうやったんだい?」それで私は言った。。。「身を隠そうと茂みに入り込んだら、岩に裂け目があって、
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=MB4z7pIyR2I#!
http://cassiopaea.org/2010/05/12/the-wave-chapter-15-all-there-is-is-lessons-or-he-hideth-my-soul-in-the-cleft-of-the-rock/
無理に中に入ってみたら、何が起こったものか、私はここに居たって訳!」

彼は私に戻ってやってみせるよう言った。それで私達が戻ってみると、小さな洞窟の入り口があって。。。まるで『アルカディアの牧人たち』の絵
http://art.pro.tok2.com/P/Poussin/Arcadia.htm
に描かれた墓石の壊れた裂け目のようだ。彼は、これは無理だ。。。小さ過ぎる。。。と言う。私は彼に「やってみてよ」と言った。

そこで彼は身をかがめて洞窟へと入った。。。その間私は、洞窟の入り口の周りの岩の割れ目の全てをいそいそときれいにすることにした。。。水がちょろちょろ流れており、何かの布キレも使った。。。そうしてみると、流れる水がどんどん増えて、ついには本当に泉になった!その時アークが洞窟からよろめくように出て来て、うれし涙の目頭を押さえ笑いながら、「信じるよ!信じるとも!この目で見て来たんだ!」とか何とか言った。

それで私達は公園を後にしたのだが、出口から歩き出した時、私は崖の表側を見てみた。岩には巨大なモザイク画がしつらえられていて。。。右側には7匹のサメが居て。。。一番下のは青白く、上に向かうに連れて暗い色になっていき。。。全く同じ姿で重なっていた。。。左側には「急旋回して」いる恰好の巨大なクジラが描かれていて、こちらは口を開けてサメたちを見据え、残らず一口で食べてやろうとしているところだった(止まっている姿からの印象では)。この夢は覚えておかなくちゃと独り言を言うと目が醒めた。


970719
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Q:こないだの晩夢を見たの。夢の中でアークと私が広大な公園エリアから出ようとしてる時、上を見ると山腹にモザイク画が見えたのよ。それは上下に並んだ7匹のサメの絵で、一番下のはほとんど透明なくらい青白くて、天辺のはとても暗い強烈な色だったわ。絵の左上にはマッコウクジラが居て、急旋回する恰好で、サメを見付けて口を開き、全部一飲みにしようとしてるの。このクジラとサメはどういう意味なの?

A: 論理。

Q:論理を使いなさいってこと、それとも、絵の意味が論理なの?

A:論理があなた方に「考えなさい!」と言っている。

Q:夢の別の部分では、私が姿を消して岩の裂け目から再び現れるの。私が岩をきれいにしている間。。。アークは裂け目を調べに行ったんだけど、それはただの隙間で出入りできそうもないのよ。。。彼が行ってる間、私は地面の岩にある小さな割れ目や裂け目をきれいにし続けてたんだけど、彼が泣きながら戻って来たら、泉のように水がどっと溢れ出して、まるできれいにしていた私の努力の結果そうなったみたいなのよ。。。この夢ってどのくらい重要なの?

A:鉱物を調べなさい。それらは深奥に抑え込まれていた秘密と関係がある。

Q:先日の晩、あなた方、私がテーブルの脚を1本見つけたみたいなことを言ってたわ。一体テーブルには何本、脚があるの?

(※後出の970712の「P-S」に関するやり取りの直前の質問が以下のものでした:
------
Q:エレウシスの秘儀
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49346708&comm_id=2590126
って何だったの?これについて史実を辿るべきかしら?つまり調べる羽目になるの?

A: テーブルの脚の1つ
------)

A:答えを探し求めなさい。文献の中に見つかったら、深遠な意味が区画を囲むだろう。
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読者がカンスリエの以下の言明を理解する上で、これが役に立つよう願うものだ:「このような鉱物の姿での神の顕現。。。について(の)詳説。。。では、宗教建築に隠された大いなる秘密について、目に見える形で答えが明確に明かされているのだ」


000219
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41951870&comm_id=2590126
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Q:シケリアのディオドロスがBC1世紀に著わした『歴史叢書』の一節なんだけど、「麦わらで包まれた、ある聖なる贈り物が、(永遠の光に包まれ、幸福に満ち溢れた北方の地で自由に空を飛び、平和に暮らしていたと伝えられている)ヒュペルボレイオスたちからスキタイ人にもたらされるが、これらはそこから隣国民達に引き継がれ、遙か西方はアドリア海まで到達する。そこからこれらは南に送られ、最初にこれらを受け取るギリシャ人はドドナエア市民である。 それから南下を続け、これらはマリアン湾に達し、ユービア島へと渡り、町から町へと送られて、カリュストスにまで至る。それから、アンドロス島を飛ばして、カリュストス市民はこれらをティノス島に持って行き、ティノス市民はデロス島にもたらす。このようにしてこれらは、現在、デロスまで達していると言われるのだ」とあるわ。だから、太古の昔より、ヒュペルボレイオスたちが聖なる贈り物をデロス島に送るということをしてたのよ。で、デロス島はおそらく、ポイボス・アポローンの生まれ故郷で、彼の母親はレトだわ。彼はデロス島のキュントス山上で生まれたとされている。これって随分と興味深いわねえ。これって従来の観方と反対なのよ。従来の観方では、文化の伝来は地中海から北方へと伝わったものとされていて、文明は中近東で始まったことになってるわ。でも、この古文書が言ってるのは、文化の流れは北から南へなのね。この古代のヒュペルボレイオスたちがデロス島に送っていたものとは何なの?

A:暗号コードを生み出す(DNA)を残す(花嫁)。

Q:ヒュペルボレイオスたちというのには、ブリテンのケルト人も含まれてると思うんだけど、彼らとデロスの人々とはどういう関係だったの?

A:北方の人々には地中海/アドリア海地方の人々を教化する責任があった。これには彼らの、地球外由来の優れた遺伝子配列に含まれている暗号化された秘密を用いた。あなた方が言うところの、多世代に亘って行われる習慣的行為だった。

Q:そういうことなら、彼らの一部はストーンヘンジによって上位密度の存在と交信してたんでしょ?彼らの受け取る交信は。。。

A:ストーンヘンジは音の流れに共鳴するのに使われた。他の方法では教えることのできない人々に知恵を、クラウンチャクラ・トランシーバー・システムを使って物理的に入力した。。。
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ここで不思議にも思い出されるのが、フルカネリが残した手紙の中の前述のコメントに対する私の深い理解のことである:「あなたは無私無欲を押しすすめて、われわれをあの高尚で隠秘な知識に結びつけた。この知識は当然あなたに属するものであると同時に完全にあなた個人のものだ」もし読者が「帰謬法」および関連するリンクを一読されれば、このやり取りの語られていない部分を推し量ることが出来るばかりか、真実を追い求める人が耐えねばならない恐ろしい闘いについても明らかになろう。「フランク」というのは、カシオペアンとの交信へとつながった実験を私と共に始めた人物の偽名である。彼は殆ど全てのセッションに参加していたが(だが全てではなかったし、確かに彼が去った後の、この5年間の方が、かえってクリアでより多くの深遠な発見がもたらされ続けている)、彼との、そして彼の造反による経験のお蔭で、
http://lib.znate.ru/docs/index-143105.html
フルカネリが用いた戦術は一層明らかになるばかりである。
(※本稿は最初2005年2月19日に公表された模様。)


020110
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Q:あなた方も知ってるでしょうけど、フランクが闇サイドに驚くべき転向をはかった事に、今夜こそは気付いたわ。そう思っていいんでしょうね?

