2017年10月28日

CassWiki:戦略的囲い込み

CassWiki:戦略的囲い込み
https://thecasswiki.net/index.php?title=Strategic_enclosure


戦略的囲い込みというのは、全ての真理探究者が行うべき基本動作である。これには内的側面と外的側面がある。外的側面は一種の「戦略的沈黙」であり、さらなるワークの機会を失わないために行われるものだ。内的側面は探求者の損失ではなくて利益に働くような内心の(心理的)環境を保つ方法に関するものである。


攻撃と一般法則

一般法則(※ムラヴィエフ)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=83915589
の観点からして、現状維持の脅威となるような情報を持つ人間は、「システムにとっての脅威」としてマークされる。脅威を中和しようとして、一般法則は ― 探究者に近しい人々や、探求者を取り巻く環境の他の側面や、探求者自身の心を通して − 応酬するのである。それで衝撃を受けるか否か、受けるとして、どこにどの程度かは探究者の側の準備度合による。

準備には、知識の獲得や気付きを保つこと、そして自己に対する支配の達成が含まれる。探求者が個々の状況の特質を見極めて、それに相応しいやり方で対応できれば、彼/彼女は数多くのありうべき攻撃を逸らし ― ダメージを受けたとしても、それを最小化できるのだ。


外的側面

第4の道について知った人は、世の殆どの人びとにはこれについて聞く準備が出来ていないと分かるものである。これは、自分の世界観と衝突するようないかなる情報を語り掛けられた人にも一般的に当てはまる。例えば、政治や、我々の文明、食事法、健康、科学、テクノロジーに関する、何か「論争の的となるような」情報である。中には様々な事を柔軟に受け入れる人も居ようが、大抵の人々には、自分の信念と抵触するような新情報のことなど考えられないという領域があるものだ。そんな人に情報を無理やり聞かせると、自分の世界観を守るため、彼らは防御的反応を行い、攻撃的になることすらある。

攻撃を受けないために、探究者が知っておき適用すべき基本的かつ重要な手立てが、戦略的沈黙である。辛い思いをしてこのことの重要性を学ぶ探究者は多い:会話の相手から、「基地外じみている」あるいは、忌まわしい、さもなければ、懸念すべきだとか攻撃的だと感じるような何かを耳にした人は、極めて有害な反応を示すことがある。いずれにしても、探究者の言葉が広まることにもなり、よからぬ結果をもたらすのだ。突如としてあなたは、「イカれた陰謀論者」になったことが「知れわたり」;あるいは「ノイローゼ」になったに違いなく;あなたがグルテンやカーボの摂取を控えようものなら、あなたは「摂食障害」であり;あるいは、賛否両論あるテーマと関わりのあるオンライン・コミュニティの1員であると言おうものなら、「カルトに入信した」と言われることだろう。

このような反応は実際によくあるもので、単なる仮想例ではない。しかし、他人の世界観は尊重しておいた方が安全だというだけでなく、もっと重要な理由からも、そうすることがベストなのだ。聞きたくないと言う人を説得しようとするのは、その人を支配しようとすることであって、<外的考慮>(『奇蹟を求めて(ISOTM)』浅井訳248ページ、ウスペンスキー『第4の道』第5章)
とは真逆の行動なのである。

外的考慮とは、自分の生も他人の生も気楽なものにするため、あらゆる人々の要求を考慮することである。上に述べたことから明らかなように、自分の世界観に疑問を抱かせないで欲しいというのが、ワークに従事していない人々の普通の要求なのである。そしてまた明らかなのは、多くの人々が「ちゃんとした」人間のままで居るには、あなたが考えていることを知らないで居る必要があるのだ。ゲオルギイ・グルジェフが言うように「すべての人に対して誠実であるのは弱さ。。。の現われ」なのである」(『生は<私が存在し>て初めて真実となる』第5講話より、浅井訳204ページ)。