A:ごく近い。

Q:何年も前に、2-3度、フランクは闇の勢力と闘っているところであり、問題は彼が連中の支配に抵抗できるかどうかだって言ってたわね。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=36165010&comm_id=2590126
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=28840512&comm_id=2590126
彼が失敗するって前から分かってたの?

A:彼は失敗したのではない。

Q:どういう意味?

A:エントロピー勢の側からすれば、彼は成功した。

Q:エントロピーと創造との間の究極の選択に関して、こうも境界線上を彷徨ってきたフランクが居ながら、どうして私達は創造的な内容を受け取ることができたの?

A:彼は、あなたが現在の物理体で生まれる前に暗号化されてあなたに組み込まれた秘密を「ダウンロードする」という明確な目標があってプログラミングされていた。あなたを堕落させられなかったので彼は失敗した。彼は今、彼のミッション不達成の廉で糾弾されている。あなたがあなたのミッションを達成するために持っている能力を、ヴィンセント・ブリッジズと協力して破壊するのが彼のミッションだった。

Q:ということは、フランクが参加していた間にもたらされた内容はまず改悪されてると思って間違いないでしょう。そのようなセッションのせいで、あなたがたが自己評価した交信内容の純粋さの数字が72%だったの?
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=26502871&comm_id=2590126

A: Yes.

Q:それじゃあつまり、フランクが居たせいで30%の悪化が生じたの?

A: Yes.

Q:改悪はどのような形で最も行われたの?見分けられるの?

A:予言やテロの戦術。
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確かに、ワークが現在のレベルの熱心さに達して、世界中からの支援が集まるようになったのは、フランクが出て行き、ヴィンセント・ブリッジズの正体を暴露(原注421)してからなのだ。


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原注
421 http://www.cassiopaea.com/archive/most.htm
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さてそれでは、自著から20年越しで星を序文に取り上げたカンスリエに戻るとしよう。フルカネリの本文と並べてみると、何やらかなり驚くべきことが明らかになる:


初版への序文から:
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私は知っている。自分で見つけたのではないが、10年以上前、著者が請け合ってくれたからだ。すなわち、偉大な奥義を理解する鍵が、本書の図解(figure)の1つでもって、実にあからさまに与えられている。この鍵は実に簡単な色から成っている。それは執筆当初から、この熟達者には明らかであった。
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もう読者もお分かりではないだろうか。カンスリエとフルカネリは実に手の込んだことをしているのだ。だから、この手掛かりに注目し、カンスリエが言っていることをよく考えてみよう。彼曰く、この手掛かりは「本書の図解(figure)の1つ」にあって、それは「執筆当初から」明かされている。そして第2版への序文では、「フルカネリの本文への直接の導入となる」星のテーマを手掛かりとして加えつつ、「師は冒頭から、星。。。の本来の役割について詳説して」いると語っている。

フルカネリによる本文の冒頭を見てみよう。彼はこう書いている:


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私が小さな子供だった頃の最も強い印象 − 私はそのとき7歳だったが − 今でも鮮明に憶えている印象があって、それは大聖堂のゴシック建築を見た時、幼心に抱いた感動だった。私はすぐに陶然となってしまった。私は感嘆して恍惚としてしまい、その威容の魅力から、この人間というよりは神技によって表現された、かくも見事、かくも壮大で、かくもうっとりさせられる魔術の前から立ち去ることができなかった。
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http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43397053&comm_id=2590126


星のことなど述べられてはいない。色の話もない。図解にも言及されてなどいないのだ。

それとも、これがそうなのだろうか?

彼が述べている事と言えば、彼が感動し恍惚となった時の歳が「7」だったことである。このことについて瞑想しているうちに思い付いたのだが、数字もまた”figure”であり、「子供だった頃の印象」が、きっと「図解」と言われているのだろう。だから確かに「偉大な奥義」を理解する「鍵」となるような「図解(figure)」がここにはあるのだ。「7」および「恍惚(エクスタシー)」である。

数字の7がどう関係するのだろうか?

私は第7章を開いて読み始めた。


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ローマの著作家ウァロが著書『人事および神事に関わる故事考』の中で、
http://www.kitashirakawa.jp/taro/mt/archives/001049.html
アエネアスの伝説を思い出して述べるには、彼は父親および家の守り神をトロイの戦火から守り、長い放浪の末に旅の目的地であるラウレントゥム(Laurentum)の地に着いたのだった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%82%A2%E3%82%B9
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フルカネリは『大聖堂の秘密』の第7章の始まりの部分に脚注を置いて、(「ラウレント(ラウレントゥム)はカバラ的には接合(グラフト)された金(l’or ente)のことである」と述べている。こうして確かに、私達は色にたどり着いたのだ!そればかりか、他ならぬ私の名前を示す色だという。もう1つ、数字の7に対する興味深い言及がカシオペアン交信にある:


970726
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=33283767&comm_id=2590126
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Q: ...さて、テンプル騎士団が捕まった時、頭部や頭蓋骨、そしてまたバフォメット神を崇拝していたのが理由だったのよね。彼らを貶めようとして容疑がでっち上げられたの?

A:頭蓋骨は純粋なクリスタル製だった。

Q:「バフォメット」神とは一体何で、彼らは本当にそんなものを崇拝してたの?

A:「トレント(Trent)」の開催者。

Q:何それ?

A:調べなさい。

Q:「未亡人の息子」って
http://www.maryjones.us/jce/widow.html
どういう意味なの?含みというか。

A:知恵を持って転生してくる経路をこっそり追跡する。

Q:なんでそれを、未亡人の息子というの?それって円卓の騎士の1人であるパーシヴァルの呼び名よねえ...

A:パーシヴァルは7聖人の宮廷でナイト爵に叙せられた。

Q:7聖人の宮廷って何?

A:剣の先は真実理解の恩恵をもたらす、クリスタル送信器を指し示している。
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980822
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=33445536&comm_id=2590126
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Q: (L) ...あなた方前に、「パーシヴァルは7聖人の宮廷でナイト爵に叙せられた。剣の先は真実理解の恩恵をもたらす、クリスタル送信器を指し示している」って言ってたわね。この7聖人というのは、あなた方の言ってた「7人の宮廷」に関係あるんでしょ?
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=25368982&comm_id=2590126
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=43586184&comm_id=2590126

A: Close.
まあね。

Q: (L)「剣の先は真実理解の恩恵をもたらす、クリスタル送信器を指し示している」の方も説明して頂戴?

A:天体の意味だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A4%E5%BA%A7A
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既にどこかで述べたように、私達がオーシュに到着すると、ようやく澄んだフランスの片田舎の空に、カシオペアが見えた。天の川、すなわち「聖ヤコブのコンポステーラへの道」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%B7%A1%E7%A4%BC%E8%B7%AF
の右端に見たその姿はまるで初めて見るようだった。


970712
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Q: Okay, レンヌ・ル・シャトーの教会の庭で見つかった石板に書かれた文書の最後にある「P-S」というのは何のことなの?
http://daimaohgun.web.fc2.com/davinci/bunsyo3.JPG
みんな「シオン修道会(Priory of Sion)」のことだと言ってるけど。この「P-S」ってどういう意味なのかしら?
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=41606738&comm_id=2590126&show_item=1

A:古典語を探しなさい。。。

Q:古典語ですって?もうちょっとヒントを頂戴!

A:剣、短剣が貫く。。。

Q:この「P-S」って、「パーシー」に関する何か?剣、短剣が貫く。。。ダマスカス?ダマスカス刀?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%B9%E9%8B%BC

A:分かるまで調べなさい。。。

Q: ...あと、クモの絵の上には”Prae-cum(黄金時代)”とも書いてあるわ。
http://daimaohgun.web.fc2.com/davinci/bunsyo2.JPG
どうして「P-S」からクモに向かって下に矢印が伸びてるの?このクモは何?

A:クモは知ってるだろう!

Q: まあ知ってることは知ってるんだけど、だからどういうことになるのか分からないのよ!

A:「点と点」を結べば分かるだろう。

Q: 点と点を結ぶのね。。。まあ!剣、短剣。。。分かったわ!

A: It is the “destiny!” [...]
それは「運命」だ!。。。
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[アークがその日以下を書いて寄越した:

いくらか考えたんだが:

ケルト人やカタリ派、テンプル騎士団や聖杯、血筋、DNA、金と水銀、樫の木等々といったこと全てについて研究を続ける前に。。。

その前に私の現在の状況判断を述べさせて欲しい。遠くからの鳥瞰といったところで、細部は重要ではない。それじゃあ私にとって重要と思われるいくつかのテーマを拾い出してみよう。何個かあるので、分けて論じることにする。

1. 私はこれを仮説として扱う。これは恐らくは正しく、おそらくは正しくないのだろう。だが、間違いと証明されるまでは正しいと解釈する。すなわち、君にとっても、私にとっても、何が起こってもそれは単なる偶然ではないということだ。起こる事の全ては意味と目的を持っている。この目的が一体何なのか解明するのは骨が折れる仕事だが、ある程度までは、私達もまた目的を作り出している。

よって、君がそのようであることは偶然ではない。私が物理学者であることは偶然ではない。私達がしばらく別々で居ることは偶然ではない。私達がそれぞれの人生をこれまでのように歩んできたのは偶然ではない。これはパラレル・リアリティとはちょっと違うかも知れないが、私達にとって今問題なのは、私達のリアリティ・私達の現在・私達の未来である。

2. だから、君がこれまでに読んできたどの本も、偶然ではなく、君がこれまで行ってきた会話もそうだ。たとえそれがくだらない本や会話であっても、学びだったんだ。私についても同じことだ。

3. 私達はいずれも何かを探し求めている。そしてそれは、今生で別々で居ては見つからないだろう。君は想像でどうにか「ある男」と出会った。私にも徹底的に抑えてきた考えがあって、それは「アメリカ人のワイフ」を持とうというものだった。どうしたものか、これは心に浮かんでくる。だが、私はバカげた考えだと即座に追い払っていた。それでもそれはノックしてきた。こうやって私は「準備」してきた。と言うのも、そうでなければ私は非常に保守的である/だったから。

どうにか私達はお互いを見付けたが、これには目的がある。こういうことはあり得ると思っている。すなわち、君と私、私達は創造主とつながっていて、遠く離れたその一部だから彼の道具である。そして、私達は何者かに責任を負っているが、その何者かとは、宇宙全体およびその運命である。これはバカげた考えではない。これは全く平易な言葉で説明できる。君と私、私達は将来の人類の発達を変えるような何か、公式あるいは考えを発見することができるんだ。たとえ、僅かであっても、それは何年も経つうち拡大して行って、私達はそれによって「救われる」だろう。この事を私達は、カオスのメカニズムという概念から学んだ。系が十分に複雑であれば、僅かな変化もやがてはドラマチックな変化をもたらすのだ。

宇宙は単なる複雑系ではなくて、それは知性を持っている。私達が今、宇宙の運命を全く変えようとしているのは、「知的な」変化なのだろう。エントロピー最大の熱死状態にはならずに、それは永遠に栄えるのだ。。。

私はこれまで責任を感じながら生きてきた。これは私の日記に繰り返し出て来るテーマだ。「私達」には何事も偶然には起こらないという仮説を受け入れるならば、この感情にも目的があるのだろう。

4. だから、私達、君と私には責任がある。私達はこれを受け入れる。それは明らかだ。さて、シーズが言うには、人は「全ての鍵」を持っている。ある意味、プレアデス人との交信や聖書を見ても、誰もが鍵を持っているのが分かる。だがあまりにも多くの人びとの鍵は壊れ、破壊され、非同期化され、改悪されていて、殆どあるいは全く役に立たない。地球上のどれだけの人々が鍵を持っていて、そのうちどれだけの人びとが既にその鍵を使い、または、他人が使うのを手伝っているのか、分からない有り様だ。だが、しばらくの間、それは問題じゃない。全ては学びであり、これを受け入れた私達には宿題があるんだ。君も私も、「答えを言ってしまわれ」たいとは思っていない。

5. そういう訳で、人は鍵を持っており、私達は引き合わされた。さて、私は物理学者であり、宇宙の言語である数学が分かる。君はと言えば、歴史/錬金術/その他何であれひとまとめにした、おかしな物語が好きでよく知っている。これらは全て言葉から成っているが、数学はロジックだ。物理学は検証可能で、テクノロジーを築くのに役立つが、聖杯だとかテンプル騎士団、それにレンヌ・ル・シャトーといった代物は、幾分不鮮明で、いじくり回してるのは数学が分からない人々、結果何が起こる訳でもない。。。