内的側面

戦略的囲い込みの内的側面には、幾つかの概念や実践が伴う。これらはリアリティの客観的観方や自己に対する支配の獲得と本質的に関係がある。探求者は幻想の影響と、リアリティの理解に繋がる影響とを見分けられねばならない(「影響A/B/C」の項を参照せよ)。ありとあらゆる「影響A」(幻想の影響)が、内心からであれ外部からであれ圧力をかけて来ようとも、自己の中の、リアリティの理解に繋がる影響と連携している部分は、責任を果たし続ける必要があるのだ。

「影響A」は、探求者を客観性へと導くような影響よりもずっと強力なので、ワークの途上にある者はエネルギーを保存するようにしなくてはならない。まず初めに「影響A」を見い出し、それから、それが自分の生活に与える影響を理解し、それに浸かりつつもワークする術を学ぶことによって、探究者は「影響A」を征服しなくてはならないのである。これには、グルジェフが<非-同一化>(ISOTM浅井訳、98ページ)あるいは、「<私>の<それ>からの分離」
https://www.gurdjieff.org/schneider1.htm
と呼ぶものを実践する必要がある。

「影響A」としては様々な社会的・文化的・生物学的影響が挙げられ ― そしてまた、内心の心理的影響もこれに含まれる。これらとは一体にならず、「距離を置いて」これらを観察する(すなわち、別の人間であるかのようにして<私>が<それ>を観察する)ために、内心に囲いを築くこともしないならば、探求者はこうした影響に心を奪われるのを回避できないだろう。だが、これを行うには一定の自己認識すなわち、自己想起=自己の中に「現在している」ことが必要となる。

もし探究者が彼/彼女自身のことを忘れて― 外部世界や彼/彼女自身という機械のダイナミクスと一体になって ― しまったら、言ってみれば、彼/彼女のガードは低下するだろう。機械的/自動的に行動する結果、探究者はエネルギーを無駄にするばかりか、ついには彼/彼女の人生を狂わせることにもなりかねない。<目覚めた状態における眠り>(ISOTM浅井訳、5ページ)ないし「合流(confluence)」(=周囲から入って来る思考と一体化する催眠的状態、ムラヴィエフ)
https://thecasswiki.net/index.php?title=Waking_sleep_or_confluence&stable=1
が深いほど、より多くのエネルギーが浪費され、攻撃を受けてしまうガードの「隙間」が大きくなる。一般法則が素早く反応、攻撃してくるのだ。

対照的に、同一化をせず、自己を認識した状態を保つことで、探求者は常に外的考慮を実践しつつ、ワークのための十分なエネルギーを蓄えることが可能となる。一般法則を寄せ付けることなく、彼/彼女は自分の生も他人の生も気楽なものにできるのである。

ローラ・ナイト=ヤズィックは『木星、ノストラダムス、エドガー・ケイシーおよびモンゴル大王の復活』という論稿
https://cassiopaea.org/2012/03/11/jupiter-nostradamus-edgar-cayce-and-the-return-of-the-mongols-part-11/
において、戦略的囲い込みの内的側面について詳述している:


---
宇宙の思考センターからのエネルギーを変換できる段階に至った探究者は、神の主要な2つの顔 ― 実在および非実在 ― を等しく「受け入れる」ようになる。かの偉大なスーフィーのシャイフ(イブン・アル=アラビー)が述べているように、いかなる属性であれ、特質であれ、どの人間も最後は、不変の状態において元来彼が持っていたものを「選ぶ」のである。ここで想起されるのが、人類には2つの種族があるという考え方だ。[アダム的人間(目覚めた意識から切り離されても高次のセンターを持っている)とアダム以前の人間である。本稿ではそれぞれ、創造的ないし「光り輝く」人間、エントロピー的人間と呼ばれている]

[...]

そもそも、「落下」によってこの世界に身を置く事となった光り輝く人間たちは、自分たちが「エントロピーの王」の領地を占拠するのはほんの一時的なことであるのを忘れてはならない。この点において彼らは、土地の所有という概念を抱く、非実在の思考センターに連なる人々とは一線を画しているのだ。。。

創造的な超次元の叡智(※本稿の引用部分より前の方の記述によれば、創造的な超次元の叡智=ヒュペルボレアンの叡智=カンテッキアンに教えを施していたカシオペアンの叡智)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=36144271
によれば、人がもし自分が「土地の所有者」だと思うならば、物質(=非実在=インヤンのイン)の力が土地から発生し、彼を呑み込むだろうという。「彼を、取り巻く状況と一緒くたにして、裏切る神々の餌食に変える」のである。土地に対する執着および、持てる財産の許す限り「自由」と「平和」を享受すべし、という誤った信念のせいで、このような人は非実在の思考センターによる幻想の力に対して無防備になるのだ。このような状態となった人は、物質という監獄から脱出することが必要だなどとはまず想像もできない。というのも彼は、本原則(※カシオペアンによる「知識は守る」という教えを生活の中で実践する際サポートとなる3原則:(1)「仮住まいの原則(Principle of Occupation)」、(2)「戦略的囲い込みの原則(Principle of Enclosure)」、(3)「戦略的な壁の原則(Principle of the Strategic Wall)」の1番目)
は、愛国心や人工的ないし主観的構築物への同様の執着にも当てはまる。[すなわち、第1原則とは「影響A」に執着すべきでない、ということである]

[...]

『放蕩息子のたとえ話』(ルカ書15章11-31節)に慣れ親しんでいる読者ならお分かりだろうが、自分は「遠い国で豚小屋に住まわされている」と気付くことによってのみ、人は「我が家に帰る」ための条件である、目覚めた状態になれるのである。目覚めるのは命懸けである。というのも、放蕩息子の物語によれば、この息子は「遠い国に住むある人のところに身を寄せ」、食べ物を乞うたのに、豚小屋に投げ込まれて、豚の餌にされそうになったのだから。

この物語は、光り輝く人間たる者はいつでも、エントロピーの王 ― このリアリティのPTB ―が常に彼らを下僕として取り戻そうと企んでいることを理解していなくてはならない。加えて、土地を所有できるという信念、「自分は我が家に居るのだ」/この世界の「管理責任者である」という信念を抱くようなことがあると、光り輝く人々は誤った安心感に浸ることになり、ついには幻想の力に対するガードを緩めて、これに屈することになるのだ。

第1原則に留意しつつ、次に、光り輝く人間は「自分たち」の周囲に「囲い」を作らねばならない。

現在このリアリティを統治しているエントロピーの勢力の力は、光り輝く人々が個々で持つ抵抗力よりもずっと強力である。このような状況であるから、遵守すべき2番目の「囲い込みの原則」は、我々と外部世界との関係に関する心理的な策であり、最適な戦略を採用することで我々は力の無さを埋め合わせ、利用可能な力を手に入れることができるというものである。

数千年に亘る文化的/宗教的条件付けのせいで、我々は精神的抵抗を初め、全てにおいて制限を受けている。このことから導かれるルールは、益々注意を惹くことで圧力をかけられないよう、出来る限り静かにワークすべきだということである。そうしてこそ、目覚め、知識を吸収するプロセスに取り組み、エデンの園状態を取り戻すために内なる力を育むことができるのだ。これは平均的な光り輝く人間に当てはまる。というのも、もし彼がこのリアリティを支配している、ムラヴィエフのいわゆる一般法則の注意を惹いてしまったら、彼に対して「この世」は猛烈な反作用を及ぼして、彼を滅ぼすだろうからだ。

光り輝く人間が行わねばならないのは、洞察力を働かせ、見ることを実践するのに十分な知識を得ることによって、彼の内心の世界の一部である潜在能力 ― 彼の信念のセンター ― を使いこなすことである。そうすることで彼は、知覚したものを分離して、吸収したもの、すなわち、彼の「戦略的な囲いの中に入って来たもの」を選択できるようになる。すると彼は力を蓄えることができるのだ。誤った信念=この世界の幻想がもはや光り輝く存在の中に無くなると、彼はリニアな時間の流れの外へと踏み出せるようになる。