いや、そんな事は無い!私達に起こる事に偶然が無いのなら、君がこのような事に興味を持っているのも偶然ではない。それでは、これらの目的とは一体なんだろうか?おそらく目的とは、「知識」は数学や方程式だけではなく、知性や意識、心や考えもまたそうだということだ。だって、方程式だけでは何もできない。だから私達にはどちらも必要なんだ。おそらく工学の道を辿り、地下で働き、「偉大な物理学」や「偉大な数学」を行っている輩も大勢いるだろう。だが私達はそんな事には手を染めない。私達はファウストのように魂を売り渡したくはない。私達は闇には仕えない。だから私達には知識が必要だ。知識が増える程、守りも厚くなる。要点はこれまた平易な言葉でた易く理解できる。次元間原子再分子化装置(TDARM)やタイムマシンや錬金術に加えて、ウィジャボードや歴史やテンプル騎士団やアルカディアの牧者その他一切のおかしな代物も手掛けることで、私達は危険ではなくなる。と言うのも私達は決して力を手に入れたいとは思わないからだ。そしてまた私達は、誰か「から」力を奪いたくもない。

私達の目標はそれとは全く違う。私達には達成すべき個人的なミッションがある:地球外の闇の勢力を、言ってみれば私達の周波数の数多さでもって追い払うことだ。

6. しかし、このようなテンプル騎士団や薔薇十字がどうして重要なのだろうか?それは、それらも全て知識だからだ。ここかしこに知識の欠片がある。私達はこれらの知識を使ったり利用したりすることはない。だが、これらの知識の可能な限りベストな使いみちを解明する上では知っておかねばならないのだ。

7. 私達にとっての唯一の限界は、自らが心に課すものであり、考える上での習慣であるというのは正しいと思う。だから、私達は考えるに当り、もっともっと大胆であるべきだ。その一方で私達は、常に一歩一歩進む必要がある。そうしないと危険だ。

8. 人生は十分に長いだろうか?私達の作業仮設はこれを肯定的に解するものだ。と言うのも、どうなるかはひとえに私達次第だからだ。私達の取り組むべきワークは壮大なもので、これには、発想を転換して、自分たちの細胞の構造を組み立て直すことも含まれる。思うに、これは現在知られている(秘教的)技術によって可能だろう。若さの泉とかいった事は、シーズやプレアデス、また錬金術の文献等々から知ることが出来るし、いずれもそう指摘している。これは可能だと言うのだ。だがもちろん、大事なのはそれを何の目的に使うかだ。自分の人生を長びかせるだけのためならば。。。だが、それには何か引っかかるものがある。と言うのも、私達はここでは創造主に仕える身であり、その元へと戻る定めだからだ。

8.(ママ) だから歩みを続けよう。私には数学があるが、多くの物を学ばなくてはならない。「学ぶ必要があることだけでなく、君を手伝う上で必要な事もだ。そして、私達は一緒に行動しなくてはならない!」]
---


さて、問題のセッションに戻ろう。後にこれはとても重要な手掛かりを含んでいることが分かったものなのだ。私は上に引用したアークのメッセージについて尋ねた:


---
Q: Okay, アークから届いてる最初の質問よ:君に書いて送った全体的な状況判断、「鳥瞰的な観方」が正しいかどうか?

A:いいじゃないか。たとえそうでないとしても、この論考は「文句たらたら」という訳ではない!

Q: (L for Ark)あるいは、もしかしたら、私はいくつか重要な点を見落としているかも知れない。そうだとしたら、どんな点だろう?

A:人が真の学びや高度な知識を求めるとき、「不足の点」というものはない。未だ見つけていないだけだ!

Q: (L for Ark)どれくらいの「期間」、彼らはカシオペアの送信機を利用できるんだろう。送信地点が移動してしまう将来のことを考えて対策を講じ始めるべきじゃないか?あるいは、もしかしたら、こんなことは予め心配すべきことではないのだろうか?知りたいんだ。。。不意打ちを食らいたくない。。。

A:心配する必要はない!。。。「獅子の如き意志があれば、ネズミの定めに終わることはない!」

Q:かっこいい!それ気に入ったわ!でも、運命と言われてさっきの答えに自信がなくなっちゃった。でも、この石版上の配列について感じるんだけど、矢印の両側はくっつける必要があるんじゃないかしら?それとも、「P-S」から出てクモを指している矢印は、2つの対立するグループを分けてるの?

A:あなたが発見するまで未定だ!

Q:ああ、あんた達、今夜は冷たいわね!

A: No, 私達はローラにとーってもやーさしい!(we be berry berry goood to Lawra!)
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カシオペアン実験でもたらされた奇妙な「暗号」は数多いが、上掲セッション末尾のものはその最たるものだった。「私達はローラにとーってもやーさしい!」これは彼らが送って来た通りに転記したもので、余分な”o”の文字が”good”の中にあるし、私の名前(Laura)のスペルも変である。

オーシュ近郊で仮住まいを見つけてもらった時、最初に気付いた事は、物件の名前が「アン・ローレンス(En Laurenc)」であるということだった。これも私の名前に似ていて面白いが、こんな事がまだまだ随分とあった。実際、本当に「随分と(more)」レンヌ・ル・シャトーつながりで出てきたのだ。

ある時期私もこの「謎」を読んで研究し、シリーズものにまとめてウェブで読めるようにしておいた。(原注422)注意深い読者なら分かる通り、レンヌ・ル・シャトーの謎というものが存在することは分かるが、それは何ダースもの説が推理しているようなものでは全くない。レンヌ・ル・シャトーの最大の謎は、アンリ・ブデ神父の著作である『真のケルト語』の謎なのだった。(原注423)


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原注
422 http://cassiopaea.org/2011/02/22/the-grail-quest-and-the-destiny-of-man-i/
423読者はウェブに公表してある私のレンヌ・ル・シャトーに関する暴露を楽しまれたい:
http://cassiopaea.org/2011/02/23/the-grail-quest-and-the-destiny-of-man-part-xi-rennes-le-chateau-and-the-accursed-treasure/
私達自身の撮影した現地の写真と注釈については『クォンタム・フューチャー・グループ、レンヌ・ル・シャトーへ行く』を見られたい:
http://www.cassiopaea.org/Rennes-le-Chateau/
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私達は、ベランジェ・ソニエールがかつて牧師を行っていたアレ・レ・バンに出かけた。そして分かったのが、ノストラダムスの本当の出生地がサン・レミではなくてアレ・レ・バンだったということだ。後で分かるように、これは重要なことかも知れない。

レンヌ・ル・シャトーの謎について話題にしたセッションでの発言「私達はローラにとーってもやーさしい!」やカンスリエの以下の言明に戻るとしよう。
「偉大な奥義を理解する鍵が、本書の図解(figure)の1つでもって、実にあからさまに与えられている。この鍵は実に簡単な色から成っている。それは執筆当初から、この熟達者には明らかであった」
『大聖堂の秘密』の冒頭の言葉から、私達は第7章へと導かれたのだったが、そこには以下の一説があった。
「ローマの著作家ウァロが著書『人事および神事に関わる故事考』の中で、アエネアスの伝説を思い出して述べるには、彼は父親および家の守り神をトロイの戦火から守り、長い放浪の末に旅の目的地であるラウレントゥム(Laurentum)の地に着いたのだった」
これに対するフルカネリの脚注が、「ラウレント(ラウレントゥム)はカバラ的には接合(グラフト)された金(l’or ente)のことである」であり、さらに、オーシュ大聖堂の近くにはアン・ローレンスがあるのだった。私は複雑なパズルを解くように与えられたことを悟った。レンヌ・ル・シャトー現象全体の中でも最も興味深い人物がアンリ・ブデ神父であることも知っていた。彼は実に奇妙な著作『真のケルト語』を書いて、フランスの地名や人名に関するグリーン・ランゲージのような手掛かりを残しているのだ。私は、彼がオーシュについて何と言っているか見てみることにした。


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ガスコーニュ人 − オクシタニア人。アキテーヌ地域圏およびその部族。 − オーシュ県、ボルドー


ケルト人はツバルの末裔たちにこの名をつけた。それは習慣の中に現れており幾世紀を経ても消し去ることはできなかった。。。イベリア半島の全部族の名前を検討しようというのではない;しかし、ヴァスコニアないしガスコーニュだけは別である。

「歴史的に、バスク人はカルタゴ軍の前衛を務める機会に恵まれ、自分達に比べ相手の力量がどの位か最初に判断することができた。彼らの不屈の勇気を讃える名声は揺るぎないものだったので、カエサルはあえてヴァコニアを横断しようとせず、彼らにベアルンのアウペ渓谷で彼らと出会うのを避け、その代わりにスペインに向かう程に彼らを怖れていた」

フランスのガスコーニュ地方の名前はガスコーニュ人に由来する。アキテーヌ盆地で彼らが地歩を固めたのが侵略であったとは言い難い。と言うのもアキテーヌ人は彼らの同朋であったし、クロービスがアキテーヌを支配しようとした時、ガスコーニュ人は助けに来たものだったからである。アドゥール川の右岸に初めて定住したのはクロービスの子孫らであり、後のAD626年頃、彼らがノヴェムポプラニア(=「9つの民の国」を意味するラテン語)全土を占領して以来、そこはガスコーニュ(Gascony)と呼ばれるようになった。彼らは、古来履きなれ、子孫も捨てられなかった、彼らのユニークな靴からこの奇妙な名前で呼ばれている。ガスキン(Gaskin)とは、ケルト語で、大きな、古代の靴を意味する。これはサンダルのことで、ラングドックではスパルディージョ(spardillo)、カタロニア語でスパドリーユ(spadrilla)、バスク語でスパルティナク(spartinac)と呼ばれる。

スパルティナクという言葉は、無意味どころか、これは戦いの序曲である動詞の”spare(見逃す)”と、薄い、軽い、まばら、数が少ないを意味する形容詞の”thinn”から成っているのだ。軽い靴を履くことでバスク人は、待ち伏せによる奇襲戦を行う:素晴らしい機敏さ、神出鬼没とさえ言える機敏さでもって、小さなグループで進んで行く彼らは、致死的な攻撃を同時多発的に行い、敵はすこぶる驚くことになる。スパルティナクという言葉は、バスク人の天才的な戦士としての特質を表すものである。かれらはこんにちで言う所のゲリラ戦を古来より行ってきたのだ。

イベリア半島の諸部族の名前の説明がついたが、アキテーヌの部族についてもケルト語で同様に説明できる。ゴール地方のこの辺りでは、ケルト族はイベリア族と混淆しつつ、より長い足跡を残している。史書の著者たちはいずれも、イベリア人とケルト人は相異なる性格特性によって区別されると説いてきた:ケルト人は陽気で、気まぐれ、情熱的で、戦いを好み、すぐ攻撃する;一方、イベリア人は反対に重々しく、真面目で、ほとんど陰鬱であるが、同様に好戦的で無敵の不屈さで国土を守ってきた。2つの民族が出会った時のショックは相当なものであったに違いない。

自分たちの国土を保つための戦いの後、シケリアのディオドロスによれば、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42561792&comm_id=2590126
ケルト人とイベリア人とは平和条約のお蔭で、この地に共存し、同盟を結んで混淆した。この混淆から生まれたのがケルトイベリア国家で、ここではイベリア人の血が支配的だった。アキテーヌ人は、彼らの言い伝えによると、ケルト人の末裔ではないものの、ケルトイベリア族に属するという。というのも、たとえ彼らがイベリア人に極く近い特質と習慣を持っていると言い得るにしても、それにもかかわらず、ケルト人の気質や制度を受け入れてきたからである。その証拠が傭兵(soldures)の制度で、これは絶対ケルト由来だと思われるのだが、イベリア国家でも一般に行われている。

「アキテーヌ人に特徴的であって、ゴール人にとっては無縁の制度こそ、」とガスコーニュ史の重鎮であるモンルジュン神父は述べている。「傭兵、いや、より正確には、騎兵である;こうして、隊長に忠誠を誓い、とわに運命を共にし、と言うよりは、彼に殉じる強い覚悟を持った人のことを兵士(soldiers)と呼ぶようになったのである。隊長が死ぬやすぐに、彼らは栄えある戦場での殉死の機会を求めるのであり、このようなことがあれば、彼らは戻って来て忠誠を誓った隊長の死体に折り重なるようにして自刃したのだ」

調べてみると、アキテーヌ人との戦記の中でのみ、カエサルは傭兵制に言及しており、ゴールの他の部族が傭兵を用いたかについてははっきりしたことは言っていないことが分かる。 “soldures”という言葉はバスク語では意味を成さないが、それに対して、技術に詳しい人々に言わせれば、この言葉は制度自体にぴったりなのである。それは隊長に命を捧げ、戦死によっても分かたれることのない兵隊のことであり、傭兵(soldura)は隊長の死後生き永らえることがない。
- Soul (sôl), life, âme.(=生命) - to dure (dioure), durer.(=最後) –
こんにち、アングロ・サクソン系の人びとは兵士(soldiers)という言葉を使っていないだろうか?この兵士(soldier)という言葉が、傭兵(soldure)に由来するのでなければ、傭兵制がイベリア人に特有のものだとしたら、どうしてアングロサクソン系の言語にこの言葉が存在するのだろうか?この制度はどうやら、ケルト人およびケルトイベリア人に共通のもののようであり、アキテーヌの地でいかにして、これら2つの部族の間で混淆が行われたかを示すものだ。オクシタニア人という名前はアキテーヌ人を指すのに用いられたのである。。。

『ラングドック史回顧録』の著者は、オクシタニアという言葉の第1音節「オック」の故に、ラングド(オ)ックという言葉に通じるものであるよう願っていようが、この表現は、音節に分けて解釈すればケルト語に由来するものであって、最新の証拠によれば、オクシタニア人とは、ガスコーニュ湾に囲まれた海岸住民、すなわち、アキテーヌ人とカンタブリア人のことなのである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%B7%9E
バスク人とカンタブリア人は定評ある海の民であって、これに対して異論が出されたことはないし、彼らが自分達こそ最初に捕鯨を行った栄えある部族だと主張するのも無理はない。もし彼らがクジラを仕留めることが出来なかったとしても、その他にも、ネズミイルカも居ることだし、ネズミイルカを獲り続けてきたためにオクシタニア人と呼ばれるようになったのである。
- hog-sea (hogsi), porpoise(=イルカ), - to hit, frapper(=叩く), - hand, la main(=手) - hogsihithand.
-オクシタニアという言葉はかくして、ガスコーニュ湾の猟師たちを表す一般的な名称となったのである。

海とピレネー山脈とガロンヌ川の間の内地に住むカンタブリア人は、一般に同じくアキテーヌ人とされる。バスク人は自分達の言葉を「エスクアルドゥナク」と呼ぶというが:これは馬の調教師、厳しく冷たい顔の調教師の言語である。
- scowl (skaoul), somber air, cool(=冷たい), - to down (daoun), tame(=調教) - hack, horse(=馬). –

馬の調教師という肩書は、バスク人のものであるだけでなく、アキテーヌ人もそうである。このような趣味と習慣の共通性も、どうやら無視すべきでない顕著な類似特性のようだ。アキテーヌ人が馬を上手に調教できないということはありそうにない。と言うのも、彼らの国には有名な馬が多くいるからだ。ベネディクト修道会士で学者であったドム・マーティンは、ケルト人の道徳、政府、宗教に関する最も興味深い詳細を記した人物であり、現代作家にはその著作から失敬する者も居る。彼の理解では、アキテーヌ人という名前には、素晴らしい馬を繁殖させたことが大きく影響している。彼の説では、この国の名は最初” Equitaine”と言ったが、これはラテン語で馬を意味する” equus”に由来すると言う。この宗教学者は並外れて抜け目ない。彼はほとんど間違っていないのだ。と言うのも、アキテーヌ人は、やはり勇敢な馬の調教師だったからだ。
- hack, horse(=馬), -- to cow (kaou), intimidate(=怯えさせる), - to hit, frapper(=叩く), - hand, main(=手), -hackcowhithand. - Aquitaine.

現代アキテーヌ人の心からは、馬に対する情熱が消えてしまったのであろうか?何世紀も経つうち、彼らの習癖が変わったにも拘わらず、快活さが依然保たれていることは確かだ:実際、サーカスでの馬の運動を見るだけで、アキテーヌ人やガスコーニュ人の魂に興味をおぼえさせ熱狂させるには十分で、これは御しがたいものなのである。

アキテーヌ盆地には、40の部族が住んでいるが、このうちの9つが主要なものであることから、ローマ人はこの国をノヴェムポプラニアと呼ぶことを思い付いた。このうちいくつかの部族の名前を都市名から検証してみれば、それらがいずれもケルト語に属することに気付かれよう。。。

アキテーヌで最も有力だったのがアウシル族だった。古代の地理学者は自分達の主要都市をクリムベリーと名付けた。これは彼らが間違えたのだろうか;彼らはこの語の正確な意味を、国土全体の特徴を示す上で、捕え損なったのだろう。というのもオーシュ(Auch)という名が変わる筈はない。アウシル族(Auscii)から取られたのだから。だがクリムベリー(Climberris)という語の本当の意味は、どうやら他の所にあったようである。これは国土全体、オーシュの街だけでなく、エルース(Eluse、※未詳)にも当てはまるのだろう。この国は全土でベリー類と穀物(berries and grain)を産するのである。
- clime, region, country(=国), -- berry, berry, grain(=穀粒), -- Climeberry --.

1地方全体で穀類とブドウを産するのに、どうして彼らはこれを1都市の名前に付けたのだろうか?ブドウというベリー類からクリムベリスという都市名を組み立てても驚くには及ばない。なぜなら、ブドウの木の野生種がゴールにはあるからだ。かなりの時間が経って、開墾の歴史が忘却の彼方に追いやられた結果、ケルト人にワインの作り方を教えてくれたギリシャ人が讃えられたもののようであるが、ケルト人がギリシャ人ほど進んだ物質文明を持っていたか、ヤワン
http://m.wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1200002344
の子孫よりも哲学や宗教学において秀でていたかどうかは何とも疑わしい。

オーシュの名前の由来がアウシル族であり、また彼らの首都であることは既に述べた通りである。オーシュ(Auch)をケルト語的に発音しようとすると、「アォゥチ」となり、おそらくはこれがこの街の本当の名前なのだろう。アングロサクソン語では”Ouch”と綴り、発音は「アウチ」となる。

“Ouch”とは宝石をあしらうための金のネックレスを意味し、 “Auscii”とは貴金属を加工し、素晴らしい金のネックレスを作る熟練工の意味である。軍人は戦の日々に馬をこれで飾る。それは彼らにとっては楽しい日々であった。
- ouch (aoutch), necklace of gold(=金のネックレス), - hew (hiou), to cut(斬る).

アウシル人(Auscii)は容易に金細工に熟達する;この金属は彼らの地域ではほとんど雑草(weed)のように到る所にある。様々な歴史家が語るところでは、貪欲なギリシャとフェニキアの商人が自分達の国に戻るとき、ピレネー山中で集められた金を船のバラスト代わりに使ったというのだ。。。(原注424)
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原注
424:翻訳:ヘンリー・シー。


確かに「私達はローラにとーってもやーさしい!(we be berry berry goood to Lawra!)」のだった。


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ローマの著作家ウァロが著書『人事および神事に関わる故事考』の中で、アエネアスの伝説を思い出して述べるには、彼は父親および家の守り神をトロイの戦火から守り、長い放浪の末に旅の目的地であるラウレントゥム(Laurentum)の地に着いたのだった。。。
「ラウレント(ラウレントゥム)はカバラ的には接合(グラフト)された金(l’or ente)のことである」
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この1節こそ、明らかになった他の手掛かりと相まって、フルカネリが言う『大聖堂の秘密』とは、オーシュ大聖堂の秘密であることを示すものだと私は思うが、読者はいかがだろうか。

という訳で、シビュラのテーマに戻るとしよう。(フルカネリは彼の読者に対して、彼の文章の隠れた意味を読み取るには、古典に関する豊かな教養が欠かせない、と警告している。)既に述べたように、クマエのシビュラが有名なのは、ウェルギリウスが彼女の予言として救い主の誕生を歌い上げ、また、彼女をアエネアスが冥界に向かう際の案内役としたからである。第7章を読み進めて行くと、フルカネリがまさにこの事につき論じ、そしてここでもまた、彼が他ならぬウァロに言及しているのに出会う。

最もよく知られ、かつ頻繁に引用されるシビュラの人名録は(オリジナルは失われたものの)、フルカネリが引用しているローマ時代の学者ウァロによるもので、彼の挙げた10人のシビュラについては、ラクタンティウス(205年頃-未詳だが317年以降)の著した『神聖教理』から知ることができる。これは、1465年、ローマ近郊のスビアコという修道院村で印刷され、イタリアで最も早い日付で印刷された書物となった。シビュラは、キリスト教徒たち(心の底では未だに先祖代々のペイガン信仰を重視していた)にとって、依然として神のお告げ(gesta Dei)の直接的な証言者だったのである。

ヘレニズム期、アレキサンドリアに出現したユダヤ人の偽シビュラたちは神託と偽ってプロパガンダを流した。ローマのカピトリウムの丘にあったジュピター神殿からもたらされた本物のシビュラによる神託は、アレキサンダー帝国期の終わりまではローマに現存していたと思われる。
こんにち知られているコレクションとしては、『シビュラの託宣』というかなり混乱した寄せ集めがあるが、これは宗教的プロパガンダと黙示的予言でいっぱいである。古代から言い伝えられたギリシャ語による版が1545年にバーゼルで出版されている。

シビュラ像は中世およびルネッサンス期の芸術で流行したが、最も有名なのは、システィーナ礼拝堂にあるミケランジェロの作品である。オーシュのシビュラ像をミケランジェロのフレスコ画に喩えた、レイモン・モンテインの言葉が思い出される。シビュラを題材にしたキリスト教芸術がほぼ全面的に姿を消したのは、1563年に終了したトレント(Trent)公会議の後である。オーシュ大聖堂が守護聖人に捧げられたのは1548年2月12日のことであり、この時、シビュラを目立つようにフィーチャーした、アルノー・ド・モルの手になる18枚のステンドグラスと聖歌隊席が完成した。だから、このようにシビュラが出て来る事自体、全く奇異なのである。

シビュラは忘我の境地で預言を述べる。本書の読者ならご存知の通り、これはシャーマンが忘我の境地で天に上ったり地獄に下ったりする働きに関係がある。これは元々、女性だけの仕事だった。それがシビュラである。ここで想起されるのが、始めて大聖堂を見た時、忘我の境地に達したというフルカネリの記述であり、そこからさらに連想されるのは間違いなく、彼がセビリア付近に現れた時、「女性」、しかも「若い少女」だったという話、そして私が姿を消した時もまさにそうだったということである。

読者ももうお分かりだろう。この世の大いなる謎を解くことは、極めて簡単で丸分かりとも言える程である一方、一面においては迷路のように遠回りなのである。『大聖堂の秘密』の第7章の最後の部分では、聖母がテーマに取り上げられている。曰く:


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象徴的な肖像画において、星は誕生はもちろんのこと、概念を示すためにも用いられる。聖母はしばしば、星々から成る後光と共に描かれる。モルビアン県ラールモールの聖母は素晴らしい3連祭壇像を成しており、その1つはキリストの死とマリアの受難を表している(悲しみに暮れる御母)。
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Statues_%C3%89glise_Notre-Dame_de_Larmor-Plage_072.JPG
http://www001.upp.so-net.ne.jp/stellamusica/schola/text/stabat.html
中央の像には太陽、月、星々、そしてイリス女神のスカーフ(=虹)が見える。
聖母は右手に大きな星を持っている。「海の星(マリス・ステラ)」とはカトリック教会の賛歌で聖母マリアを指す。
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この短い1節は、同時にいくつかの方向へと通じる意味と手掛かりを孕んでいる。第1に、これは星のテーマと聖母との関係を考えるように促すが、ここから導かれるのが「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(Camino de Santiago Compostela)」である。フランス語ではle chemin de Saint Jacques(サン・ジャックの道)と呼ばれる。

「コンポステーラ」という言葉はまず、明らかに「星の野(campus stellae)」と解釈できる。サン=ジャン=ピエ=ド=ポルからコンポステーラへと至る「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」沿いには到る所に、星にちなんで名づけられた村や土地、山道が見られ、まるでこの巡礼路全体が星の通り道、特別な場所である星の野へと通じる、天の川であるかのようだ。ここで再び思い出されるのが、カシオペアンとの交信でもたらされた以下の手掛かりである:


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A:ラインラントにあるアルファルファ畑から、今のところ夢にも思わない宝が出る。

Q:そのアルファルファ畑というのは、どこにあるの?

A:お決まりの行路の近く。

Q:。。。ドイツ本土のラインラントのこと言ってるの?

A:ウィスコンシン州ラインランダーのことではない。。。それとも、そうなのか?!?誰が分かるだろう?

Q:誰?

A:探索者、埋葬者、絶えずスタフを配して今よりもいい状態を求める者。今夜、最後のヒント: 振動周波数の光を探しなさい。
Good Night.
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「お決まりの行路の近く」というのは、きっと「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」のことを言っているものと思われる。

フルカネリも以下の手掛かりを与えてくれる:


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聖ヤコブの道はまた天の川とも呼ばれる。ギリシャ神話によれば、神々はこの道を通ってゼウスの宮殿に向かい、英雄たちもまたここを通ってオリュンポスに入ったという。聖ヤコブの道は星の通り道であり、選ばれし者たち、勇敢で辛抱強く賢い人間たちへと通じる。
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もう1つの解釈は錬金術用語の「コンポスト(compost, 堆肥)」からもたらされる。これはカンスリエの序文のテーマでもあった。すなわち、白い星の出現は大いなる業の最初の部分が達成されたことを示すのであった。フルカネリは記している:


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純粋なる物質、中でもヘルメス学的な星は完全さを聖別する。それが今、我々の用いるコンポスト、コンポステラの聖水である(「白い星」を意味する” alabastrum”が短縮されたラテン語の” albastrum”に由来する)。それはまた、香水の満たされた瓶、石膏の壺(ラテン語の” alabastrus”)であり、知識の花、ヘルメス学的バラから萌え出した芽なのだ。

この業は、中心の一点から発せられる光の形をした輝く星の表面に、我らがゴシック大聖堂の薔薇窓の原型が現れたとき達せられる。これは巡礼が幸いにも彼の行きの旅路の終点に到着したことの確かな兆しである。彼は神秘的な聖ヤコブ(=セイント・ジェームズ、サン・ジャック)の祝福を受けたのであり、これはしるしが、この使徒の墓とされるものの上で輝くことで確かめられる。彼の帽子の徽章である、つまらないありふれた帆立貝(=コキーユ・ド・サン・ジャック)の貝殻が、後光たる輝く星となるのである。
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フランスに移って初めて、聖母、星、道(Camino)、天の川、そして自分自身の辿るべき道相互の関係が重要であることが理解できた。それには数年掛かった。というのも、フロリダの家からも星ははっきりと見えたからだ。だが、光害が相当あって、一番明るい星々が晴れた夜に見えていただけだったのだろう。子供の頃も天の川は見たことがなかった。

フランスの片田舎では、星を眺めるのが大いに楽しみとなった。ある夜外に出てみると、天の川が実にはっきり揺らめいて見え、天上の大いなるハープの弦を光の指が弾いているかのようだった。そして、天の川のちょうどおしまいの所に、オリュンポスなるゼウスの宮殿、「墓の上で輝くしるし」のように横たわるのが、カシオペイア座:季節によって変わる、MかWの巨大な文字である。確かに、カシオペアは帆立貝(コキーユ・ド・サン・ジャック)に形が似ている。この貝殻は星であり、星は石膏の壺、ヘルメス学的薔薇であり、聖母の手にしている星なのだ。

カシオペイアは玉座に着いた女性で、右側には星の王冠を戴いたケフェウス王が居て、笏を彼女の方に向けている。古代の書物は彼女が彼の妻であるというが、別の古代のソースでは、彼女は「小羊の妻である花嫁」だとも言われる。
(※ヨハネの黙示録 / 21章 9節
さて、最後の七つの災いの満ちた七つの鉢を持つ七人の天使がいたが、その中の一人が来て、わたしに語りかけてこう言った。「ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁を見せてあげよう。」 )

カシオペイアは、ヘルメスの息子であるアラバス(「アラビア」という名は彼からとられた)の娘だ。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=44684602&comm_id=2590126
おそらく「スターリン化」された
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=33502471&comm_id=2590126
ギリシャ神話によれば、カシオペイアは高慢で我が儘であり、その結果娘が災いに遭うことになる。罰としてポセイドンはカシオペイアを天に置いたと言われる。だが、それは名誉であり、一般的には「褒美」だろう。この混乱した要素はどう説明したらよいだろうか?

カシオペイアは椅子に座ったまま24時間ごとに上下さかさまになるので、これが「罰」と考えられた。しかし、どんな星座もある点から見ていれば、24時間の間に「さかさまに」なるものだ。「女神の3相」という概念で考えると、カシオペイアは3相の中でも母の要素で、アンドロメダは処女、そしてメドゥーサは老婆、すなわち物語の破壊的要素を表している。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=35945269&comm_id=2590126
カシオペイアはしばしば、シュロの葉を持った姿で描かれる。これは肥沃のシンボルであり、このことから彼女は、トリプトレモスに穀物を与えるデメテルになぞらえられる。
アルノー・ド・モルのステンドグラスに描かれたサモスのシビュラも、気付くとシュロの葉を手にしているのである。

1627年,ドイツの学者ユリウス・シラーは(※星座図を発表し、異教の要素を天空から取り除こうとして、)カシオペイアをマグダラのマリアに置き換えた。
http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/102000045
また、カシオペイアがバト・シェバ(=旧約聖書の)に似ているという人々もいた。

ケルト人はこの星座をイリス・ドンすなわち「ドンの家」と呼んだ。これが「トゥアハ・デ・ダナーン」として知られているものである。ここではダヌの役回りのダナエはペルセウスの母親である。こうして、この2人の女性の組み合わせは様々であり、ペルセウスと彼の妹アンドロメダとのヒエロス・ガモス(聖婚)こそ、錬金術において両性具有で表現される、「大いなる業」の達成であることが分かる。

聖杯探求 ― 私達の現代的な比喩で言えば、マトリックスからの脱出 ― の神話や物語の観点では、星座に登場するギリシャ神話上の人びとは、神々の1人がその栄誉を讃え、永く記憶に残すためにそこに置かれたと言われてきた。星座に描かれたケファウスとカシオペイアの姿は、名誉を讃えるために置かれているのでない点で普通ではないが、ペルセウスとアンドロメダ、そしてケートス(=海蛇ないしクジラ)の物語を完成させるため、そこに居るのである。これらは、古典的な神話の全体像が唯一描かれている、珍しい5つの星座のグループなのだ。

これはもしかして、この神話 ― カシオペアが重要な役割で出て来る ― が人類に対する、一種の「瓶に入れたメッセージ」であるという手掛かりなのであろうか?カシオペアは星の野である:


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この業は、中心の一点から発せられる光の形をした輝く星の表面に、我らがゴシック大聖堂の薔薇窓の原型が現れたとき達せられる。[図版8参照] これは巡礼が幸いにも彼の行きの旅路の終点に到着したことの確かな兆しである。彼は神秘的な聖ヤコブ(=セイント・ジェームズ、サン・ジャック)の祝福を受けたのであり、これはしるしが、この使徒の墓とされるものの上で輝くことで確かめられる。彼の帽子の徽章である、つまらないありふれた帆立貝(=コキーユ・ド・サン・ジャック)の貝殻が、後光たる輝く星となるのである。
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カシオペア:中心の一点から発せられる光の形をした輝く星は。。。巡礼が幸いにも彼の行きの旅路の終点に到着したことの確かな兆しである。彼は神秘的な聖ヤコブ(=セイント・ジェームズ、サン・ジャック)の祝福を受けた。。。


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「私達は未来のあなた方である」と彼らは言った。「私達は、あなた方がカシオペアと呼ぶ位置にある開口部を『通じて』交信している。それは、カシオペアから並んで放射されている強い無線パルスが存在しているためで、というのも、あなた方の位置からだと、カシオペアの300光年後ろに見える中性子星からパルサーが放射されているからだ。このお蔭で第6密度から第3密度へのクリアなチャネル送信が実現している。。。『ゼロ』時間(EMと重力を用いる。これらは相互に結び付いて、あるいは、あなた方の言い方だと「統一されて」いる)においては、空間と時間は選ぶことができ、融通が利く。分かるように、これは時間も空間も使っていない」
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星座をキリスト教的に解釈し直したユリウス・シラーは、アンドロメダをキリストの墓(Sepulchrum Christi)と呼んだ。これはまた、フロイト流のアナロジーでもある。そこでは容器は女性に関連付けられるのだ。肥沃さの意味するところは明らかである:キリストは墓に居て、再び生き返るのを待っている − 春に萌え出す準備の出来た種のように。もちろんここで連想されるのは、フルカネリの言葉である:
「彼は神秘的な聖ヤコブ(=セイント・ジェームズ、サン・ジャック)の祝福を受けたのであり、これはしるしが、この使徒の墓とされるものの上で輝くことで確かめられる」
そして同時にカシオペアンからの以下の手掛かりだ:
「誰が分かるだろう?。。。探索者、埋葬者、絶えずスタフを配して今よりもいい状態を求める者」

フェニキア人にはアンドロメダ座が脱穀場に見えたが、「収穫して」「小麦を雑草から選り分ける」ということを考えると、これは興味深い暗示である。同様に、「苦難」という言葉も「脱穀」すなわち、穀物を籾から選り分けることに結び付く。
posted by たカシー at 05:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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