ということで、「戦略的囲い込みの原則」とは、個人/グループはこの世界で生殺与奪の権を握る者たちの注意を惹かぬよう、まずは黙々と囲いを作ることに取り組むべし、というものである。この勢力は粘り強く真理を探求するような誰に対しても、組織的に敵対してくるのだ。

「戦略的囲い込み」には2つの側面がある:1つ目は、「この世」の有害な影響を物理的にできるだけ避けることだ。グルジェフは、このような活動ができるのは「ずるい人間」(ISOTM浅井訳、88ページ)だと言う。残念なことにこの「戦略的囲い込み」はしばしばツイストがかけられた意味合い、すなわち「修道院生活」=「この世界からの隠遁」という風に解釈されてきたのだが、我々にとって最も学ぶ必要があるのは我々が住む、このリアリティの客観的真実であるのだから、このアプローチは本質的に役に立たない。

「戦略的囲い込み」の第2の側面は光り輝く人間は内心に避難所(シェルター)を築かねばならない、ということである。ムラヴィエフは書いている。「伝承は生き生きとした言葉遣いでこう語っている。人は自らの内に檻を築かねばならない。これは諸センターと繋がるためのあらゆる手段を講じて、諸センターの指示の下で獲得されなくてはならない。これはまた『小さな<私>』たちが単独で、あるいは「同盟して」行う、あらゆる反抗にうまく耐えられるよう、十分に堅固でなくてはならない。これを築くには時間がかかる。指示器官としての役目を果たせるよう、この檻は継続的に拡げられ、改善され、完成されねばならない」

つまり、「戦略的囲い込み」というのは、物質的宇宙を統治していると見えるエントロピーの法則からの独立を宣言するという、光り輝く人間が基本的に到達すべき、存在論的状態の喩えなのである。ムラヴィエフが説明している概念を用いて述べるならば、この状態とは幻想の影響から閉じ籠り、客観性の獲得へと導くような影響に対してだけ心を開くという決意表明だとも言えよう。

創造的な超次元の叡智の主張によれば、「仮住まいの土地に囲いを築く」のが済んだら、光り輝く人間はそれを耕して果実を育てなさい、という。この最終結果は極めて物質的に思われようが、これもまた比喩として理解されねばならない。この箴言は錬金術の喩え話にも反映されている一方、五つのパンと二匹の魚を増やし五千人の人々に食べさせたという、イエスの最も有名な奇跡(マルコ 6:30、マタイ 14:13、 ルカ 9:10、ヨハネ 6:1)でもある。これは単にイエス
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=76653755
が、創造的な超次元の叡智のマスターの1人であるという例であって、この原理は『ブランの頭』や『再生の釜』、その他数多くの寓話で表現されてきたものである。

「(3)戦略的な壁の原則」がまず要求するのは、「(2)戦略的囲い込みの原則」の実践であるが、第3原則が適用される領域次第で、戦略的な壁の顕わす姿が様々であることは、魂が囚われている世界が様々に数多いことからして明らかである。

物質世界においては石の壁を築くのが適切だろうが、物質の領域に顕れた「石の壁」であるからと言って、空間的に閉じた壁だという風に限定的に解釈すべきでない、と言えよう。「巨石によって表現された古代の叡智」は明らかに数多くの原理を示している。すなわち、特別に配置された巨石による「石の壁」が築かれた目的の1つは、エントロピーの原理の影響からの守りとなる結界=グリッドを築くことだったのだ。

という訳で「戦略的な壁」を築くということの狙いは、光り輝く人間それぞれの内心の最も奥深い場所に目覚めが起こる空間を創造することなのである。この目覚めは彼らに、そして光り輝く血筋の全てのメンバーに対して、歴史の「進化」や「進歩」という道に邁進するのを止めて、万物を始原物質へと還元するエントロピーの法則に反抗するよう呼びかけるものだ。目覚めは光り輝く者たちがこれとは反対の方向に飛躍を遂げて、人間の持つ「獣性」[グルジェフの受け身的に反応するだけの人間機械プログラム、ドン・ファンの捕食者の心、ムラヴィエフの一般法則との合流]
を変容させて、聖なる超次元の性質を取り戻すよう促すのである。
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posted by たカシー at 14:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

CassWiki:エージェント

CassWiki:エージェント
https://thecasswiki.net/index.php?title=Agents


カシオペア・サイトで公開されている様々な文書に時折登場する「エージェント」とは、故意に、あるいは無意識のうちに、霊的進歩ないし個人的なミッションの達成に向けて努力している人を道から踏み外させようとする者たちのことである。

「マトリックスのエージェント」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88_(%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9)
であるからと言って、こうした者たちの全員がどこかの諜報機関等と直接関係している訳ではない(そういう人間である場合もあろうが)。そしてまた、こうした者たちが常に個人的に悪意を抱いている訳でもない。例えば、霊的探究を行っている人の家族に、見たところ善意に溢れたメンバーが居て、心から探究者を助力・保護していると自分では信じていても、大いに邪魔な者だということが有り得るのである(探究者が「戦略的囲い込み(=自分が探求者だと周囲に悟られないようにすること)」を実践していない場合は特に可能性大である)。

この概念を使用する場合、誇張しすぎたり、自尊心に捕われたりという罠に落ちないよう注意すべきである。厄介でうんざりさせられる人物を相手にしているからといって、「ザ・マトリックス」が必死で戦いを挑んで来るからには、何やら偉大な霊的啓示が起こりそうだなどと、自尊心たっぷりに決めてかかるべきではないのだ。逆に、始終エネルギーを吸い取られる、改善不能なぎくしゃくした人間関係から距離を置くことによって、探求者が恩恵を得る、というのもよくある話である。

「エージェント」の活動内容だが、サイキックなものだけの場合(スパイ行為やあからさまな武力攻撃、いがみ合いを仕掛けて来ない)もあれば、家族のメンバーの場合のように、心配のかけ通しという手口もある。

ローラ・ナイト=ヤズィックの『ザ・ウェイブ』シリーズ
http://takapachi1962.seesaa.net/article/414985821.html
には、こうしたエージェントが多数登場する。
posted by たカシー at 18:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

CassWiki:太陽系の12惑星

CassWiki:太陽系の12惑星
https://thecasswiki.net/index.php?title=12_planets_of_the_solar_system


カシオペアンによれば、
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2590126&id=27101992
我が太陽系の惑星は12個あり、太陽からの距離と化学的組成、直径を付記した、それらの名前は以下の通りである:

1. Mercury - Opatanar - 36 million miles from Sun; 3000 mi diameter.
水星=オパタナー、太陽から3千6百万マイル、直径3,000マイル(※1マイル=約1.6km)。

2. Venus - Pemuntar - 67 million miles from Sun; 7,500 mi. diameter.
金星=ペマンター

3. Earth - Saras - 93 million miles from Sun; 7,900 mi. dia.
地球=サラス

4. Mars - Masar - 141,500,000 miles from Sun; 4,200 mi. dia.
火星=マサー

5. Jupiter - Yontar - 483,400,000 miles from Sun; 88,700 dia.
木星=ヨンター

6. Saturn - Zendar - 886,700,000 miles from Sun; 74,500 dia.
土星=ゼンダー

7. Uranus - Lonoponor - 1,782,700,000 miles from Sun; 31,566 diameter.
天王星=ロノポノー

8. Neptune - Jinoar - 2,794,300,000 miles from Sun; 30,199 dia.
海王星=ジノアー

9. Pluto - Opikimanaras - 3,666,100,000 miles from Sun; 1,864 dia.
冥王星=オピキマナラス

10. NI - Montonanas - 570,000,000,000 miles from Sun; solid matter; 7000 miles dia.
NI=モントナナス。固体。

11. NII - Suvurutarcar - 830,000,000,000 miles from Sun; 18000 miles diameter; hydrogen, ammonia.
NII=スブルターカー。水素、アンンモニア。

12. NIII - Bikalamanar - 1,600,000,000,000 miles from Sun; 46000 miles diameter; hydrogen, ammonia.
NIII=ビカラマナー。水素、アンモニア。
posted by たカシー at 09:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